表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
77/125

3.氷点下20度の笑顔 -2-

次に私が目を覚ましたのは、けたたましい音を鳴らした目覚まし時計を止めるためだった。

ビクッと体を震わせて、飛び起きてベルを止める。

私の横では、レンがビックリしたような表情で体を起こした。


「心臓に悪いなこれ」

「おはよ。顔洗う必要ある?」


私は紐を引いて電気を点ける。

見下ろすと、レンのちょっとギラついた表情が見えた。


「ない。ちょっと昼寝した程度だしな」

「なら、動こう…部長のZを起点にするんだ。さっきは忘れてたね」


私はそう言いながら準備を整える。

レンもさっと身なりを整えると、部屋の戸に手を掛けた。


戸を開けて先へ行ったレンの後をついていく。


「平和ボケしてたな。平成よりかは色々面倒な時代だってのに」

「結局、この世の出来事は私達に関係ないからね。昭和に来てからは特に何も起きてないし」


暗い廊下を2人、会話を重ねながら歩いていく。


「今だって、事件は起きてない。ただの内ゲバと同じだよ。レコードによると…今日も、この瞬間も世界は平和そのもの」


私はそう言って、ニヤッと笑って見せる。

いつの間にか私の横に来て、私の顔を見下ろしたレンも、それを見て苦笑いを浮かべた。


玄関口で靴を履き、外に出る。

すぐ目の前に止めた黄色いスーパーカーのトランクを開けて、さっきのように銃を手に取ると、私達は左右に分かれて車の中へと入っていった。


私はドイツ製の小型拳銃をホルスターに仕舞って、ロシア製の小型マシンガンを足元に置く。

レンはライフルをトランクに置いたまま、私が使っていた拳銃だけ取ってきて、運転席に座った。


キーが差し込まれて、すぐ直後にエンジン音が鳴り響く。

だが、レンはすぐに車を動かさず、ドアの内張りに肘を当てて、頬杖をついてじっと待っていた。


私はダッシュボードに忍ばせている懐中電灯を点けて、膝上に開いたレコードを照らした。


東京で異世界の芹沢さんを追い詰めた時のように、部長が乗っている車とすれ違った人がいないか、それによってレコードが乱れた人がいないかを書き出す。


東京の時の相手はレコードの存在しない異世界人だった。

今回は身内…レコードキーパーだが…同じように釣れるはずだ。


そう思った私は、レコードにペンを走らせてじっと待つ。

前回は真っ赤なフェラーリを探したが、今回は真っ赤なフェアレディZだ。


「釣れた…」


私は小さくそう呟くと、レンはギアを1速に入れる。


「何処だ?」

「暫く真っ直ぐ、函館山の方に行って。その麓…正教会近くの空き家」

「了解」

「近くに止めて、ちょっとだけ近づこう」


私はそういうと、レンはゆっくりと車を発進させた。

回転が上がり切らないうちにギアを2速に入れ、やがて3速に入れる。

巨大な動力源はちょっと不機嫌そうだが、今は仕方がなかった。


「レコードじゃ、Zはそこにあるって言っても、部長本体はそこにいるか分からないぜ」

「そうだね。ただ…そこを最後に周囲の人間はレコードを乱されてない」

「……他は?この世界の部長とか、そこらへんは今どこに居る?」

「函館…といっても、入り口の方だね。海側じゃない。そこの方のホテルに集まってる」

「じゃ、他の3人はほぼ同じ場所にいるわけだ」


暗い車内。

通り過ぎていく街灯の明かりが車内に入り込んで、レンの顔を浮かび上がらせる。

ちょっと真面目な顔でそう言ったレンはハンドルを握りながら、右手の人差し指を立てた。


「真逆の正教会の近く。ねぇ……サッパリ意味が分からない」

「前田さん方は……バラけてる?函館駅周辺と…五稜郭近くの銀行…そこにもいる」

「今は人っ子一人いやしないだろうけど、明日以降、何か起こるのか?そこで」


私はレコードの別のページにペンを走らせる。

間髪おかずに流れ出てきたレコードは、明日に何かが起きることを示した。


「起きる…あ、次の交差点右ね。後は真っ直ぐ…上り坂の途中、止められそうなら止めよう」

「了解…起きるって、何が?」

「銀行の方は…今日の午前10時に襲われる。駅の方は14時にちょっとした銃撃騒ぎになるみたい」

「ヒュー……ん?そんなこと、前は起きたのか?」


そう言ったレンは、目前に迫った交差点を見ながら、アクセルを抜いてブレーキを踏み込んだ。

小さく曲がって、名物の坂道を登っていく。


「まさか。こんなの起きてたら、部長達はレコードキーパーになれてないよきっと」

「……だよな」


レンはそう言いながら、少し登ったところの道脇にある空き地に車を滑り込ませた。


「よーし、ここでいいか?」

「オッケーオッケー…とりあえず行こう。夜だし、消音器だけは絶対付けてね」


私はレコードを閉じて上着に仕舞いこみ、代わりに小型のマシンガンを手に取る。

ポケットから取り出した消音器を銃口に取り付けて…忘れずに拳銃の方にも取り付ける。


安全装置を外すと、ドアを開けて外に出た。


「で、こっから何処だって?教会は200mも上がればあるぜ」

「そこまで上がって…ちょっと路地に入った所。木造のお屋敷みたい」


私はそういうと、レンより一歩先行して歩き出す。

誰もいない、車も走っていない夜の函館の観光地を歩く。


石畳の道を渡って、急な坂を登っていく。


「で、どうするんだ?前田さんの忠告聞くのか?」

「個人的にはノーって言いたい。ちょっと気がかりなんだ」


坂を登って、教会が目の前に見えた時、レンの言葉に私はちょっと自信無さげに返した。

レコードの示す位置が近づいてきたから、私は一旦誰かの家の陰に隠れてレンを見る。


「捕まえるなって言ったけど、私達が見守るだけなら、きっと止められずに目の前で何かされそうで……そんな馬鹿を演じるくらいなら夜のうちに動きを止めたい」


私はそう言って、ほんの少し下を向く。


「……気持ちは分かるけど。どうやって止めるんだ?銃で撃ったって、俺らもそうだけど、関係なしだぜ?」

「それなんだよね。まぁ…部長って案外力ないから、一旦抑え込めれば何とかなりそうだけど…」

「縛ろうにも、ロープもなしだ。このまま行っても良いけど、いい案じゃないな」

「その通り…」


私はそう言いながら、手にしたマシンガンに目を落とした。

少しそのまま、黙り込んでから…思い直したように安全装置を外す。


「でも、いいよ。部長がいるかどうかだけ確認しよう。レコードによると、この時代の部長達の周囲はもう皆が囲ってる」


私はそう言って、視線を上げて物陰から足を踏み出す。

観光地になった函館とは一風変わった夜中の路地に入って、道脇を歩いていくと、確かにレコード通り、1軒の空き家が目に入った。


私は息を潜めて、近場の電信柱の陰に入る。

人っ子一人いない子の夜中。周囲に人の気配なんて一つも感じなかった。


「シー…」


私はそう言って身を屈め、目を細める。

右手に付けた腕時計の時針は3時前…2時49分を指していた。


私はレンに「暫く、ここに隠れて」と、小さく伝えてから、電信柱の陰から出ていく。

小走りで空き家の敷地…閉じられた塀を飛び越えて、雑草の生い茂った庭に入った。


重く、音の鳴り響きそうな門の扉は開かれた形跡が残っており、家に入って…砂利道になった部分にはタイヤの跡が付いている。


それを確認した私は、わざわざ家の裏手に回って回り込んでいき、玄関口まで来る。

玄関の横…門から続く砂利道の奥に、ポツリと建った小屋…そこにタイヤの跡が続いており、閉めらた小屋の戸の奥へと続いていた。


このご時世の平成の時の軽自動車並みに細い一般車のタイヤよりかは、少し太いタイヤの跡。

レンの乗るランボルギーニよりかは少し細い程度…それだけで証拠としては十分だった。


私は小屋に付けられた小さな窓の奥に目を凝らす。

暗くて良く見えないが…赤く、鼻先の長いボンネットが微かに見えた。


私はそれを一瞥すると、小屋から玄関前に歩いていき、そっと扉のノブに手をかける。

ゆっくりと手を動かすと、特にカギの掛かっていなかったらしい扉は静かに音もなく開いた。


真っ暗な室内を、月明かりが照らす。


私はマシンガンに付けられた小型の懐中電灯も付けず、窓から入る月明かりだけを頼りに家の中を探り出した。


ただの一軒家。

埃っぽい室内は、埃っぽいアンティーク物の家具が並んでおり、手狭だ。


私はマシンガンの銃口を先に向けながら、引き金を指にかけて先へ進む。

息を潜めて、足音と床のきしむ音に注意を払いながら…周囲の音全てを敏感に拾い集める。


1階を回り終えた私は、元来た玄関に戻って来た。

玄関の目の前にある急な階段を見上げる。


私はふーっと深呼吸を一つついてから、銃口を階段に向けた。


ほんの少し、その体勢のまま動かないで、何か音がしないか耳に神経を集中させる。


カタ………ギィィ……


床が軋む音と、何がが開く音が微かに聞こえた。

私は音を聞いて、更に銃口に神経を尖らせる。


じわじわと足を動かして、階段脇のスペースに身を隠した。

徐々に早くなっていく心臓の鼓動を聞きながら、徐々に耳に聞こえる音が大きくなる軋み音に神経を尖らせる。


カタ…ガタ…ガタ…


2階の方から聞こえる音は、徐々に大きくなった。

パッと明かりが点く。

それが懐中電灯の光だと気づいたのはすぐ後だ。


私は隠れたまま、左手でマシンガンを保持して、右手を胸に当てて呼吸を整える。

レコードキーパーの式典をすっぽかして、一人時空の狭間にでも向かおうとしている、自分勝手な恩人様が下りてくる。


私は物陰で、じっと息を潜めたまま、待ち続ける。


床が軋む音が、階段を下りてくる足音に変わった。


私は頬を伝う一粒の汗も気にせずに、待ち続ける。


ゴト…


階段を下りてくる音が、再び床が軋む音に変った。

足取りを聞く限り、向こうは特に忍ぶこともなく普通の足取りで降りてきた。


そして、そのまま玄関の扉を開けて外へ出ていく。

その直後に訪れた静寂。

私は暫く音の止まらなかった心臓の鼓動を抑え込んで、恐る恐る物陰から顔を出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ