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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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3.氷点下20度の笑顔 -1-

私は左目だけいつも以上に見開いて、私の喉元に銃口を押し当てている少女を見つめた。


「平岸レナ…か。久しぶりに食らった一発がまさか君に撃たれるとは思っても見なかった」


眼前に居る少女は、部長と同じ声色ながらも…冷たく無機質な感じでそう言った。

そのまま彼女は、深くえぐれた頬を拭って私の上から降りる。

その直後、血相を変えたレンが倉庫の中に飛び込んできた。


「大丈夫か!?……あ…前田さん…」


レンは手に持った銃を向けもせずに、前田さんを見て言う。

私は垂れてきた血を拭って、体を起こす。


咄嗟に捨てたマシンガンを拾い上げて、軽く点検すると、擦り傷が付いた程度で動作に問題はなさそうだった。

それから、体に付いた砂を払い落すと、丁度前田さんが私達の方に振り返った。


拳銃をしまって、代わりにポケットから青い箱の煙草を取り出した彼女は、自然な動作で煙草を咥えると、もう一つ、取り出したジッポーライターで火を点ける。

今の彼女の見た目年齢からすれば、煙草は結構毒なはずなのだが…彼女は気にする素振りもない。


頬の傷からはまだ血が滴っているが、彼女はそれを気にすることもなく煙草を煙らせた。


「前田さん…その、大丈夫ですか?」


マシンガンを持ったまま、私は恐る恐る尋ねる。

前田さんは、煙草の煙を吐き出すと、小さく頷いた。


「問題ないよ。しかし…レコードキーパーになってから、君に何が起きたんだろうね。レコードからは想像できないくらい、こういったことに慣れすぎてる」


前田さんは机の上に置かれた、彼女のレコードを開くと、何かを書き込みだした。


「それは…私にも分かりません」

「そこの、宮本簾のように、一般人じゃない。もうすっかりこっち側に居るんだ」


前田さんはそう言いながら、レコードに表示された文言を私とレンに見せた。

それは、私がやっていたように、一般人のレコードを…不可抗力な力によってほんの少しだけ動きが狂った一般人のレコードを示すものだった。


「話を戻す。中森琴が函館にいるのは、レコードからも間違いないだろう。だから君たちが来たわけだ。合ってる?」


そう言った前田さんに、私とレンは小さく頷いて肯定する。

前田さんは、特に何も表情を変えることなく、レコードを自分の方に戻した。


「君たちの他には誰がいる?」

「私達の仲間だけです。部長の…中森琴についてるレコードキーパーだけ…」

「そう。余り多くても刺激するだけだから、丁度いいか…」


前田さんはそういうと、煙草を口に咥えなおす。

少し吸って、すぐに口から離して煙を吐き出すと、私とレンを交互に見た。


「他のメンバーは何をしてる?」

「はい…カレンは2周目の、芹沢さんと部長以外の仲間の傍についていて…チャーリーとリンはそれぞれ芹沢さんと部長の傍にいると思います。私とレンが部長を探す役目です」

「…なるほど。こっちの事情も汲んでくれているのは有難い。2周目の彼らの邪魔をされるのは痛手だからね…ただ…相手が厄介か…」


前田さんはレコードに目を落としながら、独り言のように言った。


「生憎、僕の同僚は別の世界で起きた事件に振り回されてる。暇なパラレルキーパーなんて僕くらいさ」

「その…ポテンシャルキーパーの前田さんは?あと…元川さんっていう相棒の女の人も居ましたよね?」


私がそういうと、前田さんは少し動きを止めてから、私の方に顔を向けた。


「知ってたの?」

「ええ…今日のお昼に偶々一緒になって…もう、彼女たちも部長がここにいるであろうことは知ってますし、ちょっと遅れて出発してますけど…そろそろ来てる頃かと」


私はそういうと、前田さんは何度か小さく頷く。


「そう…なら、今から僕はそっちと合流することにしよう。君たちは…ちょっと休むといい」


そういうと、彼女はカギとパンフレットのような用紙を私に渡してくれた。


「え?」

「この近くの民宿の部屋を取ってる。少し休んでから、また始めればいい」


前田さんはそういうと、私が蹴飛ばした扉の方へと歩いていった。


「あの、すいません。前田さん」


前田さんが外に出る直前。

これまで聞き役だったレンが口を開く。


「少しでも早く部長を見つけないと…手遅れにならないんですか?」


動きを止めた前田さんにレンが言う。

前田さんはゆっくりと、煙草を咥えたままこちらに振り返ると、小さく首を横に振った。


「問題ない…まだこっちの仕事に影響が出るような範囲じゃない。相手は1人だし…急なことで疲れもあるだろうから…明け方から動いてくれれば良い」


前田さんはほんの少しだけ口角を上げた表情を作って見せる。


「明日の終わり、2周目の中森琴が死を迎えるまで、何もさせなければ、レコードは重いペナルティを与えることは無い…今くらいなら、凍結睡眠期までの期間が伸びる程度で済む」


そう言って、彼女は咥えた煙草を捨てて足でもみ消した。


「それじゃ…僕は仕事に戻るとするよ。間違えても中森琴を捕まえようとか思わないこと。"見守る"だけで良い。歴史に介入しなければいい。何時ものように1日を終わらせるんだ」


 ・

 ・


前田さんと分かれて、数分後。

私とレンは車まで戻って、互いの装備をトランクに押し詰めてから、前田さんに貰った用紙に書かれた民宿を訪れた。


そこそこ車通りの多い幹線道路沿いの、そこそこ豪華な民宿。

この時期…まだ夏休みとかお盆の季節では無いからか、宿泊客は多くなさそうだ。


「マナー悪いけど、少しの間だし、いっか」


レンはそう言って歩道に車を止めて、エンジンを切る。


「今、何時だ?」


レンが呟くように言うと、私は何時かカレンに貰った小柄な時計に目を落とした。

ブルーメタリックというより…サファイア色に輝く文字盤と…黄色い蛍光塗料が塗られた針が時刻を刻んでいる。


「……9時ちょっと過ぎ。ちょっと仮眠を取って…出よう。明け方って言ってたけど…遅くとも2時には戻ろうか」


私は小さくそういうと、助手席のドアを開ける。


何時ものように、レンの右に並んで、民宿の入り口の戸を開けた。

中に入って、靴を脱いで、揃えて端に置くと、ポケットからカギを取り出した。


「203号室」


そう言って、入ってすぐにあった案内板を見ると、真っ直ぐ行った先にある階段を上ってすぐの部屋だった。


私達は2人、薄明りの民宿の廊下を歩いていき、バリアフリーとは無縁そうな急な階段を登っていった。


203号室…そう書かれたプレートが付けられた扉に鍵を差し込んで、クイっと回すとロックが外れた感触が手に伝わってくる。


ドアノブを掴んで、戸を開ける。

ドア横のスイッチに手を伸ばして、明かりを付けると、21世紀基準からすれば薄暗い、白い明かりが付いた。


目の前に殺風景な広い和室の部屋が目に飛び込んでくる。

網戸付きの大きな窓がついた畳敷きの和室。

脇によけられたちゃぶ台と座布団のおかげで、やけに広く見えた。


前田さんの荷物と思わしきスーツケースが壁際…窓際に置かれていて、その横にはこの部屋にに使わない、ファンシーなオレンジ色のツインベル式目覚まし時計が置かれていた。


私とレンは2人でふーっと深く息を吐いて、何となく壁際に座り込んだ。

壁に背を預けて、畳に腰を下ろす。


「布団は?」

「押し入れの中じゃないかな」


そう言いながらも、私とレンはそのまま動かない。

ちょっと落ち着ける時間が出来て、緊張感が無くなったからか…急なロングドライブを経て動き回ったからか、妙な感覚の疲れが押し寄せてきた。


私が無言で、グーの形にした拳をゆっくりと突き出すと、意図を察したレンが同じように拳を突き出す。


1回ゆっくりと手を振って……私はパーを、レンはグーを出す。

私はそのまま小さく笑って見せると、押し入れの方に指を指した。


「しゃーねぇな」


レンは小さく苦笑いを浮かべると、重い腰を上げて押し入れの戸を開けた。

重そうな、敷布団を2組出して、パパっと手際よく畳の上に敷く。

そして枕を2つ、ポンと布団の上に放り投げて、タオルケットを2組、同じように放り投げる。


「ありがと」


私はそういうと、のそのそと壁際から布団の上に移動して、コロンと布団の上に寝ころんだ。


枕を頭の下に敷いて、タオルケットを被って力を抜く。

レンはそんな私を膝立ちで見下ろして、小さく笑うと電灯から伸びている紐を指さした。


「消していいか?」

「…待った」


私は半目になって、一瞬落ちかけた意識を元に戻すと、体を返して頭上の…窓際の方に置いてある目覚まし時計を手に取った。


「2時にかけよう…今は9時25分だから…10,11,12,1,2…4時間半…」

「了解…じゃ、消すぜ」


レンは私が目覚ましをセットして置いたのを見ると、そう言って紐を引っ張った。

1回、2回、3回…電気が薄暗くなって、黄色い小玉になって、真っ暗になる。


私は左手を伸ばして、レンの肩にちょんと触ると、そのまま目を閉じた。


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