2.RKC 1978 PartⅡ -Last-
「今は7時半…19時30分。1日ちょっと粘れって?部長相手にキツイな」
「まぁ…ね。でも、失敗しても世界は消えない。消えるのは部長だけ」
「…………なるほどね。確か前田さん。パラレルキーパーとポテンシャルキーパーの…2人も函館にいるんだよな?」
「居るね。パラレルキーパーの方は、もういるんじゃないかな?」
「部長がそれを知ってるかな?」
「知らないと思うよ。居るって知ってるのは私とレンくらい」
夜の空に包まれてから、暫くの間。私とレンは暗い車内で言葉を交わし続けた。
その間にも、一刻一刻と時は進むわけだが…レコードはいまだに反応しない。
「部長からすれば、前田さんがいることも、俺らが居ることも知らないわけだ。ま、俺らくらいは追ってきてることを頭に入れてるだろうが」
「そう…前田さんだけが想定外。だけど、気づくのは時間の問題じゃないかな…部長がどう動くかは知らないけれど…ここにいるかすらも分からないけど…いたとしたら、きっと前田さんにはどこかのタイミングで気づくはず」
私がそう言ったとき、レコードのページに文字が浮かび上がってくる。
それを見て口を開こうとする前に、レンが口を開いた。
「俯瞰してみれば、動くなら監視が強まるギリギリを狙わないで、今やると思うんだが…安易に事を起こして飛ばされる。ってか、ここにいるとして、目的が過去の自分達なんだとして何が狙い何だか」
「分からない。レン。レコードに動きがあったよ。動こう…」
私の一言を聞いたレンは、小さく親指を立てると、挿しっぱなしにしていたキーをクイっと捻る。
すっかり冷めきったエンジンは、何時もよりほんの少し長いセルの音の後に目を覚ます。
聞きなれた轟音があたり一面に広がった。
「何処だ?」
「暫くこの道を真っ直ぐ…ここ真っすぐ行って。突き当たりまで真っ直ぐ」
私の言葉を聞き終わるかどうか、その前にレンはライトを点けて車を車道に合流させる。
今は夜の8時過ぎ。
道を行く車も殆どいなかった。
「突き当たりまで?」
「そう。突き当たり。そこを通った車が微妙にレコードと"ズレた"」
「……ズレる要因は、部長だけじゃない。前田さん達にカレンさんも居る」
「少なくともカレンは無いはず…この時代の部長と芹沢さん…その仲間の位置は把握してるから…その近くでズレがあれば、カレンとかチャーリー、リンだと思う」
私はレコードを見ながら続ける。
「カレンとかの近場でズレたのなら、そこはカレンたちを信じるしかない。それ以外を拾っていこうと思ってるけど、いい?」
「ああ。それでいい。動きは?」
「無い。奥…倉庫街だ。物流の倉庫。港じゃない」
私がそういうと、レンは小さく頷いてアクセルを踏み込んだ。
整っていない函館の道に、車が少し揺さぶられる。
私はほんの少し顔を顰めると、窓を開けた。
「悪い。酔うか」
「少しね…道が悪いから」
レンは気遣ってアクセルを緩めたが、私は手でそれを止めさせる。
行け行けって左手を払って見せると、レンは再びアクセルを踏み込んだ。
カレンと別れた時点で、函館の街の中に入っていたから、突き当たりまでも15分くらいで到達した。
…スピードは、一発で免停になるくらいに出して…だが。
突き当たり。ガードレールのあるT字路。
レンは迷わず倉庫街の方…右にハンドルを切る。
「左に行ったら、結局元の道に戻るんだ。レコード、反応ないんだろ?」
「無いけど」
「だったら右…倉庫街だ。適当な所に車隠して…虱潰しにしてみようぜ」
レンは車の速度を落としながら言う。
冷たい夜風に髪をかき混ぜられながら、私は手に持ったマシンガンの安全装置を解除した。
「そういえば、レンの銃は?」
「トランクの中。ストックが折りたためるお蔭で入ったよ」
レンはそういうと、倉庫街からは少し距離のある、どこかの会社の建物脇に車を止めた。
すぐに車を降りて、拳銃の安全装置を外すと、ふーっと深呼吸を一つ。
レンはトランクを開けて、中に入っていた彼のライフル銃を取り出す。
カシャンとした金属音が聞こえ、その直後にレンの声が聞こえた。
「おっし…どうするんだ?見つけたら撃つのか?」
「どーだろ。そこまで私が非情になれる気はしないけど」
私は苦笑いを浮かべて建物の陰から倉庫街へと顔を向ける。
街灯も少なく、波の音しか聞こえない。
私はレンに後ろに付いてくるように言って足を踏み出す。
シャッターが閉まった倉庫がいくつも並んでいる。
さっき、ついでにレコードで確認したことだが…この倉庫街の倉庫の幾つかは、普段も開かないらしい。
3年前に使われなくなってからは、廃墟となって…平成に入ってすぐに取り壊されるそうだ。
入居者がある倉庫だって、使用者のバックグラウンドがまともかといわれると、そうじゃなかった。
だから、多少薬莢が落ちても問題はない…
問題はないが…不用意に撃って痕を残すと、それが原因でレコードに影響が出ても困る。
…今の仕事はレコード違反者の処置ではないのだから…私達はただの幻想の一部として、動くしかない。
普段の仕事中なら、多少薬莢が落ちようが、風穴が開こうが…それはそれでレコードがよろしく改変してくれるのだが…
私はそんなことを頭の中で繰り返し考えながら、車道を渡って、一番近い倉庫の前までやってくる。
入り口前に立って、シャッターを一瞥すると、すぐに建物脇にそれて、中に入るための扉が無いかを探した。
目的の扉はすぐに見つかる。
壁際そっと歩いて行って、扉に手を掛けると、カギのかかった感触が手を伝った。
一瞬、手に持った銃で壊して押し入ろうとも考えたが…弾倉は30発のが3つ…多いように見えて、この銃じゃすぐに消費出来てしまう量だったから…一旦諦める。
「……やっぱり掛かってるか。中にいないって考えて、先に進もう」
私は小さな声でそういうと、建物裏に回って、次の建物へと向かっていく。
レンは何も言わずに後ろを付いてきた。
「建物はざっと数えても10はある。広いし、人は来ないし隠れるには最適」
「みたいだな」
2つ目の建物の扉も、同じようにカギがかかっていた。
私は同じ要領で3つ目の建物へと足を進める。
3つ目の建物の扉に来たところで、私は足を止めた。
立ち止まって、扉をよく見ると、ドアノブがさっきの2つよりも汚れていないことに気づく。
自分の手を見直すと、さっきの2つの扉に触ったせいで付いた、砂埃と錆が手を汚していた。
「3つ目…ここは押し入ってみるかな」
そう呟くと、一歩下がってマシンガンを構える。
単発の位置にセレクターがあるのを確認すると、ロックしている部分…ドアノブの近く…ドアと壁の隙間に向けて2発銃弾を撃ち込む。
その後でドアノブを回すと、いとも簡単に扉は開いた。
銃を構えたまま、ゆっくりと中に足を踏み入れる。
暗い夜空の元で、もっと暗い倉庫の中。
持ち手付近の、懐中電灯のスイッチを押した。
弱弱しいが、ないよりはマシ程度の明かりが付き、視界の中に倉庫の中の様子が映し出される。
「ガラガラだ…」
そう呟いた私は、広く、物の置かれていない倉庫の中を見回す。
ライトも無いレンは、私が照らした先を見て、同じように何もないことを確認すると肩を竦めたようだった。
何もないことを確認すると、元来た扉の方へと歩いていく。
"バン!"
そんな私達の耳にどこかの扉が閉まったような音が聞こえた。
この倉庫に備え付けの扉は薄く、華奢だ。
それなりに音が響くということは、勢いをつけて閉めたのか…たまたま吹いた風にあおられて閉めたのか…
いずれにせよ、ここにレコード外の存在が居ることは確かなようだ。
私はレンの方に振り返って、口元に人差し指を当ててニヤリと笑う。
その後で、手招きして外に出ていき、倉庫の裏手側に回るとしゃがみ込んだ。
懐中電灯のスイッチを切って明かりを消す。
「奥だったよね?」
「ああ。一番奥かそこらへん。きっとこっちがドアを撃った音が聞こえたんだろう」
「なら隠れる必要もないか…私は表から奥に行くよ。レンは裏手から一番奥まで行って。何かが起きるなら私の方だから」
「オーケー」
「ゆっくりでいい。私に事が起きてからでも遅くない」
私は手短にいうと、手に持ったマシンガンのセレクターを連射の方にずらして立ち上がった。
レンと別れて、堂々と倉庫街の前を通る道に出る。
2車線道路のど真ん中。
左手にマシンガンを持って…その左手をブラリと力なく下げている。
ゆっくりとした歩調で歩いていくと、奥から1つ前の倉庫…その倉庫の扉が微妙に半開きになっていることに気が付く。
オマケに、中からは少し光が漏れている様子だった。
私は左手に力を入れてマシンガンを構えて、ゆっくりと扉の前まで歩いていった。
ふーっと一つ、深呼吸をしてから暗闇に慣れ切った左目を見開く。
すりガラス越しに見える、ぼんやりとした光。
呼吸を落ち着かせて、耳に聞こえる波の音聞き流しながら…私は足を踏み出した。
半開きになった扉を蹴飛ばして中に飛び入り、真正面に銃を向ける。
音を立てて中に入った私は、視界に誰も映らないことを認識したとたんには、向きを変えていた。
この倉庫は物陰が多い。
棚が多い。
私はあてもなく、倉庫の陰から陰へと移動していく。
そのたびに銃口を向けては、誰も居ないことを確認した。
それを繰り返すこと4回目。
私が倉庫の陰から…丁度倉庫のど真ん中。
扉の奥に見えていた明かりの光源付近に銃を向けて飛び出した瞬間。
眼帯で隠れた右側から…死角になった右側から飛び出してきた何者かに体を掴みあげられる。
いとも簡単に浮かび上がった私は、スローモーションになった世界を感じながら、フワッと宙に舞って、直後には地面に叩きつけられるように落ちていく。
その一瞬。
その刹那。
私は自由なままの左手に握ったマシンガンを手放して、咄嗟にホルスターの拳銃を抜き出した。
地面に叩きつけられる、その直前。
スローモーションになった世界で、無我夢中で何者かに銃口を向けた私は引き金を引く。
「ぐ…」
「!……」
鋭い破裂音…聞きなれた銃声と共に地面に叩きつけられた私は、一瞬目を瞑る。
拳銃は衝撃で手から零れ落ちた。
「……」
叩きつけられてから数秒の静寂。
肺が入った胸は空気を求めて乱雑に上下するが…それも収まった。
何も起きないことを不思議に思った私は、ポタポタと顔に滴り落ちてくる生暖かい液体と、鉄の匂いを感じながら目を開ける。
目に映ったのは、老人のように白い髪と、薄暗い室内でも分かる真っ赤な瞳。
そして、咄嗟に放った銃弾が、陶芸品のように綺麗な頬を深く抉り取っていった傷跡。
私に馬乗りになる形で、私の喉元に黒い大型拳銃を突き付けていたのは、表情が変わらないパラレルキーパーの少女だった。




