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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
73/125

2.RKC 1978 PartⅡ -4-

「……」


呆然と立ち尽くす私の横を、知らない人の車が通り過ぎていき、空いたスペース…ミウラの横に滑り込ませていく。

乗っていたらしい外国人は、車から降りてくるなり、横に並んだスーパーカーを見て何かを呟きだした。


私はハッと我に返ると、すぐに来た道を引き返す。

ホテルのロビーにたどり着き、ほんの少し乱れた息を整えて、髪を手櫛で梳かす。


ロビーの方に目を向けると、レンとカレン…ポテンシャルキーパーの前田さんに元川さんが私に気づいたらしい。私は手を上げると、彼らの方へと駆け寄っていく。


「車、無かったです。前田さんに元川さんが居るってことは、部長には会えなかったんですね」

「ご名答…レン君とカレンさんに行先を聞いてもダメだったから…もしやとは思ってたけど…」


前田さんは表情を変えずに淡々と言った。


「車もないってなると、行き先は決まったようなもんだな…荷物はホテルに預けて、今から追おう…」


カレンはそう切り出すと、前田さんと元川さんの2人の方を見る。


「2人は…せっかく来たんだし、オープニングに出てからで良い…そっちの仕事の邪魔はさせないから」

「大丈夫ですか?本当に」

「ああ、問題ない。行ってくれ」


カレンに言われて、2人は頷いてホールの方へと向かっていく。

ホテルのアナウンスが、後15分で開会式が始まることを伝えていた。


「さて…2人とも、今から函館に向かうぞ…ちょっと距離はあるが、夜には着くころだ」

「函館…分かった。それで何をやればいいかも…全部」

「上出来、レンとレナは…持つものも持ってないだろう?取って戻ってきて。1階ホールのエレベーターじゃなくて、そこから裏に出て、従業員用のエレベーターを使えば早いから」

「分かったけど…カレンはどうやって?」

「足はある…チャーリーとリンの呼び出しもやっておくから、気にせず取ってきて。またここに戻ってくるんだ」


そう言われた私とレンは、カレンに言われた通り、裏手の方へと歩き出す。


「皆があれほどフラグを立てるから…日向組も呼び出すか?」

「そうしよう。人では居た方が良い。最後の場所も分かり切ってる。道具を取って戻ったらカレンに言って…いや、止めておこう…」


エレベーターのスイッチを押しながら、私はそう言ってレンを見た。


「どういうことだ?」

「函館にレコードキーパーを集めれば、部長も動けない。そう思ったけれど…」


そこまでいうと、音もなくエレベーターが開く。

ロビーの方の、煌びやかなそれとは違う、広いけれど質素で地味なエレベーターに乗って、9階のスイッチを押した。


「ちょっと考えれば、それは無駄だよね。部長が函館で何をしようとしてるのかは、想像が出来ないけれど…追い詰めれば追い詰めるほど、部長もヤケを起こしやすくなる…」

「ヤケを?部長が…?てっきり隠れて出てこなくなるもんだと思ったぜ」

「あの人、簡単に死を選ぶからね。自分も、他人も。……普段は私に手を汚さないようにって言ってる一方で…私がああやってやるのに複雑な顔する一方で、部長は簡単に人を手にかけるし、何なら自爆だってして見せる」


私はそういうと、一瞬の静寂がエレベーター内を包み込む。

チャイム音もせず、9階にたどり着いたエレベーターが開き、私とレンは並んで外に出た。


「私のやり方。全部とは言わないけど、部長のまんまなんだ」


そう言いながら、廊下を歩いていき、部屋まで戻ってくる。

レンが持っていたカギで部屋を開け、中に入ると私達はテキパキと動き始めた。


ケースに入っていた拳銃をホルスターに納めて、それぞれ衣服にひっかける。

予備の弾倉も、ポーチに入れて腰に巻いた。


「どうする?ライフルも持ってくか?」

「車に入る?私のは…短くなるから良いけど」

「俺のも何とかなるか…」

「なら…予備の弾倉は…そこに掛かったベストに入れて…」


そう言いながら、私も自分の得物の弾倉をベストに差し込むと、それを上から被るように着た。


白いYシャツにジーンズ姿…その上に物々しい物をぶら下げた黒いベスト。

映画でしか見ないような格好になることは、偶にあるが…まさかこんな盛り上がる日に裏でこんな格好になるなんて思っても見なかった。

その上に、薄手のジャケットを羽織って、レコードを内ポケットの中に入れる。


「オーケー?」

「オッケー…」



ロビーに戻ると、カレンは私とレンの格好を見てほんの少し引き笑いを浮かべた。


「戦争にでも行く気か?コト1人にそんなものは要らないだろ」

「パラレルキーパーの前田さんから来た贈り物なので…せっかくですしね」

「……まぁ、いい。行くぞ…あの2人には指令付きで呼び出しているから問題ない。レナは私の横だ…レンは後ろ」

「カレンの横ってことは、助手席?」


私は歩き出したカレンの横に並んでいった。


「ああ、芹沢に言って引っ張ってきて貰った車がある」


カレンは手にした車のキーをポンと投げてキャッチして見せた。


「最初のドライブがこんなことになるとは…まぁいい。せっかくレンのミウラと走れるんだ。絵になるぞ」


そういうカレンについていって、駐車場に出る。

すると、カレンは背の低い赤黒の車の前で止まった。


「これ?」

「ああ、レンは奥に止めてるんだっけ?道に車出して待ってるから」

「え…あ、はい」


呆気にとられる私達を他所に、カレンは普段の調子のままそう言って、左のドアを開けた。

この車も左ハンドルらしい。


私はカレンの一瞬後で動き出し、助手席側…右のドアを開けて中へと入っていった。

中に入り、手にしていたサブマシンガンをひざ元に置く。


ミウラと同じ、黒いダッシュボードを見回し…カレンが握ったハンドルに目を向ける。

黄色い枠の中で、黒い馬が飛び跳ねる…そんな紋章がハンドルの中央に見えた時、背後からミウラに負けず劣らずの轟音が響きわたる。


「この車もちょっとうるさいけど、問題ないだろ?」


少し声を張ったカレンがそういうと、車は不快な振動もなくバックしていく。

すぐにギアを1速に入れて、スーッと狭い駐車場を這っていく。

歩道から、車道に出てハザードを焚く…ほんの少し待った後、レンの駆る黄色いミウラが見えた。


丸いヘッドライトを上げて、小さくパッシングしてくる。

それをサイドミラー越しに見たカレンは横顔で小さくにやけると、ギアを1速に入れなおして、ハザードを消した。


助手席の窓を半分ほど開ると、やがて風が髪をかき混ぜるような速度になる。

郊外に造られたレコードを持つものだけの町を抜けて、森の中を区切るような道に出る。


「なんか、ちょっと意外」

「だろうよ…レナがレコードキーパーになった頃にはもう運転してなかったから…久しぶりだ」

「…何故この車に?」

「結婚するまで乗ってたんだ。稼ぎは…褒められた手じゃないがあったから」


エンジン音を後ろに聞きながら、私の問いにカレンは答えていく。

時々、ギアを変える度にエンジンが唸ったが、不用意な振動は少しも来なかった。


緑の中を駆け抜けて行く。

小さなバックミラーには黄色いミウラがピッタリ一定の間隔で付いてきていた。


やがて、レコードを持つものしか通れない"地図にない道"を出て、国道に出る。

ここから函館だと、どれくらいかかるのか…どんな道を抜けていくのか、少しも想像がつかなかった。


「ここから…下道をずっと行けばいい。平日のこの時間。混む場所はそうそうないから良いペースで行けそうだ」


信号待ちの合間にそう言ったカレンは、信号が変わると、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


やがて、赤と黄色の2台は、高速道路を抜けていくかのような速度まで達する。

ウィンカーを上げながら、右に左に一般車を交わしていく。


「芹沢やコトとツルんでた頃…私は参謀役ってことになってたけど、何でも屋だったんだ」


国道に出て、少し経った頃。

速度を一つも殺さずに、まるで呟くかのようにカレンが口を開いた。


「何でも屋?」

「ああ。参謀が主だったけど、人手が足りなければ実行側に回ったこともあるし、逃がし屋…運転手だったこともある」


カレンはそう言いながら、スーッとハンドルを切って前の車を追い抜いていった。

バックミラー越しには、レンが同じように車を交わしていった様子が見える。


「運転も、その時から上手だったの?」

「どうだろ…あのメンバーの中だと私になるのかな」

「そうなんだ」


私はそう言ってバックミラーに映ったレンの車に目を向けた。


「函館に行ったらさ、どうするつもり?」

「さぁな…コトを探し出すのは間違いない。今の時代、今の瞬間。行くならそこしかない」

「明日だっけ?レコード通りにいけば、この時代の部長が死ぬのって」

「ああ…明日の日付が変わるころさ」


カレンが答えたのを最後に、ほんの少しの静寂が私とカレンの間を繕った。

正確には、背後からのエンジン音が室内を包み込んだだけだったのだが。


徐々に空の色がオレンジ色になってくる。

札幌を抜けてから、暫くは北海道らしい、何もない森の中を駆け抜けていた。


少し真っ直ぐ言ったと思えば、すぐに細かく右に左にカーブする。

カレンはそのたびにギアを下げて、ハンドルを切っていった。


どこか楽し気な様子で車を運転するカレンを横目に見ながら、私はさっきから腑に落ちない事に考えを巡らせていた。


フロントガラス越しに、長い直線道路が見えた時、私は一旦視線を下げて、レコードを取り出す。

レコードに引っ掛けてあるボールペンで、適当に部長の本名を書いた。


"中森琴"


たった3文字をレコードが飲み込むと、その直後には2周目の世界の部長のレコードがズラリと浮かび上がってくる。

文字は黒く…それはレコードを違反していないということを表していた。


1ページに収まりきらない、これから先のレコード…それを先に先にとたどっていこうとすると、ページを捲ってすぐの3ページ目でレコードが途絶えた。


"1978年7月5日23時53分23秒:死亡 ---"


ページの中間あたりに書かれた死亡の文字。

前回の世界で部長がたどり着かなかった結末。


その記述のちょっと上に見えたのは、部長が芹沢さんと口論になっている記述だった。

そして、その口論の最中。部長は何者かに頭部への銃撃を受け、その数分後に息絶えている。


「…ん?」


私はその記述の曖昧さに思わず声を出す。


"1978年7月5日23時48分13秒~49分01秒:-----による狙撃を受ける"


私が見た記述は、そう書かれていた。

歯抜けになったレコード。全てを知っているレコードが出した曖昧な…不可思議な記述。

私はその記述を見て、少しだけ背筋が凍る。


脳裏に浮かんだのは、煙草の煙の奥に見えた無表情の前田さんだった。


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