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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
72/125

2.RKC 1978 PartⅡ -3-

私も小さく手を振って応えて、彼の元へと歩いていく。


「やぁ」

「こんにちは、榎田さん」

「何か用でもあったっけ?」

「一つ…ちょっと時間ありますか?」

「あー…ああ、大丈夫だ。そこ座ってよ」


初対面の頃のような"研究員と被検体"の間柄はすっかりなくなった私達は、近場の壁際にそれていくと、休憩用のベンチに腰掛けた。


「それで?どうしたのさ」


榎田さんは足を組んで座りながら、顔だけ私の方に向ける。


「その…右腕のことで…」


私は特に考えることもなく、切り出した。

彼は"右腕"という単語が聞こえたあたりから、ほんの少し目付きが変わる。


「私って、右半身治しきってないですよね。正確には右腕と顔の右半分。それで右腕だけ治して貰えないかなって」


榎田さんが口を開こうとする前に、私はそう言った。

彼は口を少し開けて、私の右腕に目を向ける。


「どうなってたっけ…」

「ちょっと不自由なくらいです。力も弱いし、ギュッと握れないし」

「そう…ちょっち失礼」


榎田さんは私の言葉を聞くより早く、私の右腕を手に取った。

彼は私が素肌を晒すことは苦手なのを知っているからか、服の上から手を当てて…ほんの少しだけ表情を硬くした。


「ああ、そうだそうだ。左腕より細いよね。レコードキーパーなり立ての時はそもそも動かなかったんだっけ?」


そう言って、右腕から手を放す。


「ですね。ちょっとしか動かせなかった」

「そっから治して…そこで止めたのか…ふむ…何歳の時だっけ?」

「えっと……5年前だから…12歳です」

「そう。なら、来週にでも家に来てよ。12歳に設定しなおしてね。今くらいの程度なら1日もやれば治り切る。元々腕は普通に動かせる程度に治してたから、手間じゃない」


榎田さんはそう言って、白衣からメモ帳を取りだして何かを書き込んだ。


「じゃ、お願いします…って、家は?前のままですか?」

「そ、俺は変わってない。来週ならいつでもいいからね」

「なら、行く前に電話します」

「分かった」


榎田さんはそう言ってベンチから立ち上がる。

私も立ち上がると、何気なく榎田さんに付いていく。


彼が準備しているボード類や、ブースの奥に目を向けた。


「相変わらず、出し物はアンドロイド?」


私は榎田さんを出迎えるように出てきた小柄な女性を見て言った。

女性は、独特すぎる青い髪色と、白すぎる肌を除けば、どこか前田さんや部長に似ている気がした。


彼女は私の言葉を聞いて小さく微笑むと、首を振って私に手を差し出す。

私は、不意に差し出された手に驚きながらも、手を握り返して握手した。


「違うわ。私は彼に作られた人造人間。アンドロイドは去年あたりで一通り完成…今は全世界の施設に彼の技術を使って作られたアンドロイドが働いているのよ」


彼女は握手しながら、どこか聞き覚えがあって、温かみのある声で言った。


「アンドロイドじゃない…人造人間?」

「そう。準備があるから、仕事に戻るけど…今度、どこかで会ったらよろしくね」


彼女はそう言って一礼すると、仕事に戻っていく。

聞くだけでちょっと安心感のある声…だが、私は彼女の言った"人造人間"という単語に驚いて目を点にしていた。


「驚いたか?こいつは、自己紹介通り人造人間さ。レコードキーパーの体細胞…一部ならなんだっていい。それを掛け合わせて作った」

「…因みに…これは誰の細胞を……?」


私は榎田さんのに尋ねる。


「コトさ。掛け合わせたのはこの前の1件で知り合ったパラレルキーパーの前田さん」


榎田さんから殆ど想像通りの答えが返って来ると、私はポカンと口を開けて、ブース設営に戻った彼女を見た。


「細胞の掛け合わせで性別は決まる。男女の細胞合わせたらランダムだがな…今回は女2人…それも別世界の同一人物を合わせたから性格は2人によく似た個体になったってわけだ」

「似てる…?まぁ、見た目は…」


私はそう言いながら、ブースで働く別の人物に目を向ける。


「榎田さん、あの人も人造人間?」


後ろ姿しか見えない、ぱっと見普通の男を見て言った。


「ああ、あっちは…ベースが誰か当ててみるか?」


私の視線の先を見た榎田さんは、そういうと彼の元へ歩いていき、肩を叩いて私の方へと連れてくる。


「平岸さん?初めまして」


榎田さんの横に立った男は、ほんの少しだけはにかみながら手を差し出してくる。

私はさっき以上に、目を点にしながら彼の手を取った。


「宜しく…お願いします…」


私は握手し終えると、ようやく絞り出すように口を開く。

目の前に立った男は、私の様子を見て、ちょっとだけ肩を竦めると、榎田さんの方に首を向けた。


「僕、何かやったかな?」

「全然。ここまで驚くってことは、いい出来だってことさ。じゃ、戻って良い。悪いな作業止めちまって…」

「いえ…では」


男と榎田さんは、何もしゃべらず固まったままの私をよそに短い会話を交わす。

男は小さく会釈すると、設営作業に戻って行った。


「ま…こんなとこさ。2人”造った"ってのが今年の俺の成果…っと、レナ、後ろ、お客さん来てるぜ」


榎田さんはそう言いながら、私の後ろの方に目を向ける。

私もつられて後ろを振り向くと、誰かは分からないが、私くらいに若い女の子が私を指さして手招きしている様子だった。


「…じゃぁ…明日にでもここに顔出します…来週お願いしますね」

「ああ、またな」


私は手招きしてきた人に小さく手を上げて答えると、榎田さんと別れて足早にホールの出入り口に向かう。


「あ、そうだ!」


榎田さんの声が私を一瞬呼び止めた。

私はバッと振り向くと、彼はちょっと真剣な眼差しで私を見て口を開く。


「"風が吹けば桶屋が儲かる"…現役の時はコトが口癖のように言ってたぜ」

「どうしてそれを?」

「何、面倒ごとの合図だろ?俺らの予定通りにいかない"イレギュラー"があれば、きっと良くないことが起きる。そん時の自分の行動に気をつけろって意味さ」

私は小さく頷くと、手を振って振り返った。


私を手招きしていた人物の元へと駆け寄ると、彼女は一瞬ホテルのロビーの方に顔を向けてから私を見つめた。


「平岸レナさん、で間違いないわね?」

「はい…そうですけど」


眼鏡をかけて、ちょっと女子特有のキツさがありそうな女の子は、私を少しだけ値踏みするように見ながら言った。


服装はどこかの高校のブレザーっぽく見えるが…腕に巻いた腕章からは、今回のRKCの運営を行うスタッフであることが分かる。


「中森琴さん、どこに行ったか知りませんか?」

「え…?」


私は部長の名前が出てきたことに驚いた。

だけど、すぐに見開いた目をもとに戻して言う。


「1階の、ホールあたりに居るはずです。開会式がある所…そこで…」

「そこにいないんです。それで…心当たりとかがあれば教えてほしいのですが」


部長の居そうな場所を言うと、彼女は被せるようにして私の言葉を遮った。


「開会式のリハの前になって、居なくなったんです。昼食を取るための休憩時間中に忽然と…」


彼女の説明を受けた私は、彼女の言葉を頭の中で反響し続ける。


「レストランにも居ませんでした。部屋にもいなかったって連絡が入ってます。丁度、思い当たる節がなくなったところで見かけたのが貴女だったんです」


瞬きもせずに、彼女を見つめる私に言葉を投げかけてくる。

私は、暫く彼女を見つめたのち、ようやく口を開いた。


「駐車場は?見ていない?」

「駐車場?」


私の言葉に、彼女は驚いた顔を見せる。

それだけで、私にとっては十分な答えだった。


「いい。ここからは私達の問題…ロビーに行って私達の仲間を1階に集合させて。出来る?」


そう言いながら、私は彼女の腕を取って歩き始める。

横で、驚き顔のまま引っ張られる彼女は、私の言葉を聞くと小さく頷いた。


「大丈夫…」

「なら、任せた。きっと部長は開会式に出られない。代役はさっきまで私と話してた榎田さんに任せればいい。部長が…中森琴が姿を消したから、とりあえず代役やってくれっていえば、彼ならできるさ」


私は口早にそう言って、彼女が頷くのを見るとすぐに駐車場の方へと駆けだしていく。

外国人の多いロビー…人と人の合間を縫って回転扉から外に出ていく。


さっきまでは私達の車の横に、部長の車があった。

今もあることを祈りながら、どこか思わせぶりな前田さん達の言葉が、現実にならないように祈りながら駐車場を走っていく。


駐車場の隅…レトロな外見の車が並んだ先…黄色いランボルギーニ・ミウラの鼻先が見えた。

その奥に…部長が乗る赤い車の鼻先が見えるはず…


そう思って、視線を動かして、視界に見えた現実に私は足を止める。

私達の車の横にあったはずの、赤いZは影も形もなかった。


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