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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
65/125

1.そこは異世界の日本 -2-

あっという間に、殺風景だったテーブルの上にはちょっと高そうに見える料理が並ぶ。

カレンとお揃いで頼んだサンドイッチの詰め合わせは、ちょっと私だけだと多そうなくらいの量だった。


「レン、チャーリーも…ちょっと手伝ってね。私こんなに食べられない」


そう言って、最初の1つ目を手に取った。

凄く柔らかい食パンに、ブルーベリージャムが挟まったサンドイッチ。

パクっと小さく噛み切って食べると、甘い味が広がって、パンなのにスーッと溶けていった。


そこそこの量があった料理も、食べ盛りの年頃に設定している私達にかかればそう時間はかからなかった。

唯一、小食な私のサンドイッチがいくつか残るようになった頃、ふとカレンが口を開いた。


「懐かしいもんだが…味は私のままだな」


カレンはそう言って私が残したサンドイッチを1つ手に取った。


「あいつ、ウェイターやってるがな?本当はここのボスなんだ。いいとこの料理長をやってたんだが…人付き合いに疲れてこっちに帰って来たんだと」

「ふーん…じゃ、こっちの人なんだ」


リンは食後の一本を咥えながら言った。

私は最後の1つのサンドイッチにパクっと口をつける。


「ああ。札幌出身。会ったのはススキノのクラブだった。ただ、たまたま隣にいただけの知らない客同士。話せば妙にウマが合って、電話番号を交換したのが始まりさ」


カレンは、ほんの少し口元を笑わせながら続ける。

普段、自分から話すようなことは滅多にないからか、他の面々もそれぞれの調子で彼女の次の言葉を待っていた。


「それからすぐに同棲しだして…仕事も、コトとツルむことも止めて、この店で働くようになったんだ。それが、そうだな、今が78年の7月だから…ほんの半年前のことだ…」

「まだカレンが派手だった頃…?赤い車、カレンのだよね?」

「派手って…まぁ、フェラーリは今年中には売ったな。確か…」

「アッサリだね、なんか」


私はそう言ってコーヒーカップを手に取った。


リンとチャーリーの吸う煙草の煙が私達の頭上に漂い、その煙はこの時代の明るいとは言い難い明かりが照らされる。


「子供のために貯金するようにしたんだ…結局、79年には結婚して子供も産まれて…そこまではよかったんだが…」


カレンは懐かしむように喋り続ける。


「83年か、偶々駅前でコトに会って声をかけたんだ。レコードキーパーになってたコイツに、何故か気づいて、声をかけてしまった…それで、私もレコードキーパーになったってわけさ…だから、あいつも、娘も最期はどうなったかなんて分からない」


そういうと、カレンは彼女のレコードを手に取った。

そして、それを開くと、ほんの少し顔を曇らせる。


「ここ、平成じゃないだろ?別の道が出来て…ここは廃道になった。丁度バブルが弾けた時さ…何故かつぶれた道に会ったこの土地が地上げにあった…到底返せるはずもない額の借金を背負って…最期は無理心中さ」


カレンはサッパリと言い切る。

ちょっと前までただの昔話だったのに、急に重い話に変わってしまった。

通りで食前にする話じゃないわけだ。


「2度目の世界、次はきっと私も一緒に死んでるんだろうな。確かめてはいないが…確かめたくもない」


カレンはそういうと、小さく笑って、カップに残っていた冷めたコーヒーを一気に飲み干した。


「話のついでに釘を刺しておこうか?2度目のこの世界じゃきっと、私達はレコードを犯さない。自分がどうなるかは分かってるよな?……どう思うかは個人の勝手だが…余計な真似は起こさないようにな…」


そういうと、カレンはテーブルに置かれていた部長の車のカギを手に取って立ち上がった。


「偶には私が乗ってもいいだろ?」


そういうと、カレンは席から立ち上がって出口の方へと歩いていく。

私達も、一瞬遅れて立ち上がり、少し慌てて席を立った。


「え、カレン?ちょっと!…っと、と…ま、いいわ。私が払っておくから…今日は解散!」

「解散って言っても、今は皆同じアパートだけどね」


慌てる部長を見て笑うリン。

私はレンと一番後ろからついていった。


外に出て、駐車場に出ると、カレンは足早に部長の車の運転席のドアを開けて中に乗り込んでいった。

何時ものように、私達がいても何も気にする素振りもなく、自然に運転席に収まってドアを閉めると、そのままハンドルにもたれかかる。


リンとチャーリー、私達もそれをみて何となく察した。

私達はそのまま部長の赤いスポーツカーの横を通り抜けて、それぞれの車とバイクの元に歩いていく。


「アハハ…アタシ達も覚悟はしとかないとねぇ……チャーリー?」

「ああ。カレンでああなるなら……今はそう感じないけど、まだまだ先のこと過ぎて実感が湧いてないからかな」


そう言ってヘルメットを被る2人。

私は、車のドアを開けて、ふと2人の方に向いた。


「2人って何かあったんだっけ?」

「ううん。カレンほど重くはないの。ただ…土砂降りの日にバイクで出て…事故るらしいのね。それで、2人とも歩けなくなるだけってだけで…」

「そうなんだ」


私はリンの言葉を聞いて少し驚いた顔をする。

すると、リンは苦笑いを見せた。


「バイクに乗ってる以上、不思議じゃないからね…プロだって簡単に死ぬんだから。じゃ、レナ、次は会場でかな?またね」

「ええ…明後日に」


そういうと、2人はバイクのエンジンをかけて一足先に駐車場を出ていく。

甲高いバイクの咆哮が闇に静まった峠に響き渡った。


2人を見送って、少しの間車の中に入らずにいると、聞きなれた轟音が響き渡る。


「俺らも行こうぜ。明日は早めに出た方が良いかもな」


レンに言われて、車に乗り込む。

そのまま、レンの顔を見てコクリと頷いた。

レンはそれを見ると、ギアを入れてクラッチをつなげる。


すぐに景色は真っ暗な峠道に移り変わり、窓の外はライトで照らされている以外はただの黒い背景に置き換わった。


「ねぇ、レン」


暫く峠を降りて行って、国道に合流して…長々と続く広い2車線道路に出た頃に、私はポツリと口を開いた。


「ん?」

「今から20年ちょっと待たないと2000年にならないけどさ、20年たてば私達が生まれてきて…そこから10年ちょっともたてば…私も死ぬわけだけどさ」

「……ああ、だったな」


レンは歯切れ悪く相槌を打つ。

シフトレバーを握った手が、一瞬開いてすぐに閉じた。

何かが運転しているときのペースを乱した時によくやる彼の癖だ。


「もし、私が壊れたら、その時は何とかしてね」

「何だよ急に」

「不思議な感覚だけどさ、もう一人、自分がいて…その自分はレコード通りに動くわけでしょ?ってことは…また…さ、どうなるかなんて分かってるから…他人事には感じられないよね」

「……」

「全てを知っていて、自分がどうなるか知ってて、手を伸ばしたくても、それは出来ないんだ」


私は膝の上に置いた手…その左手をシフトレバーに置かれたレンの手の上に重ねた。


「"自分"に介入できないもどかしさと…"結末"を知っていながら何もできない無力さ…結局、映画のスクリーンで見てるようにしかできない。何もできずに、レコード通り不幸になって消えてくのを見てるのは辛いんだろうね」

「…見てるって言っても、常に見てるわけじゃないだろ。極々偶にすれ違うだけで…」

「そう。だけど、間違いなく居るって知ってるだけで、そう感じるもの…この前だってさ…」


私はシフトレバーの、レンの手に重ねておいた左手を膝の上に戻した。

前に迫った信号は赤。

レンは小気味良くシフトダウンして行って、車を止めた。


「99年の春。セブンをレンが初めて運転した日…信号待ちで横に並んだのは、お父さんの運転してる新車でピカピカのローレルだったんだ。横にはまだ壊れてない母親が乗ってた…その時のこと、その後のことを考えれば…やっぱり、カレンみたくなるんだろうなって…」


私は淡々とした口調でそう言うと、レンはクスッと笑った。


「なんだ。やっぱりゴミが入ったわけじゃないのか」

「え?」


レンの反応を見た私は目を少し見開いて彼を見る。


「レナは嘘つけないからな。分かりやすいのさ…ただ、理由が分からなかったから騙されたってだけで」


私は何も言わずにレンの横顔をじっと見つめた。


「目だよ目。大体、なんとなくだけど分かるんだ」

「あら、エスパーだったの?」

「まさか、どんな奴でも少しの間いればわかるっての」


信号が青に変わって、レンはクラッチを繋いでアクセルを踏み込む。

私は前に向き直って、少し深くシートに背を預けた。



次の日の朝。日が出るはずの時間に起きて、カーテンを開けると、私達が住む町は曇り空に覆われていた。

小さく欠伸をして腕を伸ばして、ふーっとため息を付く。


横で気持ちよさげに眠っていたレンを起こして、2人そろって居間に降りた。

昨日買っておいた菓子パンを食べてから、洗面所に行って顔を洗って…ようやく頭が働きだした。


そこから年も18歳に書き換えて、着替えると、姿見の前に立つ。


ほんの少し、普段よりも右の前髪が耳寄りに寄ったせいで傷だらけの目元が見えた。

右目は半分も開いておらず、周囲は切り傷の痕やら火傷の痕…青あざになってそのままになった肌が露出している。


「よく見れば目の横の傷は雷マークだね。ロックミュージシャンになれそう」


横に来たレンにそういうと、彼は苦笑いを浮かべた。


「Queenでもやらないぜ。そんなメイク」


そういうと、レンは私の手を取って何かを渡してくる。

見ると、黒い眼帯だった。


「昨日、渡し忘れてた。その右目、開けようとしたら痛むだろ?仕事の時とか、ヤバくなった時に見開こうとした時にさ」


そう言ったレンは、私の横に並んでいるのをいいことに、姿見を見て髪を少し整えた。

私は何も言わずに、レンに渡された眼帯を付ける。

ただの布ではなく、目に当てた部分がちょっと凝った作りになって、力を入れて目を閉じずとも目が開かないようになる。


「もともと右目なんて見えてないに等しかったし、ありがと」


私はそう言って前髪を顔の横に押しやった。


起きて30分足らずで着替えて準備も終えてしまって、小さなバッグに2人の着替えだけ突っ込んで部屋を出る。


車庫から車を出して、私は車庫を閉めてから助手席に乗り込む。

そして、ゆっくりと、背の低いスーパーカーが街に紛れ込んでいった。


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