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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter2 世紀末クライシス
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5.ノスタルジックな風に乗って -3-

「懐かしいもんさ。俺が小さい頃はまだこの道あったんだぜ」


レンはそういいながら、海沿いの道を見ながら言った。

何時だったか、2015年だった。その終わり際…レンと2人で行った町を目指して車を走らせる。


私は助手席で、開いた窓から入る海風に目を細めながら頷いた。


「あの時は、最後の方、ずっとトンネルだったよね」

「ま、ここが老朽化だのしていけば…そのうち崩れてダメになるから仕方がないさ」


海沿いの、崖下に通された道。

確かに、レンの言う通りだ。むしろ今でも、冬とかは雪の塊が道に落ちてきそうな程。

シチュエーションとすれば、レトロで、田舎らしい景色だといえるけど…平成基準で言えばただの危険な道だった。


1977年の7月終わり。

昭和に巻き戻って2か月…もう少しで3か月。

私とレンは部長に頼まれて、この前知り合ったレコードキーパーの人達に会いに行くために、久しぶりに車を動かした。


行先を聞いてみると、小樽ではなく日向町。

彼らはそこから隣町の高校まで通っているそうだ。


でも、今は夏休み。

部長には、彼らがしっかりと仕事できているのか見てきてほしいと頼まれた。


「部活の後輩見に行って来いって言われてる気分」

「そうなの?…やったことなんてないから…良く分からないけど」

「まぁ、だよな」

「教え役なんて、きっと向いてないしね。レンの時は、初めて後輩ができただなんて思ってたけど、すぐにさ、ああ、私向いてなかったんだったって不安になったもの」

「そうか?ぶっきら棒な所さえ治れば向いてると思うぜ?」

「……それ、永遠に無理だと思う」


海沿いの道を駆けていきながら、会話を重ねる。

ふと、レコードを開くと、何も異常がないことを示す真っ新なページが目に映った。


「しっかし、こんなにも世界は平和なのに、行く意味あるのかな?」


私はレコードを閉じてポケットに仕舞い込む。


パラレルキーパーが3軸の世界を安定させてはいるものの、徐々にレコード違反もチラホラと現れだした。最近はレコード違反に交じって、極稀に別世界の…可能性世界の人間もレコードに検知されるようになってきている。


ついこの前までは、別世界から流れ込んできた人間の感知なんてできなかったが…昭和に戻ってすぐに、芹沢さんや部長が機能を追加した。

短期間で何度も同じ目に遭えば…対処するのは容易いものだ。


半年は何もしなくていいと言っていたが、まぁ…こうなるとは思っていたし、何より暇を持て余していたから、丁度良かった。


丁度よかった…が、違反者の出る頻度は普段の…レンと出会う前よりも少ない。

だから、本当に稀にしか仕事は来ないのだ。


「あるんじゃねぇの?俺にもわからんけど。ま、観光半分だと思ってさ」


右手に海を臨む道を駆け抜けていき…町を幾つか通り抜けていき…この前来た時とほとんど変わらない道を行く。


そして、海から離れるように左にカーブしていって、坂を登っていき…登り切ってすぐの所にある日向町の入り口に車の鼻先が向いた。


初見だと、木々に遮られて間違いなく見落としそうな入り口。

レンはすっかり慣れた様子で入っていき、突き当たりまで進んでいく。


木々の奥に海の青が見えてくる。

心もとないガードレールまで来て、左に曲がった。


少し進んで、急に道がなくなったような錯覚を感じると、すぐに下り坂に入る。

眼下に広がるのは、平成の時よりも少しだけ家が増えて、ほんの少し活気がありそうな日向町だった。


「この時代はまだなんとか、活気あったのな」


入り口の、ロータリーに咲き誇る向日葵の多さを見て、レンが言う。


「みたいだね。……で、レン。ひとついいかな?」

「何だ?」

「何処で落ち合うか、聞くの忘れちゃってたけど、レン知ってる?」


私がそういうと、レンは一瞬こっちを見て、それからすぐに苦笑いを浮かべて首を左右に振る。


「知らねーけど、まぁ、とりあえずは役場の駐車場にでも車止めるか…目立つ車だし、向こうが気づくかもしんないぜ」


レンはそういうと、ゆっくりと町の奥まで車を走らせた。


平成に来た時と変わらない位置に車を止めて、車から降りる。

変わったのは、壊れたとレンが言っていた役場の白い建物があることくらいか。


車を降りて、腕を上に伸ばす。

夏でも少しだけ冷たい海風がサーっと通り過ぎていった。


「さて…どうすっかな」


レンが横に来て言う。

私も同じ気持ちで、少しだけ首を傾げて周囲を見回した。


「……とりあえず……ん?」


通ってきた商店街みたいな所まで行こうと言おうとした瞬間。

役場の脇…確かけもの道があったあたりに人影が見える。

頭の白い…ユラユラとした人影だ。


「ひっ…」


その人影に、ちょっと驚いた私は目を見開いて、レンの右腕に掴んで体を寄せた。


「え?」


驚いたレンが私の目線の先に目を移す。


「うお…っと?」


彼も驚いた様子だが、すぐに元に戻った。

私も人影の正体がわかり、レンから手を離す。


「前田…さん…?どうして、ここに?」


けもの道の方から出てきた、白い髪の少女に声をかける。

彼女も私達に気づき、こっちに歩いてきた。


「…………」


無機質なまでの無表情。

私達が乗ってきた車を一瞥すると、ロボットみたいな無駄のない動きで私とレンを見る。


「パラレルキーパーの仕事。ちょっと時間が空いたから、懐かしい景色を見たかっただけ」


部長と同じ声でそういうと、彼女は目線を私に向ける。


「そうなんですね。私達はここにいるっていう高校生だけのレコードキーパー達に会いに来たんですけど…知ってます?」


内心はちょっと動揺しているけども、それを表に出さずに行った。


「ここにいるの?…それは僕も知らなかった」


前田さんは少しだけ、数ミリだけ目を見開かせると、そういって周囲を見回す。


「なら、僕も一目見ていこうかな。この土地には詳しいんだ。ちょっとね」


そう言って歩き出した前田さん。

私達も彼女の横に並んで付いていく。


「知ってるって…ここの出身なんですか?」

「いいや。出身はここじゃないし、パラレルキーパーになってから知った。だけど、色々と縁があってね。レコードによれば、僕はここにきて、1972年に大津波に飲まれて死ぬらしい。僕はその前に自分で命を絶ったんだけど…」


淡々と言う前田さん。

私はそれを聞いて小さくが小さく頷くと、ふと何かが引っかかる。

レンも同じだったようで、少しだけ首をかしげると、前田さんの方を見てレンが口をひらいた。


「あれ?前田さんってパラレルキーパーになる前は仕事してたんじゃ…」

「してたよ。何も18からしてたわけじゃないけど」

「え?……でも、こう、銃を使う仕事って…」

「それは大した問題じゃない。9歳の頃には持ってたし、13歳で死ぬ時は、これを使ったから」


彼女は淡々というと、黒いジャケットの内側から、この前も東京で見た黒い拳銃を取り出した。


「さて…僕のことはいい」


彼女はそういって銃を仕舞い込みながら言う。

彼女と会話しながら、商店街の方まで歩いてきていた。


「高校生だっけ?」

「はい」

「…そう」


商店街の端っこ。

交番…というよりも駐在所の前で立ち止まった彼女は、ふと海の方を見た。


「夏休み…って考えれば、海の方かな?反対側は学校に図書館。もの好きじゃない限り行かない」


彼女はそういって足を踏み出そうとする。


「あ!待って!」


私達も彼女に続こうとしたとき、女の子の声に呼び止められた。

3人で声の方に振り返ると、涼し気な水色のワンピースを着た速水さんが私達に手を振っている。


私は手を振り返して、車道を渡って彼女の方へと歩いて行った。


「ごめんなさい。どこで落ち合うか聞きそびれてて」

「いえ!こっちも言うの忘れてて…あ、携帯!って思ったら、ないんですよね。この時代」


彼女はそういいながら、儚げな様子の笑顔を見せる。

東京で見た、不安げで、今にも消えてしまいそうな半泣き顔はもうどこにも見当たらなかった。


「私とレンは知ってるよね。で、こっちの人が前田千尋さん。レコードキーパーじゃなくてパラレルキーパーだけど」


私は後から来た前田さんを紹介する。


「速水香苗です。よろしくお願いします」

「前田千尋…パラレルキーパーだけど、滅多にこっちには来れない。でも、何時か仕事で一緒になったらその時はよろしくね」


前田さんは少しだけロボットのような希薄さを薄めた口調で言う。

速水さんはペコリとお辞儀した後で、細い路地の先を指さした。


「私の家に…全員揃ってます。コトさんからは只何もしないで…同い年同士仲良くやってって言われてるだけなので…」


彼女は少しだけ緊張した様子で言った。

前田さんがいる手前かもしれないが…彼女は少しだけあがり症の気があるらしい。


「そうだったんだ…なら、お邪魔します…かな。家って速水さんの実家?」


私はフレンドリーな同世代なんて人はレンを除いて会ったことがないから、どう話をしていけばいいかわからずに、結局は仕事の話みたいになってしまう。


「実家じゃないです。空き家だったみたいですね…ここに6人…元々幼馴染の集団だったから、気にはならないんですけど…」

「へぇ……」


そんな会話をしていると、ふと背筋が凍った。

速水さんも、同じことを感じたらしく、東京で見た不安げな顔を私に向ける。


東京で、さんざんに感じたこの感覚。


「こんな時に…タイミングがいいんだか悪いんだか」


私はすぐにポケットからレコードを出して開く。

前田さんも、私と同じようにレコードを出すと、すぐに彼女はジャケットから拳銃を取り出した。


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