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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter2 世紀末クライシス
57/125

5.ノスタルジックな風に乗って -1-

「え…っと?国道は平成のままなはずなんだけど」

「……ちょっと待ってね」


私とレンは、普段よりも少しだけ声量を上げて会話する。

私達の背後からは、ランボルギーニの獰猛なエンジン音がひっきりなしに聞こえてくる。

ハザードを付けて止まったのは、どこかの…多分、国道の道路脇。


レンと私で、ニュートラルにしたギアレバーの上に、大きな本を開いて、それから周囲を見回した。

近くの看板の住所表記を見て、地図からその住所を探し当てる。

地図なんて見るのは、小学校の頃の地図帳以来だろうか…私達は細かな、そして荒い印刷に苦労しながら、やっとの思いで今いる位置を探し当てた。


「えっと……平成だったら…この先のT字路なんだけど…ん?ああ、レン、この今いる道が違うんだ。ちょっと奥まで行くと行き止まり…というか右にしか曲がんない」

「え?なんで?」

「分からないよ…さっき横に通ってた道が国道なんだって」

「はぁ…?どう見たって片側一車線の、国道じゃないだろ……」

「でもほら見て。あの道を真っすぐ行けば…このT字路に出る」


私は、指で地図をなぞりながら言った。

レンは参ったといった感じで笑うと、サイドブレーキを下す。


「しゃーねぇ、戻るか」


2,3度アクセルを吹かすと、私は地図を閉じる。

レンはカキン!と金属音を鳴らしながらギアを1速に入れると、クラッチを丁寧につないでアクセルを踏み込んだ。



助手席の、空いた窓から初夏の風が入り込んできて、私の髪を掻き混ぜていく。

キャスケットを目深に被ったおかげで、顔の右半分は露出しなかった。


平成から昭和に時計の針が巻き戻った初日。

私達は市内の洋服店で間に合わせの服を買い揃えて着替えると、ついこの前やったばかりの、家具と家電を揃えに札幌の方へ車を走らせた。


別に、真新しい平成の流行に乗ってたわけでもないから、衣類は変えなくてもいいと思ったが…私達よりも先に出た部長とカレン、道を行きかう人の服を見て、明らかに浮いてしまうことに気づいたからだ。


特に、部長とカレンなんかは、顔たちやスタイルのせいで雑誌に出てくるモデルさんみたいに見えて…バリっと決め込んだ格好で、真っ赤な鼻先の長い国産のスポーツカーに乗り込んでいく様は、2人でほんの少し見とれてしまうほど。


道端の砂粒1粒以下の存在感だが…周囲よりも浮いた格好をする勇気は、私にもレンにもなかった。


私はほんの少しサイズの大きなキャスケットを被って…大きくとがった襟のついた、白いトレンチコートとワンピースを足して2で割ったみたいな服に身を包む。

袖は7分丈で…足元は膝の少し下まで伸びているから、暖かかくなったとはいえ、あまり肌を晒したくない私にとっては丁度良い。


レンの方へ視線を向けると、柄のない白い半袖のTシャツに薄手のレザージャケット、それに濃い青のジーンズ姿。

ちょっと洒落っ気を見せて、頭に黒いパイロットサングラスを付けている。

レンは背も高く、細身だが…決して痩せてるわけではなく、きっちりと締まった体付きをしているから、良く似合っていた。



「しっかし本とかでしか見ないような車しかいないな」

「それを言ったら、あそこって平成だとどうなってたかしら?ってなるくらいに違うよ」


平成よりも遅い一般車の流れを、レンは右に左に交わしていきながら車を走らせる。

流れに乗ってもいいのだが…遅く走ると、どうもエンジンの調子が悪くなりがちだ。


「まさかこんなに変わってるなんてなって思ったけど…こっから30年巻き戻せば戦後で…さらに30年戻せば1910年代…そりゃ変わるか…」


レンはそういいながら、横目で私の方を一瞬見た。

横顔をフッと笑わせて前に向き直る。


「何さ」

「いーや。何でも…珍しいなって思っただけさ。外で半袖みたいなの着るの」


レンがそういうと、私は細かな傷が多い右腕に目を下す。


「7分丈ね…まぁ、暑いし。これかの季節はさ…あと、この車の中も」


私はそういって、空いた窓から少しだけ手を出す。


「…治す気ないのか、それ」

「さぁ…ね。最初は…ただの意地で残してたんだけど…」

「意地?」

「そう。何か…全てを治しちゃうと…逃げたって気がして…癪に障ったの」


私は外に出した手を引っ込めて、レンの方に向く。


「……なるほどね…」


レンは呟くように言うと、アクセルから足を離して速度を緩め始める。

前に向き直ると、遠くに信風が見える。

地図上ではただのT字路である信号。


レンはもうこの車に慣れたのか、余計な振動を一切出さずにギアを落としていった。

4,3,2…そのたびに背後に積まれたエンジンが唸りを上げ、12個の筒からは空気を吸い込む音が鳴る。


信号を左に…地図から消えた道に曲がると、見慣れた道が前に見える。

平成の時代よりは幾分か綺麗な道。

木々に葉が生い茂り…道を半分隠すほどになったその道には、弱く吹き抜ける風のせいで、不規則に揺れる木漏れ日が差し込み、どこか幻想的な光景だった。


「この車に似合うな。この道」


レンは感じたことを素直に口に出す。

直後、カキン!と言う音とともに、ギアレバーは4速の位置に収まった。


「榎田さん、いるかな?」

「いるでしょうね…相変わらずだと思うよ」



前に乗っていた7よりも低い目線で、ほんの少しの林道を駆け抜けていき、平成の頃から変わっていない温泉街にたどり着く。

そこそこのスピードから徐々に落としていき、一番奥にあるショッピングモールの駐車場に入っていった。


狭い駐車場はそこそこ込み合っていて、私達は唯一開いていた一番奥の駐車場に車を止める。偶々車から降りたばかりの、名も知らないレコードキーパーと思わしき人が、私達の車を見て驚いた。


「こんなに混むことあるんだ…ってか目立つな」

「まぁ…珍しいでしょうね。こんな車」


ガチャリと音を立てて開く助手席から、足を出して…ひょいと体を持ち上げるようにして降りる。

レンの横に立つと、2人で一度だけ車の方を向いた。


「慣れたって言いたいけど…慣れねぇわ。これ」

「そう?横から見てたレンは楽しそうで、格好良かったけど」

「言ってろ。滅茶苦茶緊張したっての」


そう言ってレンはショッピングモールの方へと振り返る。

私も1歩遅れて振り返り、レンの横を付いていった。


「買うのは?家電と?」

「あとは…適当な戸棚とかベッドとか?」

「くらいか…」


そういいながら、前来た時よりも明るい店内に入っていく。

明かりが消えた場所がないということは、何処にもレコードキーパーがいるということだ。


私達は、数人のレコードキーパーとすれ違いながら、家電コーナーを目指す。

平成の時、黒い分厚いテレビが並んでいた家電売り場の入り口付近は、さらに古めかしいテレビが並ぶようになっていた。

中を見ても、レトロさを感じるデザインの家電が並ぶ。


「……リサイクルショップにしか見えないよな」

「そうだね…ホラ見て。これなんかよくありそう」


中に入って、動いていた扇風機の前に立って言った。

すぐに錆びてきそうな鉄製の網の奥で、濃い青の半透明な羽根が回っている。


「洗濯機なんか中々慣れなさそうだぜ」


レンは洗濯機が並ぶのを見ながら言った。

2人で、見慣れない家電を見回りながら奥まで進んでいくと、榎田さんの後ろ姿が見えた。

もう一人、彼の横に男がいたが…会話している様子からは彼も私達と同じように家電を揃えに来た人らしかった。


「…そうだね~…ま、そんな感じで一通り揃えて送るよ」


丁度、終わり際だったらしく、榎田さんはそういうとクルっと振り返る。

私達のことに気が付いて手を挙げた。


「お、遅かったじゃない。もっと早く来るかと思ってた。ちょっと待っててね。先に彼の方から済ませるから」


挨拶もそこそこに、横にいた若い男の人と一緒にレジの方へと歩いていく。

その男の人は、私達のことを見ると、ほんの少し驚いたような顔をした。


「知り合いか?」


彼らが去ってちょっとした後に、レンが言う。

私は肩を竦めて首を左右に振った。


少し経った後で榎田さんが私達の元に戻って来た。


「お待たせ。参ったよね、この前の1件」

「ですね…」


私は榎田さんを見て、東京の倉庫で撃った年を取った榎田さんを思い出す。


「しっかし、別世界とは言え、俊哲がそんなことするかなぁ……俺もいたりしてな」

「まぁ、どこかにはいたんじゃないですか?カレンもいましたし」


榎田さんの言葉に少しだけドキッとしたが…何となく、撃ったことを言いたくなくって嘘をつく。


「カレンが?……ああ、そうか俊哲がいるって考えれば普通か…あいつレコード通りなら78年には死んでるんだし」


榎田さんはそういいながら、売り場を見回した。


「っとまあ、お喋りはこれくらいにして…何が必要なんだ?」

「この前と同じかな…家具も家電も殆どないから」

「そっか…前は何揃えてたっけ……テレビに冷蔵庫に洗濯機…レンジに…トースター…掃除機とかアイロン…ドライヤー?」


榎田さんは、ブツブツと言いながら、売り場に並べられた家電の前に置かれている注文カードを取っていく。


「あ、ラジカセとかあります?」

「あるよ。そこのデカいのでいいならね」


レンがふと言った言葉に、榎田さんは指をさして答える。

見ると、銀色の…メカメカしいスピーカーが2つ付いた機械が見えた。


「あれも一ついいよな?」

「ええ…いいんじゃない?」


レンが私の方を見て言ったので、私は小さく頷いて言う。


「30年も経てば、あれだけデカいのが携帯とかに収まるんだもんな。久々に…っていうか、もう二度と来ないと思ってた昭和に戻ってきてみて…まぁ驚いたわ…オッサンといえどさ」


榎田さんはラジカセの注文カードを取りながら言う。

その横顔は、どこか楽しげだった。


「ま、懐かしい懐かしいってどれだけ言っても、不便なのは変わりないけどさ。これくらいで案外丁度良かった気がしてる」


そう言って、榎田さんは取ってきた注文カードを確認すると、私にそれを渡してきた。


「こんなもんかな。家具は…まぁ、こんなもんだろ。確認してみてよ」


私は渡されたそれらを受け取って、カードに書かれた文字を見ていく。

横にいたレンも、私の手元を覗き込んだ。


「オッケー…まぁ、足りなくてもここにまた来る」


最後の用紙を確認して、そういうと、カードを榎田さんに返す。


「了解。じゃ、手続してしまおう」


榎田さんはカードを受け取ると、そういってレジの方に振り返った。


平成10年に巻き戻った時にも座った椅子に座り、榎田さんはレジの方で何か書類を書き込んでいる。

私とレンは特に会話することもなく、ボーっと周囲を見回した。


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