4.世界を超えた願い事 -Last-
「カレン、これは……?」
車を降りた私は、助手席のドアを閉めて言う。
「明日からの住処だよ…とりあえず…その7は路駐にしといてくれ…77年の世界にはないんだからな」
「え?」
「明日の午前3時…今が10時半だから…あと少しで時間を巻き戻すのさ…レナたちの家は私とコトの家の横。シャッターには車もある。もうそっちの7は用済みってわけさ」
カレンは一通りいうと、一瞬私の家の方…シャッターを見てから、私の方に振り向いた。
「じゃ、じゃぁ…とりあえず車はよけときますね」
カレンの話を車に寄り掛かって一通り聞いていたレンは、エンジンをかけたままの車に乗り込み、車を道路わきに止めた。
「レナ、こっち…」
カレンにそういわれて、家の方へと歩き出す。
カレンは家の扉ではなく、シャッターの方を開け出した。
「まさか本当だったとは…芹沢の奴も何考えてんだか……東京で言われたときは正気を疑ったぞ…」
シャッターを開けながら、呟くカレン。
暗い車庫の奥に、何やら黄色い背の低い車が止まっているのが見えたが…暗くて細部が良く見えない。
カレンは明かり付けてくるといって、車庫の中に入っていった。
右隣の家の扉が開き、中からはチャーリーとリンが寝間着姿で出てきた。
「お、遅かったじゃないか」
「大丈夫~?レナ、まだ酔ってない?」
「…酔いが醒めなくって…もう大丈夫だよ」
私はそういうと、車庫の入り口に寄り掛かる。
「あれ…入ってないの?」
左隣の家から、昭和っぽさがさらに増した格好の部長が出てきて…車を置いて降りてきたレンも車庫に歩いてきた。
「何の集まり?」
「さぁ…カレンがシャッター開けて…明かり付けるって…」
「そうか…」
「ああ~芹沢さんからの贈り物だね!私達もバイク貰ったの。車は…チャーリーのマスタングが古いからそのまま続投だけど」
「へぇ……」
車庫の前に集結した皆。
直後、パチ!という音と共に蛍光灯が灯った。
何度か点滅を繰り返して…薄暗く感じる白い光が車庫の中を照らす。
その直後、私達は全員、驚きの声を上げた。
広々とした車庫にあったのは、黄色く、背の低いスポーツカー。
キリっとした楕円の目が、芹沢さんのポルシェみたいだと思ったが…きっとこれはポルシェじゃない気がする。
「レン、これ、なんて車?」
私は驚きで固まる一同の中で、私は真横で固まっているレンを突いていった。
「これはな…ランボルギーニ・ミウラだ…睫毛がないから…カレンさん、これってSV?」
レンはそう言って、車の後ろをじっと見つめるカレンに言った。
「……合ってる…SVだ」
カレンは呆れるような声で言うと、私を見て手招いた。
「凄いじゃない。ねぇ、レン…レナにはちょっとこの車はつらいと思うから、レンのよきっと」
「え?…ああ…まぁ、はい」
「クラッチも重けりゃブレーキもハンドルも重いだろうしな…しょうがないさ」
レンと、リン、チャーリーの会話を聞きながら、助手席の方へと歩いていく。
カレンはガチャリと、重厚な金属音を発してドアを開けると、中に入るように促した。
「これがレナとレンへのプレゼントだと…レン!そっち座ってみなよ。キーはもう刺さってる」
背の低い車の助手席に、すっぽりとはまるように座る。
コンソールに並んだ、3連メーターが2段並ぶ様を見て、この車が普通の一般車じゃすまないことを改めて思い知った。
その下には、空調のコントロールユニットだろうか?……シフトレバーの横には助手席の人がつかめるような取っ手が生え出ている。
「おー…似合ってる似合ってる!」
レンが運転席に座り込むと、リンが手をポンと胸の前で合わせていった。
私なんかより、ハーフの彼女の方が数倍似合う気がするが……
私は横目にレンを見る。
レンはレバーとかスイッチの位置を一通り確かめた後、シフトレバーの奥にあるキーをひねる。
少しだけセルの回る音が鳴り…直後獰猛なサウンドが響き渡った。
レンはアクセルを数度煽ると、背後のガラス越しに派手なエンジン音が唸りをあげる。
私はその音が聞こえるたびに思わず身を凍らせた。
「ヒュー……」
エンジンを切ったレンは、どこか楽し気な顔だった。
「さて…丁度みんな集まったし、ちょっといいかしら?」
車を降りたタイミングで、部長が車の前に立ち、皆の顔を見回しながら言う。
私達は頷いて部長の声に耳を傾けた。
「今回もお疲れさま…汚れ仕事だったけどね…向こうで見ての通り、日本じゃそんなことができる人が少ないっていうのは良く分かったはずよ」
「…無駄に人手を集めても、結局8割が銃を使えず刃物や注射器に頼ってた。処置ではなく処刑命令が下ってもな…その結果があの苦労さ」
部長の言葉に、カレンが補足する。
部長はカレンの言葉を待ってから口を開いた。
「明日の午前3時…もう4,5時間後には1977年の5月にまで時間が巻き戻るわ…この後すぐに家に入って、テーブルに乗ってる酔い止めを飲んでおくこと…」
そういう部長は、車の横に立った私に目を合わせて言った。
「1977年になったら、暫く…半年はパラレルキーパーが常駐することになったわ…貴方達はそれまでオフ…私とカレンは良いけど…貴方達はまず昭和の暮らしに慣らさないとね…特にレナとレン。貴方達は暫く気を付けて…何がとは具体的に言えないけど…今までとはガラッと変わるから」
部長はそういうと、ランボルギーニの鼻先を見下ろす。
「明日以降は、各自生活に必要なものを集めるのに追わちゃうかな…」
そう、呟くように言うと、顔をあげて私達を見回した。
「向こうで知り合った小樽のレコードキーパー達の面倒も見なきゃダメなのよね。それは私とカレンがやるからいいけど…偶には貴方達にも手伝ってほしいのよ。それはその時になったら言うわ…大丈夫でしょうけど」
私達は全員、頷いて見せる。
「それじゃ、今夜は解散しましょうか……時間跳躍の時は…2階の居間から見るといいわ…ここは高台にあるから」
皆が部屋に戻った後、私達はようやく体を動かしてシャッターの明かりを消した。
車庫を出て、階段を上がり、玄関扉を開ける。
玄関に入って、ブーツを脱ぎ…1階部分の部屋には何もないことを見て回って、2階へと上がっていった。
「ねぇ、レン。あの車ってさ、高いの?」
2階に上がって、部長の言った通り、窓からの景色がきれいな居間に入った時、私はふと尋ねる。
コートを脱いでソファに放り投げて、ソファに座ると、レンはコクコクと頷きながら言った。
「高いなんてもんじゃないぜ、億だ億」
私はテーブルの上にある酔い止めを飲みながらそれ聞いて、一瞬彼が何を言っているのかわからなくなった。
「おく……?」
「1億とか2億とか、それくらいするってくらいの車だ」
私の横に座ったレンは、そう言いながらテーブルの上の酔い止めを飲む。
私は口を開けながら、あぜんとした顔でレンを見つめた。
「芹沢さん、何だってまた……そんな車を…」
「俺のレコードでも見たんじゃないか?…あの車…一番好きだから」
レンはそう言ってふーっとため息をつく。
「現実味のない話だけど…現実なんだよな」
レンは力が抜けた声で言う。
私はそっとレンの右肩に寄り掛かって頷いた。
「明日になったら、もう昭和だね」
私は少しだけ気の抜けた声で言う。
「ああ…教科書とかテレビでしか見れない世界に行くんだよな」
「とりあえず…榎田さんのとこ行こっか……見てよ、テレビもラジオも、何もない」
「家具も買わないとダメか…」
レンは私に寄り掛かられたまま、首を動かして周囲を見回した。
「木の模様の茶色い壁とか、こういうカーペットとか見ると、やっぱ古い家だなって思うよな」
レンはそう言って、足でトンと床を叩く。
複雑な模様をした、長い毛のカーペット。
私も、足を動かしてそのやわらかい足ざわりを感じた。
「というか…部長はどうしたんだアレ…誰も突っ込まなかったけど…」
そういうレンの言葉で、私はさっきの部長の髪型を思い浮かべた。
あまり気にならなかったが…そういえば部長の髪型が変わっている。
あまりにこう…昭和っぽさを感じる服装のせいで気にならなかったが、髪型が私とほぼ変わらなかった。
真正面から見て、右目を半分くらい隠した髪型。
確かに、ぱっと見では間違えるくらいに私に似ている。
「確かに芹沢さんが間違えるわけだよ」
「ああ……背丈が小さくても、小さい頃からそうだったら…間違えるわな…」
レンがそういうと、部屋に掛けてあった大きな時計の音が響く。
ポーン…という電子音が12回。
私達は、互いに黙ったままその音が消えるのを待った。
12回目の電子音の余韻が消えて、耳には時計の針が時を刻む音だけが聞こえる。
私はそっとレンの右腕に手を絡ませた。
「そうだ…レン…3時まで…時が戻るのを待つ?」
「……とりあえずな…これで、きっと時間が巻き戻るのは相当未来までないだろうから…」
私はレンの言葉を聞くと、小さく笑ってそのまま彼の方に倒れ込んだ。
「なら、さ………」
そう、驚いた顔をするレンの耳元で小声で言って私は目を瞑った。




