4.世界を超えた願い事 -4-
ホテルについて、レンに起こされて車を降りる。
ライフルとか長物はホテルから出てきたものらしく、そのまま車のトランクに放置して、ホテルの中へと入っていった。
来た時と同じように、芹沢さんと部長に付いていって中に入る。
来た時はざわつきと、緊張感を感じたが、すべてが終わった今は、少しざわつく程度で済んだ。
周囲のレコードキーパー達は、それぞれ思い思いに過ごしている。
「2人とも、1時間後には出るからね」
「わかりました」
部長にそういわれて、私達は2人で頷く。
私は2人と別れた後、レンの手を引いて、ロビーを見渡し、白髪の女の子を見つけて彼女の方へと歩いていった。
ロビーの柱に寄り掛かって、煙草を煙らせる色の白い少女は、私に気づくと、表情も変えずに手を上げて、煙草を近場に合った灰皿に置く。
「前田さん。これ、お返しします」
腰のホルスターから彼女に借りた拳銃を取り出して、彼女に渡す。
3つ分の弾倉も渡した。
「使った?」
「何度か…」
「そう。お疲れ様」
「それじゃ…これで」
「ええ…また、どこかで」
彼女は口数少なく、手渡された銃を仕舞い、弾倉をジャケットのポケットに入れると、そう言って煙草を咥えなおす。
彼女と別れると、レンと並んでエレベーターまで歩いていった。
「不思議な人だね」
「お前が言うか?」
エレベーターを呼んで、待っている間、ふと口に出た言葉にレンが苦笑いしていった。
「あの人もロボットって言われて違和感ないじゃない」
「まぁ…」
エレベーターが降りてきて、広いエレベーターに乗り込み、中に入って11階を押す。
昇っている間、何も言葉を交わさず…11階に上がって廊下に出た。
分厚いカーペットの上を歩き、レンが持っていた鍵で開けて、1101号室の中に入っていく。
「凄い、昨日着てたの洗濯されてる」
「レン、先にシャワー入ってきてよ。昨日私からだったし」
「ん?…まぁ、気にしないけど…そういうならお先に」
中に入り、ベッドの上に置かれた洗濯済みの衣類を持って、レンが洗面所に向かっていった。
私はジャケットからレコードを取り出してベッドに放り投げて、ジャケットを脱ぎ、血に濡れた衣服も脱ぎ捨てて、下着姿になってベッドに飛び込む。
洗濯されて、丁寧に畳まれた衣類が飛び跳ねたが、気にすることはない。どうせ後で着るんだし。
私は自分のレコードを開いて、消していなかった芹沢さんのレコードをもう一回だけ見直した。
さっきは気が付かなかったが…
私は1つだけ気になることがある。
そういえば、私のお父さん。芹沢さんが昔からの知り合いだと言っていた。
でも、さっきのレコードには、お父さんの名前が見当たらない。
人の人生のレコードなのだから、情報量は莫大…きっと見逃しているのだろうと思い、もう一度探し直そうと思った。
1978年に死ぬはずだった芹沢さんのレコードを、細かく眺めて溯っていく。
芹沢さんがかかわった人たちのフルネームが出てくるたびに、永浦の2文字がないかを探していった。
……なんの環境音も耳に入らず、私はずっと夢中で文字を読み進める。
芹沢さんがどんなことをしていようが頭に入らない。
中森琴に榎田剛健…見知った顔に交じって、永浦の文字はすぐに出てきた。
"1978年7月8日13時24分:函館 喫茶店内 永浦聡と面会…"
永浦といっても…お父さんの名前ではない。
聡……さとし……その名前を見て、必死に頭を動かすと、その名前はおじいちゃんの名前だったことを思い出す。
その名前は、芹沢さんのレコードにチラホラと出てきていた。
決まって、彼が裏の顔…銀行強盗をしている時ではなく、表の顔…警察官として働いているときに出てくる。
すぐに芹沢さんのレコードを消して、永浦聡とレコードに書き込んだ。
直後、レコードが表示されて、今も彼が存命であることを知る。
現在71歳…札幌市内に在住…もう、Code004のせいで、ただただレコード通りにしか動かなくなっていた。
表示させた、おじいちゃんのレコード…ページを捲って過去を探る。
1970年代…芹沢さんと繋がりがあった1978年までさかのぼると、彼が刑事で、芹沢さんの先輩にあたる人であることを知る。
もっとさかのぼると、1968年にお父さんが生まれていることを知った。
私はそのレコードを見て、レコードを閉じると、体を転がして、うつ伏せになり…枕をギューッと掴む。
芹沢さんがお父さんを知っていたのは…きっと小さい頃…幼いころを知っているからだ。
……それを知ってもなお、私は何とも言えない腑に落ちない気分になる。
大体、知ってるといっても、いいとこ10歳手前くらいまでの関係だ。
それなのに、芹沢さんの口調は、随分とお父さんのことを知っているような口ぶり。
…まぁ、あの人はどんな時でもとりあえずは自信ありげに言うから…そのせいで感じているだけなのかもしれないが…
私は枕に顔を埋めて…じっと考える。
直後、洗面所の扉が開いた音が聞こえて、ビクッと体を震わせて飛び起きた。
「わ!」
「……どうしたんだ?」
ベッドにちょこんと、へたり込んだ姿になった私は、不思議そうな顔で言うレンを見る。
レンは首元にバスタオルを巻いて、下は学ランだが…上半身は何も着ずに出てきた。
「いや…ちょっとね…考え事してたから…ハハハ…驚いちゃって」
私はそういうと、着替え類を持って、レンと入れ違いで洗面所に入る。
「早かったね」
「まぁ、シャワーだし、時間ないし」
すれ違いざま、そういうと、私は洗面所の扉を閉めた。
下着類を脱いで、カゴに入れると、バスルームの扉を開ける。
汗と、ほんの少しだけ付いた血をシャワーでさっと流す。
曇らない鏡越しに映った自分の顔を見てから、そのままシャンプーに手を伸ばす。
簡単に泡立てて、髪を洗って…リンスでもう一回同じように洗う。
それから、ボディシャンプーで体を一通り洗い流して…もう一回、最後にシャワーを頭から浴びた。
時間にして10分くらい。
シャワーを止めて、外に出る。
バスタオルで体を拭いて…ドライヤーで髪を乾かした。
昨日は別に、自然乾燥でもよかったからしなかったけど…着替えてすぐに出ていくから…
エアコンが良く効いているせいで、ほんの少しだけヒンヤリとする洗面所。
シャワーの温度も温くしたせいで、すぐに暑さが引いて、体も乾いた。
下着をつけて、来るときに着ていた黒いYシャツと濃い青のジーンズを着て…小さな腕時計を右手に付けて…備え付けられた櫛で髪を梳かす。
普段通り、整えるだけ。
右半分を隠すように、髪を整えて、櫛を元に戻す。
バスタオルをカゴに入れて、部屋に戻った。
「おまたせ」
「いや、全然待ってない」
出ると、レンは驚いた顔で私を見た。
私はそんな彼の顔を見てから、棚に置いていたハーネスを体に括り付けて…結局東京で使わなかった拳銃を、ハーネスに付けたホルスターに仕舞う。
「出ようか…早いけど…レストランで軽く食べるくらいに時間はあるよね?」
そう言いながら、ベージュのトレンチコートを着てボタンを留める。
黒いブーツを履いて、準備万端。
「30分経ったかどうかだし、飲みもんくらいだろうよ」
学ランの夏服姿になったレンは、ジャケットを着ながら言った。
ベッドの上からレコードを拾ってポケットに仕舞い、カレンの拳銃を手に持つ。
2人でもう一度、何か忘れ物がないかを見回った後で、部屋を後にした。
「そういえば、それ、どうするんだ?」
廊下を歩きながら、レンは私の手にある拳銃を見ながら言う。
私は何気なしに、廊下の奥に銃口を向けて…すぐに銃口を上にあげた。
「カレンにでも渡そうかなって。持ち主が持ってるのが一番だよ」
そう言って、菊の紋章が彫られた拳銃を下ろした。
エレベーターで1階まで降りて、ロビーに出る。
帰り際のレコードキーパーが多いのだろう。結構な数の人があちらこちらにたむろしていた。
私とレンはそんな人混みをかき分けて、受付に鍵を返し、チェックアウトする。
そして、ふと背後に振り返ると、私達の背後に並んだ人の驚いた声がした。
「あ、平岸さん…」
居たのは制服…セーラー服を着た女の子が前に立っていた。
確か…さっき会った…名前は速水さんだったはず。
私とレンは顔を見合わせて、もう一度彼女に顔を向ける。
「お疲れ様…大変だったね。レコードキーパーになったばかりで」
彼女が私達と同じように、鍵を返してチェックアウトするのを待ってから、声をかける。
私は左手に銃を持ったまま、そう言った。
彼女はほんの少しだけ恐怖心が残ったような、何とも言えない笑顔を見せると、小さく頷く。
「はい…結局、パラレルキーパーの人が来るまで…ただやられてばかりでしたけど」
彼女は弱弱しい声で言った。
たしかビッグサイトの方は中々収拾がつかず、パラレルキーパーで制圧したんだっけか。
「…他の人達は?」
「まだ…部屋で準備してると思います…皆精神的に疲れちゃってて……」
「……仕方がないよ…そうだ。速水さんって前の1件で勝神威まで来てたっていうけど、どこの人?…っとその前に、ずれないと」
私は泣き出しそうな彼女を見て、ちょっと強引に話題を変える。
並んでる人の邪魔にならないようにロビーに歩いていき、入り口に近い柱のところまで来ると、柱に寄り掛かって背を預けた。
「私達は…小樽から奥の管轄なんです。この前から…」
「へぇ…去年までは私達が見てたところだ」
私は小樽という単語を聞いて、ほんの少し驚く。
それと同時に、新たに管轄が別れたということは、彼女達には私で言う、部長のような存在が居ないことに気づいた。
「速水さんたちには…こう、上司みたいなのっていないの?」
私がそれを言う前にレンが言った。
私も、同じことを聞こうとしてたから、何も口を開かずに彼女の答えを待つ。
「居たんです。2人組の日向町出身だっていう男女で…それが…勝神威の一件の後…1999年になってすぐに居なくなっちゃって…」
彼女の言葉を聞いた私は、思わず口を開く。
居なくなった…イコール時空の狭間送りになったというわけか。
「居なくなった…いったいどうして?」
「分かりません……ただ…レコードには"職務規定違反ニヨル処罰"としか書かれていませんでした…それ以来…私達、何度レコードを確認しても、どこにも…そしたら、今回の件でパラレルキーパーの人が迎えに来て……何が何だか分からなくなって……」
そういうと、彼女は徐々に泣き顔に変わっていく。
私はレンの方を見て、首を左右に振ると、レンは彼女を近場のソファに座らせた。
「レナ…これ、どうするんだ?何もわからないのに、レコードキーパーって辛いだろ?…俺は…レナがいるからまだ正気でいられるけど……」
レンが私に言う。
私も、どうすればいいかの判断がつかずに、無言で首を振ってレンを見返した。
「私だけじゃ、どうにも……近場にいるし、フォローは色々とできるから…問題ないだろうけど」
「そういえば、小樽っていうなら、どうせ帰りは同じ…だよな?」
「多分…同じ飛行機でしょうね。ま、話だけ通せば大丈夫だよ」
私とレンでそう言っている間に、部長達が降りてきた。
はたから見れば、制服姿の女の子が泣いていて…傍に私達という光景はどう映るだろうか?
部長とカレンはそんな光景を見て、ほんの少し困惑した表情を見せる。
後ろから付いてきた、リンとチャーリーも同じだった。
「レナ、どうしたの?」
「ちょっと訳ありなんです。この人達のチームがね…そうだ、部長…話聞いてあげてくださいよ」
部長の問いにそう答えると、私は部長の元まで行って速水さんたちのチームの顛末を話した。
カレンやリン、チャーリーも、私の周りに来て、私の話に耳を傾ける。
一通り話した後、皆は何とも言えない顔…さっき私とレンが顔を見合わせた時のような、なんて言えばいいかわからないといった顔になった。
「そういうこと…」
「ハハ……参ったなぁ…それは…」
部長とリンがそう言って顔を見合わせる。
「まぁ、一旦、私達の所で何とかするしかないでしょうね。まぁ、向こうに着いたら考えましょうか」
部長がそういうと、いったんチェックアウトするために、列に並んでいく。
私はレンと速水さんの方に振り返ると、小さくサムアップして見せた。
「暫く私達でフォローに回ることになる」
そう言って、レンの横に戻る。
速水さんは、泣きながら頷いた。




