3.相手は何時かの自分 -Last-
「レン。ここを離れよう」
「え?どうしたんだ急に?」
「歩いて話す。速水さんは何とかここの連中を処置して回って。死にはしないんだ」
口早にそういうと、私は呆気にとられた速水さんの方を見て、そのまま銃口をこめかみに当てる。
躊躇なく引き金を引いて自害するが、そのまま私は再生して、彼女に肩を竦めて見せた。
「じゃぁ、また」
そう言って、腰を抜かした彼女の元を去る。
「で、どういうことだ?」
「チマチマと狩ってる暇はない。さっきの女はカレンだった。あの様子…芹沢さんが見つかってないって言ったときの様子を見る限り…リミットが明日の13時とは限らなさそう」
「……カレンさんだったのか?さっきの…で、リミットって。パラレルキーパーが出した答えだよな?それを……?」
「ええ。それでも覆す。どこまで芹沢さんは芹沢さんでいるのかわからないけど」
私は左手に持った拳銃を顔の前に持ってくると、ふーっと息を吹きかける。
「私が知ってるあの人は、どんな時だって綿密に、起こりえない可能性まで計算して事を起こす…」
そう言って、小走りで駆けだした。
「レナ、でもどうやって芹沢さんを追うんだ?」
「さっきみたいにフェラーリを探せばいいんじゃない?」
「乗り換えてるってこともあるよな?」
「……転送装置でこっちに飛ばせるのは人だけだったよね?」
入って来た入り口から外に出て、人のいない広い橋を駆けていく。
「知らん。聞いてないぜそれ」
「空港で!……ああ、私しか聞いてないのか…まぁいい。芹沢さんに確認は取ってみる。レンは車に戻ったらすぐにさっきのフェラーリの位置を出して!」
そう言って、階段を駆け下りる。
黒いセダンまで駆けていくと、助手席のドアを開けて中に入った。
カレンの持っていた拳銃を後部座席に投げてから、携帯を取り出して、芹沢さんに電話をかける。
その横で運転席に座ったレンはエンジンをかけると、車を出さずにレコードを開いた。
「どうした?」
芹沢さんが電話に出る。
「芹沢さん、転送装置って人しか飛ばせないよね?」
私は用件だけを早口で捲し立てた。
「どうしたいきなり…」
「いいから教えて!お願い」
「あ、ああ。いまのところ、見つかった転送装置は人間とその装備物しか飛ばせない構造だな…何があった?」
「ビッグサイトにいた可能性世界の住民の中にカレンが居たの。彼女死ぬ前に私達が芹沢さんを逃したのを知って高笑いしたんだ」
私は電話越しに、少しだけ叫ぶような口調で言うと、電話の向こうの芹沢さんが驚いた声を上げた。
「え…カレンが?あいつは本来なら94年には死んでるはずじゃぁ…」
「知らないよ。そんなこと。それで…さっき明日の13時に起きる暴動がリミットだって言ってたけど、調べ直してほしいの」
「どうして?それと何が関係あるんだ?」
「それは…芹沢さんが相手だから……だから、ごちゃごちゃ言ってられないの。お願い!」
私がそういった時。
横のレンが、彼のレコードを私の腿の上に乗せて、書かれた文字に指をさした。
"14時59分:東京タワー付近・国道1号線"
"15時03分:神谷町付近・国道1号線"
「フェラーリはもう見つけてる!ここが本丸なら、芹沢さんがもう動いてるってことは、きっと明日よりもっと前に何かがあるはず。兎に角、私達は芹沢さんを追い詰めるから、お願いね!」
そう叫ぶように言って電話を切る。
その直後、レンの操るセダンは派手にタイヤを空転させて転回した。
「東京タワーってどこだ?」
「待ってて!」
私はレンに渡されたレコードを開いたまま、カーナビを操作する。
スマホよりも頭の悪い、この時代の最新鋭装備。
少しだけ手間取ったが、東京タワーの位置を見つける。
「レインボーブリッジから芝浦…浜崎ジャンクションを左に行って、芝公園で降りればいいけど…まだ彼は動いてる。兎に角上に上がって追おう!」
「よっし任せろ!環状に行けばいいんだろ?」
「うん!……レンって東京来たことあるの?」
「ゲームの知識さ!ゲーセンで見た道だから、覚えてるってだけのこと」
さっきまでの、穏やかな運転ではなく、激しくアクセルを踏み込んでいく走り。
それでも、多少は乱雑に振り回す芹沢さんと違って、レンはスムーズに車を走らせた。
一般道を、一般車を交わしながら駆け抜けて、湾岸線に上がっていく。
「芹沢さんのフェラーリ。型分かるか?」
「私が詳しいとお思いで?」
さっきも芹沢さんと通った湾岸線。
その真ん中車線を飛ばしながら、レンの言った言葉をお道化て返した。
「だよな……なら、テールランプは丸いよな?」
レンは一瞬思案顔になると、車の特徴を聞いてくる。
「ええ。丸かった…あと、少し古びた姿だったかな…でもスーパーカーって見た目だった」
私はさっきの芹沢さんが乗り込んだ赤いフェラーリを思い出しながら言った。
「前は?ライトあったか?」
「のっぺりしてた…角張っててね……ああ、もう!こんな時こそスマホの出番だったのに」
私は受け答えをしながら、思わず携帯電話を取り出して、小さく毒づく。
携帯電話でネットで調べものだなんて、遠い先の時代のことだと、まざまざと思い知った。
「車の横にスリットとかないよな?」
「ええ……でも穴が開いてたような……」
「なるほどね……大体想像はついた」
横のレンは、ある程度想像がついたらしく、
「今のだけで?」
「328か308か208ってとこだ。ライトはリトラクタブル。レナが乗ってたサバンナみたいにガコッて開くやつだな」
「……へぇ~……」
「新しめだったり、もっとすごいのだったらこの車じゃ逃げられっかなって思ってたけど、そこらへん相手なら問題なさそうだな」
レンはハンドルを握て前を見ながらニヤリと笑う。
湾岸に乗ってすぐ、車は右に折れて、レインボーブリッジに入っていく。
凄い速度のせいで、景色の流れが速いが…窓からは東京の街並み…無機質な都会の景色が見えた。
「私はこんなところに住めないねって思うよ。これ見ると」
ボソッと呟く。
「ん?ああ、東京な。こんな物しか溢れてない街は俺も嫌だな。なんか、見ててイライラしてくる」
レンが私の独り言に答えてくれた。
「意外だね」
「なんか、俺にはあってないってだけさ」
レンはチラっと私を見ていった。
レインボーブリッジが終わるころ、私が持った携帯電話が鳴り響く。
「もしもし?」
「平岸レナ?僕だよ。前田千尋」
「え、前田さん?」
私は予想外の人物からの電話に驚く。
「ああ。かけてるのは一誠の電話だけどね。まぁ、いい。君と宮本簾に頼みごとがあってね」
そう淡々と、機械的な部長と同じ声質の声は、私を驚かせた。




