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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter2 世紀末クライシス
49/125

3.相手は何時かの自分 -5-

小走りで階段を上がっていき、逆三角形の不思議な建造物が隣り合った門のような建物の方へと向かっていった。

きっと、何かのイベントや…平時でもそれなりに人がいるはずの時間帯。

今は周囲の車通りに比べては不気味なほどに人がおらず、ガラガラだった。


ふと、時計を見ると、もう2時…午後2時48分を回っている。

大きな門のような入り口が見えた頃、遠くに何かの人影が見えた。


「ほんとに東京だよな?」

「きっと中にいるのでしょうね。他のレコードキーパーは?」

「分からん。でも仕事を始めてるほかないだろう。誤射しても死なないなら気にすることはないだろうよ」


レンの言葉に、ニヤリと口元だけ笑わせると、歩みを止めてゆっくりとスコープに人影を映し出す。


ほんの少しの間、息を止めて…引き金を引いた。

カシュッ!とした、消音器から独特の音が響いて、スコープに映し出された人間の足元を撃ち抜く。


「ああ…やっぱりズレてる」


スコープから目を離した私は呟くようにそう言うと、また小走りで駆けだした。


都会の喧騒が耳に入ってくる中で、徐々にその喧騒が遠く遠くに静まっていく。

門の真下までやってくると、その喧騒はすでに遠いものになり、不気味なほどに静かな場所になる。


目線の先には、引きづったような血痕の後。

血の跡を目で追うと、壁に寄り掛かった中年男が居た。


彼を見つけると、レンと顔を見合わせる。

レンが何も言わずに男の方に振り返ると、2人で男の元へと駆け寄った。


「レコードキーパーでも、パラレルキーパーでもなさそうだね」


足を押さえて痛みに顔を顰めた男を見下ろして言った。

ポンと蹴飛ばして、顔を強引に上げさせると、思わず私は声を上げる。


「あら、レンにそっくり」

「……俺、まだ生まれてないぜこの時代」

「3人は似てる人がいるっていうけど、時代が違ったのか」


私達は、痛みに喘ぐ声を無視して言う。

腰のホルスターから、前田さんの拳銃を抜き出すと、男に銃口を突き付けた。


「冥途への土産物を選んでるところ申し訳ないけど、この広い建物のどこに仲間がいるか教えてくれると嬉しいな」

「……はっ………」


男は汗に濡れた顔をこちらに向けて、意地の悪い笑みを浮かべる。

遠くに喧騒が聞こえる、都会から切り離された場所で、一瞬、私達の周囲は完全に静まり返った。


その静寂を破ったのは、一発の銃声。

私のすぐ右横をすり抜けていって、壁に風穴を開けた。


「なっ」

「ミナト!」


レンはすぐに反応して、銃を向けて振り返る。


私は男に銃を向けたまま、何かを叫んだ男を蹴り上げる。


「グ…!」

「お仲間さん?随分と献身的じゃない」

「グ……」


もう一発。銃声が鳴り響く。

今度は私の左をすり抜けていった。


応戦するかのようなレンの銃撃。

私は男から足を離すと、起こしていなかった撃鉄を起こして、ゆっくりと男の額に銃口を向けた。


「やれやれ。自白剤、もらっとけばよかった」


そう言って、引き金に指をあてる。

男は、目を思いっきり見開いた後に目を瞑り、口を開けた。


「逃げろ!ミナト!ここはもう…!」


そう言いかけた男の声を消すために、引き金を引く。

小さな弾丸が男の額を撃ち抜き、乾いた銃声と引き換えに、男は散っていった。


「レナ、向こうに逃げたぜ」

「行こう。一先ず2人目」


ホルスターに拳銃を戻して、ライフルを持って駆けだす。

すると、向こう側から数人の男が一気に飛び出てきた。


「チェ!」


軽く毒づいて、数発牽制弾を撃ち込みながら柱の陰に体を預ける。

すぐ横に来たレンに、合図を出すと、向こうからの銃弾で抉れた壁の陰から飛び出していく。


スコープ越しに照準を合わせて引き金を引き、チープな拳銃しか持っていない連中を撃ち抜いていった。


「レナ、さっきの奴は髪の短い女だ!そっちの奥に見えないか?」


建物を進んでいき、通路の反対側にいたレンがそう叫ぶ。

銃を構えたまま、進行方向に目を向けると、レンの言う通り人影は見えた。


「見えたけど、女かわからない!」


そう言って、スコープを合わせようと銃口を向けるが…すぐにその人影は通路を曲がっていった。


「奥に逃げた。曲がってった!追うよ!」


逃がしたことに少し苛立ちながら、私は構えを解いて駆けだす。

通路の向こうから、レンも同じように走り出した。


「中年だらけにしては若かったな」

「そう…」


走りながら、短く言葉を交わす。

人影が消えた通路を折れると、広い広場に出た。


銃口を適当な場所に向けて、周囲を探る。

見てみると、広場の端に、数人の人間がいて…その中に逃げた人影の立ち姿に似た人物が見えた。


「レン、左奥!」

「はいよ!」


数人の人間に対して、適当に銃を放つ。

1人に命中して、周囲は蜘蛛の子を散らすように散開していく。

私は逃げた中でも、さっきの男に呼ばれた女から潰そうと、逃げた人けがに似た人物を目で追った。


だが、銃を撃っているうちに、その人影は何かに紛れて消えている。

遠くだったから、印象に残りづらかったのもあるかもしれない。


一旦銃を下ろして、レンと顔を見合わせた。


「どうする?」

「さぁ?」

「レンの言う、女って、どこ消えたかわかる?」

「そこの扉から出てったのは見えたぜ」

「そう、なら近いし、彼女から行きましょうか」


ポツリと、広い広場に立ち尽くす私達。

背後からの足音に気づいたのは、すぐ直後のことだった。


私とレンはバッと振り返って銃口を向ける。

すると、銃を向けた先、足音の主は慌てて手を挙げた。


「待って!撃たないで!」

「貴女は?」

「私はレコードキーパー!あなた平岸さんでしょう?横にいるのは宮本さん!」


私達と同年代の女の子。

高校かどこかの制服…セーラー服に身を包み、扱いに慣れてなさそうな拳銃を手に持った姿が違和感バリバリだ。


「ここに可能性世界の人達が大勢いるって来てみたんだけど、人が居なくて…」

「さっき散らして逃げてった…奥の方…多少は外に逃げただろうけどここを虱潰しに探せば出てくるかも…ほかの人は?」

「もう4人…奥の、施設の反対側から入ってます」

「それならよかった…任せたよ」


そう言って、私は彼女から振り返る。


「待って!」


駆けだそうとした私を引き留める声。

振り返って、彼女の顔をよくみると、ほんの少し目じりに涙が浮かんでいた。


「その…私、銃なんて使ったことなくて…私達の所の人達、全員…」


そう力なく言うと、彼女はどこか諦めたような顔をする。

私はふーっとため息を吐くと、元の方向に向き直った。


「付いてきて」


そう言って、レンの言った扉の方へと駆けだす。


「反対側から入った人たちはきっと惨殺されるだろうね。あの様子じゃ」


走りながら、女の子が後ろにいることも気にせずに、レンに言った。


「……まぁ…」

「一般人上りは得てしてそんなもの。レン、少しだけ彼女の面倒見よろしくね」


そう言って、扉から出て、周囲を見回す。

入り組んだ場所だったが、遠くに走っていく人影が見えた。


外に出て…目の前には海が見える。

看板には、この先水上バス乗り場の文字が見えた。


今度は隠れる場所も少なく、撃ち抜ける距離にいる。


私は走るのを止めて、銃を構えると、スコープに人影を映し出して、引き金を引いた。


カシュ!カシュ!っと数発。

3,4発撃ち続けると、1発が胴体に命中する。


「当たり…」

「よく当たるもんだな」


弾が命中したことを確認して、ボソッと言うと、横にいたレンが感心した様子で言った。

小さく笑ってレンの方を見る。


再び耳には街の喧騒しか聞こえなくなった。

その直後、いくつかの銃声が散発的に聞こえてくる。

建物の方に振り返ってみると、その音は徐々に多く聞こえるようになってきた。


「ひっ!」


怖がって膝が笑う彼女の手を引いて、撃ち抜いた女の方へと歩いていく。


「……どっちが撃ったんだろうね…まぁ、いい。貴方名前は?」


ライフルを持ったまま、そういうと、彼女は目を泳がせながら口を開いた。


「速水香苗です…」

「レコードキーパーになってどれくらい?」

「まだ…少ししか…この前の勝神居の一件の前あたりからなんです……高校の同級生で一緒に違反して…それから…」


彼女の言葉に、私とレンは声を上げる。


「え?」

「ほー……レン、同期だよ同期」


私がそういうと、彼女は驚いた顔をしてレンを見た。


「え?宮…本…君も…?」

「ああ。この前の1件の前に、レナに捕まってな。それからあれやこれやで今に至るってわけ」

「でも…さっきから…」

「銃撃ってるって?それは…そんなんじゃないとコイツの相棒は務まらないからな」


レンはそう言って、苦笑いを浮かべる。


「ま、色々と聞けばいい。ここで待ってて」


私は、彼女をレンに任せると、目の前に見えてきた、横たわる人影の方へと小走りで向かった。


倒れた女は、荒い呼吸をしながら、地面に横たわっている。

私は、彼女の傍に落ちた拳銃を拾い上げると、女を蹴って仰向けに転がした。

割れた眼鏡をかけた女。


「珍しい拳銃……ん?」


手に取った不思議な形をした拳銃を見てから、女を見ると、それはカレンの顔だった。

思わず、目を見開く。


誤射で撃ち抜いてしまった…と思ったが、記憶にある彼女の顔よりかは少しだけ老けていて、芹沢さんの仲間らしい"中年"の顔つきであることに気づく。


「いや、ミナト…高瀬ミナトさん?」

「…何だよ。撃てばいいじゃないか」


彼女は私の様子に気づくこともなく、乱れた呼吸をしながら吐き捨てるように言う。

ボーイッシュで、どこか突き放すような口調は相変わらずらしい。

私は彼女の拳銃を持って、銃口を額に向ける。


「いや、貴女に1つ聞きたいことがあってね」

「はっ…言うわけあるか。その前にくたばるのにさ」

「芹沢さん、どこ行ったか知らないかしら?」

「……」


私は彼女の言葉を無視して話を進める。

芹沢さんの名を出すと、彼女は口を閉じて、その代わり私の目をじっと見つめた。


「ねぇ、消える前に言ってくれてもいいじゃない」


私は先を促す。

彼女は、そんな私を見ると、徐々に表情を歪めていった。

表情が殆ど変わらないカレンだと思うと、気味の悪いくらいに狂ったいい笑顔。


「……撃てよ、私達の勝ちさ!」

「……?」

「ハハ……ミサ…守れたね…アハハハハハハ!」


突然大声で笑う彼女。

呆気にとられた私の手に、彼女の手が被さる。

そして、血に濡れた彼女の手は私の指を動かした。


派手な銃声。

飛び散った可能性世界のカレンの顔。


私は目を見開いて、ドサッと倒れたカレンを見下ろす。

ほんの少しだけ、果てた彼女を見てから、血に濡れた両手を黒いジャケットで拭い、彼女の銃は手に持ったままレンと速水さんの方へと戻って言った。


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