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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter2 世紀末クライシス
48/125

3.相手は何時かの自分 -4-

そう、思わせぶりに言って扉を開ける。

表札には、漢字で"芹沢俊哲"と書かれていた。

靴を履いたまま中に上がると、ベランダで煙草を吸っている芹沢さんと、室内のソファに座ってくつろぐ小野寺さんが居た。


部屋は所々に血が飛び散って、奥を見れば倒れた人が数人見える。


「やぁ、屋上のは片付いた?」

「さっきね。僕も1本吸ってこようかな」

「そうするといい。今は荒木さんの連絡待ちだ」


短い会話の後で、前田さんは着ていたジャケットから煙草の箱を取り出して、一本咥えると、ベランダに出ていく。


私は、どこにいればいいか少し迷った後で、小野寺さんの横に腰かけた。

肩にかけたライフル銃をとって、弾倉を抜く。

残り数発…2,3発しかないみたいだったから、新しい弾倉に付け替えた。


「煙草、吸わないんだね…ってそうか、君はまだ高校生か」


弾倉をつけて、テーブルにライフルを置いたころ、小野寺さんがふと言った。


「はい…苦手ですしね、あの煙。だから吸えるようになっても吸わないです」

「それがいい。お酒もね」

「小野寺さんはどっちもやらないんですか?」

「ああ、あーゆーの、どうも苦手なんだ。甘いものの方が好きだしね」


そう言って、彼は笑う。

血と硝煙の香りが立ち込める中では、あまりにもサイコ染みた顔に見えた。


「ここの連中は俊哲がやった。僕は見ての通り丸腰さ」


そう言われて、初めて彼が銃を持っていないことに気づく。

思わずほんの少しだけ、驚いた声を上げると、小野寺さんは笑った顔を消して、真剣な顔つきに戻った。


「人を撃つのも、刺すのも嫌でね。なのに僕は昔っからそういうのと縁が切れなかった。それで、一人で勝手に死んだんだけど、こうなって今に至るってわけだ」

「……そう、ですか…でも、確か……こうなる前はスパイか何かだって」

「ああ…スパイじゃない。どっちかっていうと特高警察の方が合ってるな。だから、銃とも縁が深かった。千尋もそうだよ、僕の同僚だった」

「へぇ……」


私は唐突に聞いた、小野寺さんの過去話に相槌を打つ。

ふと、芹沢さんの方に目を向けた。


「そういえば、この部屋、芹沢さんが過去に使っていた部屋みたいですけど…そういえば、年を取った芹沢さんは?」


芹沢さんを見て、ふと、ここに逃げ込んできた、可能性世界の芹沢さんを思い出して言う。


「ああ、逃げられてたよ。ほら、窓の外、ロープがあるだろ?」


小野寺さんは何気ない口調で窓の外を指さした。

見ると、確かにロープがひっかけられている。


「ヒュー……」

「レコードがなかったさっきまでで、年を取った彼の方が1枚上手だったらしい」

「……芹沢さんの方が年を取ってるのに?」

「40手前でパラレルキーパーだろ?そこからはズルできる環境にいたんだ。いま紛れてる方は死んだら終わりの世界で生き抜いてきた人…ヤバい状況になった時の対応力は向こうに分があったってわけさ」


小野寺さんはそういうと、着ていた服のポケットから携帯電話を取り出す。


「まぁ、レコードにさえ出てしまえばそう長くも持たない…」


そう言って、電話を操作して誰かに電話を掛けた。


「もしもし?ああ、僕だよ。いま良いかい?そっちは終わった?おお…上出来上出来」


口調も態度も変えず、自然体で話す小野寺さん。


「そうそう、その件なんだけど、今丁度4人手が空いてるんだ。割り振れるから、うん、そうだね…こっちには解析班を送ってくれ。そっちはこっちが受け持つから、よろしくー」


緊張感あふれる…少なくとも今集まっているレコードキーパー達は今にも消え去りそうな危ない世界で戦っている最中なのに、小野寺さんは軽く、軽快な様子だ。

短い電話を終えた彼は、ベランダに出た2人を手招きして呼び入れる。


「一先ずここも片付いて…後のやつもコトの部下たちが何とかしてくれた。流入した連中はレコードキーパーが片っ端から処置して回ってるから問題ない」


ソファに座ったまま、隣に座る小野寺さんは、そう切り出した。


「レナ、君は今からここに来るレンと動いてくれ。行先は彼が知ってる」

「え?……ええ」

「俊哲は僕達と…確認したいこともあるしね」


そういうと、小野寺さんはソファから立ち上がる。


「じゃ、行こう…きっとレンもそろそろ来てるはず」


そう言った小野寺さんは、私の方を見て言った。

私は小さく頷いて、立ち上がる。


4人揃って部屋を出て、エレベーターまで歩いていく。

隣に並んだ芹沢さんの方を見ると、芹沢さんも私の方を見た。


「向こうの俺は厄介だろ?」

「とってもね。本当に警察官?」

「ああ、表の顔はな」


芹沢さんは、小さく口元を笑わせてそういうと、ほんの少し、苛立つような顔を見せた。


「さっきの記事の銀行強盗…捕まってないんだ…時効まで逃げ切った…そりゃそうさ、出なきゃ俺は今ここにはいない」


普段、ある程度ははっきりと物を言う芹沢さんにしてはヤケに回りくどい告白。

私はある程度予想がついていたから、そんなに驚きはしなかった。


「裏はあいつらを束ねてた銀行強盗…コトも、途中で結婚して抜けたが…カレンも仲間だった」


芹沢さんの言葉を聞きながら、エレベーターを待つ。


「参ったね。本当なら78年に死ぬかこうなるかだったってのに、可能性世界で生きてるんだから。それもコトを撃ち殺してのうのうと生きてるとなりゃ……たまったもんじゃない」


そう言いながら、普段以上に鋭い眼光の芹沢さんは、私をジロッと見た。

すぐにエレベーターがやってきて、狭いエレベーターに4人が乗り込む。


「そーいや、今はコトは昭和のアイドルみたいな髪してっけど、その前はそんな髪型してたな……」


小野寺さんと前田さんを奥にやって、入り口付近に立った私と芹沢さん。

芹沢さんがボソッと言うと、私は右目を隠した前髪に手を当てた。


「それであの芹沢さんは昔の女と間違えたって?殺した人間の顔はちゃんと覚えてたんだ」

「みたいだな」

「それって未練がましい理由?」

「さぁ、な…俺にはわからん。死ぬ間際には言ってくれるだろうよ」


その芹沢さんの言葉の直後、1階に降りたエレベーターが開く。

エレベーターを降りた先、すでにレンがいて、彼は壁に寄り掛かっていた。


「じゃぁ、頼んだぜ。俺殺し」

「ええ……それじゃぁ」


短く芹沢さんと言葉を交わして別れると、レンの元に駆け寄った。


「お疲れ、車は裏に止めたんだ。」

「そう…」


そう言って、歩き出すレンの横に付いていって、外に出る。


「で、どこへ行くの?」

「ビッグサイトさ。箱崎から上がって9号線から湾岸だって」

「また湾岸…」

「7があれば面白かっただろうな」


そう言って、レンは路肩に止めた車のドアを開ける。

芹沢さんが乗っていたのと同じ車。


「あれ、レンもこれなんだ」


黒いセダンに乗り込みながら言う。


「BMWのM5。速いし楽だし、いい車だな」


レンはそう言ってエンジンをかけて、車を出した。


「それで、ビッグサイトってところに何の用?」

「レコードを見てみろよ、奴らがうじゃうじゃいる。全部で200人弱。全員芹沢さんの部下ってところだな、スクランブル交差点の話は聞いてるか?」

「え、ええ」

「それ用に集められた…暴徒役だ。他にも何か所かにいるらしい。俺らはビッグサイトに集まった人間の処置だとよ」

「2人で?」

「まさか、他にも他所のレコードキーパーが何人か集められた。それでも十人弱くらいの規模だろうな」


レンはそう言いながら、交通量の多い東京の街を走らせる。

私は外の景色を見ながらほんの少し押し黙った。


箱崎から高速に上がると、レンも芹沢さんと同じようにアクセルを踏み込む。

芹沢さんのように、乱暴な踏み込み方ではなく、じわじわと踏んでいって速度を乗せていく。


助手席でレコードを開き、真っ新なページにビッグサイト…とだけ書いてみると、びっしりと人の名前が出てきた。

全て赤文字。こちらの世界の住民も、可能性世界の住民も区別なく、全員が処置対象として浮かび上がる。


「こっち側の人達も処置対象……?」

「それは、パラレルキーパーの方の芹沢さんの昔の部下さ。彼らからすれば、本物がこうなってるとは知らないからな…長い間音信不通になって、出てきたとしか思われないんだろう」

「それで、会っていきなり協力を……?」

「不思議なもんだよな。芹沢さんのためなら命投げ捨てますってもんさ」


レンはそう言うと、ポケットから紙切れを取り出して、私に渡した。

渡された紙には、私が工場で見た新聞の切り抜きと、ほぼ同じ記事が書かれている。


「これは……?」

「こっちの芹沢さんが起こした事件。1968年当時は大騒ぎになったそうだ」


レンにそう言われて、もう一度紙切れに目を落とす。

私の持っていた紙切れ…記事のスクラップを出して、見比べると、細部が微妙に異なっていた。


「私は向こう側の芹沢さんの関わった事件の記事の切り抜きを拾ったの。時期はほぼ同じだね」


そう言って、細部を読み込む。


「こっちの芹沢さんは…ただの現金配達の人から警察官を装って億を超える金をだまし取った…ま、現職の刑事だったんだし、警官の偽装も簡単にやれそうだね…で…問題はもう一方」

「大体同じじゃねぇのか?」

「ええ。大体はね。唯一違うのは、その現金配達の人が惨殺されたってこと。45口径の拳銃で数発撃たれていたそう…」


記事に書いてあることを要約しながら、レンに聞こえるように言った。

レンは前を見ながら、ほんの少し驚いた顔を見せる。


「現場に落ちていた空の弾倉から、当時米軍が使っていた拳銃とモデルが一致してる。そのの拳銃を扱えるのは在日米軍か警察官ぐらいだったらしい」

「芹沢さん…の持ってたやつか…おいそれと持ち出せるのか?」

「さぁ?昭和なんだし、緩かったのかもよ」


私は記事を車のグローブボックスに入れた。

ドリンクホルダーをふと見ると、飲みかけのジュースが置いてあったから、それを手に取る。


「飲んでいい?」

「どーぞ」


レンに言って、キャップを開けて、残った半分くらいを一気に飲み込んだ。


「随分と別世界の芹沢さんはバイオレンスな男だな」

「それはもう…60代になっても機敏に動いて、ショットガンぶっ放して、フェラーリを乗り回してるよ」

「フェラーリってのが意外なんだよね。この前芹沢さんに言ったら、俺はポルシェが好きなのって言ってたから」

「芹沢さんも同じ事言ってた」

「やっぱりな…っと、そろそろ湾岸はいるな。あと少しだ」


レンと会話を繰り広げていると、あと少しでジャンクションに差し掛かることを示す看板を潜り抜けた。


周囲の一般車よりはずっと速いスピードで車を走らせていたレンは、ほんの少しアクセルを抜いて速度を落とす。


「そういえば、現地に行ったらもう片っ端から探して処置?」

「ああ…特に何もないな」


レンはそういうと、目の前に差し掛かったカーブを見て、ハンドルを右に切る。

ほんの少し、横に体が引っ張られるが、嫌な振動もなく車はカーブして、そのまま広い湾岸線に出ていった。


「さーて、準備しとけよ」


レンはそう言って、アクセルを一気に踏み込む。

スピードメーターの針が一気に200キロを超えてきた。


ずっと車は加速し続け、やがてレンはカーナビの表示と、遠くに見えた看板を見てアクセルを抜く。


湾岸線を降りて行って、邪魔な一般車を強引に割り込んだりして追い抜いていくと、左手の看板にビッグサイトの文字が見えた。


300m先左。

それを見て、レンは左車線に車を割り込ませる。

すぐに信号が迫ってきて、左にウィンカーを上げると、車は勢いよく曲がっていった。


真っ直ぐ進んで、目の前に大きな建物が見えてくる。

その建物前の交差点を過ぎたところに車を止めると、レンはエンジンを切る。


「え?」

「そっから歩いていこう」


そう言って、止めた場所の真横に見える階段を指すレン。

私は頷いて車を降りた。

重厚感のあるドアを閉めて、車に寄り掛かり、レバーを単発に切り替える。


「いい?中に入れば別に一般人であろうと誤射にはならない。別に、今そこらへんの人間を撃っても今はペナルティーがないからね」


車の前を横切って、レンの横に立った私はそういうと、先行して階段を上がっていく。

レンも、私が使っていた拳銃を取り出して、ホルスターを持ち手にくっつけた。


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