3.相手は何時かの自分 -3-
箱崎で降りて、狭い東京の街中に入る。
もうレコードなんて関係ない世界。
芹沢さんは信号も、周囲の一般車も無視して、交わしながら目的地を目指した。
確かに、レンの言う通り、まだここは普通の世界に見える。
この前の1件のような、終末世界ではなさそうだった。
普通の通りから、車が1台分しか通れない小道に入っても、アクセルを踏みぬく。
何度か小路を折れると、目の前に真っ赤な背の低いスーパーカーが見えた。
ブレーキを踏み込んで急減速して、車はギリギリのところで止まる。
芹沢さんの見た方に目を向けると、10か11階建てくらいのマンションが目についた。
その横には、芹沢さんが言っていた会社のビルらしき建物が建っている。
マンションはビルの陰になっていて、日が差し込んでなさそうだった。
「付け焼刃でもなんとかなるもんだな、さて、行くか…」
そう言って車を降りる芹沢さん、私も車を降りて、彼を追うようにして駆けだした。
マンションの自動ドアを開けて、中に入る。
ライフル銃の安全装置を外して、芹沢さんの後ろをついていった。
「何階?」
「11階…1101号室。最上階の角部屋だ」
そう言って、芹沢さんはスイッチを押してエレベーターを呼び出す。
ほんの少し古めかしいチャイムが鳴って、扉が開いた。
狭いエレベーターに乗って、11階を目指す。
ほんの少し、浮遊感を感じて、待つと、すぐにエレベーターは11階に着いて、扉が開いた。
芹沢さんが足を踏み出すと、彼の体は一気に風穴だらけになる。
私は芹沢さんが撃たれるのを見て、エレベーターからは出ずに、扉が開いた部分に体を押し当てた。
エレベーターが閉まらないようにして、風穴だらけの芹沢さんをエレベーター内に引っ張る。
そのまま、再生した芹沢さんはエレベーターの壁に寄り掛かって、ニヤリと笑った。
「久しぶりに食らったな」
「珍しい、明日は大雨かもね」
「ちょっと一服していいか?」
「死に慣れないと…」
私はニヤリと笑ってお道化た彼にそういうと、ライフルと共に身を半分だけ出して、銃口を向ける。
見えたのは、角部屋から出てきて、こちらを撃ちながら向かってくる男。
数発、弾が近くを掠めていったが、怯まずにスコープに映し出した。
そして、引き金を引く。
胸を貫き、男は力なく倒れた。
それからも、向こうの部屋…1101号室には何かがいる気配がする。
正確には、ワラワラと何かが出てきそうな予感がした。
銃口を向けたまま、ジリジリとエレベーターから出ていく。
1101号室側に銃口を向けたまま、そっと出ていく。
ガタ!っと音がして、スコープ上に人影が映り込む。
私は小刻みよく指を引いて、出てきた人影から血を噴出させた。
エレベーター前で、じっと銃口を向けていると、復活した芹沢さんが私の横を抜けて駆けていく。
私も、それについていこうとしたが、その刹那。
背中から撃ち抜かれた。
貫通した弾丸が、芹沢さんも撃ち抜いていく。
体から力が一気に抜けるが、何とか廊下の壁にもたれかかり、振り返った。
急所を外されたので、すぐには死ねない。
痛みをこらえて、必死に振り返った先には、非常階段から降りてきたらしい男たちの姿があった。
「ク!…」
ライフルが手から離れ、腰のホルスターから拳銃を取り出して、片手で男たちに狙いをつける。
まともに狙いを付けずに3発。
たまたま、1発が命中し、一人が階段を転げ落ちていく。
転落する派手な音がしたが、それはすぐに銃声にかき消された。
目の前の2人と、背中側から撃たれて、一瞬のうちに体は細切れのようになる。
背中側の芹沢さんも、きっと1101号室からの人間にやられたのだろう。
悲鳴も、声も上げずに廊下に倒れ伏した。
すぐに再生して、廊下に落ちた拳銃に手を伸ばす。
運悪く、右手側に落ちたそれを、右手で掴んだ。
倒れ伏せたまま、顔を上げて、銃口を視線の先に向ける。
ワラワラと、非常階段から降りてくる人影。
弾数が心もとないせいで、私の表情は引きつった。
力のない右手で、狙いをつけて引き金を引く。
左手で撃つ以上に反動がきつくかかった。
降りてきてすぐの、私達のことを見つけられない男どもを撃ち抜いていきながら、膝立ちになる。
背後では、芹沢さんも起き上がったようで、先ほど聞こえたマシンガンの銃声が聞こえていた。
一瞬、人の波が引いた隙に、拳銃の弾倉を入れ替えてホルスターに戻し、ライフルを手に持って芹沢さんとは反対の方向へと駆けていく。
レバーを連発に切り替えて、階段の方に銃口を向けながら……
「クソ!来てる来てる!」
「チィッ……」
誰もいない階段を上って、銃口は常に階段の登った先に向けて…
登り切る直前、私の頭が銃弾で撃ち抜かれる。
踊り場まで吹き飛んで果てた後、すぐに再生して銃口を階段上に向けた。
丁度、駆け下りてこようとしていた男を撃ち抜き、フラフラと落ちてきた彼を交わして階段を上がっていく。
今度は牽制しながら、階段を上がって、何故か置かれていた自動販売機の陰に体を隠した。
ふーっと、一瞬ため息をついて一息をついて、自販機の陰から飛び出す。
開きっぱなしになった扉の先は、屋上らしい。
ほんの少し、陰に注意しながら、外に出ていくと…屋上には誰もいなかった。
周囲に銃口を向けながら、あたりを何度か見まわしても、人影一人いない。
広い屋上に、いるのは私だけらしい。
銃を下ろして、立ち止まる。
アンテナや、室外機が無骨に置かれたマンションの屋上。
聞こえてくるのは都会…東京の喧騒だけだった。
立ち止まったまま、周囲をもう一度だけ見降ろす。
芹沢さんが1101号室に転送装置を仕掛けたのなら、1101号室からしか人はこないはず。
だけど、屋上から来たのなら、屋上にもあると思ってた。
わざわざ、1101号室から屋上に出る必要なんて、きっとないのだから。
そう思って、空港で拾った転送装置や、この前の事件で壊したラジカセのような機械がないかを探す。
だが、あるのはアンテナに室外機……
それらしいものは見当たらない…
思い過ごし…考えすぎだったのだろうか。
そう思った直後、私の体は後ろから来た何かに飛ばされて、地面に倒れ込んだ。
何者かに背中から乗りかかられて、思わず声が漏れる。
首元にナイフの刃が当てられて、その切っ先はじわじわと体に切り刻まれた。
「どうせ生き返るなら、何度復活しても殺せばいいんだよな?時間まで、ずっと」
「ああ、そうすりゃいい。それができんなら越したことはないぜ」
首から生ぬるい血液が流れるのを感じながら、背中側…乗りかかられた私の上にいる男たちの会話が聞こえた。
「お前は下の男をやってこい、きっとあの部屋はもうダメだ。こっから出るしかないからな」
「了解」
簡単に死なないようにじわじわと切っ先を動かす男。
抵抗しても力ない体じゃ無駄だから、ぐったりと地面に体を預けた私は、これをどう切り抜けようかを考えていた。
乗りかかった男と話していた男が、走り去る音がする。
それを聞きながら、私の首元に当てられたナイフの力が強まった。
声も出さずに、痛みに目を見開いて、流石にもがいて抵抗する。
それでもギリギリと、体に沈み込むナイフ。
直後、聞こえたのは銃声だった。
「な!?」
ナイフの刻まれる力が弱まり、私は男から抜け出して、血が止まらない首元に手を当てる。
直後、銃声が2発鳴り響き、背後でドサッと男が倒れた音がした。
その直後、私の後頭部にも1発。
銃弾が撃ち込まれると、私はそのまま死体になり果てる。
「上出来…」
死んで、すぐに再生した私の耳に部長の声が聞こえてくる。
短期間で4度死んだせいで、徐々に徐々に鈍い痛みを発しだす体を誤魔化して、立ち上がった私は、声の方に振り返る。
居たのは、無表情な白髪の女の子。前田さんだった。
「あの自販機が転送装置だとは見抜けなかったけど、部屋だけじゃなくここに目を付けたのは評価できる」
無機質な声で、淡々とそう言った彼女は、手に持った拳銃をホルスターに仕舞うと、屋上の扉の方へ振り返った。
自販機……さっき私が遮蔽物にしたそれは、扉の奥で煙を吹いている。
「あの…ありがとう…ございます」
何も言わずに歩き出した彼女についていきながら、私はお礼を言った。
前田さんは、一瞬こちらを見ると、すぐに前に目を向ける。
「そっちの、中森琴から連絡があった。徐々にレコードに向こうのレコードが混ざり込んできているらしい。芹沢のレコードはまだ出てないが…転送装置はここの2か所のほかには3か所確認された。……浦和と宮本…笹西と高瀬の組で破壊しに向かった。そろそろ結果が出る頃合い」
彼女は、ゆっくり歩きながら状況を伝えてくる。
静かな語り口調ながら、話しかけるのも、口を挟むのも憚られるような気迫。
チャーリーがカレンと組むのなんて珍しいこともあるものだ。
階段を降りて、1101号室の方へ…角部屋の方へと歩いていく。
前田さんは外の景色をほんの少しだけ、嫌そうな目でチラッと見て、私の方に振り返った。
「サンフランシスコとベルリンか…そっちが外れくじだったらしい。ここが彼らの目的地だ。さっきのレコードによれば、向こうの世界では1日後…明日の13時に渋谷のスクランブル交差点で暴動が起きる」
「……そう、なんですか」
「向こうの連中が、起こりえない世界の連中が、こっちに繋がるためには…向こうで起きて、こっちで起きなかったことをやり遂げるしかないから…可能性世界とはそういうもの…ボタンの掛け違った出来事が起きないと、消滅する」
「それが…ただの暴動?」
「そう、ただの暴徒が切欠のくだらない事件…それが向こうで起こって、こっちじゃ起きなかった。当然さ」
そう、どこか突き放すような口調で言った前田さんは1101号室の手前で立ち止まって私に振り返る。
「その彼は、こっちじゃ1978年に死んでる男だから」




