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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter2 世紀末クライシス
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2.退屈な平成は昨日まで -5-

難なく、豪華すぎる装飾がされた大きなエレベーター前までやってくる。

部長がスイッチを押すとすぐにエレベーターが開き、中に入っていく。


「レナ、何階だ?」


レンの言葉に反応してカードキーに目を落とす。

カードキーには1303号室……13階と記されていた。


「13階」


そういうと、レンは13階と書かれたスイッチを押して壁にもたれかかった。


「高級ホテルかって感じだけどさ、ここの従業員もレコードキーパーなんだよな?」


そう言って私の方を見る。

私も答えようがなかったから、肩を竦めて、後ろに立つ部長と芹沢さんの方を見た。


「レコードキーパーでもなけりゃ一般人でもない」


芹沢さんがそういうと、リンもチャーリーも、驚いた顔をして振り返った。


「アイツら、レコード違反を犯した人間の成れの果てだよ。ただのロボットだ」


部長の横にいたカレンが言う。


「実現したのは2000年代半ば…時間を戻してもちゃんと存在してるのに驚いたよ」

「カレン、死体って…本当?」


淡々と言うカレンに、リンが少し苦笑いを浮かべながら言った。


「ああ、注射器処置の後、レコードの通り、原型留めたまま死んだ人間の遺体を改造している…あとは手っ取り早く殺して処置した人間のもだが…」

「そんなことってできるんだ……」

「なぁ、そーゆーことできそうな人、思い浮かんだんだが…」


チャーリーが、リンの横で言うと、カレンはチャーリーを見て頷いた。


「榎田だ。だからああいったのは日本にしかいないらしい。海外じゃまだレコードキーパーが手分けしてこういう所を切り盛りしてるってさ」


カレンがそういい終わる頃。

エレベーターのチャイムが鳴って扉が開く。

13階だ。


降りるのは私とレンだけらしく、皆に手を振ってエレベーターを降りた。

分厚いカーペットが敷かれた廊下を歩いていき、1303と書かれた扉を開ける。


1303号室は、2人用の広々とした客室だった。

広い部屋に、景色を一望できる大きな窓。

扉の奥にはお湯が溜められた大きなジャグジーと、別室になったトイレ。

化粧台は大きくて…ベッドはふかふかのダブルベッド。

箪笥まで備え付けてあるのはどういったことだろうか…


どう贔屓目に見ても、お金持ちしか泊まれなさそうな部屋だった。


私とレンは、そんな部屋を一通り散策し、コートを脱ぐと、背中からベッドに飛び込む。

1回、ポンと跳ねて、体が沈み込んだ。


「今、何時だ?」

「……22時57分」

「明日、何時からなんだろうな」

「さぁ?…わからない……とりあえず…お風呂かなぁ……ジャグジーだし」

「……ああ、終わったら俺も入る…ルームサービスとかで何か食うか……」


フカフカなベッドの上で、このままダラダラしたい欲に逆らって立ち上がると、Yシャツのボタンを外して浴室に向かった。


浴室の前…洗面所で裸になって、備え付けられた手拭きを持って浴室に入る。

シャワーで軽く体を流してから、頭を洗って…体を洗う。

薄く傷が残った体を鏡越しに見て、薄っすらと笑みを浮かべた。


榎田さんに、あえて少しだけ残しておいてもらった傷跡。

右目付近に至っては治してすらいないが…それでいい。


私はようやく浴槽に足を入れた。

ブクブクと泡の湧き出る浴槽に浸かり、手拭きを畳んで頭にのせる。


浴槽の奥はガラス張り。

低層階だと、正直入る気もしなかっただろうがここは13階。

眼下は背の木々が生い茂っているだけで、そとからは見えることがない。


丁度このホテルは小高い雑木林のような土地をくりぬいて作ったようで、目の前、遠くには東京の明かりが消えない街並みが見えた。


よくよく目を凝らせば、レインボーブリッジまで見えるだろうか。

景色としては上々だ。


丁度いいお湯の中で体を休ませ、窓の外の景色をボーっと見つめる。

そして、飽きた頃に立ち上がり、浴槽から出た。


手拭きで体をさっと一拭きしてから洗面所に出る。

ほんの少しヒンヤリする空気に体を震わせると、備え付けのバスタオルで体を拭いた。

体を拭いて、ドライヤーで髪をさっと乾かす。

右目を隠すために、右の前髪が長いが…それでもショートヘアなので、すぐに髪は乾いた。

そして、備え付けの浴衣に手を伸ばした時に、ふと手が止まる。


そういえば、ここに来たばかりだから下着などないはずだ。

部長は用意されるって言っていたけど、それは明日以降の話だろう。

そもそも明日1日動いただけで戻ってこれるくらい平和になるとは毛頭思わないが。


……となると、さっきまで着ていたものでもいいが、それはちょっと気が引けた。


「レン、ちょっといい?」


洗面所の扉から顔を出してレンを呼ぶ。

化粧台の前の椅子に座ってフライドポテトを食べていた彼は、私の顔を見た。


「着替えとかって考えてなかったんだけど、そのタンスにもう合ったりしない?」

「ん…ああ……そういえばそうだよな…見てみるか」


レンは私を見ても動じずに、普段通りの彼のまま、椅子から立ち上がって、箪笥を開ける。

幾つか引き出しを開けると、レンは目を見開いた。


「どんな仕組みかは知らないけど、あるな…下着だけか?」

「うん。お願い」


ついこの前までは、顔を真っ赤にしてたのに、すっかり彼も慣れ切ったらしい。

特に取り乱すことなく、ヒョイと下着類を掴むと、ポンと投げて渡した。

右手でそれを掴むと、さっと身に着けて、浴衣を着る。


テキトーに帯を締めると、バスタオルと、着ていた衣類を洗濯用のカゴに入れて部屋に戻った。

洗濯物はこちらへって書いてある。流石は至れり尽くせりなホテルといったところ。


「いいよ」

「サンキュー……帯、それじゃすぐ解けるぞ」


部屋を出た私とすれ違いざま、レンはそう言って苦笑いして見せる。

さっと膝立ちになり、慣れた手つきで帯を締めなおしてくれた。

彼は何も気にしない素振りだったが、思わず私が顔を赤くする。


「慣れてるの?」


ちょっとだけ強めに締まった帯を見て言った。


「ああ、こう見えても柔道黒帯なんだぜ、俺。じゃ、入ってくるな。ポテト、食いたかったら食っていいぜ。あと、冷蔵庫に飲みもんあるからテキトーに」


そういうと、レンは洗面所に入っていく。


「ありがと」


レンを見送った私は、カーペットの上を裸足で歩いて、椅子に座った。

化粧台の上には、彼が食べていたポテトの余りが入った皿が置かれている。

まだ暖かいそれを1本手に取って食べた。


塩っ気の効いたポテトの味が口の中に広がる。

化粧台の下に設置された冷蔵庫の扉を開けると、コーラの缶があったので、それを取ってタブを開けた。


コーラを飲んで、甘ったるい炭酸の刺激に少しだけ目を瞑る。

風呂上がりの時は右目を隠さないので、右半分が傷だらけの顔が鏡に映る。

ほんの少し、鏡に映った顔を見つめた後、ふーっとため息をついて立ち上がり、ベッドに飛び込んだ。


徐々に冷めてきた体。

タオルケットだけを引っ張ってきて被ると、徐々に眠気が押し寄せてきた。


 ・

 ・


私はふと目を覚ます。

痛みに震える体に、直近の記憶にあるよりは、ほんの少しだけ細く、小さな体を見降ろした。


ガクッと膝をついて、荒れた呼吸を抑えようと胸に手を当てる。

目の前に見えたフローリングに、汗が数滴落ちた。


余りに見すぎて、もう夢だとわかっているのに、相変わらず体が強張る悪夢。


今の私に感じられるのは、視覚と触覚だけ。

顔を上げて、迫ってきている2人の足音も、何かを喚いている声も聞こえない。


私は後ろで、同じように震えている妹に手を伸ばして部屋に逃がすと、首元を掴まれて持ち上げられた。


掴み上げられ、強引に振り替えさせられると、派手な色の髪をした中年の男が酒瓶を片手に何かを怒鳴りつける。

私は必死になって謝り、宥めて、彼の手に持った酒瓶が自分に飛んでこないように祈った。


目からは涙が止まらないし、体は相変わらず震えたままだ。

もう、主観で見ている私にとっては慣れた光景なのに、もう過去のことなのに、相も変わらず2人は夢に出てきて私を痛めつける。


大体予想できていたが、私の顔に酒瓶が飛んでくるまで、そう時間はかからなかった。

何かを怒鳴りながら、私を殴る男。

それを見て金切り声で笑うのは、認めたくはないが母親だ。


夢なんだから、早く醒めてほしい。

そう思いながら、私は必死に叫ぶ。

もう慣れ切って、冷めた目でいる私だが、やっぱり奥底では怖いものは怖いんだ。


何度も殴られ、その度に悲鳴を上げながら謝り続ける。


声の通らないくらい、女子にしては低く、小さな声でも、声を張ればそこそこの音量にはなるものだ。


他人事のようにそう思いながらも、必死に腕を前に出して身を守った。


「ごめんなさい!許して!お願い!」

「……!」

「お願い!痛いから!……もうやめて、止めて!」

「……ナ!」

「ごめん…」

「レナ!」


徐々に耳に入ってくる音が多くなる。

私はバッと体を起こすと、私をさすって呼びかけていたのか、レンが真横にいた。

レンを左横目に見た私は、目を見開いて、乱れた呼吸を整えるために胸に手を当てる。

体は嫌な汗で濡れ、レンが強めに締めてくれた浴衣の帯は緩くなって、浴衣は少しだけはだけていた。


「は…はぁ…ふぅ…っふー……」

「大丈夫か?」


レンはそう言って呼吸を整える私の背中をさすってくれる。

私は喋れないので、コクリ頷いて見せた。


「もう…大丈夫…最近見てなかったから……こうなってるだけ……」

「あ、ああ……久々だったもんな」


ひとしきり呼吸が落ち着くと、私はそのまま倒れ込んだ。

やわらかいベッドに体を預けて、右腕を額に乗せる。


「今、何時?」

「4時半過ぎ。そろそろ空が明るくなる頃かな」


レンは私が落ち着いたのを見ると、私の横に寝転がる。

一緒に暮らし始めてから数か月。


時折悪夢に飛び起きる…そんな時は決まって彼が私を叫び起こしてくれて、落ち着くまでは心配そうに介抱してくれていた。


「…ありがと……落ち着いた」

「ああ…気にすんな。これくらい」


2人とも、天井に目を向けて、半分微睡に意識を沈み込ませながら言う。


「芹沢さんがそろそろ来る頃かな……?」

「まさか、まだあたりは静かだぜ。レコードを見ても、特に異常は起きてない」

「嵐の前の…静けさね」


私はそう言って、重くなってきた瞼を閉じる。

左腕で、彼の腕の位置を探り当てると、そっと彼の腕にすがりつく。


「ごめんね…起こして。あと少し、寝るから…」

「ああ、寝てろよ。俺ももう少し眠いしな」


そういうと、私の意識は再び暗く染まっていった。


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