1.それは遠い昔の2人 -1-
「で…あと足りないのは…家電か…」
「そ、ここをずーっと真っ直ぐね…」
そう言いながら、レンが運転する車の横で私はメモ帳を開いていた。
1999年の3月末。あと少しで2度目の高校生活が始まる前。
仕事もひと段落して…家からなくなったものを買いそろえに2つ隣の大きな街まで出てきた。
ついでに、レンの運転練習も兼ねている。
洋服類も、食器日用品も買って…あとは大物類を買おう…となったのだが。
「なぁ、ちょっと待てよ」
そう言って、レンが車を止める。
メモ帳から顔を上げると、丁度信号で止まったようだ。
「何?」
「家具とか家電ってよ、配送してもらうわけにはいかないよな?」
「ええ…だけど、大丈夫。今から行くところは心配ない」
「…ふーん?」
私はメモ帳を閉じると、全開に開いた窓の外を見る。
もうすっかり雪も解けてなくなり、そろそろ春だなといった雰囲気が出ていた。
アニメとかだと、きっと爽やかな演出でもあるのだろうが…案外この時期は暗く汚いものだ。
道路に撒かれていた砂のせいで砂利っぽいし、雪に紛れて捨てられたごみが出てくる。
今日みたいに薄曇りだと、普通の街中でもどこか寂しい様子になるのだ。
赤に変わったばかりの信号。
追い越し車線に止まった私達の車の横に1台の車が止まった。
濃い銀色の…この時代にはきっと新車で買えるだろうセダン。
薄汚れた景色の中でピカピカに磨かれた車体。
少し背の低くて、スラリとした…どこか見覚えのある車。
何気なく見とれて…そのまま車内に視線を移した時、私は思わず声を上げた。
「どうした?」
レンがこっちを見る。
私は咄嗟に目を瞑って、目を擦った。
「ちょっと目にゴミがね…ああ、大丈夫。レン、青だよ」
信号が青に変わり、少し多めにアクセルを吹かしながら車が前に進む。
1速から2速、振動こそあれど、つい昨日乗ったばかりだという運転には思えないくらい、レンは丁寧に車を走らせる。
横に並んでいた車は、今の交差点を曲がっていき、そのまま見えなくなった。
「そういえば酔わないけど、我慢してたりするか?」
遅い流れに乗って、トロトロと車を走らせるレンが、ふと言った。
「いえ…酔ってない。部長とか、芹沢さんの運転でも酔わないから…相性かな」
私は助手席のドアに頬杖をついたまま答える。
「案外下手だと思うんだけどな…そんなもんか」
「下手って、レン、結構上手だよ?慣れてきたらレンに運転任せようかなって思ってたのに」
「まぁ…そうか?」
少しだけ恥ずかし気に言ったレンを横目で見て、クスッと笑う。
少し込み合った国道を走っていくと、目的地の方向を示す看板が見えてきた。
「レン、次の交差点の信号左ね。そこからは少し狭くて入り組んだ道が続くよ」
「はいよ…」
「調子に乗って飛ばしすぎないでね。この車、あっという間に崩れるから」
そう言って、私はコンソールのスイッチを切る。
ブースト圧?とやらを下げるスイッチらしい。オンの時が1.3…最大まで…オフにすると0.8までしか上がらない…だかなんだか。
その横には、1.5まで引き上げられるミサイルスイッチがあるが…いつ使うのだろう?
「飛ばさないっての。壊したくないしな」
そういいながら、差し迫った信号を見たレンは、徐々に車の速度を落としていく。
ゆっくりと左折すると、国道の車通りの多い流れから一変し、狭い道に変わった。
「この先ずーっと真っ直ぐ行くと、お店がある。すぐにわかるよ、道路沿いだから」
「こんな辺鄙な所に?儲かるのかそれ」
「儲かる必要もないよ。レコードキーパーしか使わない店だし」
「そんなのあるのか?」
「ええ、ここは札幌。札幌は4つのレコードキーパーのチームが隣接した土地なの」
横のレンは、前を見ながらも、私の次の言葉を待っているようだった。
「正確には札幌を4等分してるってところかな。私達の管轄は南側だよ」
「ふーん…それで?ここにある店と何の関係が?」
「そうやって、多くのチームが隣り合う真ん中に、こうやってレコードキーパー用の店が立つってわけさ。この道も、今から行く店も、わざわざ私達が使うために作られたんだって」
そういうと、レンが少し驚いたように、目を大きく開けた。
気づけばそこそこの速度で走っているが、不安は1つもない。
「……行政に作らせたわけじゃないってことか?私道…?」
「そう、だから地図にもないよ。地図だとさっきの交差点は左折がないT字路さ」
「……そう、なのか…相変わらずご都合主義な存在だよな」
「フフ…世界中のレコードキーパーが集まれるくらいの宿泊施設だってあるんだよ?今から行くところ。ま、普段はあかないけど」
そう言っているうちに、森の木々の奥に人工物が見える。
「あれか?」
遠くにかすかに見えた建物を指して、彼が言う。
「そうだよ」
遠くに建物が見え、入り組んでいた道も、徐々に直線だけになってくる。
道路わきの木々は徐々に少なくなっていった。
札幌から抜けてほんの数分。
これから、北海道の森の奥深くに行こうかという道の先に、目的地の建物が目に映る、
何棟もの高いホテルのような建物が立ち並び、パット見は温泉街にしか見えない場所。
小さい町の様相を呈する、アカシックレコードの管理人しか入れない秘境だ。
私は、立ち並ぶホテルの奥に見える、ショッピングモールのような建物を指さした。
「レン、奥の建物見える?サティみたいなアレ」
「奥の…ああ、あれか、車何台か止まってんな」
「そう…珍しいね。別の人たちもいるなんて」
「……よし、到着っと」
ショッピングモールにしては、狭い駐車場に車を止めて、車を降りる。
「やっぱ、こんな車乗ってんのは俺らだけだろうなって思ってたよ」
レンが駐車場の車を見て言った。
「そんなもの」
私はレンの横に並びながら言う。
「いや、あそこの陰に1台…派手なのいるな。黄色いポルシェだ」
「芹沢さん…のは銀色だったはずだから、別人ね。物好きもいたものさ」
春先で、まだ少し寒い外…駐車場を歩き、普通の自動ドアをくぐる。
怖さを感じるくらいに暗く、静かなショッピングモールに入ると、私はレンの手を引いて、目当ての場所へと歩き出した。
「ここは私達しか利用できないお店…レンが心配してたみたいに、普通の家具屋さんとかじゃ、配達頼めないから。こうやって、家具とか家電とかを売ってる私達専用の店ができたってわけ」
「人里離れてんのも、一般人に干渉しないようにってか」
「そうそう。ここはまだ近い方なんだけどね。こうやって、今後、一般人が来ないことがレコードで保障された場所に道を通して建物を立てるってわけ」
「街にあってもいいもんだけどな。俺らの家だって住宅街の一軒家だし、部長とかはアパートの一室だぜ?」
「そういうわけにもいかないのさ。私達が住む場所は小さいから、多少レコードを改変して、辻褄が合うように対処できる。でも、こうやって土地を使う場所は無理だよ。流石に変じゃない?街のど真ん中に広々とした店があって、なのに普段は車がほとんど止まってないなんて」
「ああ…まぁ」
「で、普通の人が徐々に違和感を覚えていってレコードから外れるって…だからこういう大きな建物は人里離れた土地に建てるんだって」




