5.パートナー -4-
可能性世界で部長が教えてくれた彼女の秘密基地で待つこと1時間。
事務所みたいな所でレンと適当に駄弁っていると、外から聞き慣れた音が聞こえてきた。
「チャーリー達だ」
窓の外を見ると、2台のバイクとそれにまたがるチャーリーとリンの姿が見えた。
2人も窓越しに私達を認識したらしく、手を振って来たので手を振り返す。
それから直ぐに事務所の扉が開き、バイクを乗り回す格好に身を包んだ2人が入って来た。
「よう。レナは久しぶりだよな?」
「久しぶり。チャーリー。リンも」
「ねー、久しぶり」
「相変わらずお洒落さんだね」
私はそう言って2人を見比べる。
共にレザージャケットを羽織ってジーパンを履いて、ペアルックになっていそうな感じなのに、細部を良く見れば互いの好みに合ったように変えられていて、それがとても似合っていた。
リンはハーフだしチャーリーもそう見えなくもないし、パッと見はファッション雑誌のモデルの様。
「しかしこんな所があったなんてな。偶にバイクで通るんだが…知らなかったぜ」
「高速も近いし、来てみれば案外通る場所なんですけどね。意識してないと見ないってね」
チャーリーが周囲を見回しながら言うと、レンが同調する。
「倉庫の中見ます?」
「ああ、凄いもんがあるんだって?リンも来るか?」
「いや、後で行くよ。ちょっと喉が乾いてさ」
「はいよ」
少しの会話の後、レンとチャーリーが事務所の奥から倉庫の中へと入っていく。
私は残ったリンを見てから、目線をコーヒーメーカーの方へ向けた。
「コーヒー、あったかな」
「いいよいいよ。アタシがやるから座ってて。まだ本調子じゃ無さそうだし」
リンは私の申し出をサラリと断って、コーヒーメーカー周辺の戸棚を漁り始める。
私は窓に目を向けて、窓に微かに反射している自分を見て小さく首を傾げた。
「そう見える?」
「疲れてるように見えるだけだけど。1週間も眠ったままで、起きて行き成り動いてるんだもの。疲れていないわけが無いでしょ?」
「まぁ、確かに…」
「向こうでも色々あったって聞いてるし、無理はしないでね。動き出したら止まらないんだしさ」
リンはそう言ながら、見つけたインスタントコーヒーを取ってコーヒーを淹れる。
カップは2つ分…いつの間にか私の分も用意されていた。
「……と言っても、こんなことになれば話は別、か…このインスタントコーヒー、何時のだったと思う?」
2人分のコーヒーカップを持って私が座っていた席の前に付いたリンは、1つを私の方に滑らせる。
「最近のだった?」
カップを受け取った私は、カップを顔の前に持ち上げながら言った。
リンが頷くのを見る限り、それは正解なのだろう。
「手入れも行き届いてさ、部長らしいよね。几帳面って言うか、カチッと締めるところは締めてる感じが」
「そこの棚とか、見てみてよ。後で倉庫の中も…この前の1件で色々と片付いたと思ってたけれど、そうじゃない見たい」
「うん…想像だけど、銃じゃない?あるの」
「正解」
私とリンはコーヒーを飲みながら、何処か互いの意図を探るように会話を進めた。
互いに、部長には恩義を感じているというか…慕っているのだが…今の状況で口には出したくない感情だってあるわけだ。
互いにそれは声色と話し方で察せたのだと思う。
リンは周囲をじーっと見回すと、普段の明るく人当たりの良い表情に影を繕わせた。
「今日は夜遅くまでここに居ることになりそう」
「部長が話してくれればね」
「そうじゃなければ、芹沢さんか…前田さんあたりを呼べばいいのよ。アタシ達よりは"聞きだす手段"は豊富に持ってそうだから」
「その時はね」
そう言って小さなカップに入ったコーヒーを飲み干した私は、スッと席を立つ。
丁度、リンもコーヒーを飲み干した所だった。
「私達も倉庫の方に行こう?シャッターを開けて、部長とカレンを待つの」
「…そうしましょっか。こっちは狭いし」
そう言って、私達も倉庫の方へと移動する。
後少し経てば部長とカレンも来るだろう。
それまでは適当に時間を潰していればいい。
そう思いながら扉を開けて中に入ると、先に倉庫に入っていたレンとチャーリーがこちらに振り返った。
「レナ。チャーリーがこのZの事、知ってるってさ」
入って早々、割と重要そうなことをサラリと告げられる。
私は少し目を見開いて見せると、リンの方に顔を向けた。
「リンも知ってるだろ?この赤と黒のZ。前田さん乗ってたよな?ナンバーも合ってるはずだ」
「え?…んーっと、ちょっと失礼」
チャーリーがリンに尋ねると、リンは少々驚きながらも、車列の真ん中に置かれた2台のスポーツカーの方へと歩み寄っていく。
私も彼女に付いて行って、それから、黒いZに寄り掛かっていたレンの横に並んだ。
「あー…そうかも。このセンスは間違いないね」
瓜二つの2台を見比べたリンはチャーリーの言葉に同意すると、私とレンの方に顔を向けた。
「ここ、レナが可能性世界に居た時に部長から聞いたんだっけ」
「そう。世界が崩壊する前、最後に部長を追い詰めた時に聞いた」
「このZが何時からあるか知らないけれど、本当に前田さんのだっていうのなら、ちょっと確認しないとダメな事がある」
リンはそう言うと、彼女が持っているレコードを取り出した。
「ごめん、シャッター開けてくれる?重いしさ」
「あいよ。レン、ちょっと手伝え」
「了解」
男2人にシャッターを任せたリンは、レコードを開いて背の低いZの屋根に載せる。
ペンでスラスラと何かを書き込んでいくと、レコードに文が飲み込まれていき…レコードからその返答が返ってくる。
返答が返ってくる間には、レンとチャーリーもシャッターを開けてこちら側に戻ってきていた。
「このZはパラレルキーパーとポテンシャルキーパーの前田さんが乗る車なんだけど…その前田さん以外の前田さんも乗っててね」
表示された文章を見ながらリンがそう切り出した。
"それ以外の前田さん"とは、きっと私とレンも遭遇したことがある、あの前田さんだろう。
「…その前田さんって、もしかしてレコードに認知されない前田さん?」
「そう。レナも会ったことあるんだ?」
「ええ。レンと一緒の時に日向で一度だけ…ホラ、部長が居なくなったRKCの時、その後…」
「その時はZに乗って無かったの?」
「うん。2人ともセーラー服姿だったし」
「そう…アタシ達があった時はコレだったよね」
「だな…どっちがどっちか分からねぇが…この2台のZに乗ってたはずだ」
チャーリーがそう言って頷くと、リンはレコードに浮かび上がって来た文の一部に指を指して私とレンに見せてきた。
「アタシらもさ、これまで何回かレコードが認識できない人に会ったことがあるの。前田さんが2人に…時任さんって知ってる?」
「知ってる。この前の世界で会った」
「なら、話が早いね。その人も合わせて3人…皆の共通点はフェアレディZに乗ってるってことだけじゃない」
リンの説明を聞きながら、私とレンは彼女が指した部分に目を通す。
そこには部長と前田さん、時任さんの情報が表示されていた。
"No.133993275"
その情報の一番最初に表示された数字。
確か…部長のレコード上での識別番号だったはずだ。
この前…2周目の3軸を生きていた部長を調べた時に見たことがある。
その番号は、前田さんにも…時任さんにも振られている…
部長と前田さんが"同一人物"であることは、前に何処かで聞いたことがあった。
だが、まさか時任さんまで"同一人物"だとは思わなかった。
「皆、世界が違えど同じ人でね。部長は前田さんも時任さんも良く知ってるの…嫌な想像だけど、何かの理由で、部長がレコードに認知されない方法を知ったのだとすれば…レコードに認知されない前田さんや時任さんの手引きが合ったんじゃないかなって」
リンがそう言うと、私達は一様に口を塞いだ。
私は何も言わずにリンの顔をじっと見つめると、小さく頷いて見せる。
何も言わないでいても、互いに顔を見合わせるだけで何を言いたいかが手に取るように分かった。
「……」
「……」
「……」
「……」
静寂に包まれた倉庫内。
そこに、遠くの方から車の音が飛び込んでくる。
徐々に近づいてくるその音は、聞き覚えのあるエンジン音だった。
「部長のかな」
レンがそう言って倉庫の外の方へと歩いていく。
私達も彼に続いて外に出て見ると、その音は段々とこちら側に近づいてきていた。
「ああ…部長だ。こんな空いてる道なら飛ばすから…」
私がそう言うと、遠くの道に真っ赤な車が見えてくる。
鼻先が丸く、丸目のヘッドライトが特徴的なスポーツカー。
倉庫に入っているフェアレディZの一代前のモデルだ。
部長が駆るその車は、あっという間に瞳に大きく映るようになり…敷地内に入ってくる。
私達の前でZが止まって…中に居た2人…部長とカレンは何時もと変わらない様子で車から降りてきた。
「随分と街外れに呼ばれたものだな。レナ、ここは何処だ?」
カレンが倉庫を見上げながら私に尋ねてくる。
カレンの様子を見る限り、車内で部長とここの建物についての会話はされていない様だし…何よりカレンもココを知らないらしかった。
「看板に書いてる。カレンも知らなかった?」
「"トワイライト・インターナショナル"?…」
だが、屋号には聞き覚えがあるらしい。
カレンは直ぐに顔を部長の方へと向ける。
「コト。これはどういう事だ?東京に移転したって聞いたぞ?」
そう言って尋ねるカレン。
普段なら直ぐに場を進めるはずの部長は、今の今まで黙っていたままだったが…彼女はカレンの問いには答えずに私の方をじっと見つめてきた。
「可能性世界の部長に聞きました。戻ったらこの場所に部長を呼び出せばいいと…そうすれば、私なら何かを話してくれるってね」
私は部長に向かってそう言い放つ。
少々冷たい口調だったが、今ので十分、部長には伝わったらしい。
彼女はふーっとため息を一つ付くと、私の方を見て寂し気な笑みを浮かべた。
「その言い草に不敵な表情…レナには映画の悪役がお似合いね。誰のせいなのかしら」
「誰かさんのお蔭で…それで?話してくれませんか?」
「何を話せというのかしら?…ここの場所にまつわることならありすぎて絞り込めないの」
部長はそう言って私達の真ん中で立ち止まる。
彼女の瞳は、しっかりと私を捉えて離さなかった。
「…そうですか。なら、あの世界でも部長に話したことを話しましょう…でもその前に一つだけ…これが大前提なんです」
私は怯まず、何時もの余裕ある表情と違って何処か寂し気で、儚げな表情を浮かべる部長を見返すとそう言って周囲の面々に目を配る。
「可能性じゃない、今の部長を知りたいんです」




