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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
117/125

4.2人の距離は1cm -5-

「さて…これで平和な最期を迎えられるかな」


私は粒子となって消えて行った部長を看取った後でそう呟いた。

彼女の首筋に突き立てた注射器の押し棒を戻して中身を充填すると、レミの方に顔を向ける。

彼女は私と同じ部屋に居るのだが…入り口付近で少し怪訝な表情を浮かべて周囲を見回っていた。


「レミ?」


私は注射器を仕舞うとレミのことを呼んで彼女の元へと歩いていく。

仕掛けを作動させてちょっとした迷路状態になったフロアで、彼女は引っ切り無しに何処かに銃を向けては首を傾げている。


「シー…」


彼女は私の方を一目見ると、そう言って左手の人差し指を立てて唇に当てる。

私はそれを見て不思議に思いながら、背中側に回していたライフルを取り出して安全装置を外して、彼女の横に並ぶ。


「何か居る気がする」


準備万端でレミの横に並んだ私にそう言った。

私は小さく頷いて周囲の音に神経を研ぎ澄ませてみると、確かに風や木々の揺れる音以外に何が別の音が混じっているような気がする。


「レコードの確認は?」

「無反応」


それも、そんなに遠くない。

きっとこのフロアの何処かだ。

……この距離なら、さっきまで私と部長が話していた時にも居たのだろうか?

もしその考えが正しくて、相手がレコードキーパーなら、その段階で突入してきてもおかしくは無いはずだが…


私は拳銃しかもっていないレミを引っ張って背後を任せると、そっと部屋の周囲を見回した。

音は聞こえてくるが…それは断続的で、近づいてくるような気配は無い。

顔を出し続けても、誰かの視界には入っていないらしい。


部屋を出て右に行けばナースセンターの方まで戻れるが…左に行けばその先は非常階段だ。

このまま左に出てダッシュで階段を降りて…町の方まで戻った方が良いのだろうか…?


そもそも相手が何処の誰なのか…唯一思い当たる節があるとすればホテルの外で眠らせた浴衣姿の2人組…

こんな場所で出くわせば、どんな怪談話にも劣らない不気味さがあるだろう。

私はふと思い当たった2人と遭遇する場面を想像してゾクッと背筋が冷たくなった。


「走ろう。一旦車まで…」


私は周囲を見回した状況を踏まえて、レミの方に振り返ってそう言うと、彼女は驚いた表情を浮かべた。


「正気なの?」

「左に出て階段を降りる…3階位からなら飛び降りたって下は草地よ…合図を出すから先に行って」

「……分かった」


私はレミが頷いたのを見ると、再び部屋の外に意識を集中させる。

丁度、不気味な音は途絶えていた。


「行って!」


私はそう言って部屋の外に出て右側の方へライフルを向けて、レミを先に脱出させる。

背後からは彼女の駆ける足音が聞こえてきた。

だが、銃口の先からは何の音も聞こえなかったし…何かが起きるわけでも無い。


私は背走しながら、廊下の突き当り…非常階段の扉の近くまで進むとクルリと振り返って…そこからは振り返らずにレミの後を追いかける。

錆が酷いながらも、まだギリギリ崩れ落ち無さそうな非常階段を駆け下りて行き…言った通り3階から一気に飛び降りた。


「ぐ!…ぅぅ…」


そこそこの衝撃に思わず声が漏れ出るが、直ぐに立ち上がって病院の敷地を出る。

先行するレミの背中を追いかけて…そして、病院の方を振り返って正面から病院を見た時、何かが動く影を捕らえた。


「……?」


私は窓に一瞬映り込んだ動く影の方へ素早く銃口を向けると、何となく…影が横切った先の方向へと照準を合わせて引き金を数回引く。

脆くなった病院の壁や、割れ欠けていた窓を銃弾が貫いたが…何か生きている動物に当たったような感触は無かった。


「ここからどうするの?」


病院から車まで戻って来ると、レミが私の方を見て言う。

私は海の方へと指さして、駆け足を止めずに走り続けた。


「こっちに!」


そう言って彼女を先導した私が目指したのは、海の方…

現在地から見て、直進してたどり着く港の左には、あの岬があるトンネルがあるのだが…目指すはその右側だ。


廃墟となった養殖場の建物跡地の近くに広がる少し広い公園。

公園内の通路は通路獣道のようになっていて…その脇には向日葵が咲き誇る…夏の晴れた日に行けば壮観な景色が見られる公園だ。

目的地は、その公園の中心にある小屋…何のために建てられたかは知らないが…2人が入れるくらいの広さはあるから…そこで時が過ぎるのを待てばいい。


5分ほど走れば、公園にたどり着く。

私は小屋まで走っていき、念を入れて、ライフルを構えたまま扉を蹴飛ばして開けた。


「ハロー、レナ…さっきは映画の悪役みたいだったね」


私は既にいた"先客"にそう言われて動きを止める。

心臓が痛くなるほどの驚愕が全身を駆け巡り…目の前に…既に小屋に居た2人組に交互に目を向けた。


「…紀子?どうしてここに?というか、その恰好は?」


私は一歩後ろに居るレミを守るように…彼女が2人に手を出さぬように立ち位置を変えると、目の前に居る浴衣姿の女の子に言った。

さっき…ホテルで対峙した少女と同じ意匠の浴衣に身を包み…横に居るのはホテルで見掛けたもう一人の少女だ。


「忘れ物を返して貰いに来たの。持ってたりしない?私のレコードと手帳…」


紀子は何時もの口調で、驚いたまま声を出せないでいる私にそう言うと一歩近づいてきた。


「ねぇ?レナ?…私のレコードが何処にあるか…知らないの?」


彼女にそう言って迫られた私は、レミの方に目を向ける。

そして、小さく首を左右に振った。


「多分…君は間違った答えを出したと思うな…君が平岸レナ?」


私が首を振ると、紀子の横に居た人がようやく口を開く。

前田さんのような白髪で…赤く淀んだ瞳を持つ…どことなく雰囲気も前田さんによく似ていた。


「君が"平岸"レナ?そっちは妹の"永浦"レミで合ってる?」

「え…ええ」

「合ってますけど…どうしてお姉ちゃんと苗字が違うことを?」


急に喋り出したと思えば、行き成り私達2人のことを知っているかのような事を言い出した少女に私達2人は少し引いた姿勢で答えた。

彼女は両手を上げて敵意の無い事を示すと、紀子の横にやってきて私達2人を交互に見る。


「ホテルで浴衣姿少女に会っただろう?君達は随分と酷い閉じ込め方をしたようだが…」


彼女は苦笑いを浮かべながらそう言うと、私達は先生に起こられている最中の子供のような感覚に陥った。

レミも私の方を見て小さく肩を竦めると、私はそれを見て小さく頷く。


「それがこの子なんだ。いや、言いたいことは分かる。彼女なら平岸レナのことは良く知ってるはずだから気づかないはずは無い。ちょっと訳ありだから…その誤解は解かせてほしい」


彼女はそう言って頭を下げると、私達は顔を合わせた後で頷いた。


「いえ…その…色々と聞きたいことがありますが…その前に、貴女は?」

「僕は時任蓮水…元パラレルキーパーでね。今はこうして世界を漂流している身なんだ」

「え!?」


彼女の自己紹介を聞いた途端、レミが驚愕の声を上げた。


「君はポテンシャルキーパーだからね。驚くのも無理は無いだろうが…兎に角落ち着いて聞いて。僕は君達をどうにかしようだなんて思っていない」


時任さんは手でレミを制しながら言う。


「端的に言えば、僕と彼女はレコードの管理人から"外れた"存在なんだ。僕達の持つレコードの色は抜け落ちて白くなり…僕達は何処かの世界を漂流する事しかできなくなった」

「それは…何となく聞いたことがあります。そうなった人が居るって…芹沢さんから」

「ああ。彼は僕のことを良く知ってると思うよ…同期の部下だった。いい仕事をする男だ」

「そうなんですか…」

「そう…話を元に戻すと…ある日突然レコードの管理下から外れた僕達は、レコードを持ちながらも、レコードの管理をせずに…何処かの世界を訪れては去るのを繰り返してる。こうなった理由を探してるんだ」


彼女はそう言いながら小屋の外に出て来くると、煙草を一本取り出した。


「そんな漂流中にちょっとした事件に巻き込まれてしまってね。彼女とはぐれたんだけど…その間に何かがあったんだろう。さっきホテルで再会した時には記憶が無くて…見た目も少し変わってた」


「さっき記憶を戻させた。まぁ…簡単に言えばそう言うこと。そしてその時に抜き取られたであろうレコードと手帳を返し伺ったわけさ。君達は優秀だと聞いてるから…どんな手でも消し去れなかった彼女を"処置"するのを諦めて…この世界諸共消すように"生きたまま"彼女を巻いてあの場に放置したんだろう。そしてレコードや手帳は永浦レミ経由で芹沢俊哲にとか考えてなかった?」


彼女は私とレミの思惑をほぼ完璧に読み取って見せる。

私とレミは今度こそ驚きの声を上げて時任さんを見た。


「図星かな」

「はい……」


私がそう答えると、彼女は笑って小さくガッツポーズを取って見せる。

話し方や表情…口調からも薄々思っていたが、この人はクールそうに見えて何処か子供っぽい所があるようだ。


「それなら…話は早いはずだ。彼らは…ポテンシャルキーパーは既に僕のレコードと手帳を調べてる。何なら連絡だって付く間柄だからね。意味は無いんだ」

「え?」

「本当さ。俊哲に聞けばいい…まぁ、ここでは無理だろうけれど」


彼女はそう言うと、手にしていた煙草を咥えて火を付ける。

私は煙草の煙に表情を少し歪めると、レミの方に顔を向けた。


「蓮水さん。レナ、煙草嫌いだから…」

「おっと…そうみたい。消すよ」


紀子が言ってくれたお蔭で時任さんは直ぐに煙草を地面に捨てて足でもみ消した。


「お姉ちゃん。どうする…?」

「んー…返しても良いかなって思ってきたんだけど、レミはどう思った?」

「お姉ちゃんが良いって言うなら…それで…」


レミはそう言って白いレコードと手帳を取り出すと、時任さんの方を見る。


「ただ、一つだけ確かめたいことがあるんだけど」

「何かな?」

「貴方達は可能性世界に影響を及ぼさない?危険じゃないの?」

「ああ。元管理人…世界にどんな影響を及ぼすのかは分かってる。安心してよ。僕が居た可能性世界はちゃんと無事に終わりを迎えられるんだ」


時任さんはそう言ってレミの方に手を伸ばす。

レミは少し考え詰めたような表情になって…少しの間時任さんに渡すのを躊躇っていたが…やがてゆっくりと手にした物を渡した。


「ありがとう。君ならそうしてくれると信じてた」

「信じてた?」

「そのうち分かるよ」


時任さんはそう言って笑って見せると、レコードと手帳を紀子に渡す。

それから私の方に顔を向けて、私を手招いた。


「?」


私は彼女に招かれるまま、彼女の元へ近づく。

すると、時任さんは私の肩に手を当てて、すっと口元を耳に近づけた。


「戻った次の日、朝9時にアップルスターで会おう…俊哲とは話を付けてある」


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