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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
116/125

4.2人の距離は1cm -4-

私は目の前に居る部長…いや、中森琴をじっと見つめる。

彼女は私に銃を突きつけたまま、何とも言えない表情で私のことを睨んでいた。


「あと半日もしない間にこの世界は終わるんです。どうやら私の夢はそこで覚めるらしいので」


私は銃を突きつけられてもなお、余裕は崩さない。

理由は簡単で、私の横に居るレミが彼女に麻酔銃を突きつけているからだ。

余計なことを一つでもやれば、そこで私達の勝ちが決まる。

彼女もそれを知ってか知らずか、引き金に掛けた指を動かす素振りは無かった。


「きっと分かってくれるでしょう?軸の世界はどれほどまでに大切なのか…あの世界が壊れるとどうなるのか…それを分かったうえで、私達にまだ銃を突きつけられますか?味方も居ないで…たった一人で…ね?」


私はそう言うと、彼女の横を通り過ぎて行って…部屋の一番奥…窓際に腰かける。

彼女は銃を床に捨てて、深い溜息を付きながら私の方へと振り返った。

レミは相変わらず、こちらに振り返った部長に銃を突きつけたままだが…まぁ、止めさせる理由も無いだろう。


「随分とふてぶてしい態度を取れるようになったのね。映画の悪役みたいな」

「誰かさんのお蔭で…それよりも、時間は余りないので進めて良いです?」

「私が答えるとでも?」

「その時は妹が許さないと思うので」


私はそう言って口元に笑みを浮かべると、レミの方に目を向ける。

レミは私の方を見て頷くと、銃を後頭部に突きつけた。


「この世界の貴女は既に"壊れてる"…とはいえ、理性はまだ残ったままでしょうからね」

「一体、何を言ってるの?」

「…部長、貴女レコードによる改変範囲内に居ることを保ったまま、人々のレコードを好きなように改変する術を持っていませんか?」

「……」


私の言葉に、彼女は何も答えない。


「無言は肯定ですよね。何時からかは知りませんが…じゃ、本当の3軸で起きた事を最初から説明しましょうか」


私は黙り込んだままの彼女をじっと見据えて話し続ける。


「数年後に時間を巻き戻すほどの事件が起きるんです。10年以上も検知できなかった可能性世界からの大規模な流入のせいで…」


「そして1999年に時を戻し…そこで再び可能性世界からの流入…今度は時間を戻して弱くなった所に、可能性世界の芹沢さんに感づかれてまだひと悶着…」


「結局全てが終わった後で再び時を戻す羽目になりました。今度は1977年へ…そしてそこから1年後の1978年。貴女はさっきも言った通り"一般人のレコードを書き換えて"事件を起こした」


「レコードに気づかれず…レコードを書き換えて過去の自分に近づいた貴女は、最期の数分間を使って過去の自分と入れ替わり…レコードキーパーから抜け出して、元々の仲間の元へ戻る事を画策…結果的に、その計画は私達に止められましたが…そのせいで不安定だった3軸の世界が一気に危険な領域に傾いたんです」


「この夢に来る前、私は1985年の3軸に居ました。そこでもまだ不安定さは解消されていません。私達やパラレルキーパーがその場しのぎの対応をしているだけ…一向に、時を2度戻す前までの…今いるこの世界のような安定は戻ってこないんですよ」


「1985年の世界の貴女はまだ過去に自分を置いてきたまま…今はカレンが指揮を執ってます。それが、今いる3軸の状況なんです」


私は、私の方をじっと見つめたまま動じない部長の目の前まで歩いていく。

私よりも頭一つ分背の高い彼女の顔を見上げると、彼女は何とも言えない目付きで私のことを睨んでいた。


この目付きは何度か見たことがある。

何時の日か、レンが見せたような表情だ。

苛立ちに不信感に不思議さ…袋小路に追い詰められて、どうしようもできないといった感情も混じっていそうな顔。


何も言ってくる気配が無い部長を見上げた私は、嘲るような笑みを浮かべて見せると、小さく肩を竦めた。


「今言った…1978年までの出来事は、ざっくり2年弱で起きてるんです。私はそこに引っかかってましてね?私がレコードキーパーになる前から変だった訳ですが、それは最初の1件目の事件で終わってる話…私が引っかかってるのは、そこからたった2年弱で、私の周囲で事件が起きて、結果的に世界全体が不安定になったってことです」


「貴女が裏技的な方法を使ってレコードを変える方法…普通は思いつきませんし、何より思い通りに改変することなんて出来ないはずなんです。百歩譲って出来たとしても、たった2年でその方法を完璧に制御出来るとも思いません」


「もうお判りでしょう?疑ってるんです。この時代…いや、もっと前から、部長は過去に戻る方法を探っていて…それを実行に移したんじゃないかって。結果は失敗…その代償は3軸全体の不安定化…そして今に至る…」


私がそこまで言うと、彼女は両手を上げる。

まるで降参と言わんばかりだったが、私は彼女をじっと見たまま何のリアクションも上げない。


「消える前に洗いざらい話してくださいよ」

「そう…本来の世界ではそんな顛末になるのね」


彼女はそう言いながら座り込む。

何処か力が抜けたような…リラックスしたような雰囲気。

私とレミは目を合わせて、それから視線を下に下げた。


「レナ、貴女が知ってる事はそれだけ?」

「え?はい…レコードで調べてみても、痕跡は辿れません」

「でしょうね。レナは良く私のことを見ていたって言うべきかしら」


部長は穏やかな口調でそう言うと、背後に顔を向けてレミの方を見上げた。


「レコードを出しても?というより銃を下げてくれない?銃はさっき捨てたでしょ」


部長はレミにそう言うと、レミは私の方に目を向ける。

私が小さく頷くと、レミはゆっくりと銃を降ろし始めた。


「レコードを持ってない人間の気持ちなんて考えたこともなかったけど。どうして彼らが暴走するのか…今回ので良く分かった気がする」


彼女はそう言いながらレコードを取り出すと、私にそれを寄越してきた。

緑色の…いや、半分が緑色で、半分が白くなったレコードを…

私は明らかにレコードキーパーの持つレコードとは違う意匠のそれを受け取って首を傾げる。


「レコードキーパーのレコードは緑色一色でしょ?でも、あるとき私がふと見てみたらその色だったの。変ね…と思っていたら、レナが消えてさ…ああ、ここは軸の世界じゃないって気づいたの」


部長はそう切り出すと、私の方を見て寂し気な笑みを浮かべて見せる。


「きっとこの世界は何処かの段階で創られたもの…私の記憶はあるようで現実には無かったこと…それは直ぐに理解できた。その時よ…軸の世界への侵入を試みようと思ったのは。直ぐにレナがこの世界の主だと分かり…行動に出たらこの有様…私の記憶には傷だらけの貴女しか居なかったし、まさかこうも成長してるとは夢にも思わなかった…」


彼女はそう言って溜息を一つ付く。

私は何も言わずに彼女が口を開くのを待った。


「ねぇ、元の世界の私とはもう話してないの?」

「そうでもないですが…腫れ物に触るみたい…といえば分かりますか?」

「なるほど…そうだろうね…どうして目先に囚われたかな…って、今回と同じか…」

「その様子だと、今よりも前から何か仕込んでましたか」

「そう。でも、レナのいう1件目の事は知らなかった…まさか今この瞬間も可能性世界の人間が入ってきているだなんてね…レコードでも知らされないってどういうカラクリなんだか…」

「なら…部長は単独でレコード操作の方法を……?」

「ええ。レナがレコードキーパーになる前のことよ…その時、俊哲が偶々部下に付けていたパラレルキーパーが急にレコードから外されたの」


部長はそう切り出すと、遠くを見つめて…少し過去の話を語りだした。


「名前は時任蓮水…予兆は何も無かった。彼女はレコードを持つ管理人から外されたの。丁度俊哲に相談事があった時だったし、別件で他の人も来ていた時だったから、直ぐに対処は出来て世界へ影響は無かったけれどね」


「その時に何気なくレコードを見ていて気づいたの。毎日、私達が動くたびにレコードは改変されているんだってね」

「そうでしょうね。私達は普段居ない存在ですから…」

「ええ。それは普通に周知の事実…問題はそこから先で…レコードから外れた時任蓮水の行動した後…少しでも彼女の周囲に居た人間レコードは直ぐに改変されなかった」


部長はそう言うと、私の方に顔を向けなおす。


「私達が介入できるだけの時間があったのよ。何故かね…時間が経てば、彼女に関わったもののレコードは勝手に書き換わるのだけれど、そうなるまでの間に」

「……でも、それだけじゃない…と」

「あくまでも、それはレコードが白くなった彼女の近くでのみ起きる出来事だった。最初の切欠としては十分ね。そこから私は処置のたびに…街を歩くたびにレコードを確認した」

「……それで、レコードの管理人から外されなくても改変できる方法を見つけた…と?」

「いいえ。まだ、それから先の成果は無いの…だからきっと、貴女の世界の私は、レナと出会ってからその方法を見つけたんでしょうね…」


私はそれを聞いて思わず目を見開く。

私と出会った頃、部長の傍には常に私が居たはずだし…そうなる前後、私が一人暮らしをし始めた後はカレンが一緒だったはずだ。

当時の私はまだ何も知らない…だから、私の傍に居る限りはどんな行動をしても騙す事が出来ると思うが…カレン相手にもそれをやったというのだろうか…?


私はほんの少しの間、驚愕の事実を頭の中で整理して…再び部長に言葉を投げかける。


「今から…それを見つけた瞬間があるってことですよね?」

「そう言ってるじゃない。何処かで…レコードを改変する方法を見つけたって」

「でも、それなら何時なんです?」

「私が分かるわけないじゃない。でも…きっと、普通の1日の中で見つけることは出来ないから、何かがあったとすればレナの言ってた幾つかの事件の最中でしょうね」


部長はそう言って私の方を見て小さく笑った。


「これで気が済んだ?」

「ええ…それなら…もう一つだけ」


私は再び窓際に戻って、窓枠に腰かける。


「元の世界に戻れば、相手にするのは"壊れきった"部長です。何とかしてその…改変の仕組みを聞かないと…3軸が壊れてしまう…そんな気がしてならないんですよ」

「どうして?もう、私は動いていないんじゃない?」

「あの一件からレコードが不安定になったんです。まだ、何かあるとしか思えない…そして、その根源は部長だと思ってます」

「……そう。世界の誰かが私のやったことを模倣しているとかは?」

「無いでしょう。私達の地域の違反者処理数がずば抜けて多いんですから」

「なるほど…」

「私をここまで持ってきてくれたのは部長ですからね。もし、原因が部長なら取り返しが付かなくなる前に止めたいんです」

「随分と気恥しいことをサラっと言うのね」

「元の世界の部長には言えませんからね」

「私は練習台ってわけ…はぁ…そう言うこと…」


部長は私の方を見て苦笑いを浮かべると、私に寄越したレコードを指さした。


「"トワイライト・インターナショナル"って調べてみて」


私は突如として出てきた単語を不思議に思いながらも、部長に言われた通りレコードにペンを走らせる。

星明りの…微かな光源の元で書いた文字は、少し時間が経ってから飲み込まれていき…代わりに何処かの住所のような文章が返って来た。


「何なんです?」

「1980年以降の私の秘密基地みたいなもの。元の世界に戻ったら、そこに私を連れて行きなさい…レナが知りえない場所に連れて行けば、私はきっと何かを話すはず」

「はい…やってみます…そう言うってことは、どんな場所かは行ってのお楽しみ…ということですか?」

「まぁ…向こうに帰ったらら行ってみなさいな」


部長は軽い口調でそう言うと、レミの方に振り返る。

そして、立ち上がってレミの方まで歩いていくと、彼女が握っていた拳銃に手を伸ばした。


「!…何をする?」


驚いたレミは直ぐに一歩下がって部長に銃を突きつける。

部長は肩を竦めてレミの方をじっと見据えていた。


「そろそろ退場の時間よ。撃ちなさい…処置されてあげる」


部長はそう言って突きつけられた銃口を手に取ると、それを頭に押し当てた。


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