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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
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4.2人の距離は1cm -3-

廃病院の、使われていない病室にやってきてもうすぐ1時間。

ひとしきり病院内を探索して戻って来た私達は、病室の窓の外をじっと眺めていた。

病院内は記憶にある当時と間取りが変わっておらず、1985年当時から変わることなく終わりを迎えたらしい。

私にとっては好都合…後は今からやってくるであろう部長達や…ホテル裏で眠らせてきた2人組をどうやって退けるかを残すのみ…


部長達はどうだっていい。

ある程度どうやって動くかは知っているし、足止めして注射器を打ち込めばそれで終わる。

私も向こうも正面切っての撃ち合いは上等だろうから…

問題は、注射器が効かないあの2人だ。

不気味な白髪の2人組。

レコードを持っている上に、注射器が効かないのは予想外だ。

あのホテルの何処から出てきたのかも…どうやってあの防備の中を切り抜けてきたかも分からない。


「ねぇ…」


私は横に居るレミに声をかける。

彼女は直ぐにこっちを振り向くと、私の方をじっと見つめてきた。


「あの2人…何か噂とか聞いたことないの?」

「2人…?ああ、浴衣の…んー……特にないなぁ…注射器効かないのは初めて」

「そう…因みにさ、注射器って…例えば私に打ったらどうなるの?」

「効かないよ。あれはレコードが"この人を外す"と決めてから効くようになるの。だから、お姉ちゃんとか私に打っても意味はない」

「……それなら、あの人たちはまだレコードに捨てられていないってこと?」

「どうだろ?レコードに出てこないから…そもそも認知すらしてないと思うよ」


レミはそう言うと、窓から一歩下がって振り返り…窓の横の壁に背を当てて座り込む。


「手立て無しかぁ…世界が消えるのに巻き込めば良いんだろうけれど。死なない、消えない相手だし」

「不思議だけどね。この世界のレコードキーパーがお姉ちゃんを捕らえようとしているのは分かる。でないと世界が消えるんだし」

「確かに…」

「強いてあげるなら、このレコードと手帳を取ったこと…位かなぁ。奪い返しに」

「返す?」

「まさか!私のレコードでも感知できない時点で危険すぎる。オマケにこの手帳もレコードも、車の中でもう一回見てみたけれど、持ち主の名前が無いしね」


彼女はそう言って小さく笑うと、外を見ていた私の方に顔を向けた。


「持ち物には名前を書いておかないとね」


彼女は笑みを浮かべたままそう言うと、私は苦笑いを浮かべて見せる。


「また来たら今度は2人をミイラにすればいいんでしょ。コンビニが1件あるし、そこで紐もテープもなんでもあるから」

「まぁ…それでいいなら…っと、レミ。時間だ」


私は眺めた先…夜になって車の音すらも聞こえてこない町の向こう側に数台分の車の明かりが見えたのを確認するとそう言った。

明らかに一般車じゃない音も、微かに聞こえてくる。

レミは私の横にやってきて、遠くに見える明かりを認めると、小さくにやけて私の手を引いた。


「行こ、お姉ちゃん?」


私は頷いて彼女と共に病室を後にする。

向かうのは最上階…現役当時は精神病患者か…最早最期を待つのみとなった終末医療患者しか居なかった特殊な作りをしている病棟だ。

そのフロアに上がっていき…ナースセンターになっていた部屋に入って位置に付く。

このフロアには探検の最中に見つけた"電気の要らない仕掛け"が施されていた。


「……冷静にね」

「オーケー……」


私はライフル銃のスコープを眺め…横にはレミは拳銃を片手に仕掛けを作動させるスイッチを何時でも押せる位置に付く。

昭和の田舎町…小説のように何か怖い仕掛けでもあればいいのにと思っていたが…ここまでだとは思わなかった。


風の音と、風に揺れる木々の音…静寂に包まれた部屋の中で、私達は何か他人が発する音を聞き逃すまいと耳を潜める。

やがて病院近くの空き地…恐らく、私が車を止めた空き地に数台の車がやってきた音が聞こえてきた。

エンジンをかけっぱなしにされると厄介だなと…一瞬、そう頭によぎったのだが、直ぐにエンジンは止まり静寂が戻ってくる。


私とレミは置物のように、じっと息を潜めて待ち構える。

階段の方から数人の足音が聞こえてきた。


「居るか?」

「…居ないね…何か居たような痕跡はあるよ?でも、それが…」


聞こえてくる2人の男女の声と足音…

チャーリーとリンだ。

私は本命が来ていないのをレミにジェスチャーで知らせると、彼女はこの病院内から拝借してきたメスを取り出しながら小さく頷いた。

私は2人をレミに任せて、ライフルを降ろして物陰に体を隠す。


「怖いね。こういうところ」

「ここは……もっと怖いぜ。精神病棟だと」


私は徐々に近づいてくる足音と…時折フロアを照らす懐中電灯のライトを目で追いかける。

近い…徐々に近づいてきた。


「こっちが居ないとなると…残りは2か所か…」

「みたいだね。ここが一番広いから…探しきれてないかもしれないけど」

「戻って全員で来るってのも手か…あの2か所なんざ一人で良かったんじゃねぇの?」


さっきよりもずっと近くに聞こえてくる2人の声。

私は物陰で胸に手を当ててじっと待ち続けた。

横に居たレミは、手筈通りに動いてくれる事を期待しながら…


「一番奥だ。やっぱここじゃねぇのか…?…あぁ!…ぐっ…」

「え、何!?…あ!」


少し離れた所から聞こえてくる2人の声と…静かな空間で良く聞こえる何かを切り裂いた音…少ししてから2人分の倒れる音が聞こえてきた。

直ぐにレミはこちらに戻ってきて、私の横にやってくる。


「バッチリ」

「オーケー…ありがとう。でも今ので部長達はここへ来る…」


私はメスを片手にニヤリと笑ったレミにそう言うと、横に立てかけておいたライフルを持ち上げる。

直ぐに下の階の方が騒がしくなってきた。


「レミ…今度は3人」


私はそう言って再びライフルを構える。

今度は会話もなく…足音のみが聞こえてきた。


「……準備を」


小声で横に居るレミに言う。

私は彼女の反応を見る間もなく、スコープの中に映し出された光景に神経を尖らせた。


「!」


階段を上がってきて、直ぐにライトが私達の方を照らす。

私は一瞬明かりに目を潰されたが、直ぐに視界は戻ってきた。


「やって!」


そう叫びながら、スコープの真ん中に見える…見慣れた顔に向けて引き金を引く。

消音銃の作動音と、このフロア全体の"仕掛け"が作動したのはほぼ同時だった。


「…そこに居る!」


弾は部長の肩を貫いて、彼女は即座に物陰に隠れる。

他の3人も何処かの部屋に飛び込んだらしい。


「さぁ…少しは暇つぶしの相手になってくださいよ」


私は姿を消した彼らにそう言いながらレミに合図を出して部屋を飛び出した。


「鉄格子?」

「閉じ込められたか?」

「ええ!」


今の仕掛けで、外からこのフロアに入ってくることは出来なくなった。

ただ出入り口が塞がれただけではなく…部屋や廊下にも鉄格子が降りてきて、まるで迷路のように入り組む場所に変貌していた。

完全に、このフロアは私達の戦場と化す。

私とレミはさっき覚えたこの状況下でのフロアの見取り図を思い出しながら、徐々に彼女たちの元へと近づいていった。


「兎に角奥に…」

「2人居るぞ!気を付けろよ!」


カレンの声に榎田さんの声。

部長だけは声を出さずに居るが…さっきの一瞬で消えた方向と声の位置から、大体彼らが何処に居るかの目星は付いている。

私はなるべく足音を殺しながら、手にしたライフルの銃口を榎田さんが隠れたであろう部屋の壁に向けて数発撃ち込んだ。


「ぐう…!」


薄手の壁を貫いて…恐らく彼には当たってはいないいだろうが…丁度身動きがとれぬような牽制にはなっただろう。

私はそれをカレンや部長が潜んでいるであろう部屋にも行って、兎に角時折銃弾が飛んでくる状態を作り出した。


「……クソ!」


そんな私の横をレミが駆け抜けて行く。

放置されていた割には新品同様に…銀色に光るメスを片手に、彼女は榎田さんが隠れた部屋へ飛び込んだ。


「な!…クソ!コイツじゃない!」


拳銃の発砲音と何かが飛び散る音に、急所にでも当たったのであろうレミの断末魔が数回。

…一瞬静寂が戻って来たと思ったら、今度は榎田さんの叫び声が聞こえてきた。


「うわぁぁぁぁ!……畜生!」


その叫び声を掻き消すように聞こえてくるのは、何かが切れたような音と…やけに響いた何かが折れる音。

私はそれを横耳に聞きながら、カレンが飛び込んだ部屋の扉を開けて中に突入していった。


「!」

「ハロー、カレン!」


驚く顔を見せるカレンに私は真顔でそう言うと、腰に構えたままの銃の引き金を引いた。

全く準備が出来ていなかった彼女は真正面から銃撃を受けて崩れ落ちる。

手に持った拳銃も、ライトも床に転がった。


「…レナ…なのか?」

「ええ。そう」


私は動けないカレンを見下ろしてそう言うと、彼女に踵を返す。


「さぁ!…部長!後は貴女だけなんですよー…?」


代わりにレミが部屋に駆けこんできて、私と入れ違いになった。


「いや…琴!…ねぇ?名前で呼んであげたんですから、出て来てくださいよ。本当の琴さんには、まだこうやって名前で呼んだことがない。貴女が初めてです」


私は安い映画の悪役のようなセリフを吐いて彼女が逃げ込んだ部屋の方へ声をかける。


「早いところ、悪い夢からは覚めた方が良いって思いません?」


そう言っている間に、背後でカレンが"処置"されて消えていく。


「可能性世界といえど、少し部長には聞きたいことも、別れ際に言いたいこともあったんですが…」


私は横にやってきたレミを手で制すると、丁度少し離れた位置にある部屋から出てきた人影を見据えて言った。


「この、可能性の3軸…私が暮らしてきたあの世界と同じ流れを辿ってるかは知らないですが…」


私に銃を突きつけてこっちを睨むような顔になった部長に、私は余裕を持った態度を崩さない。


「可能性だとしても良い。この時の部長を知りたいんです」


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