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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
114/125

4.2人の距離は1cm -2-

公道の真ん中を塞ぐようにして止まった車の中。

さっきまで甲高い高音を放っていたエンジンは、少し機嫌を損ねたように不安定なアイドリング音を出していた。

周囲を見回してから、引いたままのサイドブレーキを降ろしてギアを1速に入れなおす。

そして、何事もなかったかのように元の走行車線へと戻って、日向への道を走り始めた。


「……落ち着いた?」


ギアを4つほど上げた後で、レミが尋ねてくる。

私は頷こうとしたが…今の体の状態を見てそれを信じてくれる訳もないのだから、素直に首を横に振ることにした。


顔には普段かかない汗。

ハンドルを持つ手は小刻みに震えていて、顔は強張って目は見開いている。

この世界に来た時の様…頭の中は冴えていても、体は全く別の反応を見せていた。


「慣れないことはするもんじゃないね」


震え声でそう言って苦笑いを浮かべる。

窓を開けると、涼しい潮風が車内に入ってきて心地良く感じた。

横に居るレミは、そんな私を見て笑うと、さっきので残弾が尽きたであろう散弾銃に弾を込め始める。


「勘弁してよ。久しぶりに死ぬのが怖くなったんだから」

「はは…ごめん…でも、速度を緩めたら厄介なことになりそうだったから…」

「まぁね。助手席の人も何発か当てて来てたし」

「そうなの?」

「気づいてないの?トランクとドアの後ろに数発当たってるよ?」

「危ないところだったの…」


私はそう言って車の中を見回すと、確かに後ろのハッチ部分に風穴が開いていた。

レミの周囲にも、幾つかそれらしき風穴が見えたから…一歩間違えれば後ろのタイヤがやれれていた可能性があったわけだ。

私はほんの少し体を震わせると、そんな状況を乗り越えられた安心感からホッと一息…溜息をつく。


「帰ったら榎田さんに謝らないと」


冗談めかしにそう言うと、レミは首を傾げた。


「昔、この車じゃないけど車壊した事があってね。その時も榎田さんのお古だったの」

「ふーん…何で壊したの?」

「さっきみたいなことを街中でやってね。あの時は追いかける立場だったけど…追い詰めて、カタは付けたけど、最後はエンジンから煙を吹いておしまい」

「へぇ…でもさ、お姉ちゃんがこんなに車の運転得意だったなんて、ちょっと意外」

「んー…得意でも無いんだけどね。何故かこういう役が回ってくるだけで…」


私はそう言って、丁度目前に見える青看板を指さした。


「日向まで後25キロ」

「お姉ちゃんとお別れの時間までは?」

「後14時間ちょっと」

「早いなぁ…何とかならないかな」


彼女はほんの少し目を細めて言うと、私は少しだけ背筋が凍った。

時折、レミの言葉というか…何だろう?態度?が怖く感じる時がある。

レミはそんなことを知ってか知らずか、私の方に顔を向けると意味も無く笑みを浮かべた。


「どうしたのさ」

「いや…何でもない…それより、良いニュースがあるけど聞きたい?」

「聞きたい。その後に悪いニュースがあるとしてもね」

「鋭いね。その通りなんだけどさ…良いニュースはここから日向までは比較的平和ってこと」


彼女はそう言ってドアの小物入れに挟めていたレコードを取り出す。

何時の間にそんなことを知ったのかは知らないが…開いたレコードを彼女が見せてきたとき、それが間違いではないと分かった。


「悪いニュースは?」

「弾が無い」


私の問いに彼女は即答した。


「……なるほど」


私は少し固まってから、言葉の意味と重大さを理解する。

おそらくさっきので散弾をほぼ使い切っていたのだろう…そして残るのは拳銃だが…確かレミの銃は弾がそんなに入らなかったような気がする。

大きい図体の割には…7発とか、それくらい?だったはず…となれば、幾ら予備弾倉があれど、今後のことを考えれば心許ないのは間違いなかった。


「何か手立ては?」

「無い」

「無い…あれ、さっきの浴衣の子の銃は?」

「使い切っちゃった」


あっけらかんと言ったレミに、私はどう返せばよいか分からなくなった。

あの銃なら、もう少しマシな弾数だと思ったのだが…何時の間に撃ち切ったのだろうか…


「もう一つの方は?」

「あるけれど…そっちは余程有利な時でないと使えないんだよね」

「どうして?」

「弾のせいかもしれないけど、兎に角遠くに飛ばなくて…1mとかでしか使えない」

「そう…分かった」


私はそう言うと、シートベルトを外して上着の中に仕込んでいた木製ホルスターを取って彼女に渡す。


「良いの?」

「私はまだ後ろにあるし。街中ならそれだって十分使える」

「ありがと」

「連射もできるけれど、連射しないこと…入れ物は持ち手に付くから、ちゃんとつけて…一発を大事に使うこと…良い?」

「オッケー…」


私はここにきて初めて、少し姉らしくなれたような感覚になる。

直ぐに現実に戻って、小さな笑みを浮かべた表情を元に戻した。

会話が途切れて、ふとした静寂が包んだ車内で漠然と考え出す。

榎田さんとカレンは明日の朝まで続く、長い夜の最初の一幕に過ぎないことを理解しなければ…次にやってくるのは何なのだろうか?


「……」


…そして、気が付けば私に右手側に真っ暗闇の中の海が見える所までやってくる。

心許ない街灯と、少々時代遅れになった車のハイビームが海岸線に沿って続く道を照らしていた。

このまま行けば、日向まではあと5分もしないうちに到着するだろう。

ここまで来れば、一般車ともすれ違うことは稀になり…バックミラーを見ても後ろに迫ってくる車もいない。

私は淡々と車を目的地まで進め、ようやく日向に入る狭い道へと入った。


「案外、早く着くものでもないのね」


レミがポツリと言う。

時計を見ると、確かに飛ばしてきた割には普段のペースで来た時と変わらないくらいの時間が経っていた。


「ポルシェを仕留めてから、遅かったからかな」

「どうなんだろ?」

「それでも…思ったよりも早く着いたけど…アテはあるの?こんな田舎に」


私はそう言って、下り坂の奥に広がる街を見渡す。

寂れた漁師町…明かりは疎らだった。


「うーん…1つしかない信号を左に行って。真っ直ぐ」


私はレミが言った通りにした場合どこに出るかを思い浮かべて目を点にする。

町唯一の信号…そこを左に真っすぐ行っても、直ぐに家々が消えて、何かの施設があるだけだった。


「真っ直ぐ?本当に?」


その…何かの施設も、とっくに廃墟となっている。

1985年当時はまだ人の気配があったのだが。


「うん…それで、適当な場所に車を止めて」


レミは言い間違いをしたようではなさそうだった。

私は特にそれ以上粘ることもなく、彼女の言うとおりに信号を左に曲がって、少し行った先の空き地に車を止める。

エンジンを切って外に出ると、ハッチを開けてライフルを取り出した。

荒い運転をしていたし、何処かに異常がないか軽く点検してみたが、特に異常は無いように見える。


「それで…何処に?」

「病院、学校、図書館…好きな廃墟で」


私が尋ねると、レミは軽い口調で言った。

彼女の言葉を受けて、前の方に見える3つの建物を見比べる。


「病院かな」


私がそう言うと、レミはほんの少し驚いたような表情を浮かべた。


「意外」

「5階建てで、この中じゃ一番逃げやすそうだし」


私は淡々と言うと、立ち止まってライフルの安全装置を外してゆっくりと構える。

静かな場所…というのは気にせずに病院の壁のヒビに照準を合わせると、躊躇なく引き金を引いた。


「え?」


カシュッ…という作動音だけだけが聞こえてくる。

横に居たレミは驚いて目を丸くしたが、私はふーっと息を吐いて、ライフルを下ろした。


「どうしたの?何かいた?」

「いや…一発だけ試し打ち。後ろでガンガン内装に当たってたから、狂ってないかなって」

「そう……」

「狂ってなかった。頑丈だね」


私はそう言うと、目の前に迫って来た元病院の建物に目を向ける。

入り口のガラスは粉々に割れて、労せず中に入れそうだった。

ライフルに付いていたライトを付けて中を照らす。

入り口が開いているから、ある程度想像は出来ていたが…中は酷い散らかり具合だった。


「一旦奥へ…適当な所で状況を整理しましょうか」


そう言って、明かりを持っている私が先に出て廃病院内へと入っていく。

レコードキーパーになる前は、女の子らしく怖がったりもしたのだろうが…レコードを持って"知れてしまう"今となっては怖さも微塵も感じ無かった。


エントランスから、受付だった場所を越えて…階段を2つほど上がれば入院患者が過ごすフロアになる。

昭和に戻ってから仕事やら何やらで何度も来たことがあるから、内部のことはある程度知っていた。

願うはその時から間取りが変わっていないことだが…


「一旦ここで」


適当に扉が開いていた病室に入る。

骨組みだけのベッドや、埃が積もった椅子やテーブルが乱雑に残されていた。


「そう言えばさ、何も考えずに入って来たけど、出入り口は入り口だけ?」

「奥に裏口がある。あと…ココからでも、裏に出れば階段が有るかな」

「崩壊してない?」

「どうだろ?珍しく外にあるタイプの階段じゃないから、普通に使えると思ってるけど」


私はそう言って病室を出て、階段がある方へとライトを照らした。

暗くて見えなかったが…そこまで繋がる廊下が崩壊していないなら、きっと大丈夫だろうと思えた。

言った通り、外に付いている鉄の階段ではなく…上がって来た階段と同じように内部に付いているのだから…そこが崩壊しているなら、その時はこの建物も道ずれに崩壊しているはずだ。


「ま、大丈夫…それでさ、レミ」

「ん?」

「今から言う人の現在地を表示できる?」

「うん」

「この近辺でレコードから外れた人…中森琴とその一派…あとはアシモフ」


私は廊下に出たまま、周囲に気を張り巡らせたまま言った。


「…どう?」

「出てきたよ」


そう言って、レミが私の傍にやってくる。

彼女の持つレコードを見た私は、少し読み込んでから口元を綻ばせた。


「ありがとう…レミ。あと1時間もすれば仕事の時間になるでしょね…それまでちょっと廃墟探索でもしない?」


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