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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
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3.眠り姫への特効薬 -Last-

甲高いエンジン音を響かせながらレコードキーパーの街から離れていく。

あと数キロも行けば、地図にない交差点…大きな国道に突き当たる。

そこを左に曲がってしまえば、後は高速に乗るなり何なりすれば日向までは直ぐなはずだった。


ピーという警告音と共に、ギアを1段上に上げる。

バックミラーとサイドミラーに映り込む追手は離れることなくピッタリと背後に付いてきていた。


「レミ!撃てる?」


私はそう叫びながら、ミサイルスイッチに手を伸ばす。

真っ赤なスイッチ…その横の黄色い矢印ステッカーには"BOOST 1.5"と書かれていた。


「ちょっと厳しいかも!長い直線じゃないと無理!」


彼女は足元にレコードを落としながら、室内に張り巡らされたバーを掴んで体が振られないようにするので精一杯といった所だった。

よく見ると、シートベルトをしていない。

私はそれを横目に見ると、ミサイルスイッチに伸びた手を、ブラブラになっているシートベルトに伸ばしてレミの体の方に投げた。


「緩くてもいいから締めて!」


そう言った直後には、目の前にカーブが迫ってきていて…それどころではなくなるのだが。

ブレーキを踏み込んでクラッチを蹴飛ばしてギアを下げると同時にアクセルを煽る。

ハンドルを右に曲げると、スーッと車が宙に浮く感覚を受けたが、私はそれを意に介さずにアクセルをもう一度踏み込んだ。


カン!


踏みつけてしまった石が車体の下に当たって跳ね返る音を聞き流して、直線に戻る。

再びピーという電子音が聞こえてきて、下げたギアを1つ上に上げた。


「直線だよ!」

「この…!」


抜け出たのは長い直線。

狭い峠道の2車線の道のド真ん中を駆け抜ける。

私はアクセルを床が抜けるくらいに踏み込むことしか出来ない。

レミは助手席の窓を全開にすると、拳銃を突き出して数発乱射する。

ミラーを見ると、追手はほんの少しだけペースが緩んだように見えた。


「牽制程度でいい」


私はそう言うと、あっという間に1弾倉分を撃ち尽くしたレミは足元に空の弾倉を捨てて新たな弾倉を挿し込んだ後だった。


「この勢いなら…ああ、見えてきた」


視線の先に見えるのは、真っ赤に光る信号機。

国道までは後数百メートルといった所…レミの銃撃のおかげで、バックミラーに映る車の影は小さくなっていた。


「捕まって!」


赤信号が目前に迫った頃。

私は絶叫するような声色で叫ぶ。

次の瞬間には、ブレーキを思いっきり踏み込んで…クラッチを数回蹴飛ばしていた。

4、3、2…ギアを落とす度にエンジンが唸りを上げる。

左に曲がるのに、車を左車線に寄せて…後少しというところで車を右に振った。


「!」


ワザとスピードを乗せたまま交差点に突っ込んでいき…曲がる直前にはサイドブレーキを使って強引に車の向きを真横に向ける。


車の動きは一気に破綻し、スキール音と突き抜けるようなエンジン音があたり一面に響き渡った。


スローになった景色の中で、私は行きたい方向だけを見つめて…ココだと思ったタイミングでアクセルを踏み込む。


その真横で、散弾銃の銃声が2発鳴り響いた。


滑る状態のまま…それでもエンジンの唸りを響かせながら…交差点の角を掠めて行く。

カン!と音が鳴り、歩道の段差にバンパーを擦った音が聞こえてきたがそれを無視してアクセルを踏み込んだ。


周囲の一般車は運よく躱せた。

ギリギリの恐怖感…背中に汗が吹き出てきた。


時間的には混みあう時間…他の車に比べて音も迫力も段違いの車で、左右に避けて行きながら突き進む。

周囲に車が出てきた事によって、さっきほどの速度までは上げられなくなった。


私は一つ溜息を、レミは目を見開いたまま呼吸が荒くなっているのを落ち着かせる。

ミラーを見ると、追いかけて来ていた車は一般車の流れに止められたらしい。

それを確認した私は、コンソールのスイッチを切った。


「よーし、逃げ切った……」

「…お姉ちゃん…死ぬかと思った…」


未だにテンションがおかしな私達。

妙に高まった緊張感と、ついさっきまでは常識知らずの速さで駆け抜けていたせいでどこか浮足立っている。


「逃げ切れたけど…あれは何だったかわかる?」

「芹沢さんの車と同じだった。ポルシェだっけ?その黄色い車」

「へぇ……あんなのを好むのはこの近辺のレコードキーパーでも知れてるから…」


私は少しずつ冷静に…落ち着いてきた頭を働かせると、好んで乗りそうな人物が1人浮かび上がった。


「榎田さんか…」


この車の元持ち主で、傷だらけの私を治療して…あのホテルの"ロボット"達を創った人。

偶にしか会うことが無かったし、最近は殆ど会っていないからつい忘れていたが…芹沢さんが率いていた"強盗団"の一員だった人だ。


「榎田さん?」

「部長達の昔の仲間…この車の元オーナー」

「……それは随分と厄介な人ねって意味?」

「そう。もっと言えば…元レコード違反者の遺体を使って、あのホテルの"ロボット"達を一人で仕立て上げた人…レコード持って仕事してるところを見たことが無かったから、頭数に数えてなかったんだけど…」


私はそう言って溜息を一つ付く。


「随分と狂った人だね。要はお医者さんなんでしょ?表の顔は」

「そう」

「裏の顔は銀行強盗の主犯格。オマケに暴走族…この車を見てもその通りだしね」

「車から降りれば芹沢さんが追いかけて来てると思わないと…」


私はそう言うと、ふと遠い昔に言われた言葉を思い出す。

そう言えば、その時もあの…レコードキーパーしか入れない街での事だった。


「さっきみたいなことを2度も3度も出来るとは思わないこと…先のことを考えて動き…同じような事が合ったらもっとスマートに終わらせること」


榎田さんの受け売りだ。

私は時々急に思い出す言葉を口にすると、ずっと開きっぱなしだった助手席の窓を閉めた。


「何それ」

「何時かの榎田さんからの受け売り」


私はレミにそう言って、小さく笑みを浮かべて見せると、直ぐに前に向き直る。

周囲はすっかり暗闇に染まり…時計を見ると既に18時近い時刻になっていた。

この込み具合からも察せるが…帰宅ラッシュの時間帯に国道に来てしまった。


「高速に上がるまでは、少し落ち着けるかな?」

「どうだろ」

「レコードは何て言ってる?」

「……未だに違反者の処置をしろって」


レミはそう言うと、手にしていたレコードを閉じる。

私はそれを横目に見ていて、少しだけ首を傾げると、彼女はこちらを見てニヤリと笑った。


「?」

「あと14時間。ここまで来れば、あとはお姉ちゃんだけを見ていればいい」

「どういうこと?」

「一気にレコードを外れる人間が多くなる。彼らはお姉ちゃんが主であるとかはどうでも良くなって…そこら中を彷徨いだすの……」


彼女はどこか楽し気な声色で言う。

それは、怪談話にも聞こえてくるようなことだった。


「明日で世界が終わるという事は分かっている。だけど、それを回避する方法も分からない…そんな人達が当てもなくレコードから外れた行動をし始める…それはちょっと夏の怪談にはピッタリというくらい不気味なの」

「私達に何かやってきたりしないの?」

「そう。気の抜けた抜け殻も同然になるのよ。全てを諦めて、それまでの人生でも悔いているんでしょうね」


彼女はそう言ってから、浮かべていた笑みを一層不気味なものにすると、ボソッと一言呟くようにつづけた。


「所詮この世界はお姉ちゃんがここにやって来た…つい1週間前に産まれたばかりの世界なのに」

「え?……ああ…それもそうか」

「1週間のうちに、お姉ちゃんの世界に生成された人達は…あっという間に自我を持って動き出す…ってね?……あ、お姉ちゃん。後ろ見てみてよ」


レミは言葉の途中で何かに気が付くと、笑顔を張り付けたまま声を低くした。

私は彼女の言葉を聞いて即座にバックミラーに目を向ける。


「ああは言っても街の中を賑やかにしたくないものだよね?」

「確かに」


私は背後から迫ってきていた車の存在を見止めると、丁度目の前に見えてきた青看板を指さす。

ここは既に札幌のど真ん中…高速道路が頭上に掛かっていた。


「向こうも大人だと思うよ?」


私はそう言うと、タラタラと走っていた左車線から…黄色いポルシェの目の前…右車線にウィンカーを上げて入っていく。

市街地だからか、先程のようなハイビームではないヘッドライトは随分と暗く、ミラー越しでも車のシルエットがくっきりと見えた。


丸目のライトが2つ…大きなフォグランプが埋め込まれたバンパー…

フロントガラスとバンパーには、良く読めないが何かステッカーのようなものが貼られている。


「小樽までは一直線…そこから少し街中を走って、裏に抜ければ山道…また、少し行けば海岸線沿いを走る…どこで消せば良いかは想像できる?」

「海に沈めろってことかな?」

「そういう事…向こうも銃を持ってるし…さっきは気づかなかったけど、助手席見てみなよ」


私がそう言うと、レミは後ろに振り返る。

少し経った後、彼女は声を上げて驚いた。


「あれは…?」

「カレン。部長の相方なんだけれど…」

「何も知らないで見てると、若くして成功した夫婦みたい」

「カレン。銃を撃つのは好きじゃないはずなんだけどなぁ…でも、気を付けないと…少なくとも、私よりは上手」


私は淡々とした口調で言いながら、コンソールのスイッチを再びオンにした。

レミは前に向き直ると、さっきはきつく締めていなかったシートベルトを引っ張る。


「今度のジェットコースターはさっきよりもスリルが無いかも」


私は目の前に迫って来た高速の入り口を眺めながら言った。


「そっちの方が助かる」

「速度はさっきより出るだろうけどね」

「…どれくらい?」

「このメーターが振り切る一歩手前位?」


私がそう言うと、彼女はメーターを覗き込んで顔を少し青ざめさせる。


「冗談でしょ?」

「まさか。本気だよ」


私は彼女にそうって笑いかけると、ギアを1つ落として呼吸を整えた。


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