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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
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3.眠り姫への特効薬 -3-

私とレミは小さく首を傾げた。


「この世界なんてただの通り道なんだ。ここに出てきたら君達を見かけて…困ったなって思っている間にこうなったのさ」


彼女はそう言ったものの、私達は言葉のまま意味を理解できない。

私は口をポカンと開けて、困惑顔を浮かべると首を傾げた。


「僕はレコード持ってるし、さっきの通り死ぬことは無い。ただ…世界を漂流しては別の世界に移動する…"旅人"みたいなものでね」

「ごめんなさい…言っていることは分かるけれど、スッと入ってこない…レコードを持っているのにレコードに縛られていないってこと?」

「うん。その理解で合ってるよ。僕は言った先々でレコードが見れるし、どうなっているかも分かってるけれど、向こうは僕に干渉は出来ないんだ」

「干渉できないって…」


私は混乱する頭を動かしつつ言うと、彼女は笑ったまま答える。


「そのままの意味さ。僕が干渉しない限り、行った先の人間は僕のことを認知しない」


彼女は笑顔を張り付けたままそう言うと、拳銃を手にしていたレミがピクっと反応した。


「それって…もし貴女が世界を壊そうと動けば…!」

「ああ…注射器も効かないんだ。壊すのなんて造作もない」


レミの言葉に、少女はその通り!とでも言いたげな、楽し気な口調で答えて見せる。


「!!」

「!!」


途端に私達2人の背筋はゾッと凍った。

レミは手にしていた拳銃を即座に放り投げて、再び彼女の大型拳銃を取り出し…

私は目の前の彼女の腕を引いて床に投げ落とした。


「…っと!やっぱり酷いな、事実を言ったまでじゃないか」

「その事実がどれだけ厄介なのか分かって言ってる?こうされるには十分すぎる事を言ったの」

「ああ!知ってるさ。この世界が君の夢の中で、明後日の朝までの命だってこともね!」

「尚更。こんな時期に貴女みたいなのが現れてごらんなさい。悪夢にしか思えない!」


私は彼女を締め落として、さっきまでと同じように背中にのしかかって動きを封じる。

再びレミが急所外に銃弾を撃ち込んで彼女の動きを封じ込めた。


「どうする?」

「入り口の彼にガムテープの用意をせて…緊急事態であることも加えてね」

「オッケー。分かった」


レミにそう伝えて彼女にお使いさせている間に、私はさっきよりかは息がハッキリしている少女を見下ろす。


「それで?漂流してるって言ってたけれど、この世界に来た目的は何なの?」

「ここまでされて答えると思った?」

「あー…それだけで十分。一番最悪な想定で動いて良いって分かればね!」


私は何時もより口調がきつくなる。

余裕を崩さない彼女のふてぶてしいまでの態度に、少しはイラっとしていたのもあるが…

それ以上に、死にもしない、消えもしない存在が全ての世界にとってどれ程危険であるか?という事への恐怖が先にあった。


「お姉ちゃん!持ってきたよ」

「手足を縛って…後、口も…鼻は塞がないでね。窒息死はさせないように…」


ガムテープを持って駆けてきたレミにそう言うと、彼女は手際よく少女の手足をテープで縛っていく。

何重にもグルグル巻きにして…完全に身動きが取れない様に縛り付ける。


「最期の一言って必要?」


レミが少女の口にガムテープを張る前に、彼女の顔を持ち上げて…顔をじっと見つめて言った。


「…自分がやられてきた事だから、ヤケに手際が良いね?」


少女は笑顔を張り付けたまま、嘲笑するかのような口調でそう言うと、次の瞬間にはレミが思いっきりグーで殴りつけていた。


「時間があればなぁ……」


目を思いっきり見開いたレミはそう言ってふーっと長い溜息を付くと少女の顔にガムテープを巻いていく。


「耳は?」

「やっとこう…目も…鼻だけ出しておけば良いよ」


私達ははたから見ればとんでもないことを平然とやり続け…ついにはミイラのようになった少女を厨房まで引きづって行って…鍵付きの戸棚に押し込んで鍵を掛けると、元居た席にようやく戻って来た。

既に料理が運ばれてきていて…湯気こそ出ていれど少し冷めだしている。

運んできた人が避けたのであろう、少女の持ち物にもう一度目を向けてから、私達は箸を持って料理に手を付け始めた。


「慣れって怖いね。普通はあんなことの後に食べられないよ?」

「まだ殺してないからマシな方…それにしても…」


私は焼き魚の骨を取りながら、テーブルの隅に置かれた白いレコードに目を向けた。


「何なの?あれ」

「分からない…初めて見たけれど…」

「芹沢さんなら知ってるかな?」

「どうだろうね…ひょっとしたら知らないんじゃないかな…ああいう危険なのが居るなら…芹沢さんなら言ってくるはずだし」

「確かに…」


私達の会話の話題は、専ら先程戸棚の奥に押し込んだ少女の話題。

彼女が持っていた持ち物を見ながら、未だに背中に薄っすらと残る寒気を感じながら話していた。


「レコードと手帳とか…そこら辺は私が持って帰って良い?」

「うん。私は3軸にしか居ないし」

「その代わり…これ居る?」

「銃?…別に…それも興味あった?」

「うん。だって見てよ」


彼女はそう言いながら、いつの間にか抜き取っていた弾丸を私に見せてくる。

その弾丸は、少し形状が特殊…というほか無い形をしていた。


「どんな弾薬か分からないから、何のためか分からないけど…同じ銃でわざわざ2つの弾を使ってる。彼女、華奢なのにね」

「……漂流してるとか言っておきながら、銃を使う場面が多いってこと…それも、2つも」

「うん。元々かもしれないけど、銃本体もそれなりにヤレが出てる…ロクに整備出来なかったのかな」

「レミは詳しいね」

「千尋に色々と叩き込まれたからね。銃とか…こう…実力行使に出る場面も多いし」


レミはそう言うと、手帳を手に取る。

それも…レコードを持つ者であれば誰でもが身に着けている物で…身分証代わりになるものだった。


「名前はなんて書いてる?」

「真っ白…顔写真も、名前も、何もない」

「尚更不気味…あそこまでやっておけば、世界が終わると同時に消えるでしょうけれど…」

「でも、私達みたいな存在ならどこか別の世界に降り立つかもしれない」

「…芹沢さんに報告…かなぁ」


私達は先程の少女の事で話題が持ちきりになっていた。

出てきた定食も殆ど食べ終えて…ふと外の光景を見た時に、再び現実に引き戻される。

私はレミの気を引くと、窓の外に指を指した。


「ああ…ちょっと忘れてた」

「本番はそっちなのに」


外に目を向けると、さっきの第一陣よりもはるかに多くの車がこちらに向かってきている。

私達はそれを眺めると、小さくため息をついて傍にあった長物の銃を手に取った。


「暫くは暇だろうけどね」


彼女はそう言って席を立つ。

私もその後に続いた。


「失礼…このホテルのブレーカーを落とせる?」

「"緊急事態"ですので可能です」

「お願い」

「承知いたしました」


食器を下げに来た"ロボット"にブレーカーを落とすように告げた私達は、レストランを抜け出て、非常階段を降りていく。

直ぐにホテル中の電気が消えて、元々薄暗かったのに更に暗くなった。

今はまだ昼過ぎだというのに、非常階段なんて最早真っ暗だ。


「どうする?」

「逃げ場の作り易い場所ってどこ?」

「確か9階にカジノがあった気がする」

「そこにしましょう」


私達は素早く階段を降りて9階に抜けると、フロア一杯に広がるカジノへと向かった。

ここなら、そこそこ広く入り組んでいて…何かが合った時にも囲まれない。


「!」


カジノに駆けこんだ直後、遠くで再び公衆電話の呼び出し音が鳴り響いた。

ブレーカーは落ちているはずなのに…


「電話だけ予備電源?」

「知らないけど…下からだけじゃ無さそう」

「ガムテープもう一本貰っておくべきだったかな」

「お姉ちゃん、こっちお願い」


レミはそう言って私に拳銃を一丁渡してくる。

薄暗い中で良く見えなかったが、渡されたときによく見てみると…9mm弾ではない、不思議な弾薬が装填されていた拳銃だった。


「どうして?」

「試しに使ってみようよ。はい、予備」


彼女はそう言って予備の弾倉も渡してくる。

私は特に反対することなく彼女から弾倉を受け取ると、拳銃も弾倉もコートの内側に適当に押し込んだ。


「上から来るなら…それに使えばいい」

「了解…彼女で試しておいても良かったかもね」

「そういえば。忘れてた」


私達はそう言って口元に黒い笑みを浮かべると、黙り込んで周囲の環境音に耳を傾ける。

私とレミは顔を合わせたまま、時折目線を周囲に向けながら黙り込んだ。


明かりが消えたホテルの中は不気味な程に薄暗く…カジノの中には窓から光も届いていない。

非常口を示す看板の明かりすら消えた中で、徐々に暗闇に目が慣れて行き…時が過ぎていくと、闇の中でもそれなりに視界が広く見えるようになっていた。


下では今頃…監視カメラ越しに見えた無人の銃火器がやって来た人々をハチの巣にしている頃だろうか?

上で鳴り響いた電話のベルは、さっきの和装姿の少女のような厄介事を持ち込んではいないだろうか?

私は何もしていないのに高まっていく心臓の早鐘を感じながら、ジーっと感覚を研ぎ澄ませていく。


遠くで微かに銃声が聞こえてくるのは…きっと外の音だろう。

防音性の高いホテルとはいえ、激しい銃撃の音は少しでも中に入ってくるらしい。

それとは別に、何処かからか床の擦れる音が聞こえてくる。

これはどこだ?と思う前に、目の前のレミはほんの少し表情を歪めた。


「?」


私が首を傾げると、彼女は天井を指さす。

そして、口パクで"上だ"とだけ伝えてくる。

私はそれを見て同じような表情を浮かべると、手にした拳銃をもう一度見直した。


確かに、上の階で何かの足音が聞こえている。

扉を開けたままの非常階段の方から、何かの音が反響してくる。

その音が鮮明になるにつれて、私とレミは表情を硬くしていった。


「君がこうもあっさりやられるとはね。こんな世界の割には手慣れたレコードの管理者だ」

「蓮水さん…助かりました。相手はこの世界の主だからでしょう。居るのは3軸のレコードキーパーと…ポテンシャルキーパーの妹のようです…どちらも噂には聞いていましたが…」


聞こえてきたのは2人分の声。

片方には聞き覚えがあった。

私は今にも飛び出そうかという動きをしたレミを抑え込み、シーっと人差し指を口に当てる。

まだ、彼女たちは気づいていないし…何より2人…あんな処置不可能な存在が2人も居るのなら、相手にするだけ無駄だと思えた。


「どうする?」

「この世界に用事は無かったんです。ただの通り道…」

「それなら通り過ぎていくかい?」

「ええ…それで構いません…少しだけ殺気だった人が向かっているようですが…」

「世界の終わりが近いからね。何時ものこと…巻き込まれないように、早いところ逃げてしまおう」


私達は遠くに居る2人の会話に聞き耳を立ててじっと待つ。

その会話も、やがて遠くに消えて行き…ついに声が届かなくなった。


「あれの相手をしていたら、弾が無限にあっても足りない所だった。対処はこの世界から消えた後だ…ね?レミ?」

「うん…背中が寒いね。1人だけならまだしも…2人とは…」


私とレミは小声で言葉を交わすと、再び周囲の音に聞き耳を立て始めた。


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