3.眠り姫への特効薬 -2-
「どうかしたの?」
私の横に居て丁度光が見えない位置に居たレミが、不意に立ち止まった私の横で言った。
私は何も答えずに、光り続ける公衆電話の方を指さす。
彼女は直ぐに私の指さした方に顔を向けた。
「電話…?」
彼女が呟いた直後に電話が鳴り出した。
私達は少しだけビクッと反応すると、顔を見合わせる。
「レン?」
「どうだろ?さっきこの世界の終わりの日と場所を伝えたから…何も無いと思うんだけど」
「そうなの?」
「うん。そもそもレン君の電話だって、芹沢さんが忙しかったから掛けてきたに過ぎないだろうし…」
「出る?」
「うーん……そもそも私達当てなのかな?」
「様子見?」
「様子見で」
鳴り続ける電話を遠目に会話を重ねた私達は、レストランの扉に手を掛けたまま電話の方を見続ける。
その電話は暫くの間鳴りっぱなしだったが、もう少しの間待っていると音が消えた。
「終わった」
私はそう言って、開きかけの扉の奥に足を進める。
レミも直ぐに私の後ろを付いてきた。
「いらっしゃいませ…お好きな席へどうぞ…ご注文は各テーブル備え付けの機器をお使い下さい」
入り口で身なりの整った男に出迎えられ…私達は彼の言った通り適当な席に座った。
レストランの一番奥、一面がガラスになった席…そこでなら眼下にホテルの周囲の光景が見回せる。
メニューを取って開き、私もレミも当日のお勧めで構成される定食を注文すると、ふーっと溜息を一つ付いた。
「レミって良く食べる方だったよね?」
「どうだろ…?別に食べなくてもいいけれど、食べるときは食べる方」
「ふーん…」
「お姉ちゃんは?相変わらず?」
「相変わらず」
「ダメだよ、幾ら死なないって言っても食べないと」
レミはそう言って苦笑いを浮かべて見せると、直ぐに視線を外に向ける。
私も彼女につられて外を見てみると…
ふと、レミの斜め後ろの窓にレストランの何かが反射しているのが見えた。
「……?」
レミの方から見れば死角にあたる、私の斜め後ろの方。
太い柱の横に、亡霊のように立っている和装の人影…
私達しかいないせいで、明かりも疎らにしか点いていないので、人相は見えないが…
この世界の、こんな場所に、私とレミ以外の第3者が紛れ込んでいる時点でそれは普通の他人じゃない。
私はそっとした動きで、コートの内側に忍ばせていた拳銃を抜き取ると安全装置を外す。
そして、スーッと席を立ち…左手に握った"過去の私には少し大きかった"銃を勢いよく柱の向こう側に突きつけた。
「おっと…!」
無言で突きつけた銃口の先。
違反者の感覚もしなければ"同族"といった様子もない。
私は得体の知れない相手に内心恐怖心を抱きながらも、両目はしっかりと和装の…浴衣姿の少女を捉えていた。
「動かないで…貴女何者?」
私がそう言い終えることには、同じように拳銃を構えたレミが私の傍にやってくる。
「子供?」
同じように銃を向けたレミが呟く。
私達の目の前には、私達よりも一回り小さな女の子が、真っ赤な双眼をこちらに向けて立っていた。
「……あー…驚かせて悪いけど。僕に敵意は無いよ」
少女は聞き覚えのある声色で言った。
だが、その声の持ち主の見た目をしていない。
髪型こそおかっぱ頭で同じだが…髪色は真っ白で、瞳は明るい赤…顔たちも…似ている気がするが、私のように幼い顔たちではなく、目付きが少し鋭い、大人びた印象を受ける容姿をしていた。
「こんな時にここに居る人が言えた言葉?」
私はそう言って銃を下ろさない。
だが、彼女はふーっと溜息を一つ付くと両手を上げながらこちらを見て笑った。
「随分と怖い顔をしてる。そうだね…確かにこんな状況ならって言っても仕方がない」
彼女は余裕そうな口調で、焦りも驚きも見せず…寧ろこちらを試しているかのような声色でそう言うと、私達を交互に見比べながら頷いた。
そして一歩だけ、こちらに足を踏み出して笑って見せる。
「世界が終わる間際、君達にとっては焦るべき時間なのに、こんなところでランチタイムとは随分余裕そうじゃない?」
「……腹が減ってはなんとやらって、貴女が要る以外に異常は無かったし……」
余裕を崩さない彼女の挑発的な言葉に乗ったのはレミだった。
態度がお気に召さなかったのか、彼女は容赦なく引き金を引く。
「!」
2発、3発。
「誰が動いて良いと言ったの?お姉ちゃんは動くなって言ってたはずだけど?聞こえなかった?」
急所ではなく、敢えて生き残るような場所目掛けて放たれた弾丸。
私が呆気に取られている間に、目の前の浴衣姿の少女は嘲笑顔を少し歪ませながら床に倒れる。
ガシャン!っと倒れた時に何か金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、この女こう見えて重装備だ」
「…そうみたい」
私はレミに言われる間も無く、銃を降ろすと倒れ込んだ女の着こんでいる浴衣に手を伸ばす。
体重を掛けて、最早虫の息の彼女を抑え込み…浴衣の袖や内側に手を入れていくと…次から次に物が出てきた。
拳銃が2丁に予備の弾倉…煙草にライターに…レコードのような本…カードに手帳…
彼女が嘲笑を張り付けたまま微かな呼吸を続けている間に、私は探れる部分は全て探って持ち物をレミの方に投げていった。
「銃に本。これはレコード?」
「白い本は見たことないなぁ…でも、これがレコードなら罷免できるかも」
「試す価値はありそうだね」
「なら一発打っておこう…そうじゃないなら…厄介だけど…レコード違反って空気でもないよね」
「うん…その時はどうする?」
「まぁ…その時はその時でしょ」
私は少女の上に乗ったままレミと話し込む。
私は拳銃を突きつけたまま…右手でポケットを探って注射器を取り出すと、躊躇なく首筋に針を突き立てた。
「……」
中身を全て注入してから…私はそっと彼女の上から降りて離れる。
普通なら、この段階で人体が分解していくはずだ。
細切れに…グロテスクな様子になるわけでもなく、時間を戻す際に見られる、人体が光の粒子と化していくあの光景…
私とレミは普通に、そうなるものだろうと思って彼女を見下ろしていた。
「……遅いね」
だが、目の前の少女は何時まで経っても粒子化しない。
徐々に徐々に呼吸が少なくなっていく一方だった。
撃たれた部分からドクドクと流れ出る血が、分厚いカーペットを染め上げていく。
私とレミは顔を合わせると、レミは首を傾げながら彼女に止めを刺した。
「…」
大口径の拳銃弾が少女の頭を貫く。
すると、一瞬で色々なものが辺りに飛び散って、直ぐに彼女の体に戻っていった。
レコードを持つもの特有の不死身体質。
私とレミは困惑した表情を浮かべて首を傾げるばかりだ。
「ん……」
少女は寝起きのような声を出して起き上がる。
そして、床に座ったままの様子で私達の方を見上げると、小さく欠伸を一つついた。
「酷いよね。敵じゃないって言ってるのにこの仕打ちは」
彼女はそう言って笑って見せると、周囲に散らばっていた持ち物を見て回る。
「それ、銃にレコード?…少なくとも私達にとっては不気味な人ってのは違いないの。時期も悪いし…」
レミがそう言うと、彼女の持っていた銃を2つ取り上げて弾倉を抜き取って見せた。
カーペット敷きの床に音もなく落ちた弾倉を目で追うと、同じ型の銃なのに、弾が違っている事に気づく。
だが、そんなことは今はどうでも良く…私は彼女と同じ目線になるようにしゃがみ込むと、表情を一つも変えずに彼女の目を見た。
「注射器も効かないとは…貴女一体何者?」
私はそう言いながら、手にした銃をカーペットに放り投げる。
目の前の浴衣姿の少女は、周囲に散らばった物を見ながら苦笑いを浮かべると私の方を見返して真顔になった。
「僕はレコードキーパーでも、ポテンシャルキーパーでも、パラレルキーパーでも無いよ」
全く感情の色を出さずに淡々と言った。
私とレミは顔を見合わせて首を傾げる。
確かに、彼女は注射器も効いている様子は無いし…かといってこの世界の住人でないのは見た目からも分かる通りだ。
…注射器の類が効かないとなると…私達は彼女を消す方法が一切存在しないという事実に気づく。
私は一瞬背筋が凍ったが、それを表に出すことは無く彼女を見返した。
「はぁ…どうもそうみたい。とりあえず、そこに座ってくれる?…」
「……」
「レミは…ごめん、そこら辺に散らばらせたものを集めて持ってきてくれない?」
「分かった」
私は2人にそう言って、私は元々座っていた席に座り…彼女は私達の横の席に座らせた。
レミが私達の席の上に彼女が持っていた物を持ってきてくれて、私はそれをもう一度眺めながら彼女に話しかける。
「で…行き成り撃ったの悪く思わないでよ?…貴女の何もかもが不気味に見えるんだから」
私はテーブルの上に乗った品々を見ながら言った。
レミは拳銃と…9mm弾ではないものが装填された弾倉を手に取って、興味ありげに眺めている。
「自己紹介があるなら聞く…私達に何か用があるなら、あんな場所に突っ立って隠れてないでしょ?良からぬ誤解だったっていうのなら、話は聞こう」
「…僕は何も君達に用事が合ってここに来たわけじゃないんだ」
彼女はそう言うと、私達2人を交互に見て言った。
「僕はただ…世界を漂流している身でね?」




