2.夢の中の違和感 -Last-
勝神威から伸びる国道をひた走る。
CDは既に6曲目にがかかっていて、レミも私もそれを口ずさんでいた。
時折周囲に目を光らせるが、どこの誰もこの目立つ車のことを認知していない様に見える。
信号もない道を流していくものだから、ギアはさっきから5速に入れたままだ。
5速で大体70~80キロ位。
広く、長い道のりを行くのにはこれくらいの流れでも遅く感じた。
遅い車を抜くのに右車線に入る以外はずっと左車線に居るのだが、その時には何台もの車がもっと早い速度で追い抜いて行っては遠くに消えて行く。
「そろそろ見えてくるかな」
目指すのは、この国道沿いに現れる小道への分岐点。
地図に載っていないその道をずっと行けば、レコードを持つ者しか訪れる事が出来ない小さな街に繋がる。
目印になるのは、地図上ではT字路になっている場所…信号があって…道脇にはガソリンスタンドがある所だ。
長々と続く右カーブを越えて直線になり、一気に下っていった先に目印の信号が見えだすと、ギアを2つ落として車を減速させた。
元々煩いエンジン音が更に唸りを上げて、オーディオの音を掻き消す。
赤信号に合わせて少しブレーキを踏み込むと、車はゆっくりと減速しだした。
「そこ?」
信号で止まって、ウィンカーを左に上げた時、レミが言った。
「そう」
私はそう言って頷くと、彼女の方に顔を向ける。
「行ったことないの?」
「あるけど、ずっと前にね」
「…それならどうしてそこに行けって言ったのさ」
私がそう言ってる間に、信号が青に切り替わる。
国道から逸れると、その先は片側1車線ながらも綺麗に手入れされた林道だ。
「レコードキーパーしか相手にしなくていいからね。そろそろこの世界はレコード違反者で溢れだすから…彼らはそれの相手をしながら私達を追いかけるの。必然的に元々少ない彼らの数がさらに減るわけでしょ?」
再び加速し始める車の中でレミが言った。
私は小さく頷くと、ギアを一つ上げる。
「レコード違反を犯した人間がこの街の存在に気づいてしまうことは?」
「あるだろうけど。来たら始末すれば良いだけだし…彼らの処置はここのレコードキーパーの仕事だよ。彼らは私達と違反者の2つを相手にしないとダメなんだ」
「成る程?…部長達もこの世界ではレコードに管理されてるとはいえ…持ってるレコードの指示には従わないといけないってこと」
「そう。お姉ちゃんの秘密に気づいてしまったとしても、レコードキーパーが破るのはこの世界のレコード…彼らが持つレコードは相変わらず指示を出し続けるし、彼らはその指示を無視することなんて出来ないの」
「無視したら?」
「問答無用でしょうね。この世界が消える前に消される」
レミは私の問いに間髪入れずに答えてくれる。
それでも私はどことなく感じる不安を拭い去る事が出来なかった。
「そう聞いてると、ただ逃げ込むだけで平和に終われそうって思うけれど…」
「言いたいことは分かるよ、お姉ちゃん」
私が不安を口にすると、それに被せてレミが言った。
「さっきまで言ってたのは、理論上の話。レコードという枷を外れてしまった者がどうなるかは、良く知ってる」
レミは少しだけ冷たい口調になった。
「さっきの理想論を言った所で…勘づく人はここに来るとおもうよ。何の変哲もない…国道から逸れたこの道の奥に広がる街に」
彼女はそう言いながら拳銃を取り出して眺めると、何も無い前方に狙いを付けて構え、銃を撃つふりをする。
「その時は、見境なしに撃てばいい。あの街に居る限り、弾数を気にする必要もないし…衣食住に困らないでしょ?」
「確かに」
私は彼女の言葉に頷くと、もう暫くすると見えてくるであろう街外れにある地図にない街を目指してアクセルを踏み込んだ。
「ちょっと飛ばしたい気分」
まるで外国にいるかのような道。
フロントガラスからサイドガラスにかけて流れる光景は、徐々に狭くなっていく。
ここはレコードの支配下にある人の目にも留まらない番外地。
ピーっという警告音を聞いてからギアをもう一段上げると、もう一度アクセルを踏み込んだ。
「おお…凄い」
レミの呟きを聞き流し、スピードメーターの針に目を向けると、あっという間に180キロを越えた。
300キロまで刻まれたメーターでも、ここまで針が向く事は滅多にない。
このペースで行けたのならば、誰もいない街で2人、少しはノンビリできる時間が出来そうだなんて…甘いと分かり切っている考えが頭の中を支配していた。
・
・
「着いたけれど、どうする?」
それなりに山道を飛ばして辿りついたレコードキーパーの街。
誰もいないゴーストタウンだったが、手入れが行き届いていて綺麗な街並みが目に映り込んできた。
スピードを一気に落として、ノロノロとした速度で街の中心部を行く。
ここまで綺麗で何処かの観光地のようなのに、誰一人…車一人居ない光景はどことなく不気味に思えた。
「ショッピングモールの裏に車を置いて…歩いてホテルに入ろう。この時代ってロボット居るんだっけ?」
「ロボット…?ああ…まだハリボテ同然だけど居るよ」
私はレミにそう言いながら、言われた通りショッピングモールの裏手側…居るはずもない従業員用駐車場に車を止める。
線に沿うことなく、駐車できそうなスペースに乱雑に車を止めた。
どうせ誰も来ないし…来たとしてもそれは処置すべき相手なのだから気を遣うこともあるまい。
ギアをニュートラルに入れ、サイドブレーキをかけてエンジンを切る。
私とレミは直ぐに車外に出ると、ハッチゲートを開けて入れていた"長物"のライフルと散弾銃を取って、ホテルに向かって歩き出した。
「世界最期の日って感じ?」
ショッピングモールから、道を挟んで向かい側にある豪華なホテルまでの道中。
レミはそう言ってお道化て見せた。
「ホテルに入れば人がいるよ」
私は周囲を見回しながら答える。
確かに、そうも言いたくなるほどに静かで…その代わりに見える綺麗で手入れの行き届いた街並みは気味が悪い。
風で揺れる木々の音しか聞こえないまま終わって欲しいものだ……
道を渡って、ホテルのエントランスまで続くレンガ敷きの坂道を登る。
本来であれば、高級車とかが数台並んでいて、ホテルマンが逐一応対を繰り返しているような場所を抜けて中に入ると、そこは薄暗い明かりが点いたエントランスだ。
分厚く、赤茶色のカーペットが敷き詰められていて…壁は昭和の建物みたいに地味な色。
置かれている応接セットだったり、色のついた窓だったり…壁に掛けられた絵画だったり…何処を見てもココが平成の建物だとは思えない。
私はレミを連れて受付の方まで歩いていく。
受付には、薄明かりに照らされた3人のアンドロイドが棒立ちで出迎えてくれていた。
どれもこれもが私とレミの方を見ておらず、棒立ちのままエントランスの方を眺めている。
「すいません…"休養"で部屋を使いたいんだけど」
真ん中の男性型アンドロイドに声をかける。
黒い礼服のようなスーツに身を包んだ、30半ばくらいの男のアンドロイドは、ピクっと反応すると直ぐに準備を始めてくれた。
「お客様の手帳の提示を。必要事項をこちらに記入願います」
無機質な声でそう言って、チェックイン用の用紙を私の方に寄越す。
私とレミは手帳を取り出して彼に渡して、それから用紙の欄を埋めて行った。
「何泊?」
「2泊3日で良いんじゃない?」
「部屋は?」
「ダブル!」
簡単な質問しか書かれていない用紙を埋めて男の方に滑らせると、代わりに彼は私達の手帳を返してくれる。
そして、用紙を一瞥すると、直ぐに部屋のカードキーを取り出して渡してくれた。
「ヒラギシ レナ 様 ナガウラ レミ 様でいらっしゃいますね。7階 701号室 をお使いください。お食事は最上階 レストラン にて何時でも承っております。それでは ごゆっくり」
彼の言葉を聞いて2人そろって会釈すると、渡されたカードキーを持ってエレベーターホールの方へと歩いていく。
ここまでは、私達以外に生きた者が居ない世界だ…問題はこれから先…受付のアンドロイドの言葉をそのまま鵜呑みにしてくつろぐことなど出来ないだろうから。
エレベーターを呼び出して、7階まで上がっていく。
私達は会話もせずに、黙ったままエレベーターに乗って…7階で降りた。
相変わらずフカフカの赤茶色の絨毯の上を歩いて…用意された701号室のロックを解除する。
「オートロックいる?」
「開けっ放しでも良いくらい」
「だよね」
部屋に入ると、扉は閉めずに半ドア状態にした。
レミは散弾銃をベッドに放り投げると、直ぐに窓際の方に歩いて行って遠くを眺めている。
私もベッドにライフルを置くと、部屋の冷蔵庫を開けた。
「何か飲む?」
「コーヒーがあれば」
「微糖のブレンド缶があるけど」
「最高。それで」
レミの希望通りの缶コーヒーを2つ取ってから、冷蔵庫を閉めて彼女の横に並ぶ。
缶を1つ渡すと、レミは直ぐにタブを開けて飲みだした。
「ありがと、お姉ちゃん」
「うん。それで…今は嵐の前の静けさ?」
「そうだね。ちょいちょいレコードを見てたんだけど…30分くらい前から爆発的に違反者が増えてる。そしてこれを見て」
彼女はコーヒーの缶を机に置くと、レコードを開いて私に見せた。
「中森琴が…お姉ちゃんが居ないことを"認知"したって。これをもって彼女たちのチームは全員レコード違反者に様変わり…ま、この世界のレコードを持ってるから、暫くは爆発的に増えた一般人の違反者の対処に手間取るでしょうけれど…その裏ではお姉ちゃんを探し出すことに躍起になってると思うよ」
「違反と同時に気づいたってこと?」
「いや、今はお姉ちゃんが居ないことしか気づいていない…けれど、この違反者の量に…レコードの所有者ってことを考えれば、この世界の歪さに気が付いてしまうのは時間の問題かな」
レミはそう言うと、レコードに新たに浮かび上がってきた文に目を向けた。
私も、彼女と同じく浮かび上がってきた部分に目を向ける。
「……へぇ」
「……そう」
"現時刻を以て第3軸可能性世界572180659211号内のレコードキーパーを順次解任とする"
"第3軸可能性世界572180659211号は2010年7月16日午前9時39分で消滅予定"
無機質な2文。
私はどちらも初めて見るような文で、最後の一行しか意味が分からなかったが、レミにはしっかりと伝わったらしい。
「解任って?」
「私も滅多に見ないけれど…解任=消滅処置を受け入れるってこと」
「消滅処理?」
私が訪ねると、レミはポケットから注射器を取り出した。
私が見慣れたデザインだが…中身の液体の色には見覚えがない。
「そう。そのための道具が要るんだけどね。注射器だよ…中身の白い液体は…レコードから"解任"された者に使う」
「そんなのがあるんだ」
「ポテンシャルキーパーなら、偶にあるんだ。レコードの管理者側が壊れて尽きてしまって世界をあらぬ方向に向かわせる。そんな時にこれをチクっとやれいい」
レミはそう言ってニヤリと笑って見せる。
私はどんな顔をしていいかもわからずに、曖昧な表情で頷いた。
「本当にこの世界はイレギュラーだよ。この世界が終わったらちゃんと調べないとね」
彼女はそう言うと、窓の方に顔を向けて…そして遠くに見える何かに気が付いた。
私も彼女の視線の先を追いかけてみると、窓の奥に数台の車がこちらに向かってきているのが見える。
車種に見覚えがないから、きっと私が知っているレコードキーパーじゃないはずだ。
「さて…お姉ちゃん。まずは彼らで肩慣らししよっか」




