2.夢の中の違和感 -1-
扱いの難しい…所詮"ピーキー"な車を運転して、やって来たのは勝神威市の郊外。
駅からはバスで暫く行かないとたどり着かない閑静な住宅街。
何度も行ったことがあるけれど、そこへの道を通るたびに同じ市内とは思えない光景が続いた。
街の外れ…木々の生い茂る林道を越え…少々の山を登った先にに急に出てくる小さな町に車を走らせ、やって来たのは大きな公園の駐車場。
ほぼ実物大の、旅客機を模した遊具が置かれていて…公園の端にある丘の上に建てられた展望台からは、この公園から少し遠い場所にある空港の滑走路が良く見えた。
駐車場の端に元榎田さんの愛車を止めた私は、エンジンを切って外に出る。
助手席に座っていたレミが直ぐに私の横にやって来た。
「運転上手なんだね」
「そう?ありがと」
夏だというのにくっついてきた彼女を放す事も出来ず、私は曖昧な笑みを浮かべて答える。
だが公園の敷地を出て、目の前に広がるマンション群の前に立った私は直ぐに表情を元に戻した。
「さて…レコードによれば、彼はあの時と変わらずここに居る」
「このマンション?」
「そう。C号棟の038号室」
そう言って道を渡ると、一気に周囲の景色が変わる。
開放的な…眩いほどの日の光が差し込んでいた公園から、一気に影の多いマンション群の中に入る。
ジグザグと重なったマンションは、全てが富裕層向けの物で…道には影が多く出来る癖に、どの部屋に入ってもしっかりと日差しが差し込むような間取りになっていた。
何度かこのマンションに巣食う所詮"成金風情"のおじさま方を処置して回った経験があるから、この周辺のことは良く知っていた。
「まだ自然豊かな丘だったのにねぇ…」
私が居る1985年当時はまだ小高い丘の…未開の地だったというのに、そこから一気に切り開かれてこうなるのだから、何だかんだ人間って凄いんだなと思えてしまう。
私はポツリと呟くと、目当てのC号棟のエントランスに入っていった。
「高そうな割にオートロックじゃないんだ」
「そう。監視カメラも最低限…バブルの産物だし、そこからはちょっと高めの"成金風"マンション。このあたりは物騒って訳でも無いしね」
「へぇ……」
「住宅街しかないし…周囲にある職場は、ちょっと普通の人じゃなれないような…そこそこの頭を持った人が集まる職場ばかり。それに自衛官が混ざる感じでね?街外れの割には治安が良いの」
私はレミにこの辺りのことを説明しながら、エントランスを抜けてエレベーターのスイッチを押した。
「レミはポテンシャルキーパーになってこの辺りに来たことはあるの?」
「いや、無いなぁ…千尋は勝神威に居たことがあるって言ってたことはあるんだけど、今は仕事都合で日向に拠点があるし…勝神威なんて偶にしか来ないの」
「そうなんだ」
「それに…まだ、あまり来たくない所だしね」
レミはそう言うと、苦笑いの奥でほんの少し表情を曇らせた。
私はそれを見て複雑な気分になる。
それを遮るかのように、ポーンと電子音が鳴ってエレベーターが開いた。
「……さて、お喋りはこれ位にして…と」
私はレミの手を引いて中に入ると、3階のスイッチを押す。
そっとレミを背中側に立てると、私は手を離した。
「私の後ろに居て。何が合っても良いように銃は出しておくこと…自然な形で背中側で手を組んでおいて」
私がそう言うと、エレベーターは丁度3階に着いて、ポーンという音と共に扉が開く。
目的地の038号室までは、エレベーターを降りて少し歩く。
その間に、私は一度レミの方に振り返ると、彼女は小さく笑みを浮かべて背中側にやって銃をちょんと出して見せてくれた。
私は前に向き直って、小さく背中の方で手を組んでサムアップして見せる。
そして"038"と扉に書かれた部屋の前までやって来た。
「……」
唾を飲み込んで、少し立ち止まった後で、そっと呼び鈴を押した。
ピーン…ポーン……
間延びした呼び出しベルの音が鳴り、扉の奥からは中に居るはずの人物の足音が微かに聞こえてくる。
私は扉の奥の"彼"が、あの時の私を見て告げた言葉を思い返しながら、目の前の扉が開くのを待った。
"君は俺の敵か?味方か?"
あの時は、焦りと困惑と恐怖が混ざり合った表情でそう言って、私に銃を突きつけながらも…もう一方の手では銃を渡すような持ち方で私の前に姿を見せた。
今回も、あの時のように出迎えてくれれば…彼はきっと"白"だ。
「……」
ドアノブが動き、扉が開く。
そして、扉の奥の景色が見えた途端、私の目の前には1丁分の銃口が突きつけられた。
「君達は一体何者なんだ?」
記憶と違う言葉。
私は"前回"と違った言葉に目を丸くする。
もう一つの銃口は、私の背後に立ったレミの方に向けられていた。
「……」
「……」
「……」
3人が黙り込み、周囲の微かな音が耳に入ってくる。
私は背中側に回した手で、レミに"動くな"と合図を出すと、目の前の彼が先に口を開いた。
「違う」
白人特有の白い肌に、金髪の髪…
碧い瞳は私達2人を見比べてキョロキョロ動いていた。
私は両手を上げて彼を見つめる。
「何がどう違うの?」
私は直ぐに私達に手を下さなかった男に言った。
彼は銃を向けたまま、ハッとした顔をすると、私の顔を凝視してくる。
「傷だらけだったお嬢さん?」
「…"だった"って、何故…過去形なの?」
「そっちこそ、痛々しい傷はどうした?」
「成る程。じゃ、私も貴方も会うのは何時か貴方を処置した日以来ってわけ」
「後ろのは?」
「妹」
「姉の間違いじゃないか?」
「手帳見せて処置されたい?」
私がそう言うと、彼はゆっくりと銃口を下ろし始めた。
「入ってくれ」
彼はそう言って部屋の奥へ入っていく。
私達は顔を見合わせて、レミの銃を仕舞わせてから、彼に付いて行った。
部屋に上がって広々としたリビングまでやってくると、私は部屋を見回して違和感を感じる。
もう遠い記憶だから、うろ覚えではあるが…彼の部屋に縦横無尽に張り巡らされていた電子機器のコード類が無かった。
「盗聴趣味はお休み中?」
私はそう言って部屋のソファに腰かける。
レミを横に座らせて彼の方をじっと見据えると、彼は私達2人を見比べて肩を竦めて見せた。
「人聞きの悪いことを言うもんじゃない。あの時は自己防衛の為だ」
「そうだったの。それで…確認なのだけれど」
私は壁際に立ったままこちらをじっと見据えている彼にレコードを見せた。
「貴方、この世界のレコードも破ったみたい。オマケにその口ぶりじゃ、きっと貴方は"最初の頃の"私を知ってる。その理解でいい?」
私がそう言うと、彼はようやく警戒心を0にしたらしい。
後ろ手に持っていたナイフと拳銃をテーブルに置くと、テーブルを挟んだ向かい側のソファに座った。
「OK。それで合ってる。そっちの目線からはどうか知らないが。俺の目線からは…そうだな、お前に撃ち殺されて目が覚めたのがこの世界だった。とでも言えば良いか?」
「ふむ…あそこで死んで終わり。じゃないんだ。天国には行けなかったの」
「…そんな冗談言うやつだったか?…ま、そういうこった。死んでも死にきれないで今に至るってわけさ」
「分かった。過去を懐かしむのは後にしよう。この世界が何なのかを妹から説明させる…ちょっとそこら辺は私の管轄とは違うし…ってそうだ。貴方に自己紹介なんてしたことあったっけ?」
「ないな。俺のことは知ってるだろうけど。…何を話すにせよ長そうだ。ちょっと待った」
彼はそう言ってソファから立ち上がると、直ぐ近くの棚に上がっていたスナック菓子を取って来た。
バリっと開けてテーブルの上に載せると、今度はテーブル横に雑多に置かれていた小さな冷蔵庫からサイダーの缶を取って私達の前に1本ずつ置いてくれる。
「これしかないけど」
「いえ…ありがとう。それにしても、前回の私は名乗りもしなかったっけ」
「ああ。お蔭でずっとお嬢さん呼ばわりだったろ?」
「随分気障な人だった思ってた」
私はそう言って手に持ったサイダーのプルタブを開ける。
「私は平岸レナ。こっちは妹のレミ。こう見えても私の一つ下」
「初めて知った。最後に名前くらい教えろよと思ったが」
「御免なさい。あの時の私相手じゃ…」
私はそう言ってから、レミの方を見てテーブルの向こう側に居る彼を指さした。
「そうそう。レミ。彼がさっき見せた人。エフゲニー・"アシモフ"・風戸さん」
「宜しくお願いします…永浦レミです。苗字が違うのは…訳ありということで」
「宜しく。レコードとやらを見てるんだろうが、ハーフなんだ。ロシア人と日本人の。国籍はロシアだけど、まぁ、この通り日本語も喋れる」
彼はそう言うと、日本人のように小さく頭を下げた。
「ご丁寧にどうも…風戸さん。早速ですが、私はお姉ちゃんのようなレコードキーパーじゃありません」
レミは仕事モードといった感じの口調と表情で、彼女の持つレコードを取り出した。
私達が持つ緑色のそれとは違う、赤い装丁の本だ。
「風戸さんの場合、少し特殊な立場にいることは既に知ってます。そしてそれを知ってもらわないと…互いの今後が危ういですから…信じられないような話だと思いますけど、ご容赦下さいね?」




