1.2人の距離 -Last-
「お姉ちゃん、良かったの?」
部長が去った後、コンビニに止まっていたスポーツカーから降りてきたレミが話しかけてきた。
私は彼女の方に振り返って頷くと、彼女の方へと歩いていく。
「大丈夫」
私はそう言いながら助手席のドアを開けて中に入り込む。
レミはほんの少し驚いたような顔を浮かべながら運転席に戻って来た。
「レミは何処で寝てる?」
「芹沢さんのマンション」
「思った通り。そこに行ってくれる?」
私は彼女にそう言いながらレコードを取り出した。
「てっきり別れて処置するもんだと思ってた」
「昨日まではそのつもりだった。何時部長に裏切られるのかビクビクしながら過ごすんだって」
「それがどうして急に?」
「言ったでしょ。レコードを見たの。私のレコードは元居た3軸の記録を表示出来て、部長のはそうじゃないと分かったの。あの人もレコード配下の人間の一部で…私は世界の創造主…干渉してもしなくても構わない存在らしい」
「随分とご都合主義な存在だね」
「ええ。それはもう…自分の夢の中だから…明晰夢の中なのかな?」
私は言葉とは裏腹に、微かに震えている体を動かしてレコードを開く。
「レミ達は知らなかったんだ」
「知るわけがないよ。レコードキーパーが主の夢の世界だなんて、初めてだもん」
「そう」
「それで、これからどうするの?」
「芹沢さんの所で自分を元に戻す。年を18に上げるの。レミの服借りれるよね?」
「うん…18歳にした時、お姉ちゃんて背の高さ幾つなの?」
「158くらい?」
「なら大丈夫かな」
「レミは?」
「161」
「……」
私はほんの少し黙り込む。
「お姉ちゃん?」
「あー…後は、地下に用事があるかも」
「地下に?」
「そう。地下に」
私はレコードにペンを走らせる。
「今日も4時までにはアパートに帰る…部長は大体それくらいには家に居るだろうから」
「それで…わざわざ別行動にしたのはどうして?」
「少しばかり動いてみようと思ったの」
昨日、夜通しで見つけた夢の世界の歪み…それをこの目で確かめたい。
吉と出るか凶と出るかは知らない…藪蛇なのかもしれない。
だけれど、少しでも早く"夢から醒める"事が出来るのなら、この目で確かめるほか無いと思ったのだ。
「受け身になって"気づいてしまった"後で動き出すよりも、先に打てる手は打っておきたくてね。この世界、私がルールだと思っていたらそうでもなかったみたいだし」
「……どういうこと?」
「まず、レミが居ること。ポテンシャルキーパーに…芹沢さんが来れるのであれば、パラレルキーパーまで…レコードを持つ人たちが普通に出入りできる世界。私の手が及ばない存在が居ることね」
私は直ぐ近くに迫ったマンションを見ながら続ける。
「次に、夢の世界のレコードは思っていたよりも大雑把だということ…レコード違反が多くて当然…まだ部長達が気づいていない違反者も大勢いたの」
「……うん」
「その中に一人、見知った名前を見つけてね…その名前を持つ人が"どっちに転びそうか"を確かめておきたい」
私がそう言うと、車は昨日も訪れたマンションの地下駐車場に入っていく。
開いていた場所に車を止めて外に出ると、私とレミは並んで入り口の方へと歩き出した。
「"どっちに転びそうか"なんて、決まってると思うけれど…」
エレベーターを待ってる最中、レミが言った。
「結局、この世界の人々は何はどうあれ世界が消えてなくなることを恐れてお姉ちゃんに襲い掛かるの。そこの部分に例外は無いと思うよ?」
「それなら先に手帳を見せて処置してしまえばいい。それなら、昨日私が確かめた中で、だけど…大きな障害になりそうな人は居ない…部長達を除いてね」
そう言っている間にエレベーターが来て、私達は上に上がっていく。
「どんな人なの?」
「…どんな人だったかな…?もう遠い記憶だけれど、レコード違反を犯した段階で少し訳ありだったっていうのは覚えてる」
エレベーターの中で、私は表示させていたレコードをレミに見せた。
静寂が戻ったエレベーターは最上階まで上がっていき、ポーンという電子音と共に扉が開く。
「こんな人がこの時期の勝神威に居たんだ」
「表の顔はエンジニアだしね。彼自身も訳ありって感じの経歴を持ってるけれど…彼がレコード違反を犯してからの扱いも訳ありでね…その話は後にしましょう。まずは元に戻らないと」
レミからレコードを受け取った私は、そう言って芹沢さんの部屋である1009号室に入っていく。
鍵が掛かっていないのは、夢の中の世界でも同じらしい。
「着替えは奥の部屋のクローゼット」
部屋に入ると、レミがそう言って部屋まで案内してくれる。
私は彼女に付いて部屋に入っていくと、直ぐに着ているもののボタンを外しだした。
「あ、半袖しか持ってきてないや」
そう言ったレミは、こちらを振り向いて目を見開く。
パパっと衣服を脱いで下着姿になった私の身体を見て、何とも言えない表情になった。
彼女の視線があちこちに残った傷跡に向いては、別の傷跡に逸れていく。
「大丈夫。18の私は本来の3軸の私だから、傷は消えてる」
そう言ってレコードの情報を18歳に書き換えた。
直ぐに体に変化が起きて、体中の傷が消えていく。
鈍い痛みを発していた体からは、何も痛みを感じず…右目はパッチリと開いた。
体に異常が無いことを再確認した私は、レミの私服に着替えて姿見の前に立つ。
味気ないジーンズに半袖というラフな格好。
それに長めのサマーコートを羽織れば、レミと同じ格好になる。
右目にかかる髪を少し横に撫でつけて、両目が見えるようにすれば準備万端だ。
「次は地下室」
「ああ。それだけれど」
準備ができた私に、レミがクローゼットの中から銀色のケースを2つ取り出した。
中身は容易に想像がつく。
「銃が入用になりそう?」
彼女はそう言ってケースをベッドの上に置くと、2つともロックを解除して開いた。
「お姉ちゃんが使ってたっていうのを芹沢さんから聞いて用意してたの」
「流石。準備がいいと助かる」
私は見覚えのある2つの拳銃を見下ろすと、最近手にした方の銃を選んだ。
この時代の私が持った…機関銃になるものよりかは小さくて取り回し易いから…
「それでいいの?」
「こんなのでも人は死ぬの」
私はレミが懐から取り出した大きな拳銃を見ながら言った。
彼女の持つ銃は…芹沢さんが持っている物とよく似ている。
私が持つには威力過多だ。
「それはレミが選んだの?」
「うん。最初の仕事で持ってからずっとこれだよ」
「大きすぎない?」
「慣れかな」
彼女はそう言うと、抜き取っていた弾倉を元に戻す。
「準備できた?」
「ええ。車のキーを。私が運転していきたい」
手にした拳銃をコートのポケットに仕舞いこむと、レミから渡された車の鍵を受け取る。
目的地は、街の中心から少し離れたところにあった。
「藪を突いて何が出ることやら」
部屋を出た私はそう軽口を言うと、レミが私の方を見て苦笑いを浮かべた。
「厄介事にはしないでよ?」
「しないよ。どのみち彼はレコード違反者…私の持つレコードで感知できたということは…手帳でこの世界から引き剥がせる。だけど、その前に…レコード違反を犯した彼と会っておきたい」
私はエレベーターを呼び出す。
「味方であれば…今の現状で一番戦力になるでしょうね。そして、その反対ならば…彼には早いうちに退場してもらう」
「前の…1周目ではどうだったの?」
「その時は、私のことで精一杯だった時だからね」
私はそう言うと、レミに顔を向けて彼女を見据える。
「まだ私はボロボロの身体で彼の元に処置しに行った」
私は過去の自分を思い浮かべていると、エレベーターがポーンと音を鳴らす。
開いた扉の奥に入り込み、地下階を押すと、壁に寄り掛かって話を続けた。
「少しは昔の話でもする?」
「お姉ちゃんがレコードキーパーになった時の話なら聞きたいかな」
「そう。それなら、今から会いに行く"彼"に会うところまでの話でも」
私はそう言うと、ポケットに手を入れて、少し上を見ながら過去の今頃を思い出す。
「最初の私は何もかもが壊れてた。急にレコードを与えられて"はい、やって"なんて無理だった」
レミは私の横でじっと私の言葉に耳を傾けていた。
「体は治療で治せる。だけど精神面だよね。自殺を考えていた…というより、あと数日で自殺するのだから、それが急に永遠を生きろだなんて…どれ程絶望したことか」
エレベーターはあっという間に地下に降り、開いた扉を出て、駐車場に出ていく。
「だから、最初の内は何度も死ねないのかって、自殺ばかり繰り返してた」
「自殺?」
「そう。パッと思いつく限りの死に方は経験してる。レコードに影響を与えそうなのは部長とかに止められたけど」
「よく時空の狭間に飛ばされなかったね」
「本当にね。当時の私がそれを知ってたら、望んででも行くんでしょうけれど…心は死んだも同然だったし」
駐車場に出て、青いスポーツカーのロックを解除して、運転席に収まってエンジンを掛けた。
独特な排気音が車内に聞こえてくる。
「そんなこんなで、部長に保護されるような感じで数か月…直ぐに死にたがる女の子はただの無口なロボットみたいな子になるまで回復したの」
「ロボットって…」
私が冗談めかしに言うと、助手席に座ったレミは小さく笑って見せる。
「お姉ちゃん。物静かな子だったもんね」
「まぁ、それくらいにはなったってこと」
「昨日から見てるツンツンなお姉ちゃんも、あれはあれで良くなった頃のお姉ちゃんなんだ」
「演技だけど。まぁ…概ね」
私は久しぶりの運転とあって、慎重に操作しながらも喋りは止めない。
地下駐車場を出て、日差しが差し込んでくると、眩しさに一瞬目を細めた。
「そしてある日、部長から指示が出る…内容はレコード違反者の処置…市内のアパートに居る男を処置するだけの簡単な仕事だった」
私は車道に車を出して最初の信号で止まると、ギアをニュートラルに入れる。
「その"簡単な仕事"の処置対象が、今から会いに行こうとしている男…あの時はそこから厄介事に縺れたけれど…私の夢の中でもそうなるのかな?」




