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次の日、バーガーショップに顔を出すとすでにリナが来ていて、カウンターでユイと何か話し込んでいた。ユイがあ、と言い、リナが振り向いて手招きをした。呼ばれなくてもカウンターには間違いなく行くのだが。
「ね、次の日曜、ユイさんと私とシチさんで一緒にあの工場に行こうよ。」
リナは遠足の話をする子供のような顔でそう言った。あー、と、俺は口ごもった。
「悪いが、それは出来ない。」
俺がそう言うと、リナはすごく驚いた顔になった。
「どうして!?」
ね、言ったでしょ?とユイがカウンターに頬杖をしてニヤニヤした。
「あたしみたいなうるさいヤツに、聖域を荒らされたくないのよ、その人は。」
俺は渋面を作って首を横に振った。
「本当にお前は俺のことをよく判っているな。」
ユイは目を大きく見開いて笑いながら頷いた。「どういたしまして」の究極のデフォルメ顔。彼女の得意技だ。
「ご注文はいつもの?」
リナは今日は俺の席に来た。すでに髪も編みこんでいた。
「なんか昨日アレだったから、みんなで仲良くと思ったんだけど…。」
「予想外の展開、ってわけだ。」
「うん。私があれこれ考えることじゃないみたいね、どうも。」
リナは少しションボリしたみたいだった。俺は話題を変えようと思った。
「仕事のほうは忙しいのか?」
ん、ん、と、リナは口の中で言った。
「もうだいぶ片付いてるの。」
ユイが、俺たちの朝食を持ってやって来た。
「おやおや。日増しに仲良くなるわね、あなたたち。」
余計な口を叩きながらトレイを置いていく。俺は肩をすくめ、リナはむふー、と笑う。ユイが行ってしまうと、リナは話の続きを始めた。
「それでね、来月あたり終わりそうなのよ、仕事。」
そうか、と俺は言った。
「でもね、向こうでこの仕事仕上げたら休暇を取ることになってるの。休暇に入ったらまたこの街に来るわ。」
俺は面食らった。リナもそんな俺を見て驚いた。
「そんなにびっくりされるようなこと言ったかしら、私?」
「この街を再訪したい人間になんて初めて会ったよ、俺は。みんなたいてい二度と来るか、って感じで出て行く。」
ふふふ、とリナは笑った。
「人は人、よ―あたしちょっとのんびりしたくなっちゃったの、この街で。仕事なんかしないで。」
「この街に慣れたら化石になっちまうぞ。」
リナは不思議そうな顔をした。なんだよ、と俺は聞いた。
「時々、判らなくなるときがあるの、シチさんが、この街が好きなのか、それとも嫌いなのか。」
俺はそれについて考えてみようとした。だけどリナはなぜか話を変えた。
「ねえ、シチさん小食よね。男の人の割には。」
ああ、と俺は答えた。
「腹いっぱい食って仕事すると眠くなるからな。昼もこんなもんだよ。」
そうなんだ、とリナは笑った。
何か変だな、と俺は思った。だけど、それがなんなのかはまるで見当がつかなかった。
朝食を終えて仕事場に出ると、珍しく社長が来ていて、電話に向かってなにやら喚いていた。電話を切って俺に気付くと、悪いが今日は休みだ、と言った。
「どうしたんです?」
「工場の主電源が入らないんだ。何も動かせない。修理を頼んだがすぐには来れないらしい。今のところいつ直るか判らん。明日また朝、顔を出してみてくれるか?」
判りました、と俺は言って、工場を後にした。
家に帰って仕事着を脱ぎ、私服に着替えた。何もすることを思いつかなかった。家でゆっくりしてもいいが、そういう気分でもなかった。久しぶりに散歩でもするか、と、家を出て少し歩いたときだった、リナが駅でどこかに電話をかけているのが見えた。俺が近付いていくと、リナは電話を切って、こっちに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「シチさんこそどうしたの?」
「急に休みになったんだ。工場そのものが故障してね。笑えるだろ。」
ああ、助かったわ、とリナは胸の前で手を組んだ。
「今日、運転手してくれないかしら?私の車、急に動かなくなっちゃって…」
そこまでまくし立てて急に、リナはハッとした顔になった。俺に対しては、自分が車を持っていないことになっていることを思い出したのだ。大丈夫、と俺は言った。
「大丈夫、判ってた。」
どうして判ってたの?と、俺の車に乗り込んでからリナはそう聞いてきた。こんな辺鄙なところに車なしで来たんじゃ仕事にならないだろ、と俺は言った。嘘をついて案内させた理由も、だいたい俺が考えた通りだった。
「くそー、お見通しだったのか…」
俺は可笑しくなって笑ってしまった。
「弁護士が嘘が下手で、大丈夫なのか?」
あーっ、とリナが大きな声を上げた。
「あたしのボスと同じこと言わないでよ、まったく…」
俺は今度は遠慮なく笑った。おかげで信号をひとつ無視しそうになった。