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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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7

次の日、バーガーショップに顔を出すとすでにリナが来ていて、カウンターでユイと何か話し込んでいた。ユイがあ、と言い、リナが振り向いて手招きをした。呼ばれなくてもカウンターには間違いなく行くのだが。

「ね、次の日曜、ユイさんと私とシチさんで一緒にあの工場に行こうよ。」

リナは遠足の話をする子供のような顔でそう言った。あー、と、俺は口ごもった。

「悪いが、それは出来ない。」

俺がそう言うと、リナはすごく驚いた顔になった。

「どうして!?」

ね、言ったでしょ?とユイがカウンターに頬杖をしてニヤニヤした。

「あたしみたいなうるさいヤツに、聖域を荒らされたくないのよ、その人は。」

俺は渋面を作って首を横に振った。

「本当にお前は俺のことをよく判っているな。」

ユイは目を大きく見開いて笑いながら頷いた。「どういたしまして」の究極のデフォルメ顔。彼女の得意技だ。

「ご注文はいつもの?」


リナは今日は俺の席に来た。すでに髪も編みこんでいた。

「なんか昨日アレだったから、みんなで仲良くと思ったんだけど…。」

「予想外の展開、ってわけだ。」

「うん。私があれこれ考えることじゃないみたいね、どうも。」

リナは少しションボリしたみたいだった。俺は話題を変えようと思った。

「仕事のほうは忙しいのか?」

ん、ん、と、リナは口の中で言った。

「もうだいぶ片付いてるの。」

ユイが、俺たちの朝食を持ってやって来た。

「おやおや。日増しに仲良くなるわね、あなたたち。」

余計な口を叩きながらトレイを置いていく。俺は肩をすくめ、リナはむふー、と笑う。ユイが行ってしまうと、リナは話の続きを始めた。

「それでね、来月あたり終わりそうなのよ、仕事。」

そうか、と俺は言った。

「でもね、向こうでこの仕事仕上げたら休暇を取ることになってるの。休暇に入ったらまたこの街に来るわ。」

俺は面食らった。リナもそんな俺を見て驚いた。

「そんなにびっくりされるようなこと言ったかしら、私?」

「この街を再訪したい人間になんて初めて会ったよ、俺は。みんなたいてい二度と来るか、って感じで出て行く。」

ふふふ、とリナは笑った。

「人は人、よ―あたしちょっとのんびりしたくなっちゃったの、この街で。仕事なんかしないで。」

「この街に慣れたら化石になっちまうぞ。」

リナは不思議そうな顔をした。なんだよ、と俺は聞いた。

「時々、判らなくなるときがあるの、シチさんが、この街が好きなのか、それとも嫌いなのか。」

俺はそれについて考えてみようとした。だけどリナはなぜか話を変えた。

「ねえ、シチさん小食よね。男の人の割には。」

ああ、と俺は答えた。

「腹いっぱい食って仕事すると眠くなるからな。昼もこんなもんだよ。」

そうなんだ、とリナは笑った。

何か変だな、と俺は思った。だけど、それがなんなのかはまるで見当がつかなかった。


朝食を終えて仕事場に出ると、珍しく社長が来ていて、電話に向かってなにやら喚いていた。電話を切って俺に気付くと、悪いが今日は休みだ、と言った。

「どうしたんです?」

「工場の主電源が入らないんだ。何も動かせない。修理を頼んだがすぐには来れないらしい。今のところいつ直るか判らん。明日また朝、顔を出してみてくれるか?」

判りました、と俺は言って、工場を後にした。


家に帰って仕事着を脱ぎ、私服に着替えた。何もすることを思いつかなかった。家でゆっくりしてもいいが、そういう気分でもなかった。久しぶりに散歩でもするか、と、家を出て少し歩いたときだった、リナが駅でどこかに電話をかけているのが見えた。俺が近付いていくと、リナは電話を切って、こっちに駆け寄ってきた。

「どうしたんだ?」

「シチさんこそどうしたの?」

「急に休みになったんだ。工場そのものが故障してね。笑えるだろ。」

ああ、助かったわ、とリナは胸の前で手を組んだ。

「今日、運転手してくれないかしら?私の車、急に動かなくなっちゃって…」

そこまでまくし立てて急に、リナはハッとした顔になった。俺に対しては、自分が車を持っていないことになっていることを思い出したのだ。大丈夫、と俺は言った。

「大丈夫、判ってた。」


どうして判ってたの?と、俺の車に乗り込んでからリナはそう聞いてきた。こんな辺鄙なところに車なしで来たんじゃ仕事にならないだろ、と俺は言った。嘘をついて案内させた理由も、だいたい俺が考えた通りだった。

「くそー、お見通しだったのか…」

俺は可笑しくなって笑ってしまった。

「弁護士が嘘が下手で、大丈夫なのか?」

あーっ、とリナが大きな声を上げた。

「あたしのボスと同じこと言わないでよ、まったく…」

俺は今度は遠慮なく笑った。おかげで信号をひとつ無視しそうになった。


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