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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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翌朝、俺はいつものようにバーガーショップでいつもの注文をし、ユイのからかうような視線を避けながら、いつもの席に腰を下ろした。ハンバーガーを頬張りながらコーヒーの湯気越しに窓の外を眺めていると、やがてリナが入ってきた。きっと、いつもの席に座るだろうと俺は思った。予想は当たった。俺の方を見たような気もしたし、まるで見なかった気もした。そうして俺たちはそれぞれの席で朝食を済ませ、リナはコーヒーが冷めるのを待つ間に髪を編み、コーヒーを飲み干してトレイを片付けて出て行った。俺もコーヒーを飲んで店を出た。ありがとうございましたー、と、ユイが浮かれた調子で言った。今日も暑くなるんだろうな、と思った。仕事場に向かって歩きながら、そういえば、リナがいつも朝飯を済ませて歩いていくあの方角には、でかい駐車場があるよなと思った。考えてみれば彼女は仕事でこの街に来ているのだから、車で来ていないと不便で仕方がないだろう。列車なんて日に数本しかないし。車がないってのは、ウソだな、と俺は思った。車がないほうが案内してくれるかもしれない、と思ったのかもしれない。あるいは、仕事で毎日乗り回していて、休みの日ぐらい違う車に乗りたくて人のいい変わり者を探していたのかもしれない(まさか、ドアに穴の開いたトライアンフに乗る羽目になるとは思わなかっただろうけど)。なんにしても、そこについては知らないふりをしておこうと思った。別に追求する理由もないし。


いつものようにラジオでロックンロールを聞きながら仕事をした。仕事をしながら、思い出したことがあった。この仕事を始めたばかりの頃、こうして同じ作業を延々と繰り返していると、自分にそっくりな年寄りが隣に立つことがよくあった。痩せ細っていて、どうひいき目に見ても幸せそうには見えない男だった。そいつが現れてもなるべく気にしないように俺は努めていたが、時々ひどく心が騒いでどうしようもないときがあった。それは俺の未来の姿なのだろうか?こんな風に老いて痩せ細るまでここで働いて、そして動けなくなって死んでいくのだろうか?あまり愉快な想像ではなかった。そいつは一度現れるとなかなか消えなかった。朝から終業時間までずっと隣に立っていることもあった。そうだ、そんなことあったな。あいつが出なくなったのはいつごろからだろう?今では俺はあの老人に近付き始めているのだろうか?エディ・コクランを聴きながらそれについて考えてみた。少なくとも、近付いてはいるのかもしれない。だけど、俺はまだ若い方だし、筋肉だってそこそこついている。冴えてはいないかもしれないが、別にみすぼらしくもない。あれは若さが見せた未来への怖れのようなものだったのだろう。そういや、と、俺は昔のことを思った。この仕事を始めたころは、この工場にもたくさんの人間がいたよな。すべてのセクションにマシンの数だけそれを動かす人間が居た。若いやつから年寄りまで、様々な人間が居た。年寄りは死に、若いやつは出て行った。いまはまだ死に近くない年寄りと、出て行かなかった若いやつが各セクションに一人居て、注文に応じてあっちを動かしたりこっちを動かしたりしているだけだ。きっといつか、この工場自体が操業を止めるときが来るだろう。すでに何度かそういう話もあった。そのたびにでもまあ…という感じでなんとなく続いてきた。そう、なんとなく続いてきただけなのだ。誰かにとって絶対に必要なものではない。突然閉めたって何人かが数時間慌てるだけで済むだろう。


そんなことを考えているうちに午前が終わった。マシンのそばの椅子に腰を下ろして、適当に買ってきた昼飯を食った。エアコンは動いていることは動いていたが、鈍重な音以外にはあまり存在を感じさせなかった。俺はいつになくじっくりと自分の周辺を眺めた。「ねえ、あなたまるで世界に一人だけで居るみたいよ」とリナが言った。その声になぜか俺は少しだけ震えた。


午後はあまり考え事をしないように努めた。そのせいか終業時間まであっという間だった。


フードショップで簡単な夕食を買って、家に帰る途中、俺の車の窓に何かが挟まっているのを見つけた。近寄ってみると、それはカードだった。

「次の日曜はお仕事なんだけど、その次の日曜はお休みになりましたので、また一緒に遊んで欲しいです。ご都合よろしければユイさんのバーガーショップにこの前ぐらいの時間においでください。次は素敵な景色なんか見せてくれたら嬉しいな。では、よろしくね。リナ。」

俺は苦笑した。こいつも充分変わり者だと思う。


シャワーを浴びて工場の臭いを落とし、テレビのチャンネルを決めてから夕食を平らげ、テレビを消してラジカセでアレサ・フランクリンを聴きながら読むともなく雑誌のページをめくった。読みながら、何で俺はいつもこの本を買うんだろうな、と思った。特別好きなページがあるとかいうものはないのだ。だけど気がついたら食い物と一緒に買っている。きっとデザインとか色合いとか、そういうものが好きなんだろう、と結論付けて、歯を磨いて眠った。



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