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帰りの車の中では、リナはほとんど眠っていた。最初の休日が今日ということは、ずいぶんな期間を休みなしで働いていたわけだ。それは彼女のいる事務所の方針なのか、それとも彼女自身の方針なのか…?どちらにしてもずいぶんな働き者に違いない。こんな変わり者の相手で少しでも気分転換になったのなら、それはそれでよかった。実際、行きの道中よりもかなりリラックスしているみたいだった。車が壊れる心配がないと確信したせいなのかもしれないが。俺はフロント・ガラスの先の荒涼たる世界を見つめながら、のんびりと走らせた。腹が空いていたが、リナを誘って一緒に取るべきかどうか考えていた。そう言えば、こういうのは久しぶりだな、なんて考えながら。
最後にこんな風に誰かを車に乗せてバカ話をしながら走ったのはいつごろだったろうか?あれは確か、高校時代の友達が街を出る日のことだ。二十何年も前のこと。この車もまだ新品だった。いや、外観は少しも変わっちゃいないが。あいつはボードレールになりたくて、都会へ出て行ったんだ。何度も一緒に来ないかと誘われた。出て行く前も、出て行ってからも。
「俺には都会なんて何の意味もないんだ。」
「お前、いつかきっと後悔するときがくるぜ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
今もって、そんなときはきていない―きっと俺は、本当に変わり者なのだろう、な。
街が近くなると、リナは目を覚まし、でかい声でうーと唸りながら伸びをし、それから、お腹空いたわ、と言ってにかっと笑った。
「今日のお礼に奢るわ。どこかレストランに連れて行ってよ。」
レストラン。街にそんなものあったかな、と少しの間考えた。そういや、あるな。駅の裏のとこに。
そのレストランには駐車場がないので、いったん車を俺の駐車スペースに置き、駅まで歩いた。店に入ると、見覚えのあるウェイトレスが俺たちを出迎えた。あれ、と、そのウェイトレスは言った。
「一日に二度も会うなんて、珍しいわね。」
バーガー・ショップの女だ。ユイという名前だ。
「しかもかわいい女の子連れて。あなたも毎朝会ってるわね。」
二人は自己紹介をした。ユイは意味ありげな顔で俺に振り向くと、席はどこがいい?と聞いた。
「人目につかない席が欲しいなら、ご用意しますけど?」
普通の席でいい、と、俺は普通に返した。こういうつまんない男なのよ、とユイはリナに言い、リナはにっこりと笑って頷いた。俺は先に適当な席を見つけて座った。そして、ずいぶん久しぶりに来たな、と店の中を見回した。最後に来たのいつだっけ?何年か前に一度来たことがあるような気がしたが、ちゃんと思い出せなかった。ガキの頃にはよく来ていたけれど、最近はこの店があることすら忘れていた。リナとユイが連れ立ってやってきて、リナが向かいに座り、ユイが水の入ったタンブラーと、メニューを置いた。好きなもの頼んでいいわよ、とリナが挑発的に言った。あっきれた、とユイが大きな声を上げた。
「最初のデートで女の子におごらせるのってどうかと思うわ。」
デートじゃない、と、俺は簡潔に答えた。ユイはやれやれという感じで両手を上げて首を横に振り、注文を取って下がっていった。面白い人ね、とリナが言った。まあな、と俺は答えた。
「面白いやつだよ。頭いいのに、大学にも行かずにずっとこの街に居座って、日がな一日仕事ばっかりしてる。昔は他の街に働きに出ていたようだが、燃料費がもったいないとかであんまりこの街を出て行かなくなった。」
ふうん、とリナはなにやら考えながら頷いた。
「この街を出て行かない若い人っていうのは、珍しいのかしら?」
そうじゃない、と俺は言った。
「この街に若いやつなんて、もともとそんなに居ないんだよ。俺らが最後の世代と言ってもいいくらいだ。」
「最後の世代?」
「俺たちが生まれてからあと、この街の中では誰も生まれていないんだよ。」
そういう街もあるってことは理解出来るけれど、とリナは考え込んだ。
「実際にこういう話を聞いてみても、なんだか信じられないわね。だって、確かに田舎町だけれど、人はたくさん居るものね。」
俺たちが最年少さ、と俺は笑った。リナは、困ったように笑い返した。
食事が済むと、ユイが豪華なパフェをひとつ持ってきてテーブルの真ん中に置いた。
「サービスよ。二人で突っつきあって食べなさい。」
リナは、ありがとう、と言って微笑んだ。俺は、仏頂面を作ってみせた。ひひひ、と笑いながらユイは下がっていった。
俺たちはユイの言いつけ通りに二人でパフェを突っついた。美味しいね、とリナが言った。
「ああ、悪くない。」
「もしかして、パフェなんて初めて食べるんじゃないの?」
俺は以前にパフェを食べたことがあるかどうか、思い出そうとした。
「どうもそのようだな。」
「本当にあなたって変わってるわ。」
俺は黙って飾りのバナナを口に運んだ。
店を出ると日が暮れ始めていた。送っていこうか、と言ってみたが、いい、とリナは言った。
「すぐそこのホテルだから。」
「そうか。」
じゃあ、と、帰りかけた俺を、リナが呼び止めた。
「また、休みが合ったときには、お付き合いしてもらってもかまわないかしら?」
いいよ、と俺は答えた。特別な意味は何もなかった。本当に、たまにこんなことに付き合うくらいなら、別に断る理由もなかったのだ。他にやることがあるわけでもないし。リナは、じゃあ、と手を振って走っていった。オフの日にこうして一日付き合ってみると、彼女はまるで弁護士という感じはしなかった。歳よりも少し、幼い感じさえした。なんだか忙しい休日だったな、と俺は思いながら家に帰った。