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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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そうして、退院の日が訪れた。ギダとミナの二人が、玄関まで俺を見送ってくれた。おめでとう、とギダが言い、落ち着いたら命の恩人にちゃんとお礼をしに来るのよ、と笑った。俺はギダに両手で握手を求め、ミナに笑いかけた。そして、リナと二人で俺のトライアンフまで歩いた。考えてみれば、あの日以来初めて俺はこいつを目にしたのだ。一瞬、あの時こいつに乗っていたことがトラウマになっていなければいいがな、なんて考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。リナは、俺を見送ってからホテルに戻り、チェックアウトをして自分の街に帰る、と言った。すべて片付いたら連絡するよ、と俺は言った。待ってるからね、とリナはちょっと感傷的な表情で言った。

「あたし、ちゃんと自分の気持ちを言ったんだから。はぐらかすようなことしないでね?」

俺は頷いた。そして、じゃあと言って車に乗り込んだ。車を出しながらリナを見ると笑顔で手を振った。俺も振り返した。病院を出て、街のメイン道路に乗り、街の出口から自分の街へと続く直線道路に出た。そこで少しだけスピードを上げた。もちろん、パトロール・カーに見つかっても、咎められない程度のスピードだ。空は高くクリアーな水色で、空気はほんの少し冷たかった。俺が眠っている間に、世界には冬が訪れようとしていたのだ。眠っている間、と俺は思った。そう、俺はずっと眠っていたのだ。そして、目が覚めた。目が覚めると何をする?きちんとしたやつらは、顔を洗い、歯を磨いて、その日に備えるのだ。几帳面なやつらは、シャワーを浴びるかもしれない。人生を一日に例えるなら、俺は今初めて目を覚ましたようなものだ。目を覚ましてするべきことをしなければならなかった。この前とは違う焦り方をしていたが、そのためにアクセルを踏み込むことはしなかった。すべてのことをきちんと、慎重に片付けなければならない。カー・ラジオをつけて音楽を流しているところに合わせた。どんな音楽でも良かった。それはいま自分に感じられるささやかな日常のひとつだった。


生まれ故郷に着いたのは夕方だった。トライアンフを自分のスペースに置いて、駅の裏のレストランを訪ねた。ユイには今日帰ると伝えてあった。ドアをくぐるとすぐそばにユイがいた。お帰り、と彼女は言った。ただいま、と俺は返した。

「お腹空いてる?」

「ああ。」

今日は奢るわ、全快のお祝いよ。お言葉に甘えて、俺はステーキピラフを注文した。ユイが注文を伝えに下がると、俺はゆっくりと店の中を見渡した。晩飯時だというのに、客は数えるほどしか居なかった。それも、宿命的にここで飯を食うことが決まっているとでもいうような、いつも居るだろう顔ばかりだった。反射的に俺はリナの街で入ったログハウスのレストランを思い出した。あそこにあるものはここにはまるで無く、あそこには要らないものばかりがあった。だけど俺はそれを愛しいと思った。いままでそんな感情を抱いたことは無かった。俺自身この街でただ必要最小限の暮らしを続けていただけだったからだ。そして、いまなぜそんな風に思えるのかといえば、俺がすでにこの街を過去のものだと思っているからだ。それは喜ばしいことのはずだったが、少し寂しいことでもあった。どんな理由があろうが、それでもここは俺が過ごしてきた街なのだ。


ユイは、料理をすべて運ぶと、エプロンを外して俺の向かいに座った。

「あなたが来た時点で今日は上がらせてもらうようにしてたの。明日は休みを貰っているわ。」

俺は食べながら頷いた。頼まれてたことだけど、とユイは続けた。

「食べるまで待ったほうがいい?」

俺は首を横に振った。

「話してくれ。」

「最初に警察に行ってみたのよ。ダメもとで。それで、あなたのご両親のことについて尋ねたのね。そしたら、どうしてお知りになりたいんです?って言うものだから、あなたが知りたがってる、って言ってみたのよ。そしたら、ある警部さんに話が通って、わざわざ受付まで出てきてくれたの。そして、その事件を担当したものはもう死んでいる、って言ったの。」

ユイはそこで一度言葉を切って俺の反応を確かめた。俺は、食べながらそれで?という顔をして続きを促した。

「でも、担当者の言伝を自分が聞いてる、って言うのよ。もしもこの事件の被害者と加害者の息子が来たら、記録を見せてやってくれって。」

俺は食うのをやめてユイを見た。

「そいつは、どうしてそんな言伝をしたんだろう?」

それは私には判らない、とユイは首を横に振った。

「でも、あなたが行けば警部さんが教えてくれるかもね…行くんでしょ、明日?」

俺は頷いた。そしてホット・コーヒーを追加注文した。あたし、着いていってもいいかな、とユイが言うので、もちろん、と頷いた。じゃあ、明日迎えに行くね、とユイは席を立った。そして、妙に優しい目をして俺を見下ろした。

「今日は疲れてるでしょ。それ飲んだら寄り道しないでお家に帰って、よく眠るのよ、判った?」

はい、ママ、と俺は言った。ユイは歯を見せて笑って、店を出て行った。


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