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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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「今回のことは君には大きな転機になるだろう。」

俺の話を聞いたギダはそう言った。医師にありがちな、患者を勇気付けるようなお決まりの口調でもなければ、君はそうなるべきなんだ、というような威圧的な口調でもなかった。しいて言うならそれは、彼の医者としての経験からそう判断した、という種類のものだった。そういう言葉の響きは俺を少し落ち着かせた。だが、俺の口は勝手になぜだと口にしていた。

「成長期だよ。」

「…成長期?」

「思春期に入って身体が急に成長する段階で、肋骨や膝なんかに痛みを感じることがあるだろう―あれと同じだよ。」

ギダはそう言って笑った。もう判っただろう、とでもいうように。

「君の精神は長いこと蓋をされた状態にあった。君が自分でその蓋に気付き、取り除いたことで、長い時間かけて慣れていくべき物事が急に噴出したんだ。変化だ。急激な変化についていこうとするとき、人間はどうするか―?興奮するんだ。アドレナリンを出して、普段は潜んでいるものを叩き起こす。これは本能のようなものだ。生命が常に危険にさらされていた時代の本能のようなものさ。だけど、今回の君のようなケースは、例えば敵から逃げるといったような、単純な問題ではない。抱えるものが大き過ぎて、それを抱える自分自身のあるセクションを敵だと認識している、とでも言えばいいかな。恐怖心と言ってもいいけどね。しかもそれは前兆もろくに無く、突然現れる。身構える暇が無い。なのに本能は準備をしようとする。だから錯乱するんだ。判るかね?」

俺は頷いた。つまり、と俺は言った。

「その抱えている問題を、現実的に整理していくことが出来れば、こんなみっともない姿になることもないってことかな?」

ギダは満面の笑みを見せて頷いた。

「そうだよ。そして君はどうすればいいか見当をつけているだろう。脚が治れば、まずそれを片付けるつもりでいるはずだ。そうだろ?」

俺はもう一度頷いた。

「君は変化しようとしている。でも君が長いこと維持してきた習慣の総意が、君にもう一度蓋をしようとしているんだ。こういうことは心的外傷を抱えた人間には誰にでもある。そして、この段階で死んでしまう者もとても多い。」

ギダは、ここで一度言葉を切って、真剣な表情になった。

「これは私の個人的な感想であり、君を安心させるのには充分な材料ではないかもしれないが、聞いてくれ。君は一番大きなヤマを乗り切ったよ。これからも煩わしい思いに囚われることはあるだろう。でもそれは擦り傷や切り傷のような、表面的な痛みに似たものに変わるはずだ。一番危険な時期に君は怪我をして、たまたまこういう事態に対処出来る老いぼれのいる病院に入院した。心身のバランスを完全に崩して、狂ったり、死んでしまう者もいるんだ。君は恵まれていた。何もかもを乗り越えて、生き返るためのシステムが整っていたんだよ。」

これをほどいてくれ、と俺はベルトを指した。

「あなたにちゃんと礼が言いたいんだ。」

ギダはにっこりと笑った。

「すべて治ってからで構わないよ。こちらとしてはその方が気持ちいいからな。」

ミナがベルトをほどいてくれた。俺は上体を起こして、両腕を何度か動かしてほぐした。

「世話をかけるね。」

「前にも言ったろ。ここは病院だ。悪いものを治すためにある場所だよ。気にしなくていい。我々に気を使うな。叫びたければ叫べばいい。窓ぐらい何枚割ったって構わない。我々は懸命に対処する。そうすれば治るんだ。」

俺は頭を下げた。言葉が浮かばなかった。じゃあ、と言ってギダは出て行ったが、ミナはまだ残っていた。

「お腹空いてない?」

俺は腹に手を当てて少し考えてみた。そして、まだよく判らない、と答えた。

「じゃあ、食べたくなったら言って。別メニューになるけど、いつでも出せるものを用意してあるから。」

ありがとう、と俺は言った。ミナは微笑んで出て行った。彼女が出て行くとリナと二人になった。リナはふう、と大きな息をついた。

「どうなるかと思ったわ…。」

すまん、と俺は言った。リナは黙って首を横に振った。

「いつからここに居た?」

信じてもらえないかもしれないけど、とリナは話し始めた。

「昨夜はなんだか眠れなかったのよね。少し寝ては目が覚めて、寝返りを何度か打って、その繰り返しで。何度目かの短い眠りの中であなたの夢を見たの。あなたが、どこか暗いところでたった一人でうずくまっていた。あなたはどんな感情も顔に出してはいなかったけれど、それはとても良くないことのように思えたわ。その夢から覚めたときは明け方だった。バスタブにお湯を入れて、ゆっくりお風呂に入って、それで、もしかしてあなたになにか起こったのだろうか、って思ったの。ただなんとなく、そう思っただけなんだけどね。それで、支度をしてここに来たわ。でも、まさかこんなことが起こっているなんて思わなかった。私が来たときはあなたは眠っていたけれど、そのうちに叫びだして…。反射的に手を握ったの。そうすればいつものあなたが戻ってきてくれる気がして。」

リナは様々な感情がないまぜになった瞳で俺のことをじっと見た。俺はなにごとかを口にしようとしたが、そのとき数日眠り通した胃袋が目覚めの声を上げた。リナは一瞬ポカンとして、それから弾けるように笑った。笑った瞬間に両の目から涙が零れた。リナは、あーもう、と言ってそれを手のひらで拭い、ご飯もらってくる、と言って病室を出て行った。


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