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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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リナは、俺の脚が治るまでこの街に居る、と言った。

「そんなに長く休暇なんか取れないだろ。」

「いいの。大丈夫。ただの休暇じゃないから。」

ただの休暇じゃない、とはどういう意味なのか俺は尋ねた。リナはふふふと笑ってはぐらかした。治ったら教えてあげる、と言うので、それ以上は聞かないことにした。

「なにか買って来て欲しいものはない?」

「生活に必要なものは全部この病院に置いてあるからなぁ…あるとすれば退屈しのぎの本とかだな。」

そこまで話して、俺は車の中にリナの街で買った本が入っていることを思い出した。そういや鍵はどこにあるんだ?ミナが持ったままになっているのか?

「看護師に言って、俺の車の鍵をもらって、どこに駐車してるか聞いて、中にあるバッグを持ってきてくれないかな。」

判った、と言ってリナは部屋を出て行った。俺は天井を見上げて、ひとつ息をついた。そして、本当に俺はうろたえていたんだな、と思った。今日リナがここにやって来るまで、俺は自分以外の誰のことも考えていなかった。リナや、ユイや、街の人間のことなど少しも頭に浮かばなかった。思い浮かぶ人間と言えば、もう死んでこの世に居ない人間のことばかりだった。しっかりしろよ、と自分に言い聞かせた。現実を見ながら、過去に対処しなければならない。でなければ気が狂ってしまうかもしれない。あのまま車を飛ばし続けていたら、実際にそうなっていたかもしれないのだ。リナはすぐに戻ってきた。そして、ベッドの脇のテーブルにどん、と俺のバッグを置いて、重い、と口を尖らせて見せた。俺は苦笑しながら、バッグを開けて本を出した。本が入っていた、店の名が印刷されたビニールを見て、そういえば、と思い返した。この店から始まったんだよな、俺の混乱が。バッグを閉めると、リナが不思議そうな顔をして俺を見ていた。一人で表情をころころ変えていたから、なんだと思ったのだろう。文化と文明のるつぼで翻弄された一人の田舎者のお話を俺は聞かせてやった。リナはニコニコしてその話を聞いた。

「あたしがあなたの覚醒を導いたのね。」

「なんだそれ?」

「だって、あたしがあなたをあの街に連れて行かなければ、あなたはあんなお店に入ることなんか一生なかったかもしれない。」

お礼してもらわないとね、とリナは言った。俺は仏頂面を作って肩をすくめた。


それから話はトライアンフのことになった。本当に驚いた、とリナは言った。エンジンも桁違いだぜ、と俺は言った。早く乗りたいわ、とリナはウキウキした風を装って見せた。そんなことを話しているうちに俺は眠くなり、リナは帰った。知り合いに会って話したことで、俺の頭の中にはいくらか現実が戻ってきた。俺は夢を見た。たわいないいつかの日常をアレンジしたような、穏やかな夢だった。


数日後に、ユイが突然現れた。

「まったく、リナちゃん送っていったっきり帰ってこないから、どうなってんのかと思ったわよ。都会に惑わされて、あっちの人になっちゃったのかなって。」

惑わされはしたよ、と俺は言った。ユイは、はいはいそうですか、という顔をした。

「そうだ、あなたの工場、閉めるかもしれないわよ。」

「…そうか。」

「聞いてたの?」

いやあ、と俺は言った。

「悪魔のK相手に、立ち直ってみせた工場の話なんか、聞いたことないからな。社長は続けると言っていたけど、イチからやり直すには金がかかるだろうからな。もしかしたらそうなるかもしれないとは思っていた。やる気だけじゃ、どうにもならないこともあるからな。」

そう、とユイは言った。

「どっちにしてもこれが治らないことには俺には動きようがない。」

「そうね。」

ユイはなにか話し辛そうに見えた。俺は、気にせず話を進めることにした。

「なあ、俺の両親の事件のこと、詳しく知ってる人間を探して欲しいんだけど。」

「急にどうしたの?」

思い出したんだよ、と俺は言った。

「俺は、見ていたらしいんだ、一部始終を。だから、それがどこまで本当か確かめたいんだ。」

と俺が言うと、ユイは黙って頷いた。

「とりあえず、レストランのママに聞いてみるわ。でも、大丈夫?あなたは少なからずショックを受けると思うわ。」

俺は笑って、自分の脚を指差した。

「もう受けてる。」

ユイは、困ったように笑った。思い出した以上は、片付けなくちゃ先に進めないんだ、と俺は付け加えた。

「頼むよ。」

うん、と、ユイは力強く答えた。ありがとう、と、俺は言った。

「それから、心配かけてすまん。」

ユイは驚いて目を丸くした。

「どうしたの、そんな…ちゃんとごめんなさいを言うなんて!」

俺は目を閉じて頭を抱えて見せた。ユイはひとしきり笑って、じゃあねと言って帰っていった。


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