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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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文庫を5冊、雑誌を2冊、ハードカバーを1冊買ってホテルの周辺まで歩いて帰ってくる頃には、いろいろと考え過ぎて軽い頭痛すらしていた。そして、都会に憧れて出て行ったやつらはみんなこんな混乱に陥ったのだろうかなどとぼんやり考えていた。いや、彼らはおそらくそういうものを求めて都会へ出て行ったに違いない。俺は実際のところ、それがどういうことなのか判ってはいなかったのだ。俺は宿命的にあの街の空気を飲み込んでいて、他の街の事についてあれこれと考えたことなど本当の意味ではまるでなかったのだ。俺はほんの少しだけ、都会というものを理解した気がした。けれどその理解は基本的に疲労という形で身体に植えつけられていた。大量過ぎて、高速過ぎて、派手過ぎた。そこには俺にとって可能なものは何もない気がした。俺は自分がこの街で暮らすことを想像してみた。例えばリナのような、高層マンションに住むことを。毎日部屋から出入りするのにエレベーターに乗るなんて狂ってると思った。そんな手間の中に住む必要なんてあるものか、と俺は思った。ホテルの近くで一人の女が俺を呼び止めた。俺が考え事にふけっていて気付かなかったので、彼女は俺の正面に回りこんでもう一度名前を呼んだ。俺は顔を上げた。今朝、ホテルのフロントで俺を見送ってくれた赤毛の女だった。オックスフォードの学生のような、シックな服を着ていた。ミユです、と彼女は名乗った。

「リナから私のこと聞いていると思うんですけど。」

ああ、と俺は言った。

「君がそうだったのか。」

ミユは、唇を閉じたまま満面の笑みを浮かべた。ベット・ミドラーを可愛くすればこんな感じだ。いや、ベット・ミドラーが可愛くないとか言っているわけじゃないが。

「リナがあたし以外に友達作ったなんて言うからどんな人が来るのかと思っていたら、あなたみたいなおじさんだなんて。あのコらしいわ。」

俺は、さてそれについてどう返せばいいのだろうか?という顔をして見せた。ミユはそれを察した。

「あ、がっかりしたわけではないんですよ。誤解しないでくださいね。ただ、とてもリナらしいなと思って…。」

彼女の言葉を聞いているうちに、俺はあることが気になった。

「あの娘は、あまり友達が居ないのかな?」

推して知るべし、です、とミユは笑った。

「だいたい、感づいてたんじゃないですか?例えば、彼女の車を見たときなんかに。」

俺は肩をすくめた。だいたいはその通りだった。彼女がこの街で、たくさんの友達とぎゃあぎゃあ言ってる絵なんて想像出来なかったのだ。ミユはうふふ、とまた笑った。そして、もし良かったら夕食ご一緒しませんか、と言った。

「リナの代わりに、美味しいお店ご紹介しますよ。」

いいね、と俺は言った。

「でもその前に、これ部屋に置いてきて構わないかな?」

おー、とミユは声を上げた。

「全部本ですか、それ。」

「そうだよ。」

「どういった本か、聞いてもいいですか?」

「古典が1冊、ミステリーが2冊、詩集が2冊、音楽が2冊…3冊だ。」

へえー、とミユは目を丸くした。

「都会じゃ読書は流行ってないのかい?」

ミユは一瞬きょとんとしたが、やがて吹き出した。

「そうですね、時代遅れですよ、だいぶん。」

俺は笑った。

「じゃあ、恥かしいからこいつを隠してくるよ。」

ミユはまた唇を閉じたままにんまりと笑った。そういう笑い方がクセらしかった。

「あ、フロントに頼めば預かっといてくれますよ。」

「じゃあ、そうしよう。」


そしてミユは、ホテルから10分ほど歩いた小さな店に俺を連れて行ってくれた。入口はそこらのビルのテナントと同じだったが、中に入ってみるとログハウスをモチーフにした内装で、薄いイエローの落ち着いたライトで照らされていた。まるで、暖炉に火が入っているというような感じだ。テーブルも椅子もすべてごつい木材で作られていた。オールディーズが小さな音で流れていた。客の姿もまばらで、店主はカウンターの中で腰をかけていた。俺たちが入ってくると億劫気に腰を上げた。昔のプロレスラーに似ていたが、名前が思い出せなかった。スープとコーヒーの香りが混ざって、それが俺の脳味噌をとてもリラックスさせた。

「どうですか?」

席に座って、二人で田舎臭いパスタを食べている途中で、ミユがそう聞いてきた。いいね、と俺は頷いた。

「この街に来てからどうも気忙しいなと思っていたんだ。ここで初めてそれがなくなった。」

そうでしょ、とミユは言った。

「あたしとリナも、落ち着きたくなるとここに来るんです。別々に来て、ばったり会うときもありますよ。そういう時すごく思うんです、ああ友達だなって。」

なるほど、と俺は言った。料理も、コーヒーも、申し分なかった。


食事のあと、ミユは、いつまでこっちに居るんですか?と聞いてきた。一週間ぐらいだ、と俺は答えた。

「こっちの修理工場に車を預けてるんだ。」

「トライアンフですね。」

「リナに聞いた?」

「はい。信じられないトライアンフ、って、言ってましたよ。」

俺は肩をすくめた。ミユは、話しやすい娘だった。リナが、ミユと仲がいい理由が、なんだか判る気がした。


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