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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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マンションの正面玄関の前には、一流のホテルによくあるみたいな車回しがあった。そこに滑り込んでいく俺のトライアンフは、致命的なまでに笑えない冗談のように思えた。車が止まるとリナはふう、と一息ついて俺に微笑んだ。

「ほんとは、ささやかなお礼にコーヒーでもどうぞって言いたいところなんだけど…。」

判ってる、と俺は言った。

「早く部屋に戻って、シャワーを浴びて、歯を磨いて、出来るだけ早く寝るといい。」

ありがとう、とリナは言った。

「ホテルの場所は、さっきの大通りに戻って少し西に走ったところよ。10階建ての大きなホテルだからすぐに判るわ。」

修理工場は?と俺は聞いた。あ、そうか、とリナはメモ帳を取りだし、簡単な地図を書いた。

「ここから半時間くらい走ったところよ。これもすぐに判ると思うわ。お洒落で大きいガレージみたいな建物。」

ありがとう、と今度は俺が言った。リナは車を降りて、大きなバッグを抱え、玄関に戻りかけたが、また戻ってきた。

「どうした?」

「本当に感謝してるの。あなたには。」

「うん。」

「街に帰る前に、何時でもいいから一度ここに寄って、ロビーにあるインターホンを鳴らしてみて。部屋番号は12-5よ。奇跡的に会えたら美味しいコーヒー飲ませてあげるから。」

判った、と俺は言った。リナは笑って、それじゃあと手を振って、玄関の自動ドアをくぐって行った。さて、と俺はひとりごちた。目がかすんで、全身が軋んでいた。一刻も早くホテルに辿り着かなければならない。


ホテルの地下の駐車場係のスマートな初老の男は俺の車を見て一瞬目を見開いたが、何も口にすることはなく俺を所定の場所に案内し、鍵を受け取った。ごゆっくりどうぞ、と彼は言ってフロントのあるフロアーへの階段を案内した。俺は礼を言って階段を上り、フロントへ向かった。どちらかと言えば古めかしいデザインの内装だった。簡易貴族的装飾、とでも言えばいいのか、とにかくそうした雰囲気のロビーの奥にフロントがあった。若い男が一人、黒いダブルのスーツを着て立っていた。いらっしゃいませ、とそいつは言った。

「ご予約のお客様でしょうか?」

俺は名前を言った。男はカウンターの内側でごそごそして、俺の予約を見つけ出した。

「泊数を伺っておりませんが…何泊のご予定でしょうか?」

とりあえず五泊、と俺は言った。修理工場に部品がなければ、もう少し伸びるかもしれない。延長にも対応出来るということだった。料金を払い、鍵を受け取った。昔ながらの、部屋番号を書いた小さなプレートのついた鍵だった。ごゆっくりどうぞ、と男が言って、エレベーターの場所をきれいに伸ばした手の先で指し示した。俺は礼を言ってエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは、俺のトライアンフのエンジンみたいな稼動音を立てていた。


部屋に入ると、すぐにシャワーを浴びた。湯を熱めにして(なかなか熱くならなかった)、長いこと浴び続けた。それでようやく身体がリラックスした。全身をくまなく洗って流し、身体を拭いてお粗末なガウンを着ると、もう何もしたくなかった。歯を磨いて、ベッドにもぐりこんだ。眠りに落ちるまでに、そう時間はかからなかった。


深い深い眠りの中で、夢を見た。俺はリナと一緒に爺さんの工場の中にいた。事務室の椅子に腰をかけて、窓の外を見ていた。時刻は夕方ごろで、見ているものを不安にさせるような夕焼けが立ち込めていた。「まだなのかしら」とリナが言った。俺は時計を見て「まだだな」と言った。俺たちは机に置いてある不自然な大きさのコーヒーカップでコーヒーを飲んだ。飲み込むとそれぞれの喉から木製のドアをノックするような音がした。少しの間俺たちは黙って窓の外を見ていた。夕焼けの赤は動脈の血を思わせるほどに赤く燃えていた。「そろそろじゃないかしら」とリナが言った。俺は時計を見てそうだなと言った。「そろそろだ」俺たちは顔を見合わせてそれからまた窓の外を見た。二人して何の感情も存在しない顔つきだった。そのうち地鳴りがし始めた。古い建物は崩れるのではないかというほどに激しく振動していた。本当にここは大丈夫なのか、とリナが聞いた。絶対に大丈夫だ、と俺は保障した。そして、俺たちが見ている窓の背後から巨大なミサイルが現れ、街の果てに落ちた。轟音がして巨大な火柱が上がり、あらゆるものが吹き飛んだ。駅も、バーガーショップも、修理中の俺の勤めている工場も、駅裏のレストランも。すべてが小さな塵のように吹き上げられてはらはらと舞っていた。そこには埋葬された俺の両親や爺さんもいた。夢の中の俺が保障した通り、爺さんの工場は衝撃に耐え切った。「吹っ飛んだ」と俺が言った。リナが振り返って、にいっと笑った。そして、こう言った。

「ねえ、世界に二人だけって、感じしない?」


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