12
夜がだいぶ更けてきた頃に、リナは一度目を覚まし、キャンディーを一粒なめる間ぽつぽつと話したが、キャンディーがすっかり溶けてしまうとまた眠りに落ちた。今度は本格的な眠りのように見えた。俺は、カー・ラジオで流れている曲に時々耳を澄ましながら、前方に広がる真っ直ぐな暗闇に目を凝らしていた。あまり交通量のある通りではないのか、舗装も甘かったし外灯も少なかった。時々、思い出したように建っている建物の灯り以外、そこいらを照らすものはなにもなかった。どこに向かって走っているんだろう、時々そんな考えが頭をよぎった。どこへ?リナの街に向かっているに決まってるじゃないか?だけど俺には、このドライブに付きまとうそれ以外の何かの存在が感じられた。それは俺の街で感じられるものによく似ているような気もするし、まるで違うもののような気もした。だが、その気配の中に含まれたある種の意思には、ほとんど違いはないという気がした。生まれ育った街から離れるにしたがって、新しい何かが自分の中で頭をもたげるような気がして、そしてそれを受け入れるべきか拒否するべきか判らなかった。すでに死んだ友達の声が聞こえた。何をやってるんだ、そいつは俺と同じ問いかけをした。わからん、と俺は答えた。
「どうしたの?」
不意に、隣から声をかけられた。眠り込んだと思ったリナが目を覚まして、こちらを覗きこんでいた。俺は、なぜそう問いかけられたのか理解出来ずに戸惑った。リナはすぐにその戸惑いの意味を悟った。
「一人ごと言ってたよ、ずっと。」
そうなのか?と俺は聞き返した。そんなことまるで気がついていなかった。
「眠くならないように、呪文をかけていたんだな。同じような景色が続くからな。」
冗談めかしてそう言ったが、それが本当でないことは、俺にもリナにも判っていた。
「ごめんね、急にこんな長い距離を走ってもらって。」
かまわない、と俺は言った。
「滅多にあることじゃないからな。」
そう、こんなことは、俺の人生にはもう一度あるかどうか判らない。疲れたら休んでいいのよ、とリナが母親のように言った。大丈夫、と俺は答えた。一通りの会話が終わると、リナは黙って窓の外を見ていたが、また眠った。よく寝るな、と俺は思った。
二度目の給油をして、車に乗る前に身体を少し伸ばした。節々が痛くなっていた。少し眠気も始まっていた。リナはよく眠っていた。コーヒーが飲みたかったが、ショップのほうはもう閉まっていた。もう二時間ばかり走れば着くはずだった。俺は車に乗り、エンジンをかけた。独特のエンジン音がして、車体が震えた。リナがんー、と言いながら少し動いた。寝台車には向いてないな、と思いながら、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
街に近付くにつれて道が明るく綺麗になったが、すでに真夜中になっていたためすれ違う車はほとんどなかった。助かったな、と俺は思った。あとはせいぜい、ホテルの駐車場係が面食らうくらいだろう。そろそろ着くぜ、と俺はリナに声をかけた。うぅん、と唸りながらリナが頭を起こした。そして、ふー、と息をついて、フロントガラスの向こうを指差し、綺麗でしょ、と呟いた。その指の先ではリナの住む街が淡く輝いていた。眩しい街だな、と俺は言った。
「あたしね、夜にこの街に帰ってくるの、好きなの。昼間はただただ気忙しいだけの街なんだけどね、こうして夜中に帰ってくると、まるであったかいキッチンみたいにあたしのことを迎えてくれるの。判る?」
俺はハンドルを握ってリナの言う街をじっくりと眺めてみた。近付くにしたがって、ひとつひとつの輪郭、色合いがハッキリしてくるにしたがって、来たこともない街にある種の親密さを感じた。
「判る気がする。」
「ふふふ。」
そして俺たちは街の明かりの中に滑り込み、リナの住むマンションを目指した。なんて眩しいんだ、と俺は思った。「ブレード・ランナー」みたいだった。閉じられたブティックが目に入った。ライトアップされたままのショー・ウィンドウの中では秋に向けて装いを変えたマネキンがさりげなくポーズを取りながら背後のボードに描かれた並木道を見つめていた。まるで、辺鄙な街からやってきた田舎ものに、「夢はこうやって見るものよ」と教えようとしているみたいだった。俺はリナの言うとおりにハンドルを切って、大通りを突っ切った。それから西に折れて数十分進むと、住宅の並ぶ丘が見えた。あそこよ、とリナが指差したのは、その住宅地を牛耳るように聳え立つタワー・マンションだった。間違えようがないな、と俺は思った。その建物に向かってトライアンフを走らせていると、これからクライマックスを迎える映画の中にいるような気がした。だけどもちろん俺のやることはひとつで、そのマンションの入り口でリナを降ろすことだった。




