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化石の街の太陽の匂い  作者: ホロウ・シカエルボク
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あと一ヶ月はかかるだろう、と言っていたリナの仕事は、半月で済んだ。俺がハンドルを握ったことで、リナが一人であちこちしているときよりスムースに進められることが多かったのだ。駐車ひとつとっても、駐車場を探す時間が省ける。移動中に事務的な仕事をすることも出来る。仕事中のリナはとても真剣だった。俺は仕事に没頭する彼女の横顔を見て、少しうらやましいと思った。リナの仕事は、俺が化石の街でこなしている仕事とは、まるでステージの違う種類のものだった。仕事の内容なんかまるで判らなくてもそのことだけは判った。仕事じゃなく、人生と言ってもいい。人生のステージの違い。そこには俺が生まれてこのかた見たこともなかったような綿密さがあった。だが、今後の俺の人生にそうしたものがなんらかの影響を及ぼすかといえば、答えはノーだった。それぞれの人生、それぞれの生活がある。役割、なんて言いかたはしたくはないが、人間には確かにそれぞれ相応しい場所というものがある。そこは、リナにとってきっと相応しい場所なのだ。相応しい場所か。俺は、自分の居る場所のことを思った。それが、はたして自分にとって相応しい場所なのかどうか、考えてみたのだ。正直に言ってピンとこなかった。だけど、これまでずっとやって来たことだし、これからもずっとやっていくのだろうから、きっとそうなのだろうと思った。


二日後、リナの上司がやってきた。こんな辺鄙な街に来るときも、シンプルな品のいいスーツをきちんと着てくるような人間だ。年は俺と同じくらいで、髪には俺よりも白髪が多かった。ジムにでも通っているのだろう、歳の割にはスリムな身体つきだった。優しげな微笑を浮かべていたが、決して油断はしていないことを目の奥の光が語っていた。その男とリナはバーガーショップで長く打ち合わせをして、やがてリナが作った資料を受け取って立ち上がった。そのまま店を出るのかと思ったら、二人で俺のほうにやって来た。

「私の部下がお世話になったようで、どうも。」

男は名刺を差し出し、俺はそれを受け取った。なに、と俺は答えた。

「ちょうど仕事が休みに入ったものでね。」

ほう、と男は興味深げに答えた。

「お仕事は何を?」

工場だ、と俺は答えた。

「小さな街の、小さな工場で、小さな部品を作ってるんだ。でも工場のシステムにトラブルが発生して、しばらく操業出来なくなった。同じ日に、彼女のプジョーがウンともスンとも言わなくなったのさ。」

なるほど、と男は言った。たくさんの意味の無い相槌を打ちなれた人間が言う、適度なニュアンスのなるほど、だった。

「ともかく、あなたのおかげで予定よりも早く終わりました。」

男は、内ポケットから封筒を差し出した。

「少しですが。私どもの気持ちです。」

俺は黙って受け取った。男はにっこりと笑って、それでは、と一礼して出て行った。リナもあとに着いて行った。彼らの姿が消えてから、俺は封筒の中身を確認してみた。びっくりするほどの金額が入っていた。あの男が封筒を間違えたんじゃないかと一瞬思ったが、あの男がそんなヘマをするはずがないと思い直した。ということは、これは、あの男にとって、リナの仕事を手伝った俺に対する妥当な謝礼ということだ。俺は呆然とした。封筒をポケットに入れて首を横に振ると、リナが帰ってきた。

「あとは彼が資料を検討した上で、追加の仕事があるかどうか判断するまで数日待機よ。ありがとう、本当に助かったわ。」

俺は黙ってさっきの封筒を差し出した。

「多過ぎないか?それともこれが君らの事務所の相場なのか?」

リナは微笑んだ。

「感謝の気持ちは積み過ぎてはいけないということはないのよ。いいからそのままもらっといて。それでウチの事務所が傾くわけでもないんだから。」

複雑な気分だった。俺が普段している仕事の、下手したら倍だ。人を乗せて走り回った、それだけで。気分を変えよう、何か他の話をしよう、と俺は思った。

「プジョーは直ったのか?」

「ひとつ足りない部品があるらしくて、どこかから取り寄せてもらってるわ。それが届いたら出来たようなものね。帰ってから取りに行くことにするわ。ここまで持ってきてもらうなんて、時間もお金ももったいないものね。」

「そうか。」

さて、とリナは言った。

「今日はホテルに戻ってのんびりするわ。帰るまでに一度またお爺さんの工場に連れて行ってくれない?ささやかに打ち上げをしましょうよ。」

ああ、と俺は答えた仕事を終えたリナはリラックスしていて、楽しそうだった。じゃあね、と言って店を出て行く後姿を見送って、俺はコーヒーを飲んだ。ポケットの中の金が、かさばって居心地が悪かった。


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