ヘタレ勇者が妄想する恋愛シミュレーション
俺は、勇者橘恭平。
異世界に来てからわずかの間に大活躍をしたことにより、今や俺の名前はその功績とともに大陸中に知れ渡っている。
しかも、勇猛さだけでなく、自分で言うのも何だが見栄えのよい外見と、その社交性、そして男らしく優しいうえに高潔で、その大きな人間的な器の大きさもあり、将来の国王になってもらいたいという声さえある。
当然、俺はどこに行っても女性からの黄色い声に包まれる。
モテるのである。
実力があるうえに非の打ち所がない人格なのだから、当然ではあるが。
それは、一緒に旅をしている旧創作料理研究会関係者も例外ではない。
その気になれば、歴史に残るハーレムを形成することだって可能である。
だが、人格者で博愛主義者ある俺は、女性に対しても、いつも通り高潔さと平等さを保っているわけなのだが、平等という点では、たったひとり例外がいる。
松本まみである。
彼女は、元の世界で俺たちが通っていた千葉県立北総高等学校通称北高で一番のモテモテ女子高校生であり、学校だけでなく周辺でも一番かわいいと評判であった。
俺たちが通う北高のライバル関係にある私立南沢学園通称南高は、かわいくて有名な彼女を入学させるために、学費の免除だけではなく、交通費や食費まですべて学校が負担するという驚くべき好条件を提示したのは有名な話である。
だが、まみが選んだのは、破格の好条件を提示したその南校ではなく、公立の北高だったわけなのだが、その理由こそ俺が北高受験を決めたことだった。
俺とまみは相思相愛なのである。
今のところ、はっきりとしたことは決まってはいない。
だが、断言しよう。
異世界か、それとも元の世界かはわからないが、俺とまみは将来結婚するのだ。
私の名前は松本まみ。
創作料理研究会の活動中に他の部員や顧問の恵理子先生と一緒に異世界に飛ばされてしまいました。
でも、私は全然不安ではありません。
それどころか嬉しくさえあります。
理由は、もちろんまりんさんと一緒にいられるからです。
私、松本まみは、小野寺麻里奈さんが好きです。
いや、愛しています。
今から、三年以上前、中学校に入学してすぐに、私は男子生徒四人に敷地の隅に連れ込まれました。
私は必死に助けを求めましたが、私を押さえつけた男子四人のうち三人は有名な不良で、もうひとりは医者の息子で彼らのスポンサーをしていたこともあり、関わりたくない男子は目を背けて見なかったことにして、誰も私を助けてくれませんでした。
女子ですか?
私は、当時今以上に女子には人気がなかったので、もちろん助けてもらえませんでした。
先生の目の届かないところまで連れて来られた私が、四人から「身体検査」を受けさせられるところに現れたのが、まりんさんとヒロリンでした。
その頃私はまりんさんたちと面識はありませんでしたし、彼女たちも偶然そこにやってきただけで、私がそこにいることは知らなかったようです。
その後のことは、今でも鮮明に覚えています。
まりんさんが男たちに声をかけ、三人の男たちが「もうふたり患者が来た」などと叫びながらふたりに襲いかかりましたのですが、ヒロリンがその三人をあっという間に倒してしました。
倒したという表現は適切ではないです。
信じられないことですが、平均より小柄な彼女が自分よりもはるかに大柄な三人の男子を次々に殴り倒して動けなくすると、とどめを刺すように一人ずつ馬乗りになってヘラヘラとした笑顔のままで、聞いたことのない言葉を呟きながら気絶するまで彼らを殴り続けました。
その間に、まりんさんが私を助けてくれたわけですが、一対一なら勝てると思ったのか、まりんさんに殴りかかった医者の息子であるもうひとりも、まりんさんに一方的に殴られて、あまり時間が経たずに無残な顔になりました。
とにかくふたりとも強かったです。
これは後で聞いたことなのですが、まりんさんとヒロリンは、小さいころから護身術というものを習っていたそうです。
そうして助けられた私ですが、震え上がっていた私に、まりんさんが手を差し伸べた時、魔王を倒して助けに来てくれた王子様に助けられたお姫様が恋に落ちる気持ちがよくわかりました。
私にとっては、まりんさんが童話に出てくるお姫様を助ける王子さまなのです。
あれから三年以上経ちました。
もちろん、私は今でもあの時と同じ気持ちです。
ライバルは多いです。
まりんさんには、たしかに女子が引き付ける魅力がありますし、男子がまりんさんの魅力にまったく気がついていないことはありがたいことではありますが、それでも数は多すぎます。
ちなみに、まりんさんは、「女子は私の恋愛対象ではない」と言いますが、男子が好きかといえば絶対にそういうことはなく、十分チャンスがあると私は思っています。
今年の春にライバルたちを引き離す絶好のチャンスが訪れました。
高校受験です。
もちろん南高の条件は魅力的でした。
でも、私が当初南校に行くつもりだったのは、その条件ではなく、あくまでまりんさんが成績優秀者として南校に推薦入学する予定だったからで、どのような理由かはわかりませんが、まりんさんが南校の推薦を辞退し、北高を受験するとわかったときは、私も迷いなく南校の推薦を辞退しました。
さて、ここで心の中で告白します。
本当のことをいえば、当時の私が一番のライバルだと思っていたのが、いつもまりんさんと一緒にいるヒロリンでした。
彼女はまりんさんと幼なじみであり、小学校ずっと同じクラスだったのに対して、別の小学校だった私はそれだけで差がつけられているといつも思っていました。
しかも、ヒロリンは中学生でも三年間まりんさんと同じクラスだったのに、私は三年間ついに一緒のクラスになることがありませんでした。
私は、ヒロリンに対して嫉妬する気持ちを抱いていたのです。
その彼女が、自分の実力より遥か上の北高を受験すると聞いたときは、心のなかで私は彼女の不合格を確信し、これで彼女とまりんさんが別れると喜びました。
彼女の成績の悪さは本当に有名でしたから。
まあ、ヒロリンの本当の学力を知った今となっては笑い話ですけれど。
そして、ライバルより優位に立つ二度目のチャンスこそ、この異世界転移なのです。
私は初めてまりんさんと同じクラスになり、まりんさんがつくった創作料理研究会の一員となりました。
これでライバルたちにかなりのアドバンテージが得られたと思いました。
ただ、喜んでばかりもいられないあらたな要因も生まれたのも事実です。
相変わらず、まりんさんの隣にはヒロリンがいたわけなのですが、それよりも場違いのような男子が、創作料理研究会に入部してきたことが、私をより不安にさせました。
その場違いな男子こそ橘さんです。
しかも、橘さんは、近所に住むまりんさんの幼なじみで、お互いに「麻里奈」「恭平」と呼び合っていました。
以前まりんさんは、「私は女子を恋愛対象としない」と言っていました。
その言葉と、まりんさんが自分がつくった創作料理研究会という組織の限定六人の部員のなかに橘さんを加えたことを考え合わせると、まりんさんの恋愛対象とは橘さんではないかと考えて私は寝られない日が続きました。
しかし、橘さんを観察していると、彼はまりんさんではなく、どうやら私を好きだということがわかりました。
私自身は好きどころか橘さんなど興味の対象ではなかったのですが、とりあえずはこれは私にとっては都合のよいことでした。
また、その後まりんさんが橘さんを入部させたのは別の目的があったことも判明したわけですが、それでも私にとっての橘さんとは、唯一のライバルまたは、恋敵であることには変わりありません。
そうそう、それからヒロリンですが、現在はライバルではなくなりました。
六月のあの日、あのような光景を見せられては、さすがの私でもそのようなことは思わなくなりました。
もちろん、あのような光景とは春香さんや恵理子先生が三週間寝込みそうだと言ったあの日のできごとのことです。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。