ヘタレ勇者が妄想する武勇伝
異世界での戦闘もかなり慣れてきたところで、その事件が起きた。
もっとも、勇者である俺にとっては、そうたいしたことではなかったのだが。
その事件とは、旅の行商人らしき五人の男たちが、盗賊団に追いかけられていたのだ。
考えてみれば、俺たちが異世界にやってきて初めて見る人間種が彼らとなるわけだが、ここで問題が発生する。
俺が母国語である日本語と完璧に使いこなせる英語にしか話せないのに対して、異世界人である彼らはどう考えても日本語も英語を理解しているとは思えないことだ。
だが、俺は勇者だ。
迷うことではない。
まずは、彼らを助けなければならないのだ。
「まみたちは隠れていろ」
彼女たちが騒ぎに巻き込まれないようにそう指示をすると、俺はすばやく行動した。
俺は旅人と盗賊団の間に割って入った。
「俺は、この世界を旅する剣士だ。貴様たちがこの者たちを害するなら、私が相手をしてやろう」
もちろん、日本語である。
だが、盗賊団は、漆黒のフルプレートアーマーと同じ色の剣を持った俺から発するオーラだけで気おされたらしく、あっという間に逃げ出していった。
「ありがとうございます」
旅人たちは口々にそう言った。
それはたしかに日本語ではない。
だが、なぜか日本語ではない相手の言葉を俺は理解できた。
俺の纏う甲冑にそのような効果があるのかとも思ったのだが、俺は勇者だ。
異世界にやってきた時点で、俺にはその程度のことを簡単にできるようになっていたのだ。
とにかく、命を救われた旅人たちは感謝し、断る俺に無理やり金貨の入った革袋を押し付けた。
……まあ、これが事件の顛末である。勇者である俺にとっては非常にささやかなものであったのだが、これから始まる英雄譚の始まりとなるに違いないだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おい、橘。いつまで寝ているのだ。お仕置きされないように死んだふりか」
「橘さん、起きてください」
ふと気がつくと、春香とまみが俺の顔を覗き込んでいる。
「おっと、眠っていたのか。で、俺が救った旅人たちは、もういないのか」
それは俺の何気ない言葉だったのだが、春香はなぜか怒りだし、まみも何かを言いたそうな顔をした。
「おい、橘。何と言った?」
「だから、俺が救った旅人と言ったのだが」
「俺が救った?俺が救ったとはどういう意味だ」
「そのままの意味だが」
「……橘さん。春香さんの前でそれはダメです」
「いいよ、まみたん。橘は本当におもしろいことを言うな。まりん、橘のバカがまたおもしろいことを言い出したぞ。もしかして、さっき殴られたせいかもしれない」
春香に呼ばれてやってきた麻里奈は、春香の説明を聞くと俺に尋ねた。
「あんた、なにか弁解することはある?」
もちろん、なにひとつやましいことはない俺は大きく頷いた。
「もちろんないぞ」
その瞬間麻里奈の拳が俺の脳天に直撃した。
兜をかぶっていなければ致命傷になりそうなものである。
意識が薄れそうな俺に、その声が聞こえた。
「もう一度頭を打って、自分の悪行を思い出しなさい」
麻里奈の一撃で俺は正しい記憶は取り戻した。
たしかに盗賊団に追われる旅人たちを俺たちが見かけたまでは間違いなかった。
だが、そのとき俺は……「関わらない方がいい。相手は強そうなうえに追いかけられている方は貧乏そうで助けても得にはならないぞ。だいたい俺たちは異世界語を話せないだろう。見なかったことにしよう」と提案して、全員から白い目で見られた。
もちろん、俺の実力を考えれば正しい判断のはずだった。
だが、俺の言葉を聞いたエセ文学少女ヒロリンこと立花博子が「そうですね。交渉するにしても、日本語が通じないのは不便ですから、この世界の共通の言葉は日本語にしましょう」と言い、こともなげに魔法を発動させた。
「これで、どこに行っても日本語が通じます」
「さすがヒロリン」
「まあ、私は異世界語を覚えるのもいいと思ったのですけど」
「語学も堪能なヒロリンはそれでいいかもしれないけど、恭平みたいな英語の成績が平均点以下みたいな凡才もいるし」
「まあ、橘は全部が並み以下の成績だけどな」
「春香さん、それは悪いですよ。そこはせめて平均と言ってあげましょう」
たしかその後にこんな会話もあったな。
事実ではあるが、たいへん無礼なうえに実に忌々しい会話である。
だが、俺にとって忌々しいことはさらに続く。
肝心の盗賊団のほうであるが、こちらも春香のハリセン攻撃でまとめて吹き飛ばされてあっという間にケリがついたのだ。
まあ、戦闘が終わるまで木陰で隠れていたので、俺はかすり傷ひとつなくやり過ごしたのだから、ここまではとりあえずよしとしよう。
だが、ここからがいけなかった。
俺は「命を助けてやったのだから、それに見合う対価を寄こせ」と言ってやったのだが、案の定相手は貧乏な行商人であり、持ち合わせがあまりないという。
麻里奈や春香はお金が欲しくて助けたわけではないなどと言っているが、俺は騙されない。
甘く見られないように俺は「では有り金を全部出せ」と脅したのだが、どうやらそれが麻里奈の逆鱗に触れたらしい。
「それでは、さっきのやつらと変わらないでしょう。本番はなにもしないで何を言うかと思ったらこれだよ。あんたはどこまでクズなのよ」
その声とともに、すぐさま唸りを上げて飛んできた麻里奈からの拳が、俺の最後の記憶となる。
一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。