ヘタレ勇者が妄想する海水浴
一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。
俺は突然異世界に飛ばされ、そしてそこで偉大なる勇者になった。
いや、そのはずだった。
「おかしい」
その光景を眺めながら俺はそう思った。
目の前に広がるのは、青い海と空。
そして、照り付ける太陽。
極めつけは、賑やかな砂浜と多くの水着女性。
「海?日本か?ということは元の世界に戻ってきたのか?」
呟いた俺がうつむいた瞬間、それを確信した。
「戻ってきた。ついに」
上半身裸の唯一俺が身に着けていたのは、それまでの重い甲冑ではなく、同じ黒色だが海パンだったのだ。
その瞬間うれしさのあまり涙が滲んできた。
「理由などどうでもいい。とにかく戻って来られた」
理由はわからなかったが、とりあえず元の世界に戻れたのは吉報と言えた。
だが、新たな問題が浮かび上がる。
「で、ところでここはどこだ。麻里奈たちはどうしたのだろう?」
なぜ、ここでまみではなく麻里奈の名前が出てしまったのかは、とりあえず心に封印して俺は観察に入る。
周りで騒ぐ人の顔や話し声から日本であることはわかったものの、日本のどこかを示すものはどこにもなかった。
しかし、ここで「ここはどこですか?」などと聞いてしまうと、頭のおかしい人と思われ、警察に通報されかねない。
しかも、携帯電話どころか、俺の所持品といえるものは、身に着けている海パン以外にはなく、移動どころか連絡もできない。
「さて、せっかく帰ってきたのに困ったな……仕方がない」
ゴクっと唾を飲み込む。
「これしかない」
隣で日光浴を楽しむサングラスをかけた女性に声をかけることにして、まずは女性の様子を窺う。
……恵理子先生と同じくらいか。
もちろん同じくらいというのは、年齢のことであり、赤い水着に覆われているかなり立派な部類に入る胸のことでは決してない。
俺は大きく深呼吸をしてから、小さく声をかけた。
「……あの~すいません」
実を言うと、見知らぬ女性に声をかけるというのは、俺にとっては飛び越えるのは容易ではないくらい高いハードルだった。
「……はい?」
だが、努力は報われたらしい。
これは俺の日頃のおこないがいいからに違いないのだが、とりあえずは、様々な神様に感謝することにした。
女性はサングラスをはずし、俺の方に顔を向けた。
「あれ、田代先生?」
「君は……上村先生の子分の……橘君?」
なんという偶然だろう。
その女性は、北高教師で上村先生のライバルである田代玲子先生だった。
教師だけでなく北高男子の人気もこのふたりで二分しているわけなのだが、ここで宣言しておこう。
巨乳好きの俺は当然玲子派だ。
「憧れの先生にそう言われるのはちょっと心外です。とりあえず上村先生は顧問ではありますけど、ただそれだけです」
どういうわけか、今日はこのようなセリフがスラスラと口に出てくる。
これも異世界での経験によるものなのかもしれない。
このまま、田代先生といい関係になるのもいいのだが、俺にはまずやることがあるのだ。
「先生、ところでここは何海岸と言いましたっけ?」
……どうだ、この完璧な質問。
俺はそう思った。
……そこから、会話をしながら情報を手に入れていけば場所は特定できる。 うまくいけば、お金を借りられるし、田代先生が車で海に来ていれば乗せてもらうことだって可能だ。
だが、捕らぬ狸の皮算用のごとく、そう思ったのも一瞬のことだった。
「ここ?ここは通称北高海岸よ」
どこじゃ、というかそんな海岸は元の世界には絶対に存在しない。
「え~と、それはどこですか?」
我ながら実に間抜けな声と質問であったのだが、田代先生の答えは十分にそれにふさわしいものだった。
「北高の校庭に決まっているでしょう。北高生専用プライベートビーチ」
この時俺は納得した。
……ライバルである南高ではあるまいし、公立高校である北高にプライベートビーチなどあるわけがない。というか、あの貧乏だった北高がいつからプラベートビーチを持てるほど金持ちになったのだ。……これは、あれだ。俺は異世界から元の世界に似た別の世界に来てしまったのだな。
こうして、俺はまた頭を抱えることとなった。
巨乳女教師田代玲子嬢のせっかくの水着姿も、まさかの事態に楽しむ余裕がなくなった俺だったが、俺の渋い顔がおもしろかったのか大笑いをした田代先生は、海の方を指さした。
「あとは、あの人たちに聞いてみたら」
田代先生が指さす方向に目をやった俺は驚いた。
「恵理子先生、それに麻里奈」
なんと、麻里奈と恵理子先生が海から俺の方にやってくるではないか。
「橘君が来ないから呼びに来たよ」
「先生、恭平は泳げないうえに意気地がないから仕方がないよ。海に入ると、もれなくウツボに齧られると本気で信じている。ガハハハ」
「それを言うな。そして笑うな」
「アハハハ。信じられない。バカだね。橘君は」
「そうでしょう。バカだよね。恭平は」
「うるさい」
どうしてウツボの話まで知っているかはわからないものの、麻里奈の言っていることはすべて事実であるから否定できない。
それにしてもそれなりに胸のある麻里奈はともかく、幼児体形の恵理子先生までがビキニとは笑える。
しかも、田代先生と同じ赤ビキニ。
どう頑張っても勝負になるまいと俺は思わず苦笑いをした。
そして、当然バレる。
「橘君、私の水着に何か言いたいことがあるの?」
「ないです」
言いたいことをゴマンとあるものの、それをガマンし、同じ教師でこうも違うのかと思いながら、せっかくだからもう一度田代先生の大人の水着姿を楽しもうと、俺が振り返ると……いない。
影も形もないのである。
「どうかした?」
「ここに田代先生がいたのだけど」
「最初からいないよ」
「おかしいな」
「それより、みんな向こうで待っているよ。まみたんもいるよ」
「おお」
状況はよくわからないが、とりあえず仲間たちの安否確認、というか、まみの水着姿を見たい一心で黒ビキニの麻里奈の後を追った。
……これは壮観だ。
俺は思わず唸ってしまった。
まみのビキニ。
まみに憧れる北高全男子を代表してもう一度言おう。
これは実にすばらしい光景である。
たしかに、ピンク地に花柄をあしらった水着に包まれたまみのバストは右隣にいるエセ文学少女ヒロリンこと立花博子にはかなり見劣りはするものの、なにしろ博子は「北高一」と言われるくらいの巨乳の持ち主であり、まみの胸をそんな得体の知れないものと比べる方がおかしいのであり、俺に言わせれば、これくらいが慎み深いまみの性格にふさわしい適正サイズなのだ。
さすがに、胸の大きさを気にしているらしいまみの前では口に出しては言えないが。
だが、ここからは遠慮はない。
春香よ、日頃の恨みのお返しだ。受け取れ。
「なあ、春香。お前のビキニなのか」
まみの引き立て役の春香が控えていたわけだが、勇気を奮って言ってみたものの、お仕置きが怖いので口に出せるのはここまでである。
それにしても、こいつまでがビキニとは驚いた。
「まあ、夏の海でビキニになるのは女子高校生のたしなみだからな。ん?どうした」
「いや、なんでもない」
もちろん「幼児体形どころか乳児体形であるお前など、ビキニなど百万年早い。お前には小学生、いや幼稚園児用の水着で十分だ」と言いたかったのだが、さすがにそこまで言ってしまったらどうなるのかは想像できたのでやめた。
……この時は。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……恭平、起きなよ」
「いったい、こいつはどこで何をさせたら役に立つのだ。おとなしく見張りをしていろと言ったのにこれか」
「でも、寝ていたということは覗きはしていないということだよね」
「それはそうだが、どうも納得できん。とりあえず一発殴っておくか」
「それにしても、恭平君のお顔はいつも以上に気持ちが悪いです」
「どうせまたろくでもない夢を見ているに違いない。やはり殴ることにする。橘、ありがたくお仕置きを受け取れ」
「ぐわっ」
遠くでこのような会話が聞こえた直後、春香の脳天を直撃する一撃で俺は目を覚ましたのだが、まだあの余韻は残っている。
それにしても惜しかった。
たとえ夢であってもまみの水着姿などそうそう見られることはない。
しかも、ビキニ。
そう思う俺の心の声が思わず出てしまった。
「……まったく、春香は気が利かないな」
「なんだど」
「もう少し……」
「もう少し、何だ」
「まみのビキニが見たかった」
「貴様、仕事もせずに、またいやらしい夢を見ていたのか」
「イダっ」
そこからは恒例の厳しいお仕置きタイムである。
いつものように床に正座させられた俺を女性陣が取り囲む。
「……橘、私は貴様に何と命じた?」
「お前たちが水浴びをしている間、見張りをしていろ」
「それだけか?」
「覗きはするな」
「そうだ。ところが貴様は居眠りをしていただけでなく、あやしげな夢にうつつを抜かしていた。死刑になっても文句はないな」
「いや、たしかに居眠りはしていた。だが、あやしげな夢とは失敬だ。これは健全な男子として当然見る夢だ」
「まあ、まみたんのビキニじゃもう少し見たいという恭平の気持ちもわかる」
これまで何度も言ってきたが、自分が部外者の場合の麻里奈は、こういうことに非常に寛容である。
「そうですね。まみたんも恭平君の夢に出られてうれしいですか?」
こっちはさらに寛容である。
「嫌ですよ。私はまりんさんの夢に出たかったです」
まみは口をとがらせていたものの、とにかく麻里奈の一言で今回だけはなんとか穏便に済みそうな流れになった。
だが、ここで麻里奈の言葉に気が緩んだ俺は、つい口を滑らせ、余計な一言を言ってしまう。
そう、夢の中では自重できたあの一言だ。
「ちなみに、春香も出てきた。乳児体形には不似合なビキニだったぞ」
言った瞬間俺も失言だったと思ったものの後の祭りである。
当然、春香がこの失言を聞き逃すはずがない。
「……橘」
「……」
「お前の中で私はどのような水着を着ていたかもう一度言ってくれるか」
「いや、その……」
「これはすべてを吐かせるしかないな。貴様がどのような妄想をしていたか」
言いたくはなかったが、春香の厳しい拷問により、俺は夢の内容をすべて白状した。
もちろん、心の声も。
だが、すべてを自白したからと言って罪が軽くなるはずはない。
「春香さん、厳しくやっちゃってください」
「もちろんだ。貴様、幼稚園児用水着とは言ってくれる」
「私だってそうだよ。田代先生なんぞより私を下に見るとは、まったくけしからん橘君だよ」
そのあとは……まあいつもどおりである。
口は禍のもとであることを実感したできごとであった。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。