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ヘタレ勇者が妄想するドラゴンスレイヤー

一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。

 異世界に飛ばされてしばらく旅をした俺たちは、小さな村に辿りついた。


 もちろん、俺たち全員誰一人として異世界の言葉などわかるはずもないのだが、普段の弛まぬ努力によって培われた俺の高いコミュニケーション能力によって、村人たちとの会話は支障がなくなるまでそれほど時間を要しなかった。


 彼らは俺が森で魔族たちを打倒しているのを遠くから見ていたらしく、全幅の信頼を寄せてくれた。


 彼らが用意してくれた宿屋で二日間英気を養っていた俺たちだったが、三日目の朝、村人たちの様子がおかしいことに気がついた。


「どうされました」


 俺がそう尋ねると、浮かない顔の村長が答えた。


「今しがた、ドラゴンの使いがやってきました」


「ドラゴン?」


「はい、南の山奥にある谷に住む凶悪なドラゴンからです。そのドラゴンから毎年何回か貢物を要求する使者がやってきます。それが……」


「なるほど。そのドラゴンが理不尽な要求をしてきたわけだな」


「そんなものは断ればいいじゃない」


「そうそう。代金も払わないで物が手に入るなんてなんと羨ましい、ではなく、なんと厚かましいドラゴンだね」


 村長の話を聞いていた俺の後ろに隠れていた麻里奈と元の世界では強欲守銭奴教師として有名だった恵理子先生が顔を出して能天気なことを言い出すと、村長の顔はますます暗い表情になった。


「そんなことはできません。実際にドラゴンの要求を拒絶した村がどうなったと思いますか」


「わからないよ」


「どうなったのですか?」


「ドラゴンが村を焼き払いました。全滅です」


「全滅?」


「全滅だと」


「全滅か……じゃあ言うことを聞くしかないか」


「そうだね」


 遅れてやってきたまみや春香も話に加わって、ドラゴンの理不尽な要求を呑む理由についてとりあえず納得した。


「ところで、そのドラゴンさんは、いつもいったい何を要求してくるのですか」


 憎きドラゴンにまで「さん」付けの暢気過ぎるコメントは、もちろんいつもヘラヘラと笑っている頭の悪そうで実際に頭の悪いエセ文学少女のものである。


 ついでに言っておけば、常にトップクラスだった学力優秀な俺と違い、このバカの中学生時代の成績は曲芸飛行並みの低空飛行であり、その低空飛行を三年間続けながら、見栄で受験した名門北高にまちがって合格してしまったので、当然のごとく高校でも常に赤点を連発しており、試験後には北高伝統の補習授業で教師たちに絞られている。


 そのバカなエセ文学少女からの質問に対する村長の回答がこれである。


「村で美しい娘五人。しかも、一番目から五番目」


「あらら」


「それは大変」


「今回も同じということか」


「はい。しかも、言いにくいのですが、ドラゴンの指名で皆さまのうちの四人がそこに含まれているわけで……」


 と、ここで俺のグループで、予想外の内輪揉めが起こる。


「とりあえず、まみたんとまりんはいいわよ。あとのふたりって誰よ」


「決まっているよ」


 まずは、恵理子先生の問いに、そう言って平らな胸を張って宣言する春香説。


「私と……もうひとりは、若い分ヒロリンかな。ドラゴンだって幼児体形のおばさんには興味ないよ」


 続いて、その部分については春香と大差がない恵理子説。


「私と、ヒロリンでしょう。それこそ乳児体形に出番はない」


「なんと失礼な」


「そっちこそ、大人の色気がわからないくせに。残りはヒロリンね。これで決着よ。恨みっこなしということでいいかしら」


「望むところだ。ヒロリン発表して」


 ところが、その博子説は意外なものだった。


「ハルピと先生でしょう。私なんか無理です。おふたりにお譲りします」


「あれれ、随分謙虚ね」


「まあ、ヒロリンがそう言うならそれでいいけど」


 一件落着に思えた。


 だが、バカのくせにこういうことだけに関しては、春香や先生よりも賢い、いや、ずる賢いこのエセ文学少女が考えていることなど、俺にはお見通しである。


 一言言ってやることにした。


「おい、お前は単純にドラゴンに食われたくないだけだろう」


「アハハ、ばれましたか?」 


「あっずるい。やっぱり私が辞退するよ」


「いやいや私こそ。先生は大人の色気とやらをドラゴンに見せて来なよ。きっと喜んでもらえるよ」


「いやよ、今さら」


 三つ巴の醜い争いが始まると、さらに麻里奈とまみまで加わり、収拾がつかないことになった。


 日頃このようなことには関わらないことにしている俺だったが、さすがに異世界人の前での醜態をいつまでも続けさせるわけにもいかず調停に乗り出した。


「待て、待て。いいか、これはあくまで自薦でも他薦でもなく、ドラゴンの希望が重要だ」


「仕方がないわね」


「そうだな」


「それではお願いします」


 全員が納得したところで、村長による発表が始まると、全員がブツブツと呟きながら必死に祈り始めるのは、どこかのバラエティー番組の一シーンのようである。


「最初は、あなた」


 さて、そのランキングであるが、村長が、というかドラゴンが名誉ある一番に指名したのは、誰も予想もしなかったエセ文学少女ヒロリンこと立花博子だった。


「私ですか……」


 本来は喜ぶべきところなのだろうが、なにしろこれは食われる順番でもあるため本人も微妙な表情である。


「続いて……」


 さすがドラゴンというべきなのか、続いて選ばれたのは麻里奈で、本命のまみは三番目にやっと選ばれるという大番狂わせであった。


「ドラゴンの好みはよくわからん」


「まったくだ」


「本当だね」


 口々に感想を述べるが、結局残ったのは体のある部分についてライバル関係にあるこのふたりである。


「なんかこうなるとやっぱり先生には負けたくない」


「こっちこそ……あれ」


「先生もわかった?」


「もちろんよ」


 残ったふたりはやっと気がついたようだが、俺は地味顔のヒロリンが最初に選ばれた時点でドラゴンの選考基準がなにかを予想できた。


「おのれ、エロドラゴン。お前も胸の大きいのが好みか」


 幼児体形の恵理子先生が憤慨すれば、乳児体形の春香も負けずに怒りを大爆発させる。


「まったく無礼なエロドラゴンだ。次に先生を選んだら、私が直々に成敗してやる」


 春香のその宣言が悪かったのか、それとも元々のサイズで恵理子先生に負けていたのかについては俺の口からは言えないが、選ばれたのは恵理子先生だった。


「食べられるのは嫌だけど、とりあえずドラゴンが私の勝利を証明してくれたということね。これで決着ね」


 俺のような部外者から見れば実に低レベルではあるが、当該者にとっては非常に重要らしいこの戦いに勝利したことに、勝者である恵理子先生は大喜びとなるわけだが、一方がこれだけ喜べば、当然もう一方はこうなる。


「幼児体形のおばさん教師がエロドラゴンに食われるのはたいへんめでたいことだが、それでもどうも納得できん。とりあえず私も行くぞ。エロドラゴンの目玉が塞がっているか、腐っているのかを確認しなくてならないからな」


 ということで、結局全員がドラゴンの住む谷へ出かけることになった。


 むろん、俺も従者として出かけるわけだが、目的はドラゴン退治である。


 さて、村を出発した俺たちだが、魔物たちの襲撃もなくドラゴンの住む谷までもう少しというところまできた。


 もちろん、戦闘はない方がいいに決まっている。


 だが、静かすぎる。


 これは別のことを暗示する。


「こんな森の中なのに、全然襲ってこなかったね」


「うん、不思議だね」


 春香と麻里奈はそのようなことを言っているが、俺にはわかる。


 ドラゴンが、俺たちを自分の獲物であることを宣言でもしたのだろう。


 どれだけ愚かな魔物であろうが、ドラゴンがそう宣言した獲物に手を出せば、その後にどうようなことが、自分の部族に起こるかぐらいはわかるということなのだろう。


 それだけ、今から戦うドラゴンが強敵だということだ。


 俺は、ドラゴンとの闘いの前に全員の意思を確認することにした。


「もちろん、俺はドラゴンと一騎打ちで勝つつもりだ。秘策もある。だが、実際のところ、ドラゴンというものと戦ったことがないので、どれほどの強さなのかがわからない。しかし、今まで戦ってきたやつらとはケタ違いなのは確実だ。もし負けたときは……」


「心配しないでください。もちろん覚悟はできています」


 真っ先に発言したのは、普段は口数の少ないまみだった。


「それに、私は橘さんが勝つと信じています」


「私も」


「私もだよ」


 麻里奈や春香もまみに続き声をあげたので、恵理子先生も渋々続いたようだ。


「そうそう。それに橘君が負けたら私たち食べられちゃうのだからね。嫌だよ、タダで食べられるのなんか」


「私は、逃げます。転移魔法で村まで」

 

「第一候補のヒロリンが帰ってきても、村人がドラゴンのもとまで連れ戻すと思うけどな」


「だいたい、転移魔法なんて持ってないでしょう」


「あっそうだった」

 

 エセ文学少女だけは、逃亡を図るとは言ったものの、実現不可能なことであり、場を和ませるために言ったことにしておこう。


「ありがとう。では、ドラゴン退治に行こう」


 それは谷の入口で俺たちの到着を待ち構えていた。


 簡単に言ってしまえば、羽の生えた巨大なトカゲである。


 だが、ただ大きいだけでない。


 全身を黒い鱗に覆われた邪悪なオーラを纏うが、実は知性は高く、プライドはさらに高い。


 つけ加えれば、魔法も使えるというそいつに俺は宣言した。

 

「ドラゴン、俺はお前を倒しに来た者だ。勝負しろ」


 黒ドラゴンは咆哮するように人間の言葉を話した。


「よかろう。一騎打ちが所望なら受けてやる。人間よ、その前にこれを見ろ」


 ドラゴンの指示で、子分の魔物が引っ張り出してきたのは十字架である。


 そして、そこに磔られているのは……。


「……お兄ちゃん」


「由佳、なんでお前がここにいる?」


 小学六年生の妹である由佳だった。


 しかも、スカートははぎ取られパンツ丸出しの姿である。


「お兄ちゃんにパンツを見せて元気になってもらおうと思ってきたのだけど、ドラゴンに捕まっちゃったよ。助けて、お兄ちゃん」


 由佳が俺の妹だとドラゴンがどうして知っていたのかはわからないし、そもそも妹の由佳がどうやってこの異世界にやってきたのかもわからないが、とりあえずこれは人質である。


 ついでに、少しだけ説明をしておけば、妹由佳はどういうわけか俺にパンツを見せたがる。


 もちろんこれは、妹が勝手にそう思ってやっていることであり、俺が普段から妹にパンツを見せるように強要しているとか、小学生の妹のパンツを覗き見しているとか、ましてパンツを被ったりするような変態行為をしているわけではない。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 これは予想外のことである。


 だが、用意周到の無敵剣士の俺である。


 確かにこの事態はまったく予想はしていなかったものの、この程度のことが十回起こっても余るくらいの準備と策は用意している。


 まずはこれだ。


「貴様が人質を取らないと人間と戦えないような意気地なしの小心者で器の小さい腐れドラゴンだということがわかった。そういえば、たしかに小物臭がするな。お前からは」


 どういうわけか聞き覚えのあるそれらの言葉がポンポンと飛び出す。


 当然これくらいの挑発では動じないと、俺は第二、第三の言葉を用意していたのだが、効果は抜群だった。


「その小娘を放せ。どうせ後で後ろにいる女どもと一緒に食ってやる。まずは無礼な貴様からだ。名前を聞こうか、人間」


「橘恭平。ドラゴンよ。貴様の名前も聞いてやろう。もっとも、すぐに用済みになるけどな」


「我が名はセテク。たしかにすぐに死ぬ貴様に私の名前は必要がなくなるな。さらばだ、人間」


 名乗ると同時に黒龍は炎を吐き出し、俺とこいつの死闘が始まった。


 ドラゴン。


 それは、この世界における最強種族であり、並みの人間なら何百人が束になって挑んでも勝てるものではない。


 それは、このドラゴンも知っている。


 だが、頭のいいこいつにとって誤算だったことがひとつある。


 目の前にいる男がこの世界で最強の戦士であったのだ。


 加えて、こいつは俺に準備期間を与えたことを命取りだった。


 だから、戦闘前に俺はまみたちに負ける可能性について話をしたものの、負けるなどとはこれっぽっちも思っていなかった。


「逃げ回ってばかりだな、人間」


 俺の中では、すでに名前など忘却の彼方に押し込まれたドラゴンは、そう喚きたてる。


 明らかに苛立っている。


 軽やかなステップで、シッポや前足での攻撃もすべて見切った。


 そろそろ反撃開始である。


「遅いな。遅すぎる」


「なんだと」


「お前はたしかに大きく力は強い。だがそれだけだ」


 それから、俺の攻撃が始まると、それは一方的だった。


 まず、右目を潰し、それからその死角からの攻撃で、逃げ出さないように翼を傷つけ、続いて残った左目に剣を突き刺すと、あとはむやみに暴れるだけの攻撃を軽くかわし、脳天に剣を突き刺した。


 かなりの硬度のあるはずのドラゴンの鱗も豆腐のように柔らかく感じるのは、俺の持つ剣がいかに名刀かを示すものであるが、むろんそれだけではない。


「これだけではない。くらえ、妖刀『火炎樹』の真の力」


 ドラゴンの脳に届いた剣はそれまでの漆黒から溶岩のような真っ赤に変貌した。


 咆哮するドラゴン。


 最後のあがきの炎で辺り一帯を焼き払ってドラゴンは絶命した。


 ドラゴンの死に驚いた子分の魔物たちは、蜘蛛の子を散らすように森に逃げ込んだが、雑魚に興味のない俺はもちろん追いかけるつもりはない。


「橘さん、すごいです。おめでとうございます」


 涙を流して駆け寄るまみに続き、麻里奈たちも次々に駆け寄る。


「そうだ、ドラゴンスレイヤーの証として首を持ち帰らなければならないよね」


「そうだ、恭平、早くしなよ。ドラゴンスレイヤー恭平」


「ドラゴンスレイヤーの仲間なのね。私たちは」


 ドラゴンスレイヤー、竜殺しの名誉あるその称号とともに、俺の名前は大陸中どころかこの異世界中に轟き、歴史に一ページに刻まれるのだろう。


「恭平君、恭平君」


 満足感と達成感に浸る俺を呼ぶ声がするが、無視してもバチは当たるまい。


 最高の瞬間をもう少し味わおう。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「恭平君、恭平君」


 俺を不快にさせるその呼び声は、常にずる賢いことしか考えない自称魔術師であるエセ文学少女ヒロリンこと立花博子のものだった。


「恭平君、ドラゴンさんとの闘いは終わりましたので、そろそろ起きてください」


「ほっとけよ、ヒロリン」


「そうそう、橘君はドラゴンに食べられればいいのよ」


「というか、実際に食べられたし」


「アハハ」


 博子に続いて、ドラゴンスレイヤーの俺を侮辱する言葉を吐いているのは、春香と恵理子先生である。


「でも、橘君は、ドラゴンに食べられながら嬉しそうな声を上げていたよね」


「まったく信じられん。こいつ以上の変態がこの世に存在するとは私には思えんぞ」


 もうこの罵詈雑言に我慢できないと起き上がった俺だが、こいつらの口を塞ぐ以外にももうひとつ目的があった。


 目的というか、気がかりである。


 そう、妹の由佳のことである。


「おい、ヒロリン。由佳はどうした?」


「由佳ちゃん?ですか……」


 博子のとぼけた返答のあとに続くのは、麻里奈まで加わったさらにレベルアップした罵詈雑言の嵐である。


「橘よ、小学生の妹のパンツが恋しくなったのか。変態、死ね」


「橘君なら、異世界に来るときに何かひとつ持って来てもよいと言われたら、小学生の妹のパンツを持ってきそうだよね」


「恭平、あんた、もしかして由佳ちゃんのパンツを被って異世界を旅したかったの」


「なにしろ恭平君は、毎日床に転がって小学生の妹のパンツを覗き見していましたら、見られなくなって寂しくなったのでしょう。みんなで哀れみましょう」


「このロリコンの覗き魔野郎、お前はパンツ被り魔の露出狂の最低の変態だな。元の世界に帰ったときには、貴様の言葉を妹に伝えてやろう」


「怒り狂った由佳ちゃんが、橘君の顔を踏みつける光景が目に浮かぶよ。橘君にとっては、それはそれでご褒美だろうけど」


 ドラゴンスレイヤーであるこの俺に対して言いたい放題である。


 この無礼者たちを成敗する必要がある。


「お前ら、たとえ冗談でもドラゴンを退治した俺に対して失礼だろう」


「ドラゴンを退治した?お前が?」


 全員が俺の言葉に大爆笑である。


「恭平。異世界に来て日本語を忘れたの?退治されたのはドラゴンではなくあんたでしょうが。言うのであれば、『ドラゴンに退治された俺』でしょう」


「そうそう。橘君はドラゴンに齧られていました」


 裏切り者たちの攻撃に窮地に陥った俺を助けるために登場したのはまみである。


「みなさん、ひどいですよ。そのような言い方は。立派に役目を果たした橘さがかわいそうです」


 さすがはまみである。


 だが、まみの言葉に続きがあった。


「……ドラゴンをおびき出す囮として」


「エサ。エサね」


「そうそう。エサ。小心者らしく泣きながら見苦しい命乞いをしたけど、結局ドラゴンに体半分食べられていました。パクパクパク」


「ドラゴンさんは、まずいとか言いながらポイと放り投げていましたけど」


「……本当か」


「はい」


「そのドラゴンは誰が倒した?」


「もちろん、春香とヒロリンだよ。ヒロリンの魔法で動けなくして、春香のハリセン攻撃で吹き飛ばした」


「それで、そのドラゴンの死体は?首を取ればドラゴンスレイヤーになるぞ。俺たちは」


「貴様、何もしていないのに、俺たちとか言うな。本当にこいつの言葉ひとつひとつから小物臭がするな」


「仕方がないです。意気地なしの恭平君は知恵も勇気もありませんけど、器の小ささでは北高でも並ぶものがありませんでしたから。わかりました。恭平君はまたいつもの妄想癖が出たのですね」


「そうか。春香」


「ラジャー。喜べ、橘。お前の大好きなお仕置きだ」


 その声とともに脳天に「光速拳」が到来した。 


 春香のお仕置きによって覚めた俺にはいいことは待っていない。


 徐々に思い出す悪夢。


 そうだ、俺は春香の提案に乗った麻里奈にドラゴンを捕まえるためのエサ役を仰せつかった。


 もちろん俺は反対した。


 だが、麻里奈が一度言い出したことを変更するはずもない。


「いいでしょう。どうせ生き返るのだから。安心してドラゴンのエサになりなさい」


 当然こうなる。


 そして、ここでいつも俺をお仕置きして楽しんでいる春香も加勢に加わるわけである。


「肉体的苦痛を無上の喜びと思う変態であるお前にピッタリの役だろう。この役を考えた私に感謝しろ」


「ふざけるな」


 俺は必死に抵抗したものの、結局乱暴に縛り上げられて、空からよく見える丘の上に放置された。


 それだけではない。


 麻里奈以上に性格の悪いエセ文学少女ヒロリンこと立花博子の提案により、ドラゴンを侮辱する幟まで立てたのだ。


 当然飛行中それを見つけたドラゴンがやってくる。


 こわい顔のドラゴンがさらにこわく見えたのは、とても気のせいとはとても思えない。


「無礼なことを書いたのは貴様か」


 ドラゴンは流暢な人間の言葉で俺にそう尋ねた。


 もちろん、俺は完全否定した。


 このように。


「もし、俺がそれを書いたのなら、こんなことにはなっていないだろう」


「たしかにそうだな。だがこのようにも書いてあるぞ。『俺を食ってみろ。食えなければお前をヘタレドラゴンと大陸中に宣伝してやる』。ここまで言われてお前を見逃すわけにはいかないな」


 そう言って、ドラゴンは笑った。


 少なくても、俺にはそう見えた。


 もちろん俺は笑えない。


 恐怖に震えながら、俺はエセ文学少女を呪った。


 たしかに、これまでも何度も死んだ。


 だが、今回は生きながら食われるのだ。


 冗談じゃない。


「助けてくれ。助けてくれたらなんでも喋る。そうだ、これを書いた奴らのこと喋る。そのなかには牛のように胸が大きくて俺の百倍うまそうなやつもいる。俺の縄を解いてくれたら、俺がそのうまそうな牛女を連れてくるぞ」


 俺は、半泣きしながら、命乞いをした。


「だが、お前がそのまま逃げないという保証はないだろう。なにしろ私にはお前が意気地もなければ勇気もない卑怯者で器のちいさい小心者に見えるからな。それに自分が助かりたいばかりに友を売るなど人間の倫理に悖るのではないのか」


 さすがはドラゴン、俺の高潔さが微塵もわかっていないようだったのだが、その疑問はもっともであり、納得させる必要があった。


「いえいえ、あいつらは私の友ではありません。ですから私もあいつらがあなたに食われるところが見たいのです」


 俺は必死だ。


 助かるためになんでも言った。


 ドラゴンは面白そうに俺の話を聞いていた。


 談笑が続いたところで、ドラゴンがついでのようにそれを切り出した。


「ところで、人間。お前はそのおいしいそうな牛女たちが隠れている場所を知っているのか?友でもない人間がその場所を知っているとは私には思えないのだが」


「心配しなくてもだいじょうぶ。もちろん知っている。今頃森の向こうで罠を準備しながらのんびりしているはずだ」


 今考えると、これが俺の失敗だったのだ。


 ドラゴンからすれば、欲しい情報さえ得てしまえば、俺は用済みになるわけで、結果は当然こうなる。


「そうか。ありがとう、愚かな人間よ。さすがにエサになるだけのことはある。では、あとは私がその牛女を探すことにしよう」


 そう言うと、ドラゴンは俺を鷲掴みにした。


 俺の記憶はここまでなのだが、かなり離れた場所にいたはずの麻里奈たちが、隣で見ていたかのように俺とドラゴンの会話の内容まで知っているのには訳がある。


 そう、なぜかチート能力が与えられている元エセ文学少女で現在は無敵魔法使いになっているヒロリンこと立花博子の魔法によって遠くからでも様子を窺うことができたのだ。


 これによって急襲されることなく万全な迎撃態勢がとれたのである。


 さて、そのドラゴンであるが、「死なない程度」に一方的に痛めつけられ、春香たちとの力の差を認めて降伏したらしいのだが、麻里奈は「私が呼びつけたときはすぐに飛んでくること」を条件に解放してしまい、俺たちはドラゴンスレイヤーになるチャンスを逃していた。


「麻里奈、今回ほどお前がアホだと思ったことはないぞ。歴史に名前を残すチャンスだったのに」


「いいの。私はそういうものに興味ないし。そういえば、ヒロリン。ドラゴンと楽しそうに何を話していたの?」


「ドラゴンさんが使っていた古い言葉を教えてもらっていました。まりんさんも覚えますか?」


「私がいいよ。それにしてもよくドラゴンの言葉なんかを覚える気になるね。いったい何カ国語を覚える気なのだろうね。この子は」


「さすがはまりんさんを抑えて学年トップになるだけのことはありますね」


「バカな橘はヒロリンの爪の垢を煎じて飲ませてもらえ。なにしろ橘のおかげで我が創作料理研究会の平均点が下がっているのだからな。足を引っ張るばかりでなく、たまに何かの役に立つことはできないのか。そうだ。久しぶりに悶絶パフォーマンスをやって私たちを笑わせろ。それくらいのことはお前でもできるだろう」


「うるさい」


これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。

キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。


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