ヘタレ勇者が妄想するダンジョンクエスト 2
「恭平、早く起きてよ。ヒロリンの魔法でもう復活しているはずだよ。荷物持ちがいつまで寝ているのよ。いつでもどこでも本当に役に立たないよ。恭平は」
「まりん、こいつはここに置き去りにしていこう。得体の知れないバケモノに食われたといえば、みんな信用するに違いない」
「そうそう」
「それでは、橘さんが少しかわいそうです」
「まみたんの言うとおりです。あれだけ身を挺してトラップ解除に協力した恭平君です。連れ帰りましょう」
「まあ、そこは評価するけど。笑えたし」
そのような会話で俺の意識は戻ってきた。
「……まだ地下道の中なのか。ところで俺が名前をつけたヴァンパイアゴブリンはどこにいった?」
「ヴァンパイアゴブリン?なんだ、それは」
「だから、ヴァンパイアゴブリン……」
「ああ、あれですね。恭平君はまた自分が勇者になって大活躍している夢を見ていたのですね。私としては、恭平君がその十分の一でも活躍してくれることを希望します。勇者ではなく荷物運びとして、ですけど」
「橘が妄想の十分の一?それは無理だろう。こいつなら一万分の一でも活躍できれば御の字だ」
「十分の一?一万分の一?それは何の話だ?」
「それはこっちのセリフだ」
その声とともにやってきた春香の強烈な拳によって俺は再び深い眠りに入るのだが、では実際には何が起きたのか?
それは実におもしろくない話である。
俺にとっては。
では、それを聞いてもらおう。
「地下道?この街の下にそのようなものがあるのか」
「うん。地下道への入口を見つけたらしい」
麻里奈のもとに余計な話を持ち込んだのが、いつものように俺たちが滞在している城塞都市ダハシュールの役人たちである。
「お宝があるかもよ。行こうよ、宝探し」
こちらも、いつものように春香はすぐに乗り気なるのだが、俺はまったく行きたくなかった。
もちろん、それはどうせろくでもないことしか起きないからであり、恐怖心からではないことは念のためにつけ加えておこう。
「そのようなものは、他人に任せればいいだろう。専門の冒険者がいるだろう。なぜ俺たちが行かなければならないのだ」
「恭平、あんたには冒険心というものがないの?」
「ない。俺にあるのは安全第一の精神だけだ」
「それといつもの逃げ口上です」
「うるさい。『君子危うきに近寄らず』は俺の清き正しく生きていくための指針だ」
「そんなヘタレの逃げ口上なんてどうでもいいけど、地下道の地図もないうえにトラップがあるだろうし、それどころかモンスターだっているかもしれないでしょう。だから怖くて誰も入れないそうだよ。やはり私たちが行くしかないでしょう」
「そうか、他人が怖くて行かれないということは、俺たちだって怖くて行かれないと言っても誰にも文句は言われないわけイダッ」
ここで、恒例の一撃が俺の脳天に直撃する。
「橘、今なんと言った?」
「他人が行かれないものは、俺たちだって行かれないイダッ」
再びのお仕置きである。
「お前が言えと言ったのになぜ殴る?」
「恭平、まだわからないのか」
「何が」
「あんた、今なんて言ったのよ」
「他人が行かれないものは、俺たちだって行かれないだろう」
「恭平君、なぜそこで俺たちと言うのですか」
「間違っているか?」
「間違っているだろうが。橘、貴様言ったことをもう一度繰り返してみろ」
「……他人が行かれないものは、俺たちだって行かれない」
「俺たちではなく、俺だろう。地下道の話を聞いただけで震え上がり怖くてお漏らししたのはお前だけだ。言い直せ」
「失礼なことを言うな。お漏らしなどしていないぞ。ただ、ちょっと……」
「ただちょっと、なんだ。ハッキリ言ってみろ」
「こわいだけだ。イダっ」
「そんなことを自慢げに言うな」
「情けない」
「そうそう。情けないよ」
「だが、俺の勘が言っている。今回の地下道は危ないと」
「あんたの勘が大丈夫ということなんかあるの?」
「あるわけないだろう」
「うるさい。怖いものは怖いのだ」
「では、勇気もなければ意気地もない器の小さい小物臭漂うヘタレ恭平君の意見も考慮して、もっとも民主的な方法で地下道に行くかどうかを決めましょう。どうですか」
「賛成」
「異議なし」
「右に同じ」
「私もそれでいいです」
「恭平君もそれでいいですね」
「ああ」
……くそっ。またこの手か。
まあ、この結果がどうなったかなど聞くまでもないだろう。
ということで、俺たちはもっとも民主的な方法らしい多数決なる方法で地下道に出かけることが決まった。
さて、地下道に入る前にはその準備があるわけなのだが、それとは別に俺にはやるべきことがあった。
それは今度こそあれを実行させるために、あの頭が悪く、性格はもっと悪い地味顔メガネと入念な打ち合わせをすることだった。
俺たちのパーティーにはヒロリンこと立花博子というチート級能力を持った魔法使いがいる。
当然こういう能力者がいるパーティーは無敵となるはずであるのだが、実はそうならないのだ。
なぜかこのポンコツ魔法使いは、毎回俺に対してだけ防御魔法をかけ忘れるのだ。
それで、その結果どうなるかと言えば、俺だけがトラップにかかり、モンスターに食われ、そして死ぬのだ
もちろん、ポンコツ魔法使いは死んだ俺をその度に復活させて帳尻は合わせてはいるものの、殺される際の痛みと屈辱までは消えない。
今度こそ、そのような惨劇は避けたいと俺が思うのは当然のことであろう。
「……それで今度こそ間違いないだろうな」
「間違いないです。恭平君にも忘れずに魔法をかけろということですよね。お任せください」
「そう言って、お前は毎回忘れてきたのだぞ」
「今度こそ大丈夫です。恭平君には特別な魔法をかけることをお約束します」
「特別な魔法。それは楽しみだ。期待しているぞ」
……とりあえずこれで最大の不安が取り除かれたことになる。
この時はそう思った。
だが、違った。
いや、実は今まで以上の惨劇が俺を待っていたのだが、それを知るのは地下道に入ってからとなる。
そして翌日、俺たちは予定通り地下道に入った。
「恭平、こういう時は男子が先頭だからね」
……そう来ると思ったぞ。だが、今日はいつもと違うからな。なにしろ、今日はスペシャルな防御魔法が俺にはかかっている。そう、今日の俺は無敵なのだ。
「もちろんOKだ。ダンジョン探索で先頭に立つのは男子の責務というものだ。まみも今日の俺を目に焼き付けてくれ」
「……はい」
「そして、春香。今まで散々バカにしてくれたが、今日お前は今までお前が俺におこなってきた無礼なおこないを悔い、土下座して反省し、新しい俺を崇め奉ることになることを予言しておくぞ」
「ほう、それはおもしろい。楽しみにしているぞ」
「そうしろ。そして、ここでまず宣言しておこう。今日は最初から最後まで俺が隊の先頭だ。誰にも譲る気はない」
「わかった」
「橘、それだけのことを言ったのだから、中に入ってからの取り消しはないぞ」
「むろんだ」
俺がこれだけのことを言えるのには理由がある。
それは、ポンコツ魔術師ヒロリンこと立花博子との打ち合わせの最後に俺が付け加えたこの一言だ。
「おい、俺にそのスペシャルな防御魔法をかけることは誰にも言うなよ」
「どうしてですか」
「それの方がおもしろいだろう」
「なるほどです。了解しました」
さて、いよいよ地下道に入るところで、いつものように博子がわけの分からない言葉を呟いている。
おそらくこれが呪文なのだろう。
今までのことがあるので、俺はそっと近づいて確認をおこなった。
「おい、魔法は大丈夫だろうな」
「もちろん、恭平君にだけはスペシャルな防御魔法がかかっています。敵が仕掛けたどんなトラップでも死ぬことはありません。もちろん敵モンスターに齧られても死ぬことはありません。もちろん骨が折れたり血が出たりはしません」
「魔法はどうだ。お前はいつも肝心なところが抜けているからな」
「失礼な言い方ですが、まあいいでしょう。だいじょうぶです。敵が唱えた魔法では死ぬことはありませんし、怪我をすることもありません」
「完璧だな」
「はい、だいたい完璧です」
「ん?だいたい?まあいい。これで死ぬことはないな」
「はい。それから、この魔法は地下道に入ってから、出るまで有効になります。地下道から出るまではどんなことがあっても魔法は解けません」
「いいぞ」
「では、恭平君、がんばってまみたんとハルピに雄姿を見せてあげてください」
「おう」
俺は勝利を確信し地下道に入った。
地下道に入ると、ヒロリンこと立花博子の「灯り」の魔法によってレンガ造りの廊下を歩いているようであった。
「これなら地図なしでもガンガン進めるな」
浮かれる俺に対して、ポンコツ魔術師はせっせとなにかを書きこんでいる。
「何をしている?」
「マッピングです」
「そのようなものはお前の魔法でどうにでもできるだろう」
「恭平君」
「恭平。お前ってヤツは」
「橘」
「橘君」
俺はそれほど的外れなことを言った覚えはなかったのだが、女性陣からの評価は大暴落した。
唯一の例外がまみということは……。
「ゲーム関連か?」
「そうです。こういうところに来たら自前でのマッピング。これ基本です」
「そうだぞ。橘。先ほどの大言壮語の割には意気地がないな」
「本当だよね」
「ふん。俺は用心深い性格なのだ。どのような場所でも油断はしない」
「要するにヘタレということだろう」
「違う」
実は俺はあるものを探していた。
トラップである。
せっかく無敵になったのだから、地雷のようなトラップを踏み抜いてみたいという欲望があった。
だから、いつもと同じように注意深く歩いていても、今日はいつもようにトラップに怯えているわけではないのだ。
そしてついに見つけた。
待望のトラップ。
しかも、どうやら希望通り地雷式のようである。
「おい、橘。トラップがあるぞ。怖いか?」
……春香、いつもの俺だと思っているようだな。だが、今日の俺はこの程度のトラップなど踏みつけても死ぬことはないのだ。お前の驚愕と失望が入り混じった悔し涙がグシャグシャになる顔が目に浮かぶ。さて、やるか。
「おい、春香。このようなトラップの一番簡単な解除方法を知っているか?」
「地雷式のトラップだろう。やはり、地道な作業だろう」
「いや違う」
「違うのか。ではどうやるのだ」
「なんだ、知らないのか。では教えてやる。今日はすべてのトラップを俺がこのようにして解除していく。その方法を実践してやるからよく見ておけ」
そう言った俺は、それを力いっぱい踏みつけた。
それから数分後。
「アヒ~アヒ~アヒ~○%×$☆♭♯▲!※」
俺がどうなったのか?
たしかに死んではいない。
それどころか、出血さえしていない。
だが、死ぬほど痛い。
というか、死んだ方がいいくらいレベルである。
この痛みは。
「いや~さすが橘。新しい悶絶パフォーマンスを開発したのか。見事、見事」
「ふざけるな。俺は○%×$☆♭♯▲!※だ。ヒロリン、これはどういうことか」
「どういうことかと言われても、私はちゃんと約束を守りました」
「そうかもしれないが、痛いぞ。死ぬほど痛い」
「まあ、そうでしょう。死なないようにしましたけど、痛みはその分増すような魔法ですから」
「おい、約束違反だろう」
「いいえ、約束違反ではありません。私がどう説明したか思い出してください」
博子にそう言われ、俺はあまりの痛みになくなりそうな意識の中で、このポンコツ魔法使いが何と言ったのかを思い出した。
……恭平君にだけはスペシャルな防御魔法がかかっています。どんなトラップでも死ぬことはありません。もちろんモンスターに齧られても死ぬことはありません。
……骨が折れたり血が出たりもしません。
……敵が唱えた魔法では死ぬことはありません。
……だいたい完璧です。
「くそっ。そういうことか。何がだいたいだ。このペテン師」
「それはあまりにも失礼です。恭平君」
「そういうことなら、こんな魔法はいらない。さっさと解除しろ……」
そう言いかけて、思い出した。
……この魔法は地下道に入ってから、出るまで有効になります。地下道から出るまではどんなことがあっても解けません。
「思い出しましたか。そういうことです」
「悪党」
「恭平君だって納得したではないですか。すぐ他人のせいにするのは認知症の第一歩ともいいます」
俺はこの時ほど、この地味顔メガネが麻里奈以上の悪党だと思ったことはない。
「俺は戻る」
当然の判断であろう。
だが、そうはならなかった。
満を持してもうひとりの悪党がここで登場したのだ。
「待て、橘。そうはいかない」
「貴様、地下道に入る前になんと言ったのかを忘れたわけではあるまいな」
「うっ」
忘れたい。
いや、忘れたことにしたい。
だが、残念ながら覚えている。
今となっては、実に恥ずかしいあの大言壮語の数々。
……春香、お前は今までお前が俺におこなってきた無礼なおこないを悔い、土下座して反省し、新しい俺を崇め奉ることになることを予言しておく
……今日は最初から最後まで俺が隊の先頭だ。誰にも譲る気はない。
さっきの地雷トラップを踏みつける前にはこのようなことも言った。
……今日はすべてのトラップを俺がこのようにして解除していく。
……そういえば、春香とのこのような会話をあった。
「橘、それだけのことを言ったのだから、中に入ってからの取り消しはないぞ」
「むろんだ」
だが、このままでは、トラップがあるたびに俺はそこを歩かなければならない。
そして、死ぬより辛い痛みを味わうのだ。
冗談ではない。
……では、どうする?
「前言撤回だ」
「はっ?」
「条件が変わったのだから、撤回してもまったく問題ない」
そうは言ったものの俺自身、これでなんとかなるとは思わなかったのだが、なぜか最強硬派のはずである春香は意外なほどの理解を示した。
「そうなのか?」
「……お、おう。そうだぞ」
「そうか、まあいい……」
この時、俺は助かったと思ったのだが、やはり甘かった。
「だが、私の一存では決められないことだから、みんなの意見を聞いてみようか?」
「はっ?」
「決まっているだろう。『もっとも民主的な方法』で決める」
「いいですね。ここはやはり『もっとも民主的な方法』で決めるのがいいでしょう」
「そうだな。私も春香の意見に賛成だ」
「賛成」
「私もそれでいいです」
「もちろん、橘も依存はないな」
「……ああ」
……くそっ。またこれか。
「もっとも民主的な方法」
それは、自称天才料理人である元エセ文学少女ヒロリンこと立花博子が、自分にとって都合の悪い少数意見、多くの場合は俺の意見だが、とにかくそれを抹殺するときに使用する常とう手段である多数決のことである。
「では、始める。まず大言壮語を撤回し、橘が勇者からヘタレに戻ることを了承する人」
納得しがたいが、仕方がない。
俺は渋々手を挙げたが、当然挙手をしたのは俺だけである。
「橘よ、ガッカリするな。まだ可能性はあるぞ。みんなが両方に挙手しなければ、お前の勝ちになる」
「そのようなことが起こるなど一ミリグラムも考えていないだろうが。さっさとやれ」
「結果が早く知りたい橘のリクエストに応えることにする。さて、ここに入る前に橘が言ったことを実行し、橘が勇者にふさわしい姿を見せることに賛成な人……え~と八だな。ということで、一対八だ」
「おい、なんだ、八というのは」
いうまでもなく。ここにいるのは俺を含めて六人しかいない。
それがなぜ八になる。
「いや、まりんとヒロリンと先生が両手をあげていたので。まあ、場の空気を和ませるための軽いジョークだ」
「くそっ、よくも面白くないことばかり思いつくな……」
「さて、『もっとも民主的な方法』で橘は自らが宣言したことをすべて実行しなければならないことが決定した。拍手~」
パチパチパチと五人分の拍手の音が地下道に鳴り響いた。
「歩け」
春香にこう命じられた俺は再び先頭を歩き始めることになった。
「おい、橘。そこにトラップがある、行け」
轟音。
「アヒ~○%×$☆♭♯▲!※」
「おっと、隣にもうひとつあるぞ」
「おい、もう許してくれ。デカいことを言い過ぎたのは謝る」
「行け」
再び轟音。
「……アヒ~アヒ~アヒ~」
「おもしろいよ。恭平」
「さすが橘が開発した最強トラップ解除法だ。トラップが解除できるうえに変態のお前が大好きな肉体的苦痛も得られる一石二鳥というわけだな。いや笑いも取れるので一石三鳥か」
「うるさい」
俺はこのトラップを仕掛けたヤツを恨みながら情けない声を上げ続けた。
もし、ここで俺の腕がちぎれるとか、せめて出血でもしていれば、俺が味わっているその悲鳴にふさわしいだけの激しい痛みが麻里奈や春香にも伝わるかもしれない。
だが、あのポンコツ魔法使いがかけた余計な魔法によって今日の俺はどんなトラップに遭っても死なないどころか傷ひとつつかない。
この部分だけを聞けば無敵に思えるのだが、そうではない。
あの最悪な性格の地味顔メガネは痛みだけが残るどころか倍増させていたのだ。
メガネ女は「このスペシャルな魔法の特徴です」などと言っているが、俺は信じていない。
絶対にこいつが俺を辱めるためだけに仕込んだのだ。
性格最悪のこいつならこれくらいのことはやるだろうし、こいつはそれだけのことをできるだけのチートな能力がある。
とにかく、そういうことで俺の痛みは誰にも伝わらない。
だから、俺がトラップにかかるたびに上げる悲鳴は物笑いのタネとなり全員に笑われた。
もちろん、憧れのまみにも。
屈辱だ。
そして、ついに俺が一番恐れていたものが現れた。
「結構な大物だね」
「本当だ」
「では、恭平君。行っちゃってください」
今、俺の目の前にいるもの。
それはこの世界で最上位にランクされるモンスターである。
それを俺たちはこう呼ぶ。
ドラゴン。
サイズ的には麻里奈がマロピーと名付けてペットにしているドラゴンよりもかなり小さく、この通路を動き回れないというわけではない。
「それでも、やはりおかしいだろう。なんでこんなヤツがここにいるのだ」
「さあ。それは本人に聞くしかないでしょう」
「そうだな。では聞いてこい」
「俺?俺が聞くのか?」
「それはそうだろう。最初に疑問を持ったヤツが聞くのが世の理というやつだ」
「そうそう」
「それに、こういうことは先頭を歩く恭平の仕事でしょう」
「そうそう」
「それに恭平君は立派な甲冑を着込んでいるではないですか。それに比べて私たちはセーラー服。先生なんてスクール水着です」
「そうそう」
「それに、恭平はヒロリンにスペシャルな魔法をかけてもらっているでしょう。たしか地下道にいるかぎり絶対死なないだよね。ということで、がんばって」
「くそっ」
たしかに麻里奈たち四人は元の世界で通っていた千葉県立北総高等学校通称北高の制服である野暮ったいセーラー服、恵理子先生に至っては着用義務となっているのは「かみむらえりこ にじゅうよんさい ばすとなななじゅうよんせんち えーかっぷ」と書かれた小学生用のスクール水着だ。
それに比べて俺は漆黒の甲冑に同じく真っ黒な剣という一見すると申し分ないで立ちである。
だが、あえて言おう。
俺の立派な武具はハリボテである。
おそらくそれなりの剣士が装着すれば役に立つのだろうが、そのような心得のない俺にとって甲冑は重いだけであり、剣も杖替わりに役立てているだけあり武器と使用したことは皆無である。
さらに、悪徳魔導士にかけられた魔法だって確かに傷は追わないが、その代わりに痛みは倍増するという実に不完全なものである。
それなのに、麻里奈たちはこういう時ばかり持ち上げる。
実に不条理である。
それはさらに続く。
「まみたんも恭平にがんばってもらいたいよね」
「……橘さん。がんばってください」
まみのこの一言で俺に逃げ場はなくなった。
「くそっ」
さて、結果発表である。
まったく無礼なドラゴンだった。
俺は攻撃するわけではなく、なぜここにいるのかを尋ねようとしただけなのに問答無用に炎を浴びせてきた。
「熱い~死ぬ~」
「恭平君。今日はいくら頑張っても死にません」
「本当に学習能力のヤツだな。恭平は」
「う、うるさい。死ななくても死にそうという意味だ」
「橘、貴様は気合いが足りない。『心頭滅却すれば火もまた涼し』という言葉を知らないのか」
「それは知っているが熱いものは熱い。また炎が○%×$☆♭♯▲!※」
結局炎を浴びせられただけで収穫もなく俺が逃げ帰ると、地味顔メガネがドラゴンに近づいた。
「どうせ、防御魔法で守られているのだろうが、とりあえずブレスを受けろ」
俺は心の底からそう思い、実際に口に出した願いだが、なぜか実現しない。
それどころかメガネはドラゴンと談笑しているではないか。
それだけではない。
俺に対しては問答無用で炎をお見舞いしてきた凶暴なドラゴンが悪徳魔導士に頭を撫でられているではないか。
なんだ、この差は。
「おい、そこの大トカゲ。悪徳魔導士に手なずけられていないでさっさと炎を出せ。近距離からならそのメガネを丸焼きにできるかもしれないぞ。うわっ○%×$☆♭♯▲!※」
あまりの理不尽さに俺は思わず心の声を口に出してしまい、麻里奈と春香からキツイお仕置きを受ける。
「どうだった?」
「誰かに閉じ込められたの?」
「彼は迷子になったそうです。一緒に連れて行ってくれと言っていますけど、どうしますか?」
「冗談じゃない。そんな危険生物と一緒に歩けるか」
このドラゴンの先ほどからの行動については男女差別問題、強者に媚を売る態度その他諸々言いたいことがある。
こんな忖度ドラゴンなどと一緒にいるわけにはいかない。
俺は猛烈な反対表明をしたのだが、再び登場した「もっとも民主的な方法」によって俺の正しい意見はいつも通り抹殺され、小さなドラゴンは俺たちと同行することになった。
「君を、今日からチビタンと呼ぶことにする」
「チビタン?それがぼくの名前?」
「そう。小さいからチビタン」
「おい、麻里奈。全然小さくないだろう。それにそのような凶暴なヤツにチビタンなどというかわいい名前はふさわしくない」
……それ以外にこいつの言動には色々問題があるのだが、それはここでは黙っていよう。
「なんでよ。マロピーよりも小さいでしょう。それにかわいいし」
「マロピー?」
「この前私の子分になったドラゴン。遠出するときにはそのドラゴンに乗るの。マロピーはチビタンよりもすごく大きいよ」
「へえ~」
ハッキリ言おう。
俺は会ったばかりのこいつが嫌いだ。
実際のところ、チビタンだろうが、デブタンだろうが一向に構わなかったのだが、名前が付くということは麻里奈が自分の所有物にする気でいることは十分考えられる。
それだけは断固阻止だ。
「おい、お前。そんな名前でいいのか?」
この手の話を麻里奈とすれば面倒なうえにろくな結果にならない。
ここはやはり本人というか本ドラゴンに否定させてすべてをご破算にした方が手っ取り早いと考えた俺はわざとらしくそう尋ねたわけなのだが、やはりこいつは嫌なやつである。
「恭平はぼくの名前がチビタンではおかしいと思うか?」
「ドラゴンならもっと強そうな名前がいいのではないか。チビタンはかわいすぎる。プライドも感じさせない。そもそもこいつに名前をつけてもらうということはお前も麻里奈の子分になるということだ」
「ということは、恭平はこの名前には反対なのか」
「まあそうなるかな」
「そうか。まりん、僕はチビタンでいいよ。それから今日からまりんの子分になる」
即答である。
「決まりだね」
「おい、どういうことだ」
「恭平が嫌っているというだけで、僕が納得する十分すぎる理由になる」
これである。
「くそっ」
当然であるが、これを聞いて苦虫を十匹ほど噛み潰したような顔になる俺。
そして、その俺を見て、大喜びする麻里奈たち。
将来誰かがこれをなんとかの方程式と名付けることだろう。
まったく忌々しいかぎりである。
「いや~できたドラゴンだ」
「これは将来有望だな」
「ハルピもヒロリンもよろしくね」
そしてこうやってこのプライドの欠片もないドラゴンはコソコソと強者に媚を売る。
媚びを売るならチーム全員に売るべきだろう。
だが、どういうわけかこのドラゴンは俺にだけは当たりがきつい。
というか、どう見ても俺を格下に見ている。
妹の由佳を思い出すようなこの言動。
まったく腹立たしいかぎりである。
「麻里奈、そのトカゲを飼うならまずチームの序列というものを教えろ」
「それなら、先生がさっき教えていたよ」
「おかしいだろう。このトカゲは俺を見下しているぞ」
「当たりまえだ。誇り高きドラゴンであるぼくが、まりんの下僕である恭平ごときになぜ敬意など払わなければならないのだ」
「誰が下僕だ。というか、誰だ、そんなことを教えたのは」
「さあ、でもまったくそのとおりだよ」
「そうそう」
「すばらしい」
「ずいぶん空気が読めるドラゴンだね」
「くそっ」
この生意気な忖度ドラゴンにまつわる忌々しい出来事は更に続く。
それからしばらく時間が経った地下道。
「いや~快適だよ」
「今度から地下道を歩くときは必ずチビタンを連れていこうね」
「いいですね」
「喜んでお供いたします」
聞いた通りである。
麻里奈にチビタンと名付けられたプライドの欠片もないこの忖度ドラゴンの上に乗った麻里奈たちは大喜びである。
では、俺はどこにいるのか?
「遅いよ。恭平、もっとがんばってよ」
「橘、貴様は気合いも根性も足りない」
「恭平はグズでノロマなうえに短足だから遅いのだね。踏んでもいい?」
「言うね。チビタン」
「でもすべて正しい。橘がどんな声で鳴くか試しに軽く踏んでみたら?」
「黙れ、楽をしているお前たちには言われたくないぞ。俺は重い甲冑を着けているのだから、これで精一杯だ」
そう、俺だけは、トカゲの前を歩いている。
いや、踏みつけられないように息を切らせて走っている。
理由?
もちろん、俺だけがトカゲに乗れなかったのだ。
はっきりいえば、忖度ドラゴンの乗車拒否、正しくは乗龍拒否から始まる諸々の不当な扱いを受けたのだ。
「お前はダメだ」
「なんでだ?というか、だいたい何がお前だ。トカゲの分際で無礼だぞ」
「何が無礼だ。恭平のクセに」
「おい、麻里奈。この無礼なトカゲが生意気にも俺を乗車拒否するぞ」
「そうなの?」
「俺もこのトカゲに乗られるように命令しろ」
「無理」
「はぁ?」
「無理だよ。チビタンが乗せたくないと言っているのに、なんであんたを乗せなければならないのよ。小さい子に嫌がることをさせるなんてかわいそうでしょう」
「小さくないだろう」
「橘。いくら腐った根性の貴様の唯一の得意技とはいえ、幼いものをイジめるという恥ずかしい真似はするな。このクズ」
「弱くもないだろう」
「そうそう。だいたい小さい子を虐めるなんて、小学生のパンツが大好きなロリコンで自虐趣味の橘君らしくないでしょう」
「先生、今の発言には色々間違っている部分がありますから」
「それにチビタンの背中はすでに定員いっぱいです。恭平君が乗るスペースはありません」
「嘘をつけ。まみの後ろはがら空きだろうが」
嘘ではない。
いや、嘘ではないというのは俺の言葉であって、悪徳魔導士は嘘をついている。
間違いなくそこは空いている。
しかもその前にはまみがいるというベストポジション。
これを見逃すやつがいたら俺は男子とは認めない。
だが、またしても俺のその心を見透かしたかのようなピンポイントの妨害が入る。
誰から?
もちろん、あいつだ。
「あ~わかりました。恭平君はまみたんの後ろに座りたいのですね。それから移動中ずっとまみたんのスカートを捲ってお尻を撫で放題、触り放題ということですか?」
「橘さん、それはひどいです」
「おい、俺はお尻なんか触らないぞ……」
「では、まみたんのオッパイを鷲掴み、揉み放題ということですか?」
「橘さんは本当にひどい人です」
「だから俺は何も……」
「黙れ、橘。貴様のような痴漢が座る場所などここにはない。この場で死ね。なんなら、この場でチビタンに生きたまま火葬にしてもらおうか」
「見たいね。それ」
「それに、念のため、たった今チビタンは女性専用になりました」
「ということで、諦めてよ。恭平」
となったわけである。
くそっ、忖度ドラゴンも忌々しいが、一番はやはりこいつだ。
悪徳魔導士、立花博子。
さて、地下道ではとりあえず無敵であるはずの俺が、なぜ麻里奈に叩き起こされなければならなかったのかだが、ここから始まる理不尽な話であきらかに、いや、今までもずっと理不尽だったので、ここから理不尽が始まるわけではないのだが、とりあえずその話をしよう。
麻里奈たちだけを乗せたあの強者に媚びる忖度ドラゴンに煽られながら、俺は相変わらず地下道を走っていた。
「恭平、ペースが落ちてきたよ」
「橘、日頃運動もせずにエロゲーばかりやっているから肝心なときに動けないのだぞ。エロい妄想をする暇があるなら少しは鍛錬しろ」
「橘君は、毎日エロい妄想しているの?いったいどのような妄想をしていたら、そこまでヘタレになれるのだろうね」
「それは毎日二十四時間まみたんとの不純異性交遊している妄想に決まっています。ということで、まみたんは恭平君の妄想の中では常に全裸です。たまにはパンツを履いていますが恭平君にすぐにむしり取られる設定です」
「橘さん、ひどいです。ひどすぎます」
「ヒロリンよ、俺の評価が下がるようないい加減なことを言うな」
そう言って否定はしたものの、実は心の中では俺は別の言葉を語っていた。
……ここはキッパリと端的に否定しなければならない。なにしろそのような話を長々としていれば、まみの前に座るあいつが余計なことを思い出す……。
俺の悪い予感というものはなぜかよく当たる。
そして、今回も。
そう、すぐにその不安が現実になったのだ。
「そう言えば、こいつの妄想の中では私も全裸にされていたな。しかも、こいつのお仕置きをご褒美だと喜ぶ変態設定。思い出しただけでも腹が立つ。橘、次の休憩でそのような妄想をした罰としてタップリお仕置きしてやるぞ。お仕置きが欲しくなったら休憩を要求しろ」
こうなる。
「どうした。もうご褒美が欲しいのか?」
「くそっ」
というわけで、簡単に休みを要求することもできずに、なおも走り続けた俺だったが、やはり限界というものある。
「そろそろ休みにしろ。もう走れない」
これは正当な要求である。
まともな人間が相手なら、疲労困憊している俺を見て、すぐさま休憩になるだろう。
だが、こいつらの場合はそうはならない。
ではどうなるのか?
「まったく意気地がない恭平だね」
「いや、まりん。橘は疲れたのではなく、私からのご褒美が欲しくなったのだ。ほら、涎を垂らしてお仕置きをされたがっている。本当に変態だな」
「まったくです」
と、なるわけである。
まったく、このバカどもを相手にすると、休憩ひとつ要求するだけのこれだけの辱めを受けなければならないとは理不尽すぎる。
せっかくだ、ここで改めて宣言しておく。
俺は、厳しいお仕置きをご褒美だと喜ぶような変態でもなければ、小学生のパンツを見て興奮するロリコンでもない。
すべては春香やヒロリンが吹聴しているだけである。
「うるさい。お前たちは忖度トカゲに乗っているだけだろう。俺は自力で走っているのだ。しかも重い甲冑付だ。文句があるなら代われ」
「恭平君、チビタンは女性専用です。それでも乗りたいのですか?」
「当たりまえだ。俺だって楽をしたい」
「わかりました。いいでしょう」
悪徳魔導士とは思えぬ意外な答えが返ってきた。
今思えばこれは罠であると疑うべきだった。
だが、この時疲労困憊の俺はそれに乗ってしまった。
「本当か?」
「はい」
「ヒロリン、こんなやつに楽をさせる必要はないぞ」
「そうそう」
「僕だって、こんな小物臭い下僕は乗せたくない」
「いいえ。乗せてあげましょう」
しかも春香や恵理子先生だけでなく忖度ドラゴンまで加わった猛烈な抗議を悪徳魔導士ヒロリンこと立花博子はきっぱりと払いのけた。
ここまではいい。
だが、ここからは、というか、実は最初からだったのだが、とにかくここから悪辣な罠を張り巡らすいつもどおりの理不尽極まるヒロリン劇場が始まる。
これが開始の知らせだった。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「はい」
「何だ?」
「チビタンは女性専用です。そこに乗るためにはやはりそのままというわけにはいきません」
「なるほど。それで?」
「恭平君には女装をしてもらいます」
「女装?」
「恭平が女装?」
「橘の女装?オエッ」
「橘君の女装?オエッ」
「橘さん……気持ち悪いです」
「どうします?」
「どうしますと言われても……」
当然俺だって女装など嫌である。
嫌であるが、女装をしないと麻里奈やまみと同じようにドラゴンの背に乗ることができない。
俺は色々思案した。
何を?
もちろん、女装せずにまみの後ろに座る方法だ。
そして思いついた。
完璧な作戦を。
「なるほど。たしかに女性専用ドラゴンに男の姿では乗れない。それで、女装すれば間違いなくドラゴンの背に乗れるのだな」
「はい」
「尻尾の先とかではないだろうな」
「いいえ。恭平君が希望するまみたんの後ろです」
「わかった。喜んで女装しよう。だが、残念ながら女装したくてもその服がない。まさか、お前が俺に服を貸すためにここで全裸になるわけにもいかないし」
俺はこの瞬間勝利を確信した。
……バカめ。俺が恥ずかしがって女装することを受けないとでも思ったのだろうが甘いな。そういうことは服を用意してから言え。
「どうした?俺は女装することを了承したぞ。服を用意できなかったのは、そちらの手落ちなのだから、俺は無条件にドラゴンに乗れる権利がある」
……どうだ。
だが、圧倒的に不利になっているはずなのに、この悪徳魔導士はいつものヘラヘラとしか表現できないいつもの気持ちの悪い笑顔のままである。
「おい」
「大丈夫です」
「何が?何がどう大丈夫なのだ」
「まみたんの服を借ります」
「はっ?ということは」
「まみたんは恭平君が女装している間は全裸になってもらいます」
「ヒロリン、それはひどいです」
……うっ。なんというオマケがつくのだ。女装バンザイ。
「と言いたいところですが、サイズも合いませんのでそれはやめておきます」
「ふ~」
「……くそっ」
「ということで、私の魔法で恭平君の女装を完成させます。よろしいですね」
「えっ」
「お、おい。ちょっと待て」
「待ちません。はい」
悪徳魔導士がポンと手を打ち鳴らした瞬間、俺はそれまでの甲冑から、麻里奈たちと同じ名門千葉県立北総高等学校の女子生徒の制服である野暮ったいセーラー服を身に着けた見事なまでに女装した姿になっていた。
「うわぁ~気持ち悪い。気持ち悪いよ、恭平。でもウケる」
「本当に気持ち悪いけどウケるよ。キモい橘にはピッタリだ」
「そうそう。本当にいつも以上に気持ちが悪いよ、橘君」
「……私も同意見です。橘さん」
俺の女装はおおむね評判が悪い。
というか、俺だってこんなことで高評価されるなどまっぴらごめんだ。
だが、そのようなことよりも、俺の中では重要な問題が発覚していた。
「おい、ヒロリン」
「どうかしましたか?」
「お前、何か忘れていないか」
「いいえ。忘れていませんが、なにか足りないものがありますか?」
「○%×$☆♭♯▲!※」
「恭平君、異次元世界の言葉で話をしないでください」
「恭平、ハッキリ言え」
「もちろん日本語で」
「そうそう」
「だから、○%×$☆♭♯▲!※」
「理解不能です」
「ヒロリンがわからない言葉で喋るな」
「イダっ」
「もしかして、お仕置きしてくださいと言ったのか。そういうことなら、望みどおりにタップリご褒美をくれてやろう」
「言うか、そのようなことではない。もっと重要なことだ」
「では、なんと言ったのか」
「だから、○%×$☆♭♯▲!※」
「わかりません」
「仕方がない。どうしても口を割らないというのであれば、私が拷問して吐かせてやる」
「やめろ。言うから。言うから笑うなよ。絶対に」
「誰が貴様の冗談で笑うか。早く言え」
「ヒロリン、パンツはどうした?」
「パンツがどうかしましたか?」
「だから、ない」
「何がないのですか」
「パンツがない。お前、俺のパンツをどうした?」
「恭平、女子の前でノーパンになるなんてあんたどこまでバカなの?」
「麻里奈、勘違いするなよ。俺が好きでノーパンになっているわけではない」
「ウケるぞ。橘、貴様はノーパンなのか?」
「橘君、大胆だね。そんな短いスカートでノーパンなんて」
「春香、お前さっき笑わないと言っただろう。先生もひどいです」
「いや、橘。本当に申し訳ない。だが、これは笑わずにはいられない。まみたんもそうだろう」
「……すいません。橘さん。……でも私も笑ってしまいます」
そうなのだ。
俺のスカートの下にはあるべきはずのパンツがないのだ。
もちろん、女装の魔法がかけられるまではちゃんと履いていた。
ということは、やったのはやはりこいつだ。
「おい、ヒロリン。これはどういうことだ。説明しろ」
「どういうことだと言われても……」
などと、こいつはわざとらしく悩んだフリをしている。
「俺のパンツはどうした。お前、どんな魔法をかけたのだ」
「え~とですね」
この悪徳魔導士の言によれば、俺の身につけたものを材料にしてセーラー服を生みだしたそうなのだ。
「それで、どうやったらパンツがなくなることになるのだ」
「材料が足りなくなったということですね。ですから、一番優先順位を低いものを削除したわけで……」
「おい、ちょっと待て。それではこれはなんだ」
俺が指さしたのは胸だ。
「橘、貴様ブラジャーをしているのか。それでノーパンとはいよいよ笑える」
「笑うな。おい、ヒロリン。なにが優先順位だ」
「だから、しかたがないです。優先順位は自動なのですから……」
「ふざけるな。なんとかしろ」
「何とかと言われても……」
「まあ、いいではないか。どうせ、お前は露出狂。ノーパンでもまったく問題ないだろう」
「そうだよ。露出狂の橘君にとってはむしろ好都合でしょう」
「ちなみに、恭平。私は恭平の汚い全裸開陳などお断りだ」
「私もそうです」
「私だって橘の汚い全裸など見たくないぞ」
「私は我慢して見てあげてもいいけど。もちろん有料で」
「有料?先生がお金を払うの?」
「違うわよ。私がもらうの。我慢して見てあげるのだから当然でしょう」
「なるほど」
「では、一件落着したということで……」
「ふ、ふざけるな。まったくしていな~い」
先ほどの俺の発言に、この言葉をつけ加える。
俺は断じて露出狂ではない!
「さて、恭平君。約束ですからチビタンに乗ってください」
「ああ」
「では、私たちは恭平君が落下しないように下で見ています。安心して上がってください」
「おう。ん?……」
ヒロリンに誘われるまま、俺は麻里奈にチビタンと名付けられた忖度ドラゴンに手を掛けたところである問題に気がついた。
「そうか。そういうことか。くそっ」
「どうかしましたか?早く上がってください」
「……」
「さすがヒロリン」
「本当にすごいよね」
「お見事」
「……えっと」
どうやら、まみだけはわからなかったようであるが、俺を含めて残り全員が悪徳魔導士ヒロリンこと立花博子の意図を察した。
とりあえず意図は理解したのだが、それに対する対応というのはそれぞれ異なるのは、立場の違いというものである。
「ヒロリンよ。お前はつくづく悪党だな」
「何のことでしょうか?」
「お前、俺がこの状態ではこのトカゲに絶対に乗れないことをわかっていて、言っているだろう」
説明しよう。
今の俺の状態を。
俺は、女性専用らしい強者に媚びる意気地なしの忖度ドラゴンに乗るための条件だという女装をする約束をした。
だが、そのようなものを持ち合わせのない俺はやむなくヒロリンの魔法によって女装することを了承したわけなのだが、この悪徳魔導士は意図的に俺のパンツを消滅させた。
すなわち、現在の俺はノーパンなのだ。
しかも、スカートは北高一のパンツ見せ魔である春香仕様で非常に短い。
「どうしたノーパン勇者、早く行け。私たち全員、露出狂のお前が望む見せ放題事案に乗ってやろうというのだ。感謝しろ」
「そうだよ。我慢して見てあげる」
「くそっ」
さらに続く。
「まみたん、覚悟してくださいね。今からモロ出し恭平君がまみたんの後ろに座ります。恭平君のことですから、まみたんのスカートを捲ってお尻を何かでツンツンとかするかもしれません」
「橘さん、それはひどいです……ぐすっ」
それだけでまみは涙声だ。
こうなったらもう上がれない。
「どうした、恭平。そろそろ出発するので上がれ」
「橘、いやノーパン勇者。早く上がれ。そして見せろ」
「橘君の初披露というわけだね。ザ・大・開・陳」
「○%×$☆♭♯▲!※」
「恭平君がまた異次元世界の言葉を喋り出しました」
「どうした」
「だから○%×$☆♭♯▲!※」
「なぜ人間の言葉を喋らないのだ。橘、拷問してもらいたいのか」
「○%×$☆♭♯▲!※」
「よし、拷問決定だ」
「……乗らない」
「はっ?」
「……だから、もうトカゲの背中に乗らないで自分の足で歩く。だから……」
「だから?」
「元に……元に戻してくれ」
俺は泣いた。
女装姿、しかもノーパンで。
結局女装させられ笑いものになっただけで終わり、俺の疲労は倍増した。
得たものといえば、女装の際に消えたパンツが無事俺のもとに戻ってきたことくらいだろうが、これはもともと俺が履いていたものであり、得るものとはいわない。
だが、それでもこうなるまでに苦難の道があった。
「おい橘。人にお願いするには頭が高くないか」
「それに言葉使いもなっていないよ」
「そうだよ。恭平、私やヒロリンにお願いするときの作法は知っているよね」
「もちろんです。恭平君はそれに関しては唯一の経験者ですから。そして超ベテランで達人でもあります」
「くそっ」
「では、恭平。お願いがあるなら聞いてあげる。土下座して泣いて頼みなさい」
「……」
「どうした」
「やらない」
「はあ?」
「自分のパンツを返してもらうのに、なぜ土下座をしなければならないのだ。おかしいだろう」
正論である。
なぜなら、パンツは俺の意思に反して奪われたのだから、返還要求は正当なものである。
だが、そうはならない。
「恭平君が土下座をしないのは自由ですけど、私にも恭平の不当要求に屈しない自由があります」
「そうだよ」
「橘が土下座しなければパンツを返す必要はない」
「もちろん、女装もそのままだよね」
「うっ」
「『うっ』だって。恭平のバカさ加減には恐れ入るよ。あんた、ヒロリンに魔法で戻してもらわないと女装したままで地上に戻るということに気がつかなかったの?」
「いや、その……」
心の中だからハッキリ言おう。
忘れていた。
そして続けて言おう。
これは非常にまずい状況である。
だが、ここでやめるわけにいかない。
俺は最後の抵抗をおこなう。
「理不尽だろう」
「はっ?」
「なんで自分のパンツを返してもらうのにここまで辱めを受けなければならないのだ」
普通なら、俺の言葉に感じ入ったこいつらが、これまでの非礼を詫びてパンツを返すということなるだろう。
だが、さすが創作料理研究会。
そうはならない。
「それはもちろん、お前が変態だからだろう」
「そうそう」
「なんで俺が変態だからパンツを返してもらえないのだ?だいたい俺は変態ではない」
「まずお前は露出狂だからパンツなど必要ない。さらにお前は精神的な辱めを最高のご褒美だと思う変態だ。これだけ言えばお前でもわかるだろう」
「わかるか」
その後も文字にはできない辱めの言葉を春香と恵理子先生から頂戴し怒り心頭の俺だったが、不本意極まるものの、まずはパンツを取り戻すことを最優先に考え、大人の対応をすることにした。
「申しわけありませんでした。すべて私が悪いです。今までのおこないを深く反省し、これからはそのようなことをないように努力することを誓います。どうぞお許しください。そして、できればパンツをお返してください」
「……ヒロリンよ」
「何でしょうか?感謝の言葉ならいくらでもお受けいたします」
「俺は、てっきり全部が戻ると思っていたのだが……」
「そうですか?恭平君がパンツ、パンツと泣いて騒ぐので、とりあえずパンツだけを復元しました」
パンツは戻った。
しかも、実に簡単に。
悪徳魔導士がブツブツと短い呪文のようなひとりごとを呟いてパンと手を打っただけで、それまで風通しがよかった俺の股間に懐かしい感触が戻ってきた。
それは実にありがたかった。
それは事実である。
だが、疑問は残る。
「簡単にパンツが戻るのであれば、なぜさっきはなぜやらなかった?」
「あ~そうですね。やればできるのですね。私って本当に優秀です」
「ふざけるな」
ということで、今回もこいつがすべての元凶だった。
「お前、もしかして、甲冑からセーラー服を生成したというのも嘘だったのか」
「まあ、嘘というか、違うというか」
「嘘だろうが」
「ちょっとだけ言い間違えをしました。単純なミスです。すいません」
こいつの言葉に騙されてはいけないので俺の口から言っておこう。
麻里奈もそうだが、悪の手先であるこいつは、こういうことに関しては絶対にミスをすることはない。
これは意図的である。
だが、これ以上の追及はしない。
なぜなら、そのようなことをしても、ろくな結果にならないからだ。
それどころか、せっかく戻ったパンツを再奪取される可能性だってある。
今回はこれで満足しよう。
「とりあえず、礼を言っておこうか」
「恭平君、素直ことはいいことです」
「くそっ」
どこを切っても忌々しさしか出て来ない金太郎飴のようなやつである。
とにかく、これがパンツ奪還までの経緯である。
さて、俺がこの後にどうなったのか?
「さて、出発しようか。恭平は準備ができた?」
「身軽になってよかったな。女装勇者」
「今日は恭平君に女装趣味という新しい変態設定が加わった記念すべき日となりました。帰ったら盛大に祝いましょう」
「いいね」
「でも、何度見ても橘君のセーラー服はキモいよね」
「まったくだ。橘、いや女装勇者。キモいぞ」
「うるさい」
そうなのだ。
パンツは奪還したものの、いまだ俺は北高女子の制服であるセーラー服姿のままである。
もちろん、麻里奈や春香、それに諸悪の根源である悪徳魔導士にこの姿を揶揄われることだってガマンできるものではないのだが、こいつにだけは言われたくない。
「さすが愚かな下僕だけのことはある。そのような恥ずかしい姿になっても平気でいられるとは驚いてしまう。下僕恭平の辞書には恥とか羞恥心という言葉はないらしい」
そう、こいつとは強者に媚びる最強種族の誇りを欠片も持ち合わせていない忖度ドラゴンのことである。
「なにが下僕だ。お前こそドラゴンの誇りもない忖度ドラゴンだろう」
「忖度?」
「そうだ。忖度というのは、強者に媚びてすり寄る恥ずかしいおこないのことをいうのだ。わかったか」
「……なるほど、わかった」
「わかればよろしい」
「教えてくれてありがとう。忖度下僕、橘恭平」
「ふざけるな。お前と違いプライドの塊である俺がそのようなことをするわけがないだろう。俺がいつどこでどいつに忖度したというのだ。言ってみろ」
「さっき、ここで、ぼくを含めて全員に恥ずかしい忖度しただろう」
「あ~なるほど」
「そういうことね」
「たしかに恭平君の得意技であるあれは本当に恥ずかしい行為ですね。本来の意味とはだいぶ違いますが、恥ずかしい行為ということであれば、あれは完璧な忖度と言えるかもしれません」
もちろん俺は肯定していないが、その他全員がその言葉に納得した俺の姿。
それは、パンツを返してもらうために俺がやむをえずおこなった大人の対応。
そう、土下座だ。
「ふざけるな」
そう言いつつ、俺はあの時の光景を思い返していた。
麻里奈にチビタンと名付けられたこの忖度ドラゴンの前に並ぶ麻里奈たちに土下座する女装姿の俺。
そして、そこで言った俺の言葉は……。
「申しわけありませんでした。すべて私が悪いです。今までのおこないを深く反省し、これからはそのようなことをないように努力することを誓います。どうぞお許しください。そして、できればパンツをお返してください」
実に恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
まずは、この無礼なトカゲに俺の方が序列上位であることを教え込む。
できることから、コツコツと、だ。
俺はそう決心した。
「おい、忖度トカゲ。勝負だ」
「勝負?」
「そうだ。お前は勘違いをしているようだが、お前はただの乗り物。俺はお前のご主人さまのひとりだ。今から勝負してそれを証明してやる」
「いいよ。下僕を丸焼きにしてやる」
「忖度ドラゴンの炎など痛くもかゆくもない。では勝負だ」
……バカめ。爬虫類。今の俺は悪徳魔導士の魔法によってモンスターの攻撃が無効化されるのだ。まあ俺の攻撃も効かないが。まずは、炎を受けても平気である姿を見せてビビらせてやる。
「さあ、来い」
「下僕の分際で……」
そう言うと、忖度ドラゴンが口を開いた。
「アヒ~アヒ~アヒ~○%×$☆♭♯▲!※」
「橘さん、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫ではない。これは○%×$☆♭♯▲!※」
「橘、感想は日本語で言え」
「○%×$☆♭♯▲!※」
「なんだ、でかいことを言っていたけど、忖度下僕はたいしたことはないな。軽く炙ってやっただけなのに」
言葉通りである。
忖度ドラゴンは小さな火の玉を吐き出した。
避けることも可能だったが、俺は敢えて避けなかった。
もちろん、この程度の炎など受けても平気だからで、いや、激しい痛みはあるが、とりあえずダメージは受けないはずだった。
だが、実際はどうかといえば、ダメージを受けないのはセーラー服だけであり、俺は火傷を負った。
しかも痛い。
「さっきと違うぞ。火傷した。ヒロリン、これはどうなっている?」
「と、言いますと?」
「さっきは痛いだけでダメージがなかったが、今回は痛いうえにダメージもある。また、お前がよけいなことをしたのではないだろうな」
「恭平君、それはひどいです。言いがかりというものです」
「では、どういうことか説明しろ」
「え~とですね。恭平君にはちゃんと説明したはずですが……」
「だから、なんだ。ハッキリ言え」
「私が恭平君にかけたスペシャルな防御魔法は、敵のトラップや敵の魔法、それから敵モンスターの攻撃は無効になります」
「おい、ちょっと待て。なぜ敵と言う言葉を強調する?」
「だから、そういうことです」
「ということは……」
「そのとおりです。味方になったチビタンの攻撃は恭平君のスペシャルな魔法では無効化されません」
俺はこの時悟った。
愚かだったのは俺の方だった。
何が?
この勝負を挑んだことか?
いや、違う。
俺が愚かだったのは、目の前でヘラヘラと笑っているこの悪徳魔導士を信じたことだ。
「お話し中だけど、忖度下僕、まだ戦いの最中だよ」
そう言われても、こうなってしまっては、俺の取るべき手段などひとつしか残されていない。
そう、逃げの一手だ。
「おい、ちょっと待て、いやもう戦いは終わりだ」
「そうはいかない」
「……頼む、悪かった。許してくれ」
「だめだ」
「もう、お前を忖度ドラゴンとは呼ばない。それでいいだろう」
「だめだ」
「……ゆるしてくれ、俺に忖度させてくれ」
「だめ」
その言葉とともに炎が俺の視界を覆い尽くした。
それから、俺がどうなったのか?
まあ、たいしておもしろくもないので語る必要もないのだが、忖度ドラゴンの苛烈な炎に焼かれ肉どころか骨も残さない完璧な灰となり、そこに残されていたのは無傷なセーラー服だけだったらしい。
その後、灰になった俺を残して、ドラゴンに乗った麻里奈たちは地下道を楽しく冒険し、いくつかの財宝を手に入れ、当初の目的だったマッピングも完璧に終了し、メデタシ、メデタシとなったわけである。
いつもどおり俺以外だけではあるが。
さて、俺を灰にしたあの生意気な忖度ドラゴンだが、その後どうなったのか?
もちろん地下道を移動中、便利な乗り物として麻里奈たちが重宝したわけなのだが、地下道の出口までやってきたところで消えた。
正確には消えたわけではなく、地下道からドラゴンにいたことがわかると、諸々の問題が生じる可能性があるということになり、現在は魔導士によって某アニメのように小型化されて麻里奈が持つ球体の入れ物に収納されており、適当な時期に「地下道以外の」どこかで捕獲したということにして、正式に麻里奈のペットとして公表することにしたらしい。
そういうことで、一時的にではあるものの便利な乗り物を失った麻里奈たちは、地下道を出てからの荷物持ちが必要となり、悪徳魔導士の呪文によって俺を復活させたわけである。
その際に、ようやく恥ずかしい女装から解放された俺であったが。悪徳魔導士によれば地下道内で数多くの「証拠写真」が撮られていたらしい。
だが、どのような写真が撮られているのかは、一切わからない。
いったいいつ撮影したいたのかもわからず、実は撮影などしていない可能性もあるものの、なにしろチート能力を持つ悪徳魔導士のやることである。
もしかしたら、あってはいけないあの時のローアングル写真も存在しているのではないかと俺は不安である。
これが、ダハシュールの地下道にまつわる話の全貌である。
それにしても、思い返すたびに忌々しいかぎりである。
「ヘタレ勇者が妄想するダンジョンクエスト」の現実編です。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。