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ヘタレ勇者が妄想するダンジョンクエスト 1

 俺たちは、城塞都市ダハシュールにある冒険者組合からの依頼で、最近発見されたダハシュール城の地下に張り巡らされた迷路のような地下道を進んでいた。



 現在俺たちがいるこの地下道であるが、あきらかに人間によって造られたものである。


 しかも、地下道への入口付近を調査した専門家は、「かなり古いもの。壁や天井に使われた石材から推測すれば、おそらくダハシュール城が築城され始めたときと、時を同じくして工事は始まっていたはず」と語っている。


 そして、この専門家は「調査した範囲だけで考察すれば」と前置きして、「最近まで地下道の手入れをおこなっていたことから、少なくてもある程度の範囲まではこの地下道の概要は把握されていたようである」とも結論付けたのだが、これは一部の者だけの秘密だったらしく、大部分のダハシュール市民は入口が発見されるまでこの地下道の存在すら知らなかったのである。


 そのような状況になった理由については、その地下道の入口がつくられた場所に由来するのだが、まず発見の経緯を説明しよう。


 それは長年圧政を敷いていた城主やその周辺にたむろしていた大貴族たちを勇者である俺が追放したことから始まる。


 主のいなくなった城や上級貴族の館は通常なら報復の意味を込めた平民たちの略奪の対象となるわけだが、俺の適切な指示により、城に残った兵士たちが護衛に就いたためにそのような醜態を晒すことはなかった。


 その後同じく文化財保護の精神が高い俺の指示により役人たちが貴族の館を調べ始めたわけなのだが、そこで地下に続く入口がいくつも見つかった。


 もちろん、城主がいなくなった城からも豪華な装飾が施された入口が発見されたのだが、残念ながら肝心の地下道の地図は見つからなかった。


 地図が見つからないため本格的な調査はおこなわれなかったものの、調査した専門家より、「この地下道はおそらく敵に包囲されたときに城主たちだけがコッソリと城外の安全な場所へ脱出するためにつくられたのだろう」という見解が示され、多くの者にとってそれは納得のいくものだったために、そこで調査は終了となった。


 さて、ここまでが前段となるのだが、ここから始まる話こそが俺は現在地下道にいる理由となる。


 実は最近この地下道にまつわる事件が次々に発生していたのだ。


 最初の事件は、「驚くべき財宝が地下道の奥に隠されている」という根も葉もない噂を信じ、一攫千金を夢見た雇い主の依頼を受けた複数の冒険者チームが地下道に入ったまま行方不明になったというものだった。


 もちろん彼らの公式な依頼は「地下迷宮のマップ作製」というものだったのだが、本当の目的も公然の秘密となっていたため、そのような場所に大した準備をせずに、のこのこ出かけていき迷子になった彼らは、日頃から冒険者を軽んじる一般市民だけでなく、「冒険者の恥さらし」として仲間うちからも批判され、当然私費を投じて彼らの救助に向かう者など皆無だった。


 まあここまでは、派手な功績を挙げて名前を売り、ついでに大金を稼ごうとする駆け出しの冒険者がよくやる失敗であり、ありふれた話でもあったので、この後に何も起こらなければこの話もそのまま忘れ去られるはずだった。


 だが、それだけでは終わらなかったのである。


 その事件がまだ記憶に残っているうちに、またもや冒険者チーム二隊が行方不明になる事件が起きたのだ。


 その数日前に無届けで地下道に出かけたまま帰ってこない息子を探してほしいという大商人の依頼を受けて別の入口から地下道に入っていった彼らだったが、結局二チームとも予定の三日どころか一週間経っても帰ってこなかったのである。


 しかも、この冒険者チームを構成していたのは、初心者ばかりだった前回と違い、よく名前の知られた一流の冒険者ばかりだったため、その衝撃は前回の比ではなかった。


 さすがに今度も冒険者たちの準備不足と経験不足による迷子であると片づけるわけにはいかず、そうなってくると、今度はこれまでの行方不明者も含めてすべてが地下道の中にいる何か得体の知れないバケモノに襲われたのではないか疑われるようになったのだ。


 そして、様々な噂が流れるなかで、昨晩新たな事件が起きた。


 街中で市民が魔物に襲われたのだ。


 幸いにも襲われた市民は難を逃れて無事だったのだが、知らせを聞いて駆けつけた兵士たちがその魔物を追跡すると、地下道の入口のひとつに辿りついたというのだ。


 当然このような噂は広がるのは早い。


 翌朝にはその事件が誰もが知るところになっていた。


 そこで俺の出番となったわけである。


「どうやら、これまでの事件もあの魔物が関わっていたようですな」


「そうだな」


 俺のもとに調査依頼書を持ってきた冒険者組合長の説明に、俺は相槌を打つようにそう言ったものの、いくつかの疑問が浮かぶ。


 特におかしいのは以前から地下道に魔物が住んでいたのなら、これまで城主や貴族はなぜ襲われなかったのかということだ。


「依頼は受ける。だが、準備と調査が必要なのですぐには出発できない。それまで昨晩のようなことがないように警備を頼む」


「わかりました。依頼を受けていただきありがとうございます。勇者恭平」



「さて、どう思う?」


 冒険者組合長が帰ったあとに、俺はまみたちに事件の概要を説明し、俺の疑問をぶつけてみた。


「どうって言われても」


「ねえ」


「わからないよ」


 当たり前だが、まみたちの言葉に得られるものはなかった。


「それより、その魔物が何かはわかったの?」


「大きさからいってゴブリンのようだ」


「ということは楽勝ということ?」


「そうだね。それにしてもゴブリンにやられるとは、この世界の冒険者はだらしないよね」


 麻里奈や春香が言うとおり、この世界でもゴブリンは弱い部類のモンスターに属する。


「だが、ただのゴブリンがなら昨晩のように理由もなく単独で街中に現れるはずがない。それに素人同然の冒険者ならともかく、一流の冒険者チームまでが一匹のゴブリンにやられるとは思えないな」


「では、恭平はどう思っているの?」


 俺に言葉に麻里奈がそう聞き返した。


「俺が願っている順番からいけば、まず組合長たちが考えているとおり、最近どこからかやってきた一匹のゴブリンが地下道に住み着いて暴れている。これなら、次回エサを求めて街に出てきたところを狩ればいいわけで、俺が出る必要などないのだが、さっきも言ったとおり冒険者のレベルと数を考えるとありえない。特にベテランチームが二チームも同時にやられるというのはあまりにも手際がよすぎる。ないな」


「わかった。では次は?」


「次に昨日暴れたヤツは斥候で地下にゴブリンの大群が控えている。これなら、ベテラン冒険者でもやられる可能性はある。だが、問題もある」


「なに?」


「それだけの数を揃えたゴブリンが、これまで街中に現れなかったのはおかしい。なにより貴族たちが襲われなかったことがおかしいのだ」


「貴族たちがゴブリンと密約を……」


 途中まで言いかけた恵理子先生はそれに気がついたらしい。


「そう。薄汚いゴブリンが人間と約束などするはずがない。万が一約束をしても奴らが従順にそれを守るはずがない。まあ最近群れで移住してきた可能性はある。この場合は数日中に大規模な襲撃があるだろうな」


「もしなかったら?」


「地下にいるバケモノの候補はかなり絞られる」


「どういうこと?」


「まあドラゴン級のものであれば、どうやって地下道に入ったという問題があるし、たとえ入ったとしても狭い地下道では動けまい。では、吸血鬼はどうか?高慢な彼らがそのような場所にこそこそ隠れ住むとは思えないし、人間を襲う彼らであれば、格好の獲物である貴族の令嬢たちが無事でいたことが疑問として残るわけだ。昨日のゴブリンの件を考慮に入れれば、俺が考える地下道の主は……」


「主は?」


「ヴァンパイアゴブリン」


「ヴァンパイアゴブリン?」


 俺が口にしたヴァンパイアゴブリンという言葉に全員が首を傾げた。


 おそらくその名は彼女たちだけでなくゴブリンに詳しい者でも聴き慣れないものであったろう。


 だが、俺はある事情によるその名を偶然知っていた。


 もちろんその習性も。


「ああ、そうだ。こいつなら、地下道に引き籠っていてもまったくおかしくない。なにしろこいつは日々本家ヴァンパイアに命を狙われていたうえに、日光が大嫌いだったから地下道は絶好の隠れ家だといえる。さらに知性がゴブリンとは思えないくらい非常に高く人間の言葉を理解できたから、貴族たちと取引していてもおかしくない」


「でもヴァンパイアゴブリンって聞いたことがないよね。そんなゴブリンが本当にいるの?」


「実は俺もよく知らなかったのだが少し前にある冒険者に教えてもらった」

 その冒険者とは、行方不明になったベテラン冒険者グループのリーダーだった。


 苦みはある。


 だが、俺がそのことを表情に出すことがなかったために気がつかなかったらしく、春香は再び質問を続けた。


「ふ~ん。でもその冒険者ってなんでそのヴァンパイアゴブリンについて詳しかったのかな?」


「おそらく彼がヴァンパイアゴブリン捜索の依頼を本家ヴァンパイアから受けたからだろう。本人もそう言っていたし」


「依頼を受けた?ヴァンパイアから?」


「ああ。本家の方はどのような事情があるにせよゴブリンなどという卑しい生き物に自分たちの高貴な血が一滴でも流れていることを許せなかったのだろう。ヴァンパイアゴブリンという存在そのものをこの世から抹殺するために、今でも多くの冒険者を雇って探し回っているそうだ」


「いや内容はわかった。わかったけれども、吸血鬼の依頼だよね?冒険者って吸血鬼の依頼でも受けるの?」


 そう、人間である春香にとってはヴァンパイアとは敵である。


 その敵の依頼を人間が引き受けるというのは単純な春香には理解できなかったらしく大きな声を上げるが、俺は冷静に補足説明をしたうえ、ちょっとしたネタを加えた。


「もちろん組合を通しての正式依頼だ。ちなみに、この時に吸血鬼本人が冒険者組合に正式依頼を出したそうだ」


「えっ、ちょっと待ってよ。昼間も行動できるの?吸血鬼なのに。日光に当たると灰になると思った。それとも冒険者組合は二十四時間営業なの?」


 まあ当然こういう反応になるわけだが、ここで二十四時間営業という言葉が出てきてしまうところが二十四時間営業のコンビニエンスストアが乱立する世界からやってきた俺たちらしいといえる。


 俺は少々苦笑しながら答えた。


「いや、この世界では日光が苦手なのは吸血鬼に噛まれた人間が吸血鬼化した二軍の話。だから、そいつは正真正銘の吸血鬼ということだろう。本物はそれくらいのことは平気らしい」


「真祖というやつだね」


「なかなか話は尽きないけど、まずはそのヴァンパイアゴブリンについての情報を集めることにしましょう。さあ仕事の時間よ」


 恵理子先生の言葉に雑談の時間は終了し、俺たちはそれぞれがやるべきことを始めるのだった。



「どうだった?」


「やっぱり昨日も出なかったって」


 俺の予想どおり、ゴブリンが再び街に現れることはなかった。


「ということは、やはり俺たちが行くしかないな」


 俺たちは集めたヴァンパイアゴブリンの情報を丹念に調査した。


 ヴァンパイアゴブリンだが、まずその始祖となる一匹は偶然が重なった結果生まれたものらしい。


 この時に本家ヴァンパイアがそれを知っていれば、現在のような事態になっていなかったのであろうが、実際に本家が自分たち誇り高きヴァンパイアの血が流れているゴブリンがいることを知ったのはかなり後になってかららしい。


「吸血鬼の能力を持ったゴブリン……そんなゴブリンが大量発生したら大変なことになるね」


「そうだな。だが、そうはならない。ありがたいことに」


 俺が春香の心配にそう断言したのには理由がある。


「ヴァンパイアゴブリンは繁殖能力が極端に低いということだった。もっとも通常のゴブリンと比較しての話だが」


 さらにこのヴァンパイアゴブリンには、吸血鬼の選民意識が色濃く残ったために同じ種族でありながら通常のゴブリンを自らより格下の存在と見ているらしく、その結果同族とは非常に仲が悪く、結果近親婚が続いていることも数が増えない理由だという。


「でも、ヴァンパイアというからには吸血鬼なのでしょう」


「コイツらのいたところには干からびたゴブリンの死体が転がっていることが多いらしいから、おそらくヴァンパイアゴブリンの主なるエサはゴブリンなのだろう。それに対してヴァンパイアゴブリンが人間の血を吸ったという記録はない。昨晩のゴブリンはエサとして捕らえられたものが逃げ出したのなら、地下道に戻っていってもヤツにはいいことがなさそうだ」


 そう言って俺は笑った。


 だが、心の中では別のことを思っていた。


 ……エサになるゴブリンもなくなり、やむを得ずとはいえ人間の血を吸ったヴァンパイアゴブリンがその味を覚えて人間を襲う可能性もないのだろうか。


「で、そのヴァンパイアゴブリンの弱点は?やっぱり十字架とかニンニクなの?」


「いや、倒し方は普通のゴブリンと同じだ。それと日光には極端に弱いらしい。なにしろ二軍だからな」


 ちなみに、この世界の吸血鬼は、吸血鬼に血を吸われて新たな吸血鬼になったものは、本家よりも数段落ちるとされているが、そのひとつが日光に弱いことで、本家ヴァンパイアたちは、太陽のしたでも多少の支障はあるものの活動できるのに対して、二次的に吸血鬼になったものは絶命するらしい。


 さて、俺たちの打ち合わせはまだ続いていた。


「……こいつはゴブリンと思えないくらい知性があるらしい。それにさすがヴァンパイアの血が入っているというか、人間の貴族よりも貴族然としているらしいから、同じゴブリン種でもこいつとなら城主や貴族どもが取引をしていてもおかしくない。さらにいえば、本家吸血鬼からの襲撃を防ぐためにこいつらの住処周辺には巧妙な罠が仕掛けられていることが多い。だから、行方不明者がこのトラップにかかった可能性もある」


「ところで貴族たちと取引と言ったけど?どんな」


「たとえば、居場所とエサとなるゴブリンを与える代わりに、外からの侵入者は殺せというようなものだろう」


「なるほど。ヴァンパイアゴブリンとしては、天敵である本家ヴァンパイアから身を隠せる場所を提供してもらえたうえに、エサまで提供してもらえるわけね。たしかに損はないね」


「ところで、契約者である貴族がいなくなったので、これからは自らの力で食料調達をしなければならなかったヴァンパイアゴブリンはどうなるの?」


「一番いいのはどこかに移住してくれることだが……」


「もしかして、人間をエサにすることはないの?人間の生き血を吸うゴブリン」

「うわ~なんか本格的な吸血鬼ぽいよ。それ」


「どう思うの?恭平は」


「考えたくはないが、可能性はある」


 それは先ほど俺も考えていたことだったが、そうなった場合はある可能性が出てくる。


「だが、そうであれば、俺たちの先にあるものは必ずしも悪いことばかりではない」


「どういうこと?」


「それは……行方不明になった人たちが無事でいる可能性が出てくる」


「えっ?」


「本能だけで生きているような普通のゴブリンと違い、ヴァンパイアゴブリンは知性が高い分、状況を把握し将来のために食料を保存しておこうと考えている可能性が高い」


 むろん食料とは行方不明の人間のことである。


「それはいいね。そうなればいいね」


「本当だ。そうしてら、私たち、また有名になるね」


 麻里奈たちは取らぬ狸の皮算用をして大喜びである。


 だが、俺は早々喜んでばかりはいられなかった。


 物事はどれも、麻里奈たちが考えるような単純にはできていないのだ。


「橘さん、どうしたのですか」


「確かに、行方不明者が生きている可能性があり、彼らを助けられれば、たしかに俺たちの名前はさらに広まる」


「そうそう」


「しかし、行方不明者が生きているとなると、今度はヴァンパイアゴブリンを倒す手段が限定されることになる。つまり俺が当初考えていた方法、先輩冒険者が使用した方法が使えなくなる」


「えっ?」


「恭平はどのような方法でヴァンパイアゴブリンを退治しようと考えていたの?」


「聞きたいか?」


「もちろん」


「吹き飛ばす。火薬と油を撒いてドカン。もちろん地下道崩壊をしない程度だが。これならトラップも吹き飛ばせるので安全だった。だが、もうこれは使わない。ヴァンパイアゴブリンと一緒に生きている可能性のある行方不明者も吹き飛ばしてしまうから」


「ということは……」


「きまっている。白兵戦だ」


「白兵戦?」


「そうだ。まあ白兵戦と言っても、地下道に籠るヴァンパイアゴブリンに正々堂々と一騎打ちを申し込むということだが」


「随分古風だね。でもこっちがそのつもりでも相手がどうかはわからないよね」

「そうそう。なにしろゴブリンだし」


「だからさっきも言っただろう。ヴァンパイアゴブリンは人間の貴族よりも貴族然としている。一騎打ちを申込みされたなら、出てくるに違いない。まあ、これでダメならもうお手上げだ」


「地図もないしね」


「まったくだ」


 そうなのだ。


 俺たちは地図がないために、地下道での戦いは不利なのだ。


 もし、相手にゲリラ戦のような戦いをされたら圧倒的に不利なのだが、例の手が使えないとなると、たとえ手探り状態であったてもこれしか方法はない。


「それにしても、貴族たちも意地が悪いよね。いくら追放されたたとはいえ、地図どころかこんなのがいるという情報も知らせていかないのだから」


「貴族たちも仕返しのつもりなのかな。いずれこうなることを予想していたとかもしれない。つくづく悪党だね、貴族というのは」


「まったく貴族ってロクなやつがいない」


「……まったくだ」


 グチというには勢いのありすぎる麻里奈たちのそれに俺も思わず同意してしまった。


 それくらい地下道の情報が不足していたのである。


「とにかく一騎打ちになれば勝つ自信があるので問題ない。問題となるのは、地下道を逃げ回ってトラップに誘いこまれた時だ」


「応援を頼む?」


「いや。これ以上人質が増えるのはまっぴらごめんだ。ヴァンパイアゴブリン自体は多くても片手、場合によって一匹だろうし。それよりもお前たちに頼みたいことがある」


「何?」


「最初に言っておくが拒否権は認める。不参加でも問題ない」


「だから何?」


「なんでしょうか?」


「お前たちに、ゴブリンのエサになってもらいたい」


 たしかに俺はそう言ったのだが、言い方が悪かったらしく、ここからちょっとした騒動が起こる。


「エサ?ゴブリンの」


「ゴブリンのエサは嫌だな」


「私は橘さんのエサになりたいです」


「まみたん、ひとりだけずるいよ。私だって、そっちのほうがいいよ。きっとおいしいから私をたっぷり味わって」


「いやいやここはまず大人の魅力を味わってもらうということで。それに私は顧問で元だけど名門北高の教師だし」


「ずるいよ。そういうのを世間では職権乱用という」


「そうです。ずるいです。それに、そういうことならまず私です。なんといっても私は味わってもらうところがたくさんあります。その点幼児体形の恵理子先生や乳児体形のハルピは失格です。ふたりはゴブリンのエサがお似合いです。おとなしくゴブリンのエサになってください」


「なんと無礼なヒロリンだろうね」


「そうだよ。無礼すぎるよ。だいたい、この中で一番若くてノビシロがある私を幼児体形のおばさん教師と同列に置くとはヒロリンは常識がなさすぎるよ」


「ムカッ。言っておきますけど、私はまだ二十四歳だからおばさんではないから」


「いや、おばさんだ」


「そうだよ。立派なおばさんだよ」


「おい、ちょっと待て」


 このまま放置していたらまちがいなくとんでもない方向に話が進んでしまうため、俺は止めに入ることにした。


 なにより、肝心の話が始められない。


「いやいや、色々ありがたいが、そういう話はまた後で聞く。今は作戦について説明をさせてくれ」


「わかった」


「了解した」


「まあ、ゴブリンのエサと言ったが、それは俺が一対一で負けた場合の話だ」


「なんだ、そういうことか」


「なるほど」


「とにかく、ヴァンパイアゴブリンを俺の土俵に上げさせる必要がある。その小細工のひとつだ」


「わかった」


「わかりました。では私は明日行きます」


「私だって」


「もちろん行く」


 ということで、全員が俺の作戦に協力してくれることになった。


「では、明日地下道に入る」


「わかりました」


「楽しみだな。お宝があるといいな」


「まったくです」


 ……場合によっては戻って来られないことだってあるというのに呑気なものだ。まあそれくらい力が入っていないほうが。いいかもしれない。



 そして翌日、俺たちは予定通りヴァンパイアゴブリンが潜む地下道に入ったのだが、それは俺たちが相手を呼びながらかなり歩きまわったところで突然現れた。


「貴様が先ほどから私を呼んでいる人間のようだな。見当はついているが、一応聞いておこうか。貴様は私にどのような用事があるのかな」


 目の前に立っているのは、たしかにゴブリン種であるが、地下道に長く引き籠っているとは思えないきれいな身なりをしていた。


「ほう。さすがはヴァンパイアゴブリンだな。その辺にいる同族とは違うようだな」


「わざわざそのようなことを告げに、ここまでやってきたわけではないだろう」


「まあ、そうだな。では聞こう。地下道で行方不明になった者はどうした?」


「知らん。と言いたいところだが、幾人かは捕らえている」


「幾人かは?」


「そうだ。私はここの城主から地下道の管理を任されている。いや、つい最近まで知らなかったが城主殿はどこかに追放されたそうだから任されていたとなるが。だが、その契約はいまだ有効だ。捕らえて者は丁重に預かっているぞ。ただ、残念ながら私の仕掛けたトラップで死んだ者もいる」


「捕らえた者は貴様の非常食ということか」


「貴様も我らについては無知のようだな」


「たしかに私はお前たちヴァンパイアゴブリンについてはあまり知らない。だが、私が知りたいのは捕らえた人間をお前がどうするかということだけだ。まあ生きていることさえわかれば。それで十分だとも言えるが」


 俺は剣に手をかけたのだが、ヴァンパイアゴブリンはそれを見ても全く動じない。


「決闘を所望か。よかろう。相手はしてやる。だが、その前に我らの名誉のために言っておけば、我らヴァンパイアゴブリンが人間の血など吸うことなぞけっしてない」


「何?」


 これは意外なものだった。


「意外か?」


「ああ」


「まあいい。私は捕らえた人間たちとゴブリンどもを交換したいと思っている。もちろん、貴様が私を倒したいということであれば、相手をしてやるが、どうする?」  


 たしかに、これは条件としてしては悪くない。


 だが、こいつの話を本当に信じてよいのか?


「信用できないよ。きっと罠に誘い込むつもりだよ」


「絶対そうだよ」


「私もそう思う」


 麻里奈たちは口を揃えてそう言う。


「信用しよう。だが、まずは捕らえた人間に会わせてもらおうか」


「よかろう。ついて来い。くれぐれも壁に触れるな。ヴァンパイア除けトラップが方々に仕掛けてある」


ヴァンパイアゴブリンはそう言うと俺に背を向けてさっさと歩きだした。

「ねえ、面倒だから今やったら。背中ががら空きだし」


 ヴァンパイアゴブリンの背中を指さして春香はそのようなことを言うが、俺はまったく考えなかった。


 それにたとえ今斬りかかってこいつを倒せる保証はない。


 素人目には、がら空きに見えるが、実は一部のスキもないのだ。


 ……こいつはかなり強い。どこで、鍛錬を積んだのかは知らないが、おそらく正統派の剣の使い手であろう。


 ゴブリン風情などと甘く見た俺は少々反省した。


「そう言えば、お前たちが冒険者と呼ぶ者ものうち、私が背中を向けたとたん斬りかかってきた愚か者がいた」


「たしかに、それは愚か者だな。腕に自信があったのか、それとも、相手の力量もわからぬほど未熟者だったのか」


「まちがいなく後者だな。あっという間だったぞ。その冒険者チーム全員を倒すのも」


「そうだろうな」


「安心しろ。その無礼者も含めて生きている。貴様は相当やりそうだな。手合わせが楽しみだぞ」


「そうか。ところで、聞いてもよいか」


「構わん。何かな」


「お前の仲間はどれくらいいるのだ」


「それはここにということか、それとも大陸全体ということか」


「俺はお前たちヴァンパイアゴブリンの生態などに興味はない。ここに住むヴァンパイアゴブリンの数だ」


「同族は私の他に妻だ。もっとももうすぐ子供が生まれる。あとはエサと下僕のゴブリンが少々」


「そうか」


「そういえば、下僕のゴブリンが街に出たらしい。迷惑をかけたな」


「いや。……やはり、そうか」


 そのゴブリンがその後どうなったのかは聞く必要がなかった。


 ……こいつは信用できる。


 俺はこの時にすでにどうするか決めていた。


 むろん、捕らえられた者を見てから最終的に判断すべきことではあるが。


「そう言えば名前を聞いていなかった。俺は橘恭平だ」


「恭平か。残念ながら私には名乗る名前がない。我々にはそういう習慣がないからな」


「そうか」


「さて、着いたぞ。私が捕らえた全員だ」


「ほう」


 全部で八人。


 そのなかには俺の知っている顔もいる。


「安心したか」


「ああ」


「さて、人間。いや恭平、では貴様が所望していた決闘を始めようか」


「そうだな。だが、その前に俺にはやらなければならないことがある。音も立てずに俺たちの後をついてきたそこのコウモリ。そろそろ姿を現したらどうだ」

「……なんだ。気がついていたのか。さすがだな」


 その言葉とともに、それまで気配すらなかったそれが実体化した


「貴様、吸血鬼」


 それはそれまで何に対しても動じることがなかったヴァンパイアゴブリンが初めて見せる狼狽える姿だった。


「勇者恭平、貴様もそいつを倒すつもりでここまで来たのだから、私がその汚らわしいゴブリンを狩ることを邪魔する理由はないだろう」


 それは間違いなく本家吸血鬼だった。


 俺は薄く笑った。


「そう思うのなら、外で待っていればよかっただろう。傲慢なお前たちが姿を隠してまでここに来たということは、それ以外にもここまで来る理由があったのだろう。いまさら隠す必要もないと思うがどうか」


「わかっていたのか。そのとおり。私がここまで出向いたのは、そこの薄汚いゴブリンだけでなく、貴様も一緒に葬ろうと思ったからだ。安心しろ。私は寛大だ。相打ちにして貴様の名誉だけは守ってやる」


「それはありがたい。感謝するぞ、ショブロン伯爵」


「私を知っていたのか」


「まあな。場違いなコウモリが昼間にパタパタ飛んでいれば、いやでも気がつくだろう」


「コウモリ。この私をコウモリだと。貴様の度重なる無礼な言葉、万死に値するぞ。前言撤回だ。屈辱に満ちた死を与えてやる」


「そうか。それは楽しみだ」


 この世界での吸血鬼の蔑称であるコウモリを連呼されたショブロンと名乗る吸血鬼は怒り狂った。


「貴様たちは首を落としてやるが、そこの女どもは血を吸った後に、奴隷としてこき使ってやる」


「爵位持ちのわりには下品だな、こっちのヴァンパイアゴブリンの方が、ずっと貴族の嗜みを弁えているようだぞ」


「貴様、この私をゴブリンごときと……」


「それにしても、驚きだな。小心者のお前たちが子分もつれずにやってくるとは」


「そこの忌々しいゴブリンが仕掛けたトラップにかかって気がつかれては元も子もないからな。だが、人間やゴブリンごとき大した手間ではない。私の手にかかって死ぬことを感謝しろ」


「いちいちテンプレことを言うやつだ。だが、いいだろう。このヴァンパイアゴブリンとの果し合いをする前の肩慣らしにちょうどいい」


「貴様、絶対に許さん」


 こうして、本来の目的だったヴァンパイアゴブリンを立ち合い人にする俺と吸血鬼との予定外の戦闘が始まった。



「……茶番だったな」


「いや、実に見事だった」


 俺が剣を収めると、ヴァンパイアゴブリンが感嘆の声を上げた。


「私が見るに、そこに転がっている吸血鬼もかなり強いが、それをわずか数合で斬り倒すとは」


「褒めているのなら、ありがたく受け取っておこう。さて……」 


「そうだな。私と勝負を所望だったな。では、始めるか」


 ヴァンパイアゴブリンが剣を抜いた。


「いや。やめておこう」


「どういうことだ」


「お前、俺と吸血鬼との戦いを見て、俺に勝つ自信があるか?」


「いや、残念ながらない。だが、だからと言って、この私が命乞いなどするとでも思ったのか」


「それこそないだろう。だから、これは対等な取引だ。私と新しい契約をしないか」


「なに?」


「ちょっと待ってよ」


「このゴブリンを助けるの?」


 俺の提案は、ヴァンパイアゴブリンだけでなく、麻里奈たちにも意外なものだった。


「そうだ。今までどおりこの地下道の管理を任せる契約だ。悪くない話だと思うがどうだ」


「……私は依存ないが。私の首を持ち帰らないばかりか、そのような約束をしてしまっては、貴様、いや恭平の立場が悪くなるのではないのか」


「心配ない」


「そうなの?」


「でも手ぶらで帰ったら……」


「手ぶらではないだろう」


 俺が指さすのは捕らえられている八人の生存者である。


「それに、吸血鬼の首。これだけあれば十分だろう」


「わかった。恭平に任せよう」


「では、帰ることにするが、今後呼ぶときに不便なのでお前に名前を与えよう。今後、お前を『ベス』と呼ぶことにする。これは古代の神の名前に使用されたものだ。奥方と子供についてはベスが決めるといいだろう」


「ベス。ベスか。よい名だ。ありがとう恭平」 


 捕らえられていた人たちと吸血鬼ショブロンの首を持って地上に戻れば、事件は一件落着し、俺の名声はさらに高まるだろう。


「恭平、恭平」


 遠くで俺を呼ぶ声がする。


 ……さあ、地上に戻ろう。


「ヘタレ勇者が妄想するダンジョンクエスト」の妄想編です。


これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。

キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。

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