ヘタレ勇者が妄想するクエスト
俺たちは、城塞都市ダハシュールにある冒険者組合からある依頼を受けてソハグ山を目指して深い森を進んでいた。
その依頼とはある薬草の採取である。
現在大陸中で大流行している疫病に効く薬草とはいえ、言ってしまえば、草の採取である。
だが、これがなかなか厄介な依頼であることは、その難易度を示す星が七つもあること、そしてそれに見合った莫大な報酬が物語っている。
依頼者の話によれば、薬草自体は、ダハシュール近郊のソハグ山麓に広く自生し、探すのはそれほど難しいものではないそうなのだが、問題は肝心のソハグ山に辿りつくことで、それが難易度をここまで上げている原因だという。
実は、それもほんの少し前までは、それほど難度の高いものではなく、小さな冒険者チームに護衛された薬草採取のための遠征隊は、ここダハシュールから頻繁に派遣されていたそうなのだが、その頃に冒険者に示していた難易度は星ふたつだったという。
状況が変わったのは、魔物の群れがソハグ山に行くために必ず通らなければならない場所近くに住み着いてからだという。
それからというもの採取作業はことごとく失敗し、それどころか派遣する度に遠征隊はその大部分を失い、最近では採取チームだけでなく、護衛する冒険者チームでさえ志願する者がいなくなってしまったのだという。
だからといって、この状況を放置はできない逼迫した事情があった。
なにしろ、ソハグ山麓でしか採取できないその薬草を飲まないかぎり現在猛威を振るっているその疫病は治らず、このまま消費する一方では、備蓄している薬草は早晩枯渇する。
そうなる前に採取作業を再開したい。
それが依頼の理由である。
「問題はやはり魔物の存在になります」
そう言って、依頼者である冒険者組合長はため息をついた。
だが、障害となっているその魔物は、並みの冒険者チームが束になっても勝てないほど強い。
そこで勇者恭平のチームに、すなわち俺のもとに依頼が来たのである。
「受けていただけないでしょうか?」
「もちろん受ける。薬草採取とその魔物を退治するということが依頼案件であるということでいいのかな」
「ありがとうございます。それで、報酬のことですが、色々あって薬草採取分しか払えず……」
「俺は勇者だ。お金で動いているわけではない。それはそちらに任せる」
「感謝します。勇者恭平」
いつもなら一緒に行動しているまみたち女性陣の意見を聞いてから決める俺だったが、今回はいわゆる緊急クエストであり、それほど時間的余裕もないので即断した。
もちろん、女性陣はそのような危険な場所に行くことには反対することも考えられる。
その場合は、俺一人で出かけるつもりでいた。
だが、そうはならなかった。
「私は行きます」
「私も」
「当然行きます」
「右に同じ」
全員が参加を決めたのだ。
これはひとえに俺の人徳によるものである。
「ところで、そこに住むバケモノはどんな奴かはわかっているのか?」
「生存者の話を総合するとバジリスクが少なくても三十匹。それを率いているのが、おそらくバジリスク・ロードと思われます」
「なるほど。たしかにそれはやっかいだ」
冒険者組合長の言葉に俺は納得した。
バジリスクとは、簡単にいえば大きなトカゲなのだが、ただのトカゲではない。
人間どころか大きな牛でさえ噛まれて短時間で絶命するという猛毒と、目が合うと石化する恐ろしい武器は、無敵を誇るドラゴンでさえバジリスクとの無用な戦いは避け、上空からバジリスクを発見すると迂回するという。
そのバジリスクの群れを率いるバジリスク・ロードとは、そのなかでもひときわ大きなオスのことで、当然毒も石化能力も群を抜いている。
実は俺が単独で出かけようとしていた理由がこれである。
俺自身は、魔法剣『火炎樹』の効果によって石化は避けられるのだが、同行する人間までは防ぐことはできない。
もちろん石化を防ぐには目を合わせなければよいわけなのだが、今度は簡単に接近を許すことになり噛みつかれる危険が大きくなる。
「さて、同行を許したもののどうしたらよいか。やはりあの手を使うしかないな」
俺はバジリスクの倒し方ではなく、バジリスクからまみたちをどうやって守るかについて頭を悩ませながら森を進んでいった。
「恭平、戦い方は決まったの?」
「大丈夫ですか?橘さん」
麻里奈やまみが心配するのはもっともである。
だが、俺は勇者だ。
ただ剣を振るえるだけでは、けっして勇者とは呼ばれない。
そう、知恵も必要なのだ。
その点でも、俺は立派な勇者といえる。
「心配ない。おまえたちには薬草採取をがんばってもらうぞ」
「それはもちろんやるけど、その前に大トカゲを倒さなければならないのでしょう」
「そうです。目をあわせてはいけないのでしょう」
「鏡を使えばいいと思わない?」
春香は、自信満々に自らの意見を披露する。
おそらく、それは神話からヒントを得たのだろう。
俺は大きく息を吸った後に、口を開いた。
「それができれば一番いいのだが、無理だな」
「なんで?」
「トカゲどもは普段は目を閉じて生活しているのか?それとも、お互いに目を合わせないようにしているのか?」
「えっ」
どうやら春香には俺の言いたいことが伝わらなかったらしい。
「トカゲどもにそんな知恵があるわけがない。となれば、やつらには目を合わせても石化ならないような耐性があるのだろう。だから、鏡を使ってあいつらの石化の魔法を反射させても、あいつらは石化しない」
「……なるほど」
だが、余程自信があったのだろう。
春香ははっきりとわかる落胆ぶりである。
このまま放置しないのが、気配り名人の俺である。
「いや、だが、春香の意見は参考になるし、なによりある意味核心をついている」
「本当に?」
一挙に元気になる春香は単純である。
「ああ。大事なのはドラゴンたちと違い、あいつらがバカであるというところだ。罠を張ったり言葉による心理戦を仕掛けたりすることはない。ここが重用なポイントだ」
「どういうこと?」
「簡単だ。つまり正面から叩ける。あいつらより強ければ何の問題もないということだ。では狩りに行こう」
バジリスクの縄張りと思われるところよりも、かなり手前に俺たちはベースキャンプを置いてまみたちはそこに待機させて、俺が単独でバジリスクを討伐し、完了後にまみたちが薬草採取をおこなう。
これが俺の作戦である。
単純であるが、有効な作戦である。
もっともこれは、バジリスクよりも圧倒的な強者である俺だからこそできる作戦ではあるともいえるのだが。
「そろそろだな」
バジリスクが近くにいると独特の匂いがすると教えられたが、まさにこれがそうなのだろう。
そして見つけた。
「隠れもせずにいるとはありがたい。探す手間が省ける。おまえたちには感謝しないといけないかな」
もちろんバジリスクは人間の言葉を解さないのだが、俺は思わず感謝の気持ちを口にしていた。
一方のバジリスクたちは、石化の効力が発動されないうえに、威嚇して逆に俺の剣によって簡単に切り倒された仲間を見て逃走し始めたのだが、崩壊寸前だったその混乱は、騒ぎを聞きつけ異様な咆哮を上げながら現れた一匹の巨大なバジリスクの登場で一挙に収拾した。
「ほう。さすがだな」
それは俺も思わず感嘆の声を上げたほどである。
「こいつがバジリスク・ロードか。だが……」
たしかに周りにいるバジリスクに比べて大きいものの、所詮トカゲはトカゲであると俺は思った。
「メスたちに自分の強さを見せつけたいのだろうが、残念だが、その願いは叶えることはできない。さて、仕事の時間だ」
その後は一方的な殺戮である。
俺は別にこいつらに恨みがあるわけではない。
だが、ここで一匹でも逃がしたり、まして子供だからかわいそうだからと見逃したりすれば、結局回りまわって害を及ぼすことになる。
すべてのバジリスクの目を潰す作業が完了し、まみたちを呼び寄せる合図を送ったのは三時間以上が過ぎてからだった。
「心配でした」
「時間がかかったので、やられたかと思ったよ」
「それは済まなかった。思いのほか手間取った」
「強かったの?」
「まあそうだな」
思い思いの表現で俺を心配していたことをアピールするまみたちに俺はそう謝罪した。
……まあ、実際には戦闘自体はあっという間に終わり、大部分の時間は隠れているバジリスクがいないか探しまわったのと、目を潰す作業に費やされていたのだけど。
俺は心の中で苦笑した。
「安心して、薬草を採取してくれ。俺は冒険者組合に提出するために、こいつらの首を束ねる」
翌日、薬草とバジリスクの首を持ち帰った俺たちをダハシュールの市民たちが歓喜の声で迎えたのはいうまでもない。
市民たちに手を振りながら、俺は心の中でこう呟いた。
……これで俺の名声はさらに高まるな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「恭平君、恭平君。もう復活しているはずですから、目を開けてください」
「まりん、せっかくおもしろい置物になったのだから、こいつはここに放置してよかったのではないか」
「そうそう。それのほうが面白かったかも」
「それでもいいけど、マロピーのところまで、誰がこの大荷物を運ぶのよ」
そのような声で俺は目が覚めた。
「みんな無事か?」
「そうですね。みんな無事です。無事でなかったのは恭平君だけです」
「俺?俺だってまったく大丈夫だ」
「ほう、お前はあの状態を大丈夫だと言うのか。それは済まなかった。では、もう一回置物になるか」
「何を言っている?」
「それはこっちの話だ」
まったくかみ合わない話に俺の心に不安が過る。
……まさか、さっきまでの活躍というのは、いつものあれだったということか?
最初に結果を言えばそのとおりだった。
「春香、恭平はいつもの夢を見ていたみたいだよ。今日は春香を全裸にしてお仕置きしている夢かな。それとも、まみたんの衣服をすべてむしり取ってエッチーことをしている夢かな」
「貴様、懲りずにまたそんな夢を見ていたのか」
「橘さん、夢であってもひどいです。春香さん、橘さんを厳しく懲らしめてください」
「もちろんだ。橘、覚悟はできているな」
「おい、麻里奈。余計なことは言うな。春香、それからまみも、俺はそのような夢は見ていないぞ。話せばわかる……」
「騙されません」
「問答無用」
「助けてくれ……」
このあとに俺がどうなったのかは想像に任せるが、最後に実際に何があったかだけは、やはり語っておくべきだろう
「薬草?」
「そう。なんか今大陸中で流行っている病気に効く薬草を取りに行ってもらいたいって言われた」
「どこに?」
「ここから歩いて一日くらいのところにあるソハグ山の麓らしいです」
「麻里奈、断れ」
「なんでよ」
「まず遠い。それから危ない。ついでに面倒くさい」
「お願いしますと泣きながら頼まれたよ」
「そうです。土下座して泣いて頼まれました」
「いや、それはない。というか、そういう仕事をやる専門の奴らがいるだろう。冒険者とかいう。なんであいつらに頼まないのだ。金をケチったのか」
「いや、頼んだけど断られたらしいよ」
「じゃあ、俺たちも断れ・イダっ」
「恭平、あんたはどこまで小物なのよ。困っている人を助けてあげようという気にはならないの?」
「うるさい。俺は自分のポリシーに忠実なのだ」
「あんたのポリシー?そんなものがあんたにあったの?」
「まりんさん、ほら、あれです。『君主危うきに』という恥ずかしい」
「あ~ヘタレの逃げ口上ね」
「うるさい、うるさい。とにかく俺は危ないところに行くことに反対だ」
俺たちが現在何で揉めているかといえば、麻里奈が持ち込んだ面倒事についてである。
町の有力者や冒険者組合の幹部たちと話をしていた麻里奈と博子によれば、ソハグ山の近くに貴重な薬草があるらしいのだが、そこに最近バジリスクという獰猛なトカゲが住み着いて近づけなくなっているそうなのだ。
「正義の味方である私たちが行かずに誰が行くのよ」
ということで、俺たちがいつから正義の味方になったかは知らないのだが、いつもどおり俺の反対意見などまったく考慮されることなく、麻里奈の独断で俺たちはソハグ山へ出かけることになった。
さて、出発の日のことである。
それが本当にやってきたときには、もちろん俺も驚いたが、もっと驚いたのは事情をまったく知らないダハシュール市民たちである。
それを見た大人たちは腰を抜かし、少女たちは改めて麻里奈を惚れ直し、子供たちは憧れたわけだが、もちろんそれとは以前博子と春香に「死なない程度」に痛めつけられ、麻里奈に名前を呼ばれたときにはすべてのことを優先して駆けつけることを条件に命を救われたあのドラゴンことである。
「小野寺麻里奈はドラゴンを飼っているのか」
「バケモノがバケモノを従えているということか」
「ドラゴンを手なずけた人間など聞いたことがないぞ」
「やっぱり、まりんさんです。すてきです」
「僕もドラゴンに乗りたい」
「私も」
様々な声を上がったわけなのだが、とりあえずそれに乗って俺たちはその山へ出かけたわけである。
「いっそのこと、こいつにバジリスクというトカゲを退治させたらどうだ」
「あんたは、どこまでバカなの。バジリスクと目を合わせたら、たとえこのドラゴンだって石化するのよ。だからドラゴンは行き帰りの乗り物として使うだけ」
「おい、ちょっと待て。麻里奈」
それは俺にとって初めて聞く情報だった。
「もう一度聞くぞ。なんだ、石化というのは」
「言葉どおり。バジリスクと目を合わせたら石化するの」
「そうだ。我々ドラゴンもあいつらに近づかない。関わりを持たないということが我々のドラゴンの常識だ」
麻里奈の言葉をドラゴンが肯定する。
ということは、俺たちはドラゴンも近づかないその恐ろしいトカゲがうじゃうじゃいる場所に、草むしりに行くということか。
「アホだろう」
「何がアホよ。ここから落とすわよ」
空の上から落とされたくないので心の中で俺は叫ぶ。
こいつはアホである。
そして、世界で一番常識に縁のないヤツでもある。
「何か言いたいことでもあるの?」
「別に」
ちなみに、俺たちが乗っているこのドラゴンだが、麻里奈によって「マロピー」などというドラゴンにはまったくふさわしくない名前に改名させられている。
「じゃあ、マロピー、適当なところに下してよ。二時間くらいで戻るから」
「わかった。気をつけて行ってくるといい。まあ、お前たちならすぐにケリがつくだろうがな」
「そういうこと」
かわいらしい名前を持つドラゴンはまったく心配していないようだが、俺は非常に心配だった。
そして、悲しいことに、その心配は的中する。
「……おい、これはどういうことだ」
「え~と。恭平君はただ今バジリスクに噛まれたうえに、目と目が合ってしまったので、毒が回って石化しながら死ぬところです」
「いや、それは俺自身が一番わかっているが……なんで、俺だけがこうなるのかを尋ねている」
「すいません。防御魔法を恭平君にだけかけるのを忘れていました。まあ、ちょっとした手違いです」
「ヒロリン、お・ま・・え」
そのあとは……つつがなく作業は終了したらしいのだが、帰る直前まで石化していた俺は何がどうなったかはまったく知らない。
いつもながら、忌々しいかぎりである。
一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。