ヘタレ勇者が妄想する浮気シミュレーション
こちらの世界に来て勇者となった俺は、多くの武勲を上げて大陸中に名前を轟かさている。
だが、これには弊害もあった。
モテ過ぎるのである。
歓喜の嵐で出迎えられて城塞都市ダハシュールに入った俺たちだが、もちろん俺の人気はダントツである。
勇者に憧れた兵士たちが剣技を教えることや、子供たちに囲まれることは楽しいし、うれしい。
だが、楽しくないとまでは言わないものの、少々厄介なこともある。
女性たちの過剰な愛情表現である。
どの年代の女性も俺に声をかけてくるのだが、子供やかなり高齢な女性ということなら笑って済まされるし、同年代と言うことなら、それ相応の対処もできる。
やっかいなのは経験豊かな年上の女性からのアプローチである。
しかも彼女たちの熱いアプローチは昼夜を問わない。
そして、少しでも警戒心を緩めるとあっという間にからめとられてしまう。
とりあえずは、俺が名声を利用して女性にそのスキンシップを強要したわけではないので、俺に非があるわけではないはずなのだが、実はそういうわけにはいかないのだ。
俺が年上女性の濃厚なスキンシップでくたくたに疲れて帰ってくると、決まってまみが待ち構えており詰問されるのだ。
このように。
「橘さん。今までどこに行っていたのですか?」
「ん?……その巡回に行っていた」
「巡回ですか?それで何を巡回していたのですか」
「何を……それはもちろん町をだが」
「そうですか。この町にこれほど香水の香りがする場所がたくさんあるとは知りませんでした。こっちに来てみんなにその場所を説明してください」
「う……」
当然ではあるが、ここからの俺は、妻に浮気がばれて針の筵に座らせられる夫そのものである。
今日もそうだ。
連れて来られた俺は床に正座させられ、その周りを腕組みした五人の女性たちに取り囲まれている。
現在の俺は勇者の面影などないのだが、どういうわけかこのシチュエーションには違和感がない。
というか、妙にしっくりする。
……いつもこのようなことがおこなわれているかのような安心感というか違和感がある。
俺はもしかして虐めが好きな体質なのではないかとおかしな考えに浸っていると、それが始まった。
「では、橘さん。正直に白状してください」
「だから、巡回に。イダッ」
それはまみが持っていた鞭で俺を打ち据えた痛みだった。
「橘さん、嘘をつくとこういうことになります」
「だから、本当に、あっ痛い」
「どうですか、白状する気になりましたか」
「……わかった。言う。言うから鞭打ちだけは勘弁してくれ」
こうして、俺は自白した。
今日おこなわれた巡回先の果物屋の女主人に迫られた一件を。
それは、いつもどおり巡回している最中のことだった。
「勇者恭平、すいません、助けてもらえませんか?」
美人の部類に入るその女主人は通りに出て俺を呼び止めた。
「困っている人を助けるのが勇者だ。どうした」
実はこれが罠だったのだが、この時の俺は気がつかなかった。
「こっちです」
俺は店の裏の薄暗い部屋に連れ込まれ、突然後ろから女主人に抱きつかれた。
「うっ」
果物を商う者には不似合な強い香水の香りだ。
「何をする」
「野暮なことを。男女がこういう暗い場所ですることなんてひとつでしょう」
背中に豊かな胸を押し付けながら、女主人は迫ってきた。
「やめろ、俺はそういうことをする気でここにきたわけではない」
俺は女主人の腕を振りほどき店の外に逃げ出そうとしたのだが、女は意外に力が強く、俺は逃げ出すことができない。
「ウブな勇者さまね。私が教えてあげる。もちろん無料」
「いやいや、教えてもらいたくない。とにかく放せ」
だが、なおも頑強に抵抗する俺に、女主人はようやく諦め解放するある条件を提示した。
「仕方がないわね。今日は特別に許してあげる」
「許すと言われてもな」
「その代わり、私の言うことをひとつ聞いてちょうだい。嫌と言ったら、勇者に辱められたと騒ぐから」
これはひどいと俺は思った。
だが、とりあえず、お金を要求されるものだと思った俺は承知してしまったのだが、これがいけなかった。
「……どう。いいでしょう」
「いいというか、なんというか」
「なに顔を真っ赤にしているよ。ほら、もう少し強く。そうそう。どう、小娘たちのとはモノが違うでしょう」
「知らん。というか、もういいか」
「ダメ。もっと心を込めてやってちょうだい」
「これでいいか」
椅子に座った俺は跨ぐように俺の膝の上に乗った女主人の柔らかく大きな胸を揉まされたのだ。
言っておくが、これは俺が望んだわけでもなく、それ以上のことはしていない。
もう一度言う。
絶対ない。
だが……。
「橘さんは不潔です」
「本当だよね。絶対それ以外にも色々やっているよね」
「やっている。絶対やっている」
「いやらしい恭平君です」
俺の評価が大幅に下がった。
「こんなことなら……」
「こんなことなら、なんですか?オッパイ大好き恭平君」
「今日からあんたのことは『エロ恭平』と呼ぶことにする」
「私も『スケベ橘さん』呼ぶことにします」
「やりたくてやっていたわけではない。だから俺は無実さだ」
「いいえ、違います。有罪です」
「男のくせにすべて女性に罪を擦り付けるとは。死刑にしましょう」
「賛成」
「私も賛成です」
「悪かった。助けてくれ~」
俺は心の底から反省し、そして泣いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「恭平君、うるさいです」
「そっとしておいてやりなよ。橘君はショックを受けているのだと思うよ」
「こいつがそんな繊細な神経の持ち主のはずがないだろう」
「まったく情けない恭平だね」
目が覚めると、俺はベッドで寝ていた。
「あんたがあまりにもうるさいから見に来た。まず涙を拭きなさいよ」
「恭平君、午前中のことがよっぽどショックだったのですか」
「橘、自分がモテるとでも思っていたのか?」
「はっ?いや、実際に俺はモテるだろう。イダッ」
「貴様、あれだけのことがありながら、まだそのようなことをほざけるとはたいしたものだ。それとも寝ぼけているということか。貴様、まさか、また私がお前にお仕置きされて喜ぶ夢を見ていたわけではないだろうな。よし、念のために今からお前をお仕置きすることにする」
何をどう勘違いしたのか知らないが、春香が自分の武器であるハリセンを持ち出してきた。
「やめろ、おい。この世界での打撃系武器最高位にあるそのハリセンでのお仕置きは反則だろう。許してくれ」
だが、短時間に誤解が解けるはずもなく、俺は春香から理不尽な厳しいお仕置きを受けることになったのである。
さて、最後に春香の言う「あれだけのこと」について話をしておこう。
最初に言っておけば、実に理不尽な話である。
それは、午前中に俺が荷物持ちとして麻里奈やまみと市場に買い物に行ったときのことだ。
いつものように、麻里奈には女たちが、まみには男たちが群がる。
そして、俺のところには……誰も来ない。
それどころか、避けている。
たまたま目が合っただけの胸の大きくなかなかの美人といえる果物屋の女主人などは、間違って汚物でも見てしまったと言わんばかりに、わざとらしく顔まで背けて買い物に来ていた子供とこんな会話をしていた。
「だめよ。あの男の近くに行ったら、あんたも弱虫になるわよ」
「わかった。でも大丈夫。僕はあんな弱虫にはならないから」
この程度ならまだ我慢もできる。
だが、こっちはダメだ。
「あれが露出狂の橘恭平か」
「なるほど、いかにも人前で全裸になりそうな顔をしているな」
「いつ汚い全裸になるかわからないから、子供たちを家の中に入れておくか。それよりも、あのような変態は歩かせるべきではないだろう」
言っておくが、俺は公衆の面前で全裸になるような変態ではない。
それどころか、俺はその美しい容姿からも麻里奈やまみと同じくらいにはモテるだけの資格はあり、さらに言えば名門北高の生徒にふさわしい清く正しい立派な好男子なのだ。
だが、この城に入る際に起こったある事件の結果、それに近いことが起こってしまい、そのような誤解を受けてしまっている。
しかも、その誤解の原因を作ったのは、あのエセ文学少女ヒロリンこと立花博子であり、俺はいわば被害者なのである。
しかし、実際には俺だけが酷い扱いを受けているのだ。
これを理不尽と言わず、なにを理不尽と言うのだろうか。
そして、ここでその事件が起こった。
「そこの下僕、汚いからまみ様の近くに寄るな」
「まったく、下僕の分際でまみ様の近くにいられるとは生意気な」
「こいつなら入浴するまみ様の裸を覗き見している可能性がある」
「うむ、この変態なら十分考えられる」
「そういえば、こいつが歩く女たちを見る目が嫌らしいな」
「特に幼女を見る目が尋常ではない。間違いなく変態の目だ」
「やるか」
「やってしまえ」
「おい下僕、そこになおれ。今から貴様に正義の鉄槌を下す」
それから俺は麻里奈が止めに入るまで殴る蹴るの暴行を受けた。
「助けてくれ。俺は無実だ」
「反省の色がないな。許さん」
「許してくれ、勘弁してくれ、助けてくれ~」
俺は自分の無実を信じながら必死に許しを請い、そして泣いた。
その後、自分の部屋に戻ってからも、泣いていた俺はどうやらそのまま眠ってしまったらしい。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。