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ヘタレ勇者が妄想する城塞都市での生活Ⅱ

 ここは城塞都市ダハシュール。


 俺たちは今日も日課となっている城内を巡回する。


 子供たちに取り囲まれながら、俺はある一軒の店に入った。


「できたか」


「勇者恭平、あなたに教えてもらった魔法の食べ物が、今ちょうどできあがったところです。どうぞ試食してください」


「どれ……おいしい。いい出来だ」


「これは勇者恭平が考案し、最初に食したものとして、この店の名物となります。ありがとうございます」


「それはよかった」


「ところで、この食べ物の名前を勇者恭平に決めていただきたいのですが、いかがでしょうか?」


「名前?……そうだな。コロッケと名付けてはどうだろう。特別な意味はないが響きはいいだろう」


「まったくそのとおりです。それではコロッケと命名させていただきます」


 このように俺はもとの世界の知識をダハシュールの住民たちに教えている。


 元の世界とこの世界との技術や道具の差、材料の確保等の問題もあり、完璧なものとはいえず、それどころか再現すること自体が不可能なものも多いのだが、それでも確実にこの城塞都市は良い方向に変わっている。


 当初麻里奈や春香は、この技術を高く売りつけようとしたのだが、高潔な勇者である俺は、あくまでこの町の繁栄を一番に考え、そのような気などまったくなかったため、悪事は未然に防ぐことができた。


 その話を知った商人たちからは称賛の声があがり、俺の名声はさらに高まった。


 さて、俺は今これまで知識を授けた多くの店を巡回している。


 さらなる助言が必要としている店があれば、できるかぎりの援助をすべきだと俺は考えているのだが、性格の悪い麻里奈や春香は頑強に抵抗しており、仕方なくの単独行動である。


「さて、そろそろ引き上げるか。今日は確かまみつくったおいしいコロッケ。楽しみだ」


 一仕事した後に、まみのつくるおいしい料理を食べる。


 至福だ、これぞ至福のときだ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「橘さん、起きてください。まりんさんや春香さんに居眠りをしているところを見られたら、またお仕置きされますよ」


 まみの声に気がつくと、俺はあの店の前にいた。


 たしか、宿舎に戻ったはずだが、なぜここにいるのだろうか。


「ん?麻里奈も春香も今日は連れてきていないはずだが。それよりもコロッケはできたか?」


「コロッケですか……お店の人が出来上がったらから、食べに来てくれと言われて、みんなでここにきたのではないですか」


 たしかに食欲を刺激する香りが立ち込めているが、俺が食べたいのはまみの手作りコロッケだ。


「いや、ここのコロッケはもう食べた。俺が言っているのは……」


「御取込み中のところをすいませんね」


 俺とまみ会話に割り込んできたのは、聞き覚えのある声である。


 トーンから、その声には嫌味の成分はかなり含まれていた。


「今、まみと話をしている。何しに来たのかは知らないが、俺はお前に用事はないぞ。麻里奈」


「あんたが私に用事がなくても、私はあんたに用事があるのよ。早く来なさい」


 そう言うと、麻里奈は俺の耳を掴むと、引きずるように店の中に引きずり込んだ。


「痛い、痛いぞ、麻里奈。何をする」


「何をする?それはこっちの話よ。恭平、あんたというヤツはまったく恥ずかしいことしかしないよね」


 店の中央に放り投げられた俺を待ち構えていたのは、店の主人たちのほかに春香やヒロリン、そして恵理子先生である。


「ほら、まず、店の人に謝りなさいよ」


「なんで俺が謝らなければならないのだ?」


「橘、貴様、この場に及んでもまだそのようなことを言うのか」


 言った相手が春香である。


 まあ言葉だけで済むはずはなく、力強い拳も当然やって来る。


 頭の中で轟音が鳴り響き、意識を失いそうになる衝撃を受けた。


「恭平君、恭平君が味見と称して、この店で入り浸って無賃飲食を繰り返したのはわかっています。観念してください」


 博子のこの無礼な発言に、俺は当然反論する。


「高潔な勇者であるこの俺が、そのようなことをするはずがないだろう。それに俺がこの店にコロッケのレシピを教えたのだぞ。味見をする責任があるだろう。つくった本人が味見もせず劇物を他人に食わせる悪しき前例もあるしな」


 俺の言葉に博子は頬を膨らまし、爆笑する声が店中に響き渡った。


「恭平君は本当に失礼な人です」


「まあまあ。それにしても恭平が高潔だって。ウケルよね」


「いや、まったくつまらん。橘が高潔など事実としてもつまらんが、事実ではないからなおさらつまらん。もう少しマシな冗談を言え」


 その言葉とともに春香の拳が再び俺の頭に直撃する。


「……さてと」


 何が面白かったのかは知らないが、笑い過ぎて出たらしい涙を拭くと、いつもの黒い笑みを浮かべた麻里奈は俺にこう尋ねた。


「そこまで言うなら、恭平、コロッケのつくり方を言ってみなよ。まず材料ね」


 バカにするのも程があると、俺は口を開いた。


「ジャガイモと、それから……」


「どうしたの。まだまだあるはずだけど」


「ジャガイモと……」


 おかしい。


 俺が教えたはずのコロッケのつくり方が浮かんでこない。


 そして、滲みだすように徐々に思い出す嫌な記憶。


 そうだ、ここに最初に来たとき、俺は重い荷物を担がされた。


 その後に、ヒロリンが魔法で専用の調理台をつくりだしたのだ。


 確か「メンテナンスのこともあるので、この世界のもので修繕ができる程度のものを」などと唱えながら。


 それから、俺が運んできた材料を使って、まみと先生が職人に指導していた。


 その時俺は何かを言った……そうだ。売上の半分を貰う権利があると言って麻里奈と春香に「恥を知れ」と殴られたのだ。


「恭平、何か思い出した?」


「お前はここの店主がコロッケを作り始めてから、毎日試食と称して最低二回この店にやってきた。しかも、こともあろうにコロッケ以外にも飲み食いしていたのはわかっている。周辺の店でも同じようなことをやっているとも聞くぞ。高潔な勇者が聞いて呆れる。さっさと、この場で腹を切って詫びろ」


「私たちの中で評価が下がり続けているのは恭平君だけです。本当に情けない恭平君です」


「とにかく橘さん、まずは謝ってください」


「そうだよ、橘君。橘君が飲み食いした分はすべて春香が弁償したし、そもそもヒロリンの魔法で最高の設備になったので、店の人もそれほど怒っていないから」


「怒っているのは私たちだよ」


「まったくです」


「橘、とにかく早くやれ。私たちの分は帰ってからタップリとだ」


 そして、俺は……。


一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。


これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。

キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。


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