ヘタレ勇者が妄想する恋愛シミュレーションⅢ
俺たちは森を探索中にエルフたちが住む村に辿りついた。
遠くからでも、この村の住人らしいエルフが見えるので間違いない。
それにしても、某小説や多くのアニメに登場するエルフというものと、現実のエルフがそっくりだとは思わなかった。
ほっそりとして身体、金髪、とがった耳、そして薄い胸。
どれも、その特徴がそのままあてはまる。
某小説の原作者はエルフのいるこの世界に来たことがあるのではないかとか、実はアニメ制作会社は本物のエルフを会社の敷地に住まわせているのではないかと疑いたくなるくらいに。
しかも、はっきり言って全員まみレベルの美少女である。
「どうするの?」
麻里奈は尋ねるが、こればかりは俺に決める権利はない。
なにしろ、俺たちがそう望もうが、相手がそれを受け入れない限り、結界が張られたこの村に入ることはできないのだから。
しかも、エルフという種族は排他的であり、しかも人間との接触を好まないともいう。
ここは少々惜しいが諦めるしかない。
「まあ、残念ながら引き返すしかないだろう。生のエルフを見られたのだから、よしとしよう」
俺が苦笑しながらそう言うと、賛成の声が上がる。
「決まりだな。無用なトラブルは避けたいし」
賢明な判断だろう。
野盗や盗賊まがいの冒険者たち相手ならいくらでも剣を振るえるが、さすがに実年齢はともかく見た目は同じくらいの女の子と生死を賭けて剣など交えたくはない。
だが、ここで想定外のことが起こる。
村のほうから俺たちを呼び止める声がしたのだ。
「人間の皆さん、お入りください」
それは、エルフたちからの予想外の招きだった。
「どうする?」
「逃げましょう」
「そうです。エルフたちに食べられています。私は丸焼きにされるのは御免です」
とりあえず菜食主義者であるエルフが博子を丸焼きにして食べることもないだろうが、この招きに応じるべきかの判断が難しい。
「さて、どうしよう」
「行ってみましょう」
積極的な意見を述べたのはまみだった。
「そうだな。そうあることではないだろうし、行ってみるか」
まみの意見に背中を押され、俺たちは用心しながらエルフたちの招きに応じてエルフの村に入ることになったのだが、エルフ村の村長に会って話をしてみると、すぐに彼らが俺たちを招き入れた理由が判明した。
「……ドラゴンの襲撃?」
「はい。この周辺にはいくつものエルフ族の集落があったのですが、ドラゴンに次々に襲われ全滅しました。数日前に隣の村をドラゴンが襲撃し、大部分のエルフを食らったうえに村を焼き払いました。おそらく次はこの村だと」
「なるほど、ではここを離れて……」
俺はそう言いかけてやめた。
それができるのであれば、当然そうするだろう。
俺にはわからないが、エルフにはここを離れることができない理由があるのだろう。
「それで俺たちに加勢を頼みたいと」
「そうです。ドラゴンスレイヤー、勇者恭平。私たちを助けてください」
「知っていたのか」
「はい。大陸中に広まった勇者恭平のドラゴン退治の話は、この村にも伝わっております」
「……わかった」
もしかしたら、俺たちがここに辿りついたのは偶然ではないのかもしれないが、そのようなことはどうでもいい。
困っている人が助けるのが勇者である。
こうして、俺たちはこの村にしばらく滞在し、ドラゴンの襲撃に備えることになったのだが、ここで俺にとってはドラゴン退治以上にやっかいなことが発生した。
「橘さん、彼女は何ですか?橘さんがこんなに女性にだらしない人だとは思いませんでした」
「そうだよ、だめでしょう。それは」
「そうそう。勇者失格だ」
日頃は俺に意見することなどないまみをはじめ、全女性陣から俺は責められ続けている。
「俺だってわかっているが、ここの決まりらしいから……」
女性陣の厳しい言葉と冷たい視線、それに対する俺の歯切れの悪さの原因は、俺の体に笑顔で密着する「フィーネ」という名のエルフの娘にある。
村長の指示により勇者恭平の滞在中の世話係として、このエルフを俺のもとにやってきた。
もちろん俺は断った。
だが、村長はエルフの世界ではこれがきまりであると譲らない。
「『郷に入っては郷に従え』という言葉があります」
最後にはこの決め台詞とともに押し切られてしまった。
異世界で日本のことわざを聞くとは思わなかったのだが、とりあえず、そうしてやってきたフィーネだったが、この娘は見た目だけなら俺たちよりも幼く見えるものの、実年齢は百歳を超えているという。
しかも、年齢相応に実に積極的だ。
たしか身の回りの世話係という触れ込みだったのだが、別の世話係ではないかと、短絡的な男なら勘違いしそうな勢いである。
しかも、この娘はまみたちが顔を赤くしたり青くしたりする様子を楽しんでいるようにみえる。
「あなたたちは勇者様とどこまでいったの?」
「どこまでって……」
「それはその……」
「なんだ。じゃあ、私が一番ということかな。勇者様、今晩よろしくお願いします。私がんばりますから、私をしっかり楽しんでください」
「うぎゃ」
「な、なにを○%×$☆♭♯▲!※」
突然現れたエルフに自分たちでは太刀打ちできないとみた女性陣は、クレーム先を俺に変更して猛烈な抗議をすることとなり、俺はほとほと困り果てて、思わずこう呟いてしまった。
「早くドラゴンが来てくれ」
そして、それは幸か不幸か実現してしまう。
その夜、それは現れた。
赤く固い鱗で体を覆う巨大なドラゴンは、剣を構える俺を見つけると、尊大に言い放った。
「私の相手が、貴様ひとりとは、私も随分見縊られたものだな」
勇気のない者なら、これだけで怖気づくという咆哮とともに届くその言葉を、俺は軽く受け流して名乗りを上げる。
「そうかな。山の中に引き籠っている意気地ないお前は知らないようだから、名乗っておこう。俺は橘恭平。ドラゴンスレイヤーの称号も持っている。どうだ、これなら不足あるまい」
「ほう、同族殺しか。たしかにおもしろい。橘恭平、よく覚えておこう。そうだな、では私も名乗っておくか。私の名はコムエルナーナだ」
「名乗ってもらって申しわけないが、俺はお前の名前を覚える気はない。なにしろ、お前はすぐに首だけになるのだからな」
「言うではないか。ではその実力を見せてもらおうか」
こうして戦いが始まった。
ドラゴン自身にとっては、自らが誇るべき強力な武器とは口から吐き出す炎と、鋭い爪なのだろう。
だが、俺にとってそれらはそれほど脅威ではない。
それよりもやっかいなのは、空を飛べる翼である。
だから、俺はまずは翼を狙う。
これが基本である。
さて、その戦いの方だが、それほど時間がかかることなく終わった。
ドラゴン相手の戦いがこれほど早く決着がついたのは、俺の剣士としての実力以外に、一度ドラゴンと戦っていたという経験も大きいのだろう。
「大陸広しといえども、二匹のドラゴンを倒した者はそうはいないでしょう。あなたは本当の勇者だ。橘恭平。これで村は救われた」
村に住む全エルフが俺に感謝した。
ここまではいい。
だが、ここからがいけなかった。
「さて、報酬だがお望みのものをさしあげましょう。何か欲しいものはありますか」
「報酬などはいらない」
「そうはいかない。そうだ。これを今回の報酬としよう」
しばらく考えた村長の言うこれとは当然例のフィーネである。
「いや、それは遠慮しておこう」
「気に入りませんか」
「いや気に入らないというわけではなく、なんというか、今後色々差しさわりがあるので……」
もちろん、このかわいいエルフ娘とここでお別れするのはもったいないという気持ちはないわけではないが、それを許さない五人分の殺気に似た冷たい視線が背中に刺さるこの状況では間違ってもそれを口にするわけにはいかない。
「そうですか……」
「悪いな」
がっかりするように村長が諦め一件落着になりかけたところで、登場したフィーネ本人が余計な一言を繰り出す。
「だめだよ、恭平。昨晩せっかく私と恭平はあんなに深い仲になったのに。恭平にあんなことやこんなことをされた私は恭平のものになる以外には生きていけません」
「おい、ちょっと待て」
もちろん、そのようなことにはなっていないし、あんなこともそんなこともしていない。
なっていないし、してもいないのだが、一瞬にしてもう何を言っても手遅れな状況に陥っていた。
「橘さん。なんですか、深い仲というのはどういうことか説明してください」
これまで見た中では一番おそろしいまみの顔だった。
しかも、それは笑顔。
これはいかん。いや、アカン。
「恭平、あんなこととかこんなこととは何かを説明してよ」
「恭平君」
「橘」
「橘君」
目を吊り上げたまみたちに囲まれた俺はあてもなく助けを求め情けなくこう叫んだ。
「誰か助けてくれ~」
「恭平、そんなに大声を出してどうしたの?もしかして、また魔物に襲われた夢でも見た?」
「トラップにかかって死にそうになっているのかもしれません」
「いや、橘のことだ。どうせまた野盗に出会って全裸になって土下座して命乞いをしている夢でも見ているのだろう。まったく情けない」
「でも、その割には、橘さんはニヤニヤしていますよ。なんか気持ち悪いです」
「こいつは、他人に自分の汚い全裸を見せることを生きがいにしているから、目的を果たして喜んでいるのだろう」
「そうそう、なにしろ橘君だからね」
「恭平君、起きてください」
そのような会話が聞こえてくるところで俺は目覚めた。
「もう許してくれるのか?」
「はあ?」
「また寝ぼけておかしな夢を見ていたみたいです」
「しかたがないな。目覚めの一発だ。ありがたく頂戴しろ」
声とともにやってきた清々しい春香からの強烈な一撃で俺は完全に目覚めた。
言いたくはないが、やはり実際に何があったのかを述べておこう。
俺たちは森に探索に出かけ、エルフの集落を発見したのだが、ここまでは俺の夢と同じである。
ここからどうなったのか?
エルフの村にどうしても入りたい麻里奈は大声で騒ぎ立て、やってきたエルフと交渉を始めたのだが、お互いに何度も俺を指さす。
俺は供物にされるのではないかという不安になった。
いつもなら、この不安は的中し、俺はひどい目に遭わされるわけなのだが、今日ばかりは少々様子が違った。
交渉が終わり、俺のもとにやってきた麻里奈は申し訳なさそうにこう言った。
「恭平、悪いけど、あんたはここで待っていてよ」
麻里奈の説明によれば、エルフは女性のみなら入村を認めると言ったらしい。
「あれは、私の下僕でバカだけど人畜無害な生き物だから心配ないと言ったけど、ダメだった。悪いね」
いや、悪いのは待つことではなく、俺を自分の下僕にしたうえにバカで人畜無害な生き物などと事実無根の内容を並べ立てて侮辱したお前の言葉だぞと思ったのだが、珍しく申しわけないなどと麻里奈にしては神妙な物言いだったので、俺はおとなしく入口で待つことにした。
どうやらそこで寝てしまったらしい。
ということで、奇跡のようだが、今回俺は死ぬことはなかった。
「なんか、私は納得できません。ズルいです」
帰り道でなぜかまみは憤慨している。
「それを言うなら、私だってそうだよ。異世界だよ。しかもエルフの村だよ。それで、なんでああなるの。おかしいでしょう」
麻里奈も同様である。
「なにがあった?」
俺の問いに大笑いしながら答えた春香と恵理子先生の言葉を合わせると、どうやらエルフの村で麻里奈はモテモテだったらしい。
女性に。
「なるほど」
俺は薄く笑った。
それなら麻里奈ラブのまみが不機嫌であることを十分理解できる。
それにしても、異世界に来ても女性にだけモテるとは、麻里奈はやはり女性を引き寄せる特別ななにかを持っているのだろう。
それがなにかは男の俺はわからないし、知りたくもないのだが。
とにかく、いつものようにエルフからもらったらしい多くの土産を背負わされてはいるが、死ぬこともなく、それほど痛い目にも遭わなかったので、俺にとって今日はまあまあいい日ではあったといえるだろう。
一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。