ヘタレ勇者が妄想する洞窟探検
俺たちは、洞窟探検をすることになった。
きっかけは、旅人から聞いたこの国に古くから伝わる伝説である。
それによれば、そこは未知なる世界に繋がっているというのだが、俺はそれが元の世界である可能性があるではないかと考えた。
もちろん危険はある。
そもそも、その伝説が真実を語っているかもわからないし、たとえその洞窟が本当に異世界に繋がっていたとしても、元の世界であるとは限らない。
だが、まずは確かめに行こうと俺は決めた。
そう、このように俺は可能性が少しでもあるならば自ら確かめることにしているのだが、それに対して女性陣はこういうことに乗り気ではない。
しかも、それぞれ温度差があるために揉める。
ここで俺が強引に自分についてくるように命じれば、女性たちは従い、それで諍いは収まるだろう。
だが、俺はそのようなやり方は望まない。
時間をかけてでも丁寧に説明をして納得してもらうのが俺のやり方だ。
たしかにそれは貴重な時間を浪費するようなやり方にも思えるが、これこそが、この異世界で俺が女性たちに絶対的な信頼を勝ち取った要因だといえる。
さて、目的の場所に行ってみると、確かにその洞窟はあった。
「本当に大丈夫なの?」
麻里奈は不安そのものという表情で俺に尋ねる。
「わからん。だが、俺がいるかぎり心配することはない」
実は俺自身もこの伝説についてはいくつかの疑いを持っている。
たとえば、「異世界に繋がっている」という事実を誰が調べたのかということだ。
すなわち、これがこの洞窟が異世界に繋がっていたことを伝えるためには、この洞窟を使って異世界に行き、また戻ってこなければならないのだから。
さらに、そのような便利な場所が実在するのであれば、伝承などというあやふやなものになっていないはずである。
だが、俺はそれを口にすることはなかった。
それは俺がまみたち女性陣の絶対的な信頼を得ている以上、俺の不安はそのまま女性たちにも伝わり、悪影響を与えるからである。
「どうする?」
春香が俺に尋ねる。
「そうだな、まずは周辺を調べてトラップの有無を調べる」
「わかった」
「そうですね」
五人の女性陣はふたつに分かれ、それから俺は単独で周辺を探索した。
俺はどのようなことになろうと切り抜けられる自信はあるが、それは剣の実力だけでなく、このような細心の注意を払った綿密な下調べを行うからである。
これぞ、勇者の証であるのだが、このようなことは元の世界にいたときからの気配り名人的な俺の性格が影響している。
「どうだった?」
「ないな」
「こちらもなかった」
「よし、では中に入ろう。俺が先頭を歩くのでついてきてくれ」
当然、先頭こそが一番危険であるから、俺がその役を担うわけである。
こうして、洞窟探索が始まった。
洞窟探索。
ゲームの世界なら王道中の王道であろうが、実際の洞窟は簡単なものではない。
「足場に気をつけろ」
「はい」
「わかりました」
勇者である俺と違い女性たちはこのような場所を歩くことは慣れておらず、歩みは遅い。
当然俺も彼女たちにあわせて進むために、時間だけが進む状態が続く。
幸いにも、いつもは役に立たないポンコツ魔術師であるヒロリンこと立花博子が「灯り」の魔法を使って足元を照らしているので、暗闇を手探りで進むという事態だけはどうにか避けられてはいる。
「さて、少し休むか」
「ふ~やっと休憩か」
「お腹が空きました」
俺自身はまったく疲れていないのだが、同行している者に配慮するのもリーダーとしての務めである。
さて、ここまでは順調にきたわけだが、俺はある違和感を持っていた。
ないのである。
もちろん、トラップや魔物の襲撃などもないのだが、そのようなものはないに越したことがないわけで、俺が気になっているのは別のものである。
それは、人間たちがここまで来た痕跡だ。
俺たち異世界から来た者は、その習慣からむやみにゴミを捨てるということはしない。
だが、こちらに住む人間たちにはそのようなことはなく、邪魔なものや使い終わったものは場所を選ばず捨てる。
さらに、火を焚いた跡もない。
これは空振りだな。
俺の脳裏をその考えが過った。
ここで戻るという選択肢もあったのだが、それでもあえて進めるところまで進むことに決定したのは、あるという結果を期待したのではなく、ないという事実を確認するためであるというほうが正しい。
「あれ、ここで行き止まりだ」
「本当だ」
「どういうことでしょうか。道を間違えてしまったのでしょうか」
「いや。たぶんこういうことだったのだろう」
俺は口を開いて自らの抱いていた疑問を披露した。
「ただ、そういう噂をひとつひとつ確認していかなければならない。噂がある以上可能性はゼロではないのだから。それに……」
「それに……」
全員が不思議そうに俺の顔を見た。
「こういうこともある」
俺が手にしたもの。それは左手の石の下に隠されていた袋だった。
「誰かが隠したのだろうな。音から察するに宝石だろう」
「やりました」
「早く外に出たい」
苦労してここまでやってきたのになにもないという結果に少々がっかりしていた女性陣が、それを見て元気を取り戻したのは言うまでもない。
こうして、この日の俺たちの洞窟探検は予想外の収穫を得て終了したのであった。
「恭平、戻るから早く起きなさい」
「まりん、そんなやつはここに捨てていこう」
「そうそう」
「そうしたいのは山々だけど、荷物運びがいなくなるのは痛いし、春香だってお仕置きする相手がいないと困るでしょう」
「まあ、それは困るな。たしかに」
麻里奈たちの騒がしいその会話で俺は目が覚めた。
「……また夢か」
それはこのような会話から始まった。
「洞窟?」
「そう洞窟だよ。ヒロリンがさっきのおじさんたちに教えてもらった」
「いいね、洞窟探検。お宝が発見できるかもしれない。先生はどうする?」
「春香は私がお宝目当てに行くと言うと思ったのでしょう」
「違うの?」
「違うわよ。私は行きたくないけれども、顧問としてかわいい生徒たちが心配だから仕方なくついていくのよ。感謝してよね」
もちろんこれは嘘である。
元の世界では守銭奴教師として学校中にその勇名を轟かせていた欲深な恵理子先生に限ってそうであるはずがない。
人間ができている俺はそう思っただけで済ませたが、性格の悪い春香はそうはいかない。
「わかった。じゃあ、先生は見つかったお宝はいらないということでいいよね。ではお宝は残りで山分けだ」
「ちょっと、いいわけないでしょう」
「ほら、やっぱりお宝目当てじゃないの」
「うるさいわね。とにかく私もお宝が欲しいのよ」
さて、欲深な元教師の戯言はさておき、エセ文学少女ヒロリンこと立花博子が教えてもらったその話とは、行商人から仕入れてきた情報であり、少し離れた山にある洞窟に関する古くからある言い伝えだった。
当然麻里奈と春香はおもしろそうだとすぐさま飛びつき、麻里奈と一緒にいたいまみも反対しない。
唯一反対する可能性があった恵理子先生も、春香のお宝話にあえなく撃沈し、結局反対は俺だけになった。
「洞窟などまっぴらごめんだ。危ないだろう。絶対に魔物の巣窟だ。そうでなくてもトラップだらけだ。わざわざそんなところに行くやつはバカしかイダっ」
麻里奈は拳で俺を黙らせると、春香とふたりで言葉の暴力によって俺を苛め抜く。
「あんたは、いったいどこまでヘタレなの?あんた以外が全員参加すると言っているのに」
「じゃあ、お前たちだけで行ってこいよ。俺はここで待っている」
「いいわよ。でも、魔物だの盗賊だのが来たときにあんたは自分を守れるの?」
「それは……まあ無理だ」
だが、俺自身が否定しているにもかかわらず、春香は自信満々にこう言い放った。
「いや大丈夫だろうよ。こいつには得意技があるから」
「得意技?」
「俺の得意技?」
それはまったく身に覚えのないものだった。
だが、それはすぐに判明する。
「ハルピ。恭平君はそのような便利なものは持ち合わせていません」
「いやいやある。全裸になって泣きながら土下座して命乞いをするというこいつ以外にはできない恥ずかしい得意技」
「あ~なるほど。恭平は本当に土下座が得意だよね」
「たしかにそれは恭平君以外にはできません」
……またその話か。
「春香、もうその話はするな。それに言っておくが、俺は断じて全裸になってはいない」
それは、少し前に俺がひとりで荷物番をしていた時のことだ。
不運にも五人の野盗に見つかり、囲まれた俺はしかたなく命乞いをしたのだ。
数の違いもあり、俺としては選択の余地がなかったのだが、それが麻里奈や春香は気に入らないらしい。
「男なら戦いなさい」
「まったくだ」
彼女たちにはそう言われたのだが、できないものはできないのだ。
だが、それからというもの春香は、何かあるたびにこの話を持ち出す。
しかも、大幅な脚色をして。
「まあ、結局恭平君は殺されたわけですけど」
「当然の報いだ。だが、私たちがこのポンコツの尻拭いをしなければならなかったのはいまだに納得できない」
言いたくはないが、ついでに言えば、結局俺はそのとき野盗に殺され、見張りをしていた荷物は盗まれたのだが、ヒロリンの魔法によって呼び戻された野盗は荷物を奪い返されただけでなく、言葉どおり身ぐるみ剥がされたうえに、春香に「死なない程度に」痛めつけられた。
「だから、あのときのことは感謝していると何度も言っているだろう」
「それが感謝しているやつの言葉か。とにかくどうしても残りたいなら、構わないが、今度こそ死んでも復活はないと思え」
そう春香に脅された俺も、渋々だが洞窟行きに賛成した。
重い荷物を持たされ、麻里奈たちの後ろをヨタヨタと歩く俺も洞窟の近くまでなんとかやってきたわけなのだが、この洞窟は遠目からでも実に胡散臭かった。
要するに危ない匂いがしたのである。
「おい、絶対にトラップがあるぞ」
「そんなことをあんたに言われなくてもわかっているわよ。でも、トラップがあるということは期待できるわよ」
「期待?何の」
「お宝の発見に決まっているでしょう」
「でも、さっきの行商人の話というのは、お宝の話ではなかっただろう」
さきほどの博子が聞いた話というのは、「洞窟の一番奥に異世界に通じる扉がある」というものだったはずである。
「そうだよ。でも、恭平よく考えてみてよ。誰がどうやってその扉が異世界に通じるということを調べたの?」
「ん?」
俺は麻里奈の言った意味がよく理解できなかった。
「いいですか、恭平君。その話をするためには、その人は扉を使って一度異世界に行き、それから、また扉を使って戻ってこなければいけまぜん。それだけのことやった人の名前が伝わっていないなどありえません。それに、たとえ山の中にあるとはいえ、その場所が放置されているというのはおかしいのです」
「……まあ、言いたいことはわかった」
実はよく分かっていなかったのだが、ここはわかったふりをするしかない。
「でも、噂がある以上は調べてみるということ。万が一でも可能性があるなら、調べてみるというのが私の主義なの」
「ちなみに、俺は『君主危うきに近づかず』をモットーとしている」
「だから、あんたはダメなのよ。どこを取っても君主にかすりもしないあんたには、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の気概が必要よ。よく肝に銘じておきなさい」
「うるさい」
「さて、ビビリ恭平を黙らせたところで中に入ろうか。ヒロリン、お願い」
「わかりました」
元エセ文学少女で、現在はチートな能力を持つ魔法使いである立花博子がポンと手を打った。
「これで、私たちは洞窟内のすべてのトラップに引っかかることはありません」
「相変わらず、すごいな。呪文も唱えないでそのようなことができるのか」
「まあ、そうですね。でも、いいですか、恭平君は気をつけて歩いてくださいね。絶対ですよ」
「ああ」
……俺を子供扱いにしやがって、まったく忌々しいメガネだ。
このとき、俺はそう思ったのだが、それは甘かった。
本当の忌々しいことというのは、実はこれから起こるのである。
博子がわざわざ念を押した理由も含めて。まったく忌々しいことが。
麻里奈を先頭に元気に歩いていた女性陣が入口の前で立ち止まって、俺を待っていた。
「どうした?」
嫌な予感をした。
しかも、こういう予感の時だけは、なぜか俺の予感ははずれない。
「恭平が先頭で入ってよ」
「なんでだよ」
絶対に何かがあると俺は確信した。
「トラップは解除したのだろう。心配ないのだろう」
「トラップの解除?まあ、似たようなものだね。たしかに私たちにはトラップは利かない」
「ん?解除とは違うのか。とにかく、俺は嫌だ。いつも威張っている麻里奈が行けばイデッ」
実は、このときに俺は一瞬だけ違和感を覚えた。
だが、考える暇もなく、エセ文学少女の声が覆いかぶさった。
「恭平君、まりんさんが、気を利かせたとは思いませんか」
「なんでだよ」
「橘、頭を使え。こういう場合に女子の後ろを歩く男子がどこにいる。なあ、まみたんもそう思うだろう。女子を盾にして洞窟の中を歩くヘタレ男子など魅了度ゼロだよな」
「……そうですね」
「……なるほど」
そうは言ったものの、俺の疑念は晴れない。
当然である。
これまでこいつらが俺を立てたことなど一度もない。
それなのにこれだ。
何かあるとさらに疑いを持った俺だったのだが、ここで俺が騙された罠が発動される。
「橘君、みんな怖いのよ」
「先生、そういうことは言わなくていいの」
「そうだよ」
「おばさんは、やはり口が軽いです」
「私はおばさんじゃないから」
「いやいやおばさんだし」
「立派なおばさんでしょう」
「違うから」
……なるほど。それならわかる。こわいが、これまでのことがあるから俺に頼みにくかったということか。これはいい。これは麻里奈たちに恩を売れるうえに、まみにおれの雄姿を見せられる。
俺はチャンスと思った。
「よし俺が先頭を歩く。そのかわりに灯りはなんとかしろよ」
「了解です」
いつもは渋る博子がこの時素直に承知したのも今考えるとおかしかったのだが、その時の俺は、俺のご機嫌を捕っているのだろうと思っていたのである。
「では出発」
だが、破綻は洞窟に入ってすぐに訪れた。
博子がライトのような魔法を使って洞窟の中は明るかったのだが、非常に歩きにくかった。
「恭平、もっとスピードを上げてよ」
「足場が悪いのだから無理だ」
「足場が悪いのではなく、こわいからだろう。橘のヘッピリ腰を見ればわかる」
「ふん、わかった。ちゃんとついて来いよ」
春香の的を射た指摘に意地になった俺は速足で進み始めた。
だが、これがいけなかった。
なにか踏んではいけないものを踏んだような妙な感覚が足から伝わってきた瞬間、俺は吹き飛ばされた。
「……なんでトラップが発動するのだ。全部解除したのだろう」
「違います。解除したのではなく、無効化しただけです」
「全然無効化されていないだろう」
「いいえ、私たちには無効化されています」
この時にやっとわかった。
「……一応聞くが、なんだ、私たちというのは」
「だから、言葉どおりです。手違いで恭平君を『わたしたち』に加えるのを忘れていました」
「ふざけるな。わざとだろう」
「では、橘は最初から『わたしたち』に含まれていない。これでいいか」
「いいわけないだろう」
「せっかく明るくしてあげたのに、気をつけて歩かないからこうなったのでしょう。ヒロリンは『恭平君は気をつけて歩いてください』と何度も言っていたよ。気配りの足りない恭平の自業自得」
「そうそう。全部橘くんが悪い」
「……くそっ。お前ら……痛い」
俺はその後死んだらしく、その後になにがあったのかは見ていないが、博子の復活魔法によって生きかえった俺が現在持たされているのは相当量の貴金属であるから、麻里奈たちは洞窟の奥で本当に宝の山を発見したようである。
「年代的にはかなり古い時代のものです。異世界への扉はありませんでしたけど、収支はプラスでしょうか」
「そうだね。それに恭平の体を張った派手なパフォーマンスを見られたし」
「恭平君には本当に笑わせてもらえます」
「ところで、このお宝、どこか町に行って換金したいよね」
「そうだね。それにしても、橘が吹き飛ばされたトラップはすごかったな」
「本当だね」
「まったくです」
博子がそう言うと、全員が振り返り、俺をみて大笑いした。
「皆さん、少しは橘さんに気を使ってあげましょう」
この後も、行きよりも重い荷物を持たされた俺をしり目に、手ぶらで帰る女性陣は楽しいピクニックの帰りのような明るい表情をして談笑にふけっていた。
本当に毎日忌々しいことばかり起こるものだ。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。