ヘタレ勇者が妄想する豪華ディナー
「橘さん、夕食ができましたよ」
まみの声で目が覚めた俺の耳に、春香のがなり立てるような声が飛び込んでくる。
「まみたん、そんな役に立たない奴に声をかける必要はないよ」
「そうそう、働かざる者食うべからずだよ」
「先生、もしかして怒っている?」
「当たりまえでしょう。ねえ、まみたん」
「たしかに、私もあれはちょっと……」
「それにしても、恭平君のヘタレっぷりは相変わらず見事なものです」
「まったくだね」
俺はそれまでの幸福な時間がすべて夢だったことを理解した。
「……やっぱりな。話が出来過ぎていると思っていた」
俺は、深いため息をついて起き上がり、トボトボと食卓に向かったのだった。
話は約六時間前に遡る。
異世界にやってきた俺たちは、相変わらず野宿生活を送っていた。
厳密に言えば、本当の野宿生活を送っていたのは俺だけであり、女性陣はヒロリンこと立花博子が魔法を使って生み出した立派なログハウスの中で、とても野宿生活とは呼べない優雅で快適な生活を送っており、毎晩魔物の襲撃に怯えながらひとり寂しく地面で寝ていた俺の耳には、春香と先生のライオンの咆哮のようなイビキが聞こえてきた。
ちなみに、このログハウスの建材はすべて森から切り出されたものだった。
「さすがに、無から何かを生み出すわけにはいきませんから」
エセ文学少女は、その理由をそう並べ立てていたが、自然の摂理や秩序その他諸々を無視しておこなってきたこれまでのことを考えたら、こいつならそれくらいなど簡単にできるのではないかと俺は疑っている。
さて、「衣食住」のうち、住は一部を除き確保できたのだが、一番重要な食は、全員分を自らの手で確保しなければいけないらしい。
だが、元々そのような経験がないうえに、面倒なことが嫌いな麻里奈が木の実を集めるだの魚をとるなどという地道な努力をするはずもなく、どのような手段で食料調達を目論んだかといえば、ズバリ「略奪」だった。
元の世界でも、悪の側にいた創作料理研究会だったが、異世界に来てからはそれが顕著になっていた。
「来たわよ」
「おい、麻里奈。たとえ魔族であっても、俺たちに害を及ぼしているわけではないヤツを襲うのはどうなのだ」
「うるさいわね。あいつらを見なさい。いかにも悪の手先という顔でしょうが。そして、私たちは正義の味方。まったく問題ないのよ。だいたい立派なことを言っているけど、あんたはただ怖いのだけでしょう」
「そんなことはないぞ。ただ……」
「ただ、何よ」
「ちょっと苦手だイダっ」
ここで、麻里奈からの渾身の一発が届く。
「そうしないとこっちが飢え死にするでしょう」
「そうですよ。私たちだって、あんな見た目の悪い動物は食べたいわけではないのですから」
「とにかく、目的は奴らが連れている魔獣のほうだ。よし橘、行け」
「俺だけか?」
「そう。あんただけ」
「それから、先に言っておくが、あいつらに逃げられた場合は、貴様が今晩の食材になる」
「いいですね。恭平君の丸焼き」
「ふざけるな」
だが、丸焼きになって麻里奈たちに食われたくないので、結局行くことにした。
ちなみに、俺たちは二班に分かれて行動している。
食材調達班と、調理班である。
料理ができない俺が調達班になったのは当然であるが、悪の権化である麻里奈と違い、善良な市民である俺が略奪行為の経験があるとか、ましてそのようなことが得意などというわけはなく、当然ではあるが、もたもたと出て行ったものの、俺はあっという間に魔族たちに討ち取られてしまった。
麻里奈たちの深い失望の声を聞きながら……。
「恭平、今度こそあんたの仕事だよ」
麻里奈の怒鳴り声で目が覚めると、すでに襲撃は完了したのか魔族の姿はなく、彼らが連れていた魔物が地面に横たわっていた。
「どうした?」
「もちろん、作戦成功」
「ハルピがハリセンで数発殴ったら、魔族は泣きながら、これを置いて逃げていきました」
「そうか」
「『そうか』じゃないよ。何終わった感を出しているの」
俺を殴りつけながら、春香がそう言うと、麻里奈も大きく頷く。
「そうだよ。あんた、何もしないで食べ物にありつけると思ったら大間違いだよ」
実際には、そう言う麻里奈自身も何もしていないのだが、そのようなことを口にすれば、おそろしいお仕置きだけでなく、夕食抜きとなる可能性も高い。
ここは気がつかなかったことにして黙っていたほうがいいなどと考えていたところで、春香がそれを口にした。
「まあ、まりんも何もしていないけどね」
俺が言えなかったことを、春香が代わりに言ってくれたのである。
……ざまあみろ、その通りだ。麻里奈、お前も食べる資格がない。そして、ありがとう春香。イダっ。
「おい、言ったのは春香だぞ。なんで俺が殴られる」
「いや、恭平も考えていそうだったから、とりあえず殴っておいた」
「ふざけるな」
……だが、たしかに考えていたのだから、今回はよしとしよう。
「まあいい。ところで、俺の仕事とは」
「解体」
「解体?」
「そう、解体して食べられそうな部位だけを持ち帰る」
「それを俺がやるのか?」
「そう、あんたがやるの」
「ふざけるな。そんなことができるわけがないだろう。そうだ、ここはヒロリンの魔法を使って……」
「あんたひとりが食べるだけなんてないでしょう。やりなさいよ」
「恭平君、すでに道具は用意してあります。はい」
普段は気が利かないくせに、こういうときだけが手際がいいのが、こいつである。
「やりたくない」
俺は敢然と拒否をする。
だが、相手は麻里奈である。
俺の思い通りには絶対になるはずがない。
「あんた、もしかして、まみたんにこれを解体させるの?」
「うっ」
それはまずい。
もしそうなった場合、麻里奈は俺のヘタレを最大限に誇張してまみに告げるのは確実だ。
それは、すなわち俺に対するまみの評価が下がることを意味する。
「……わかった。よし」
さすがにまみの名前を出されてはやらざるを得ない。
俺は覚悟を決めた。
決めたつもりだったのだが、はっきり言って俺はこういうことが苦手だ。
ブルブルと手が震えている。
「ヘタレ恭平、いいよ。私がやるから」
その声を共に、後頭部に激しい痛みが走り、そこから何がおこなわれたのか俺は知らない。
だが、ここから別の記憶が始まる。
そう、いつもの話だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「橘さん。どうぞ、こちらへ」
まみに招き入れられたそこは、場所はどこだがわからないが、異世界とは思えぬ豪華な装飾が施された一流レストランのような場所だった。
「座って待っていてください。今料理を持ってきますから」
「ああ」
そうだ、俺は全員の食料調達をするために猟に出かけたのだ。
「もちろん俺一人で森に入る。だから、俺がいない間に魔物などに襲われないよう注意しておいてくれ」
俺は、そう言って挨拶かわりに全員とキスをした。
「とにかく、俺がいない留守中になにがあるかわからない。手早く済ませよう」
そう呟いたものの、こればかりは獲物になりそうな動物なり魔物なりが現れないかぎり、いくら勇者である俺でもどうしようもない。
だが、日頃のおこないがいいためなのか、俺はラッキーだった。
それほど待つことなく、獲物になりそうな魔物が現れた。
「大物だな」
俺は思わず呟く。
相手は牛のようにも見えるが、頭部には三本の角がり、元の世界にいた牛とはやはり違ううえに、かなり大きい。
相当の手練れでも数人がかりでないと仕留めるのは難しいだろう。
だが、勇者である俺にとっては倒すことなど造作もない。
ゆっくりとその前に出ていくと、その魔物はすぐに俺が敵であると理解したようである。
唸り声をあげて物凄い勢いで俺めがけて突進してくる。
たしかにこいつは強い。
だが、こいつにとって不幸だったのは、相手が俺だったことだ。
魔物の突撃を軽くかわすと、剣を振るう。
それで終わりだ。
もちろん、倒した相手に対する礼儀はかかさない。
それは相手が人間だろうが、魔物だろうが変わることのない俺の流儀だ。
「申しわけない。俺たちが生きるために糧になってくれ」
そう言って、一礼すると、俺は剣を納め、小さなナイフを取り出して手際よく肉を切り分ける。
もちろん、ここで解体するのには必要部分のみを運搬する方が楽であることなどいくつかの理由もあるのだが、なによりも大きいのは、やはりまみに解体する様子など見せないという配慮である。
この辺が、気配り名人である俺らしさといえるだろう。
「よし、帰ろう」
「橘さん、橘さん」
肉が焼けるいい香りとともに、まみが俺を呼ぶ声が聞こえる。
……まみがつくるおいしいディナー。至福だ。この至福のときが永遠に続くことを願うばかりだ。
俺は心の底からそう思った。
一応ネタバレ的な説明をしておけば、Aパートは妄想編、Bパートは現実編という形で進行していきます。
これは「小野寺麻里奈は全校男子の敵である」の番外編「小野寺麻里奈が異世界にやってきた」のさらにスピンオフ作品になります。
キャラクターの性格や立ち位置等は本編や番外編に準じていますが、主人公はタイトルどおり麻里奈から恭平となっています。