始まりの死
誰も僕の話を聞かない。今まで仲の良かった親友。恋人。家族。全てだ。
僕の話を聞かないってよりは、もう、聞いてくれないってのに等しい。
会話をしても、
まるで、この世界には、居ない人と話しているかのように……。つまらないお笑い番組でも、見ているかのような目をしてる。
お化けになった気分だ。幽霊ってこんな気持ち何だろうな。本当に話したいことがあっても、会話することが出来ない。伝えることが出来ない。
だから、取り憑き、他の人の体を使って、伝えようとする……。哀れなものだ。
基本、怖いって思われて、終わるのに……。
伝わる言葉の可能性の方が低いのに……。
けど、魂はそれを求めてしまうのだろう。
可能性が低くても、伝わらないことがなくても、それでも、残したい。
そんな、無謀で哀れなことを願う。だが、それで伝わらなかったときの絶望は、そこ計り知れない。
別に僕は、幽霊でもないし、死んだわけでもない。だから、幽霊の気持ちなんて分かるわけがない。
あくまで、個人の仮説だ。
今のところ、生きてはいる。死にたい、全てを終わらせたい。と思っても、自殺をすることはないだろう。
自殺なんてしたら、全て終わる。
苦しみを終わらせることが出来る。
何かに追い込まれたり、鬱になったり、虐めや仕事、失恋、別れ。などの数多くの理由で、死のうとする人がいる。
その考えは、間違いではない。そして、死のうとする人を止める人もいる。或いは、その人を助けようとする人がいる。
生きていて欲しいから。
また、前みたいに笑って遊びたいから。
繋がりを途絶えさせたくないから。
その考えも間違いではない。助けたいと思うのは、正しい行いであり、善意である。
だが、僕は思う。人と人は分かり合えることは出来ても、痛み会うことは出来ない。
人は助からない。仮に何か助かったとしても、それは、助かった気になっているだけだ。
例えば、
仕事での人間関係。家庭内の事情。で強いストレスを受けたとしよう。
そして、そのストレスを解消しようと友達と食事をしたり、旅行に行ったりする。
友達と会話をして、愚痴を言い合い、お酒を飲む。傷を舐め合う鹿のように。
だが、実際はどうだ?職場や家庭内の空間に戻ったとき。独りで解決するだろうか?
結果はNoだ。一時的に解消することはあるが、それは、本題としての解決にはならないのである。
ここまで、考えても仕方がないような、
つまらないことを考え始めたのは、
2か月前の僕から始まる。
そう、忘れもしない。
あの地獄が始まった日だ。
3月9日(火)
よく晴れた空だ。快晴と言ってもいい。この世に雲なんてあっただろうかと、疑うほどの明るい空だ。
そして、僕はこの日仕事を終えたあとに彼女の麻奈とディナーにいく予定だった。この天気なら、夜に星空も綺麗に見えるだろうな。
この日の天気と同じように、僕の心情も快晴だった。生きてて全てのものが、輝いて見えるということは、こういうことを表すのだろうか?
元々、彼女と出会ったのは大学時代のゼミが、きっかけだった。
容姿端麗で、周りの男子からも連絡先や食事などを誘われたりするほどの人気者だった。
学生時代なら、よく言われる。クラスのマドンナってやつなのだろう。
当時の僕は、彼女を見ているだけだった。やはり、美人は見ているだけで和む。
喫茶店で、ゆっくりとブレンドコーヒーを飲んで、草原を眺めているかのような気持ちだ。
だが、次第に友達も含めながら、食事や行動を共にする度に、僕たちは引かれ合っていった。
そして、今日は、彼女の誕生日である。
早く会いたい。いつものように、彼女と会話をしたい。笑い合いたい。そんな、躍り跳ねる魚みたいに、仕事を早めに切り上げて、家に帰った。
だが、それが、良くなかった。帰るべきでは、なかった。見るべき。聞くべきでは、なかった。
そう、晴れた気持ちで、家のドアを開けたらー
玄関で女が倒れていた。それも、血まみれで。
取次ぎに女性が、だんごむしが身を守る時に丸くなるかのように、踞りっている。
元々、着ていたであろう。ワンピースは、出血によって、赤く染められ、元の柄や色が何色だったか、分からなくなっている。
上がり框から、川のように流れてきた血が、僕の足に触れる。血は、冷たく触れた瞬間に僕までが、身震いするほど凍てつく液体のようだった。
頭の整理ができなかった、僕は叫んだ。
感情としては、理解不能な恐怖とショックが入り交える。何に例えよいのか分からないが、生きてて、この感覚を味わうものは少ないと思う。
何度も冷静に考えようとしても、目の前に血を流して倒れている女がいる。この事実は、変わらないのだ。
何をすれば良い。どうすれば良い。冷静な判断など、できる人間の方が異常だ。
僕は、恐怖を吐き出すかのように、一叫びしたあと、自分のボケッとにスマートフォンがあることに気がついた。
いつも、右ポケットに絶対入れているスマートフォンを手を震えながら、やっとの思いで取りだし、警察に連絡をしようとする。
だが、普段、当たり前かのように、触れている画面なのに、電話番号を押すのが凄く遅く感じる。
110番と押せば良いのに、震えているせいなのか、動揺しているせいなのかは、分からないが、時間がゆっくりと動いているかのようだ。
震えている手を握りしめながら、漸く通話ボタンを僕は押した。
「ぷるるるる……。ぷるるるる……。」
玄関内にコールが響きわたる。早く出てくれ。この空間から、早く解放してくれ。誰か助けてくれ。と思いながら、3つ目のコールで
「110番です。事件ですか?事故ですか?」
僕がパニックになっている状態とは裏腹に、落ち着いた女性の声だ。何度も僕のような目撃者からの電話を受けてきたからなのか?
焦りを露にしている僕に対しても、手慣れたか口調で、ゆっくりと状況を聞き出そうとしているのが、音だけで感じ取れる。
「事件です!!家に帰ったら、厳寒に女性が血まみれで倒れてるんです!速く!お願いします。」
自分でもこんなに荒げて、会話をしたのは、生まれて始めてだ。どこから声を出しているんだと、思うぐらい。震えている声帯が喉を通る。
その後、僕は自宅の住所を言い残し。通話を切った。至急、パトカーと救急車を手配してくれるとのことだ。
だが、それまで、どうすればいい。この倒れた女とに睨めっこしている空間から速く抜け出したい。
大体なぜ、僕の家に知らない女性が血まみれで倒れている。鍵も閉めて、出勤したのにどういうことだ。
考えても、考えても。何通りの仮説や推理をしても、1つも結論に導かなかった。
それの上、仮に事件詳細が分かったとしても、自分の家で人が死にかけている。なんて結論を導こうとも考えたくもない。
そんなことを、議論していくうちに、赤く染まり、うつ伏せになっていた女性が、呻き始めた。
「た……。す……。けて」
いきなりであったものだから、一瞬、僕の体は跳ねるかのように、肩が挙がった。倒れていた女は、僕の顔をいきなりギろっと睨み付けてきた。
僕は、この顔を知っていた。ふわりと長く少しカールのかかった髪。凛々しい鼻。日焼けなどしたことは、あるのだろうかと、疑うほどの透き通った色白い肌。そして、少し大人びたハスキーな声。
そう。目の前に踞って倒れていたのは、僕の恋人。麻奈であった。
彼女だと気がついた瞬間、僕は今まで震えていた足が止まり。体が自然と彼女の方に傾いた。
僕は今まで何をしていたのだ。恋人が目の前に倒れていたのに、他人だと思い込み、震えていた。下らない推理など、どうでもいい。目の前に自分の愛しているひとが、倒れている。
なのに、何故今の今まで気がつかなかった。馬鹿か俺は。
そして、気がついた瞬間と同時に外でサイレンが聞こえた。いつもは、喧しく、ストレスを与えるサイレンの音が、このときだけは救いのメロディーのように聞こえた。